井口健二のOn the Production
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2009年10月23日(金) 第22回東京国際映画祭・コンペティション以外(2)

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※このページは、東京国際映画祭での上映作品の中から、※
※僕が観て気に入った作品を中心に紹介します。    ※
※以下はコンペティション以外の上映作品の紹介です。 ※
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『タンゴ・シンガー』(WORLD CINEMA部門)
アルゼンチンの出身で、ヨーロッパ映画の撮影監督としても
活躍するディエゴ・マルティーネス・ヴィニャッティによる
長編監督第2作。タンゴの歌声に載せて、ヒロインの失恋と
孤独が描かれる。
主人公は、4人組の男性バンドと共にタンゴを歌っている女
性歌手。物語の中では別の男性から最近振られたらしく、何
度も電話を掛けては留守番電話のメッセージに落胆する姿が
描かれる。
それとは別に彼女には、その実力が認められてクラシック専
門の劇場から出演の依頼が来ていたりもする。そしてその依
頼には、自らの実力に不安も隠せない主人公だったが、そん
な時に相談する相手も彼女にはいないようだ。
そんな主人公が入水自殺を図ったり、救出された海岸の近く
でパン屋の修業をしたり、そこに通ってくる地元の教師に恋
心を打ち明けられたり、地元カフェで歌ったり…といったエ
ピソードが綴られて行く。
とは言うものの、それらのエピソードが、最近流行りの時間
軸を入れ替える手法でばらばらに提示されてくるのだが、そ
れがまたちゃんとは整理されていないから、物語はかなり混
乱して判り難いものになってしまっている。
それに折角のタンゴの歌声が、それは主演女優自らの声で収
録されているのだが、その歌唱力に多少難があるのも辛いと
ころ。監督自身が「完璧さは求めなかった」とはしているも
のの、やはり聴いていて気になったものだ。
ただしそれを補って余りあるのが、彼女のマエストロとして
登場する老齢の男性歌手で、彼が劇中で歌うときのその歌唱
力、表現力には圧倒された。もう1人登場の男性歌手は口パ
クだったようだが、このマエストロの歌声だけでも聞く価値
はあるものだ。
因に、この作品はその男性歌手に捧げられていた。

『タレンタイム』(アジアの風部門)
昨年の映画祭で『ムアラフ−改心』という作品が上映されて
スペシャル・メンションを受賞し、今年7月に急逝したヤス
ミン・アフマド監督の遺作。
「タレンタイム」と名付けられた学内でのタレントオーディ
ションを巡って、その本選に出場する生徒たちとその家族の
物語が展開される。そこにはマレーシアという国家を背景に
して、民族や宗教などいろいろな問題が絡んでくる。
主人公は、そこそこ裕福な感じの一家に暮らす長女。いろい
ろ口うるさい妹はいるけれど家庭環境などに問題はない。そ
して彼女はかなり大人びた感じのピアノの弾き語りで本選に
臨むことになる。
その他の本選出場者には、自作のギター弾き語り曲で出場が
決まった男子や、見事に二胡を演奏する男子などもいるが、
この2人はお互いをライヴァルとしてかなり緊張した雰囲気
も漂っている。
そしてそのオーディション期間中は、出場者には生徒運転の
バイクによる送り迎えが付くのだが、主人公の女子を迎えに
来たのはギター弾き語りの男子とも仲が良い無口な同級生だ
った。
学校主催の行事なのに賞金が出たりとか、日本だとあまり考
えられない話もあるが、全体的にはユーモアや深刻な事態な
どが絶妙に織り込まれた物語が展開される。そこには日本人
には疎い宗教の問題も絡むが、それは劇中でもそれなりに理
解できる範囲ではある。
それと本作では、出場する生徒たちの演奏の素晴らしさが最
大の魅力の一つでもあって、それぞれが見事な演奏を繰り広
げている。映画祭の情報だけではそれぞれがどのような経緯
で選ばれた俳優なのか判らないが、それは素晴らしかった。
因にエンディングクレジットによると、演奏される楽曲はほ
とんどがこの映画のためのオリジナル曲だったようだ。

『愛してる、成都』(アジアの風部門)
中国四川省の成都を舞台に、当地を襲った大地震を背景とし
た過去未来2つの物語が、それぞれ香港のフルーツ・チャン
監督と、中国ロック界の父とも呼ばれるミュージシャン=ツ
イ・ジエンの初監督挑戦で描かれる。
なお、元々は11月に日本公開される韓国ホ・ジノ監督による
『きみに微笑む雨』を含めた3話構成で企画されたが、ホ作
品が独立した映画となったため、本作は2話で78分の短めの
作品になっている。
その第1話は、2029年を背景にした未来もの。雑踏で父親と
逸れ、その後の2008年3月の大地震で養父も失った少年と、
その大地震の時に少年に命を救われた少女。しかし2人の再
会は思いも寄らぬ出来事がきっかけとなる。
ロックはカンフーに通じるところがあると考える師匠の許、
修錬に励んでいた少年が訪れたライヴハウスで、少年はやく
ざといさかいを起こす。そして支配人に大怪我を負わす。そ
の監視映像で少年を確認した少女は支配人の従姉妹だった。
そして第2話は、1976年が背景。その町の茶店は歴史のある
名店だったが、そこで培われた伝統の文化も共産主義体制下
で終えるかも知れなかった。そこに革命前の店の持ち主が戻
ってくるまでは…
その前店主は、ウェイトレスの少女に長壺と称する2尺以上
の長い注ぎ口を持つヤカンの使い方を伝授する。そして茶の
真髄を伝えて行く。しかし革命支持者たちはそれが気に食わ
ないようだ。
2作品に繋がりがあるものではない。どちらもお話自体は他
愛ないものだし、映像的にもさほど驚くようなものもなかっ
た。ただお話としてはそれぞれに面白い部分もあり、もう少
し膨らまして、ホ監督作品と同様の独立した作品として観せ
てもらいたい感じは持った。

『心の森』(natural TIFF部門)
スウェーデン北部の森林を舞台に、その樹上に家を作ろうと
する3人の男性と1匹の犬を撮影したドキュメンタリー。
元々スウェーデンには樹上に食物などの保存庫を作る風習は
あったようで、その伝統などを検証しながら樹上の家の建設
に着手する。
ツリーハウスというのは、日本も愛好家が居るように世界中
にあるものと思っていたがそうでないようで、本作の中では
役所に許可を求めたら前例が無いから勝手にやっていいとい
う話になっていた。もっとも日本でも個人の敷地内なら許可
は不要なのかな?
そんな樹上での建設の日々の記録映像に併せて、作家やジェ
ンダー研究家や宗教家などへのインタヴュー、さらにスウェ
ーデン人のノーベル文学賞受賞作家がむかし住んでいたとい
う森林地帯の住まいを訪ねる映像などが挿入される。
その中では、家にはポーチがあるべきだ…など都会の集合住
宅との対比が語られる部分もあって、いろいろな面からの人
間と森との関わりが検証されて行く。お陰でツリーハウスに
もポーチが付くことになる。
ということで、樹上の家が出来るまでが描かれるものだが、
作品中では特にこれといった事態が起きる訳でもないし、被
写体は森林がほとんどで、森の静かさと同様に淡々とした作
品と言えるものだ。それに最後にはちょっと幻想的な映像も
観られた。
ただしこの家は、樹齢100年以上とされる松の木に作られる
のだが、この樹がかなり真っ直ぐに生えているもので、余り
どっしりという感じではない。それで恐らく縦方向の強度は
計算されているのだろうが、横風を受けたときにどうなるこ
とか。
画面では家の作られた位置が地上からはかなり高いようにも
見え、ここに風を受けると梃子の原理で根元に掛かる力は相
当になるはず、その辺が多少心配にはなった。

『カンフー・サイボーグ』(アジアの風部門)
『トランスフォーマー』から着想したと思われる香港製VF
Xアクションコメディ。危険な任務を人間に代って遂行させ
るために開発されたロボット警官の第1号を巡る物語。
主人公は職務に忠実な熱血型の刑事。ある日のこと彼の相棒
として新たに人工知能を装備して開発されたロボット警官の
第1号が配属される。ただし、その警官がロボットであるこ
とは機密条項とされ、その事実を知るのは彼だけだった。
そんなロボット警官は途轍もない能力を発揮して任務を遂行
して行くのだが、一方、占い師にデザインさせたというルッ
クスでは婦人警官たちの人気の的にもなって行く。
そんなロボット警官がうらやましくもある主人公だったが、
そこに同じく開発されたばかりのロボットが逃亡したとの連
絡が入る。その逃亡ロボットは、「人間がその造り主の神を
疑うのなら、ロボットも人間を疑う」と言い放ち人間に闘い
を挑んでくる。
基本的にはロボット3原則に縛られているようではあるが、
そこに神との問題を絡めてきた辺りは中々なものだ。ただそ
のお話は別としてVFXでは、ロボットから乗物に変身する
などの展開は如何にも香港映画という感じで、ニヤニヤしな
がら観てしまった。
ただ、完全なハッピーエンドにしないのは最近のオタク文化
の悪影響も感じるところで、そんなウジウジした話は日本ア
ニメだけで沢山だという気分にもなる。娯楽映画は普通にハ
ッピーエンドで良いと思うのだが…
主演は、『レッドクリフ』にも出ていたフー・ジュンと、人
気歌手でもあるアレックス・フォン。監督は、『カンフー・
ハッスル』のプロデューサーで、チャウ・シンチーの盟友で
もあるジェフ・ラウが担当している。
なお、映画の中はロボットという言葉が主に使われていて、
邦題の『サイボーグ』には多少引っ掛かるところだが、もし
かすると…というところはあったようだ。

『青い館』(アジアの風部門)
『ゴースト』や『シックス・センス』に代表される現世で彷
徨う霊魂を描いた作品。
主人公はパイナップル王とも呼ばれた大物実業家。大掛かり
な企業合併も目論見、働き盛りだったその男が急死する。し
かも彼は、その直前に自分の家督をそれまでビジネスには余
り関ってこなかった長男に継がせると決めていた。その決定
が波紋を広げて行く。
そんな中での葬儀が開始されるが…本作の舞台はシンガポー
ル。そこで葬儀自体もキリスト教や道教などいろいろな宗教
が絡んだ支離滅裂なものになって行く。その一方で、警察が
死因に疑問があるとして乗り込んでも来る…
その警察の捜査を主人公が見守るという展開で物語が進んで
行く。そして生きている人間には見えない主人公は、いろい
ろな家族の秘密を知って行くことになる。それは最初こそ主
人公の思惑通りだったが、やがて事態は思いも拠らない方向
に向かって行く。
映画全体はコメディだが、何せテーマが葬儀だからかなりブ
ラックな感じの笑いが提供される。特に宗教に絡む辺りは、
宗教に思い入れの無い僕には秀逸にも感じられた。もっとも
宗教を知っていると、当り前に笑えるのかも知れないが。
それと、脚本では生きた人間には見えないはずの主人公と周
囲の人々との応対が巧みに取られていて、あたかも対話をし
ているように情報が伝えられるが、それでいながら会話は成
立していないというのも見事な構成だった。
監督は、1999年サンダンス映画祭への出品作でシンガポール
映画を世界に出したと言われるグレン・ゴーイ。長編作品は
それ以来の第2作だそうだ。
もしかすると霊魂が見えているかも知れない人物がいたり、
後半にはかなり怪奇なシーンもあったりと、展開もヴァラエ
ティに富んでいて純粋に楽しめた。

『法の書』(アジアの風部門)
イスラムと西欧との異文化交流を、ほろ苦いタッチで描いた
作品。
主人公はイラン人で外交交渉などにも当っている中年男性。
ある日ベイルートで開かれる会議に代表団の一員として出席
した主人公は、菜食主義に固執する団長の行動に辟易して夜
の街に外出し、そこでフランス料理店を営む女性と出会う。
その後、彼女が通訳として会議の席に現れたことから、主人
公には彼女が忘れられなくなり、付き合いを深めて求婚。彼
女はそれまでキリスト教だった宗教を改宗し、主人公が女系
家族と一緒に住むテヘランの家に嫁いで来る。
ところが白人の彼女がコーランの教えに固執しすぎたことか
ら、家族との間に軋轢が生まれ始める。それは彼女が「法の
書」に忠実に従っているだけのことだったのだが。
本作はイラン映画で、監督は元々はドキュメンタリーを撮っ
ていた人のようだが、まあかなりイスラム教にも辛辣に見え
る作品で、イランをイスラム原理主義の国だと思っていた者
としてはかなり驚きだった。
特に前半では、代表団の団長が主義を守ろうとしているのに
それに抵抗している団員たちの姿や、後半では「法の書」を
忠実に守ろうとする女性が出会う抵抗、さらに、その「法の
書」を逆手にとって彼女を追いつめて行く家族の姿には、邪
揄以上のものも感じられた。
でもまあこういうものが正々堂々と作られるということが、
国が正常に動いているという証明にもなるのだろう。そんな
イランの現状が見られる作品とも言えそうだ。
なお、物語の中では「ハーフェズ」の詩が多数引用されてい
てその偉大さを理解できると共に、その用法は多少違うが、
以前の東京映画祭でその名前を聞いていた者には親しみも感
じられる作品だった。

『よく知りもしないくせに』(アジアの風部門)
7月に『アバンチュールはパリで』を紹介したばかりの韓国
ホン・サンス監督の新作。
サンス監督というと、2000年の本映画祭で特別賞を受賞した
『オー・スジョン!』が印象に残るもので、その後も2006年
『浜辺の女』がコンペティションに出品されるなど関りは深
い監督だ。
その新作は、2006年の作品と同様に映画監督を主人公にした
もので、映画祭の審査員に招かれたアート系の映画監督が、
後輩なのに自分より売れている監督との確執や過去の女性と
の再会など、いろいろなものに翻弄される姿が描かれる。
物語は、監督自身の体験に基づいているのかと思える部分も
あるが、全てではないだろうし、特に映画の本筋となる部分
は創作なのだろう。かなり皮肉も込められた切ない物語が展
開されて行く。
でもまあ、映画の全体はいつものサンス監督作品らしく、緩
くて、どちらかと言うと観客にはどうでもいいような話が進
むものだ。そしてそんな中に、ちょっとニヤリとする部分が
あるのがこの監督の魅力というところだ。
因に、サンス監督は事前に脚本を用意せず、その日毎に書い
たメモを出演者に手渡して撮影を進めるという話を聞いたこ
とがあるが、本作の物語でもメモが使われているのには僕が
ニヤリとしたところだ。
出演は、『浜辺の女』にも出ていたキム・テウとコ・ヒョン
ジョン。他に『グッド・バッド・ウィアード』に出演のオム
・ジウォン、2008年1月に紹介した『裸足のギボン』に出演
のコン・ヒョンジンらが共演している。
なお本作は、今年のカンヌ映画祭監督の週間にも出品されて
いたようだ。ということは、アジアの風よりWORLD CINEMA部
門でも良かった作品のようだ。

『旅人』(アジアの風部門)
フランス在住の韓国系女性監督ウニー・ルコントによる自伝
的な作品。
因に本作は、フランスと韓国の両国間で結ばれた映画共同製
作協定に基づき、両国政府から支援の得られる施策の適用第
1号に選ばれたものだそうだ。このため本作の製作には、フ
ランスのカナル+と、韓国からは『シークレット・サンシャ
イン』のイ・チャンドン監督が製作総指揮の立場で参加して
いる。
1975年、9歳の主人公は父親の手でカトリックの修道院が運
営する孤児院に預けられる。しかし、父親に捨てられたこと
が信じられない彼女はその境遇に馴染めず、規則への抵抗や
脱走を繰り返すが、現実は厳しい姿を見せつける。
そんな中でも彼女に話し掛けてくる少女やさらに不幸な境遇
の少女の姿を見て、彼女自身も徐々に変って行くが…。それ
はまた里子に出されて行く少女たちとの別れの繰り返しでも
あった。そして、彼女自身もいつしか新たな旅立ちを夢見る
ようになって行く。
監督自身、1966年ソウル生まれで、9歳の時にフランスに渡
り、以後プロテスタントの家庭に引き取られて育ったという
ことだが、そんな彼女の人生に深く関る作品であることは確
かなのだろう。
そして彼女自身は、女優としてまた衣装デザイナーとして数
多くの映画作品に関り、その後にフランス国立映像音響芸術
学院で脚本ワークショップに参加して作り上げたのが本作と
のことだ。
災害や戦災での孤児というのは日本でもあり得るし、親が困
窮して子供を捨てるというのもあるかも知れないが、この主
人公のような状況は余りにも哀しい。もちろんそれが真実か
どうかは、監督にも判らないのだろうが…自分が子を持つ親
として心が痛んだ。

『バーリア』(WORLD CINEMA部門)
『ニュー・シネマ・パラダイス』のジョゼッペ・トルナトー
レ監督の最新作で、本年ヴェネチア映画祭のオープニングを
飾った作品。
イタリアのシチリア島パレルモ市の郊外に位置するバゲリー
ア。地元の人は親しみを込めて「バーリア」と呼ぶその町を
舞台に、1930年代から80年代に至るこの地の激動の歴史が、
その地に生まれ育った監督の手で描き出される。
その町には、教会に繋がる数100メートルの街路があった。
その街路を中心に物語は描かれる。そしてプロローグでは、
買い物を頼まれた少年が街路を懸命に走り、やがてその街路
を見下ろす夢のような展開となるが…
その少年は、家族のために羊を追う仕事に従事して苦労をし
たり、その羊を追って訪れた山の上では1個の石を1投で3
つの岩に当てると財宝が手に入るという伝説を聞いたり、さ
らには黒シャツ隊に抵抗する共産党員となったり…という人
生を送って行く。
その一方で、家族との暮らしも彼の人生にしたがって浮き沈
みが繰り返されて行く。
出演者は新人が中心のようだが、中には監督の『マレーナ』
に主演したモニカ・ベルッチが顔を出したりもしていたよう
だ。また、音楽を大ベテランのエンニオ・モリコーネが手掛
けている。
プロローグでは小さな町だった「バーリア」が、徐々に発展
し大きな町になって行く。しかしその発展は人々にどのよう
な幸せをもたらしたのか。そんなことも含めた近世イタリア
史が描かれていた。
なお、映画に登場する「バーリア」の町並は全てセットだそ
うで、その準備には9カ月、建設には1年が掛けられ、撮影
は25週間にもおよんだそうだ。上映時間2時間45分、さすが
名匠の渾身の1作という作品だ。


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