井口健二のOn the Production
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2009年10月20日(火) 第22回東京国際映画祭・コンペティション以外(1)

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※このページは、東京国際映画祭での上映作品の中から、※
※僕が観て気に入った作品を中心に紹介します。    ※
※以下はコンペティション以外の上映作品の紹介です。 ※
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『石油プラットフォーム』(natural TIFF部門)
カスピ海油田を採掘する巨大な海上基地(オイルロックス)
の歴史と現在、そして未来を描いたドキュメンタリー。
1945年に試掘が始まったカスピ海油田は、1949年に初めて油
井が掘り当てられ、それから60周年が迎えられようとしてい
る。そんな石油採掘基地には今も2500人の人員が働いている
そうだ。
その基地には、往時には陸地から延長300kmにも及ぶ架橋が
なされ、大型トラックも運び込まれたが、歴史の流れに翻弄
されて今は橋も崩壊し、人々は船で6時間掛けて移動してく
るようだ。そして基地では3交代のシフトで昼夜兼行の作業
が行われ、10日働いて3日の休み、その休みの日には陸地ま
で帰る人も多い。
そんな基地は、開設当初は共産政府の管理の許、委員会の指
導で作業が行われ、その委員会の指導者として開設当初から
働いてきたという女性などが登場し歴史が語られて行く。そ
こにはフルシチョフの来訪やボリショイ劇場の公演なども行
われ、その記録フィルムなども紹介される。
それにしても、世界最初、そして恐らくは最大規模の石油採
掘基地の偉容はかなりの迫力で映像に納められていた。しか
しその施設も老朽化が進み、60周年を目指して改修も進めら
れているが、折りからの不況でその先行きも定かではなく、
さらに後20年で油田が枯渇するという現実も重くのしかかっ
ている。
市場経済化で世界に出てみたら国営企業の採算度外視の経営
でコストが掛かり過ぎていたとか、その後の石油の高騰でそ
れでも採算が取れてしまったとか、いろいろ興味深い情報も
多く、基地自体の映像と共に楽しめる作品だった。誰かここ
を舞台にアクション映画を撮ってくれないかな、そんな気分
にもさせられた。

『つむじ風食堂の夜』(日本映画・ある視点部門)
吉田篤弘の原作から、『地下鉄(メトロ)に乗って』などの
篠原哲雄が監督した作品。雪の舞う北の町の小さな大衆食堂
を舞台に、そこに偶然足を踏み入れた主人公と常連客たちと
の交流が描かれる。
物語は6つの章立てで進められ、それにより主人公の人とな
りなどが徐々に明らかにされると共に、常連客たちとの繋が
りも深まって行く。
そしてその各章の物語は、静かなタッチではあるが情感の込
められたもの。宣伝文にはノスタルジックファンタシーとあ
ったが、正にそんな感じの物語が『地下鉄…』より静かに進
められる。まあ、地下鉄より騒がしいことはあまりないとは
思うが。
主演は、八嶋智人、共演は元宝塚の月船さらら、他に下條ア
トム、田中要次、生瀬勝久らが脇を固めている。さらに主題
歌を担当した歌手のスネオヘアーもぎこちない演技で登場す
る。
舞台劇をそのまま観ているような感覚の作品で、映画の途中
には合成なども使われるが、それもスクリーンプロセスでも
使えば舞台でも実行できるものだ。ちょっと大げさな感じの
演出も、そうと理解すれば気にはならないだろう。
物語の中には「二重空間移動装置」なるものが登場して、空
間だけでなく時間も移動してみせるが、それも解釈のしよう
でSFと呼ぶほどのものではない。でもまあファンタシーと
言えばそうとも言えるものだ。
物語の中にはちょっと変な古本屋が出てきたりもして、その
辺りは昔ながらの本好きには心地よさも感じられた。全編が
函館にロケされているらしい街角の映像も美しく捉えられて
いた。

『イニスフリー』(natural TIFF部門)
1952年に公開されたジョン・フォード監督作品“The Quiet
Man”が撮影されたというアイルランドの田舎町に取材した
ドキュメンタリー。
東京国際映画祭では環境問題をテーマにしたnatural TIFFと
いう部門があり、そこで上映された作品だが、テーマが映画
ということもあって気にはなったものだ。でも何と言うか製
作意図の判らない作品だった。
もしかしたら、制作者たちの意図は50年以上も前に撮影され
た映画の中の風景と、現状との対比をさせたかったのかも知
れないが、見事に50年前がそのまま残された風景は、対比の
させようもないものだった。
確かに映画の中で主人公が到着する鉄道駅のレールなどは錆
びてはいたが、その他の田園や草原などは見事に50年前のま
ま。僕にはその保存が叶った理由も知りたかったが、制作者
たちの意図はそこにはなかったようだ。
それで映画にも出てくる町のパブでの思い出話となるのだが
…これが何というか正に老人の酔っ払いの繰り言という感じ
で、観ていて微笑ましくはあるが、「ジョン・フォードはア
カデミー賞を取ったが、ジョン・ウェインは取れなかった」
など何度も繰り返されると、いい加減うんざりもしてくる。
その他にも、子供たちが“The Quiet Man”のストーリーを
リレーで語ってくれるというシーンもあるのだが、それが町
の伝統としてでも残っているかと思ったらそうでもないらし
くて、何か無理矢理覚えさせられているような口調には、退
いてしまう感じもした。それに映画の結末までばらしてしま
うのは、いかがなものか。
ただし本作のエンディングで、女の子がアイリッシュダンス
を踊っているシーンには、少しほっとさせられるところもあ
ったもので、こんな感じがもっと作品の全体に出ていたら良
かったのにとも思えた。

『キング・オブ・エスケープ』(WORLD CINEMA部門)
今年のカンヌ映画祭監督週間で上映されたというアラン・ギ
ロディ監督の最新作。
ゲイの中年男が16歳の少女に恋をするという…常識では考え
られない物語を通して、自分を変えられるかというテーマに
挑んでいるそうだが、ゲイがテーマということでは、僕は主
人公に感情移入も出来ず、作品に没入できないまま終わって
しまった。
主人公は田舎町でトラクターのセールスマンをしているが、
あまり熱心でもないし、それに折角のゲイ仲間の得意先も営
業区域の線引きで、他の同僚に取られたりもしてしまう。そ
の上、営業成績が上がらないと詰られては…
そんな主人公が一夜の男を探して夜の町を彷徨う内に、1人
の少女が4人の男に囲まれているのを目撃する。そしてその
少女を助けるのだが、彼女は主人公の上司の娘だった。そし
て家に送り届けた主人公に、少女は恋をしてしまう。
こうして、中年ゲイ男と少女の恋という不可能な恋物語が始
まるが…元々が未成年との異性交友は御法度な上に、彼自身
がその恋に応えられるかという問題もある。それでも主人公
は自分を変えねばと意志を貫こうとする。
まあ物語自体はそれなりに作られているし、田園風景や野外
でのセックスシーンなど大胆な描写もある作品ではあるのだ
が、如何せんゲイテーマと言うことで、しかもかなりメタボ
な男の裸体が出てきたりすると、そういう気のない者として
は正視もし辛いものだ。
でもまあ、その手の趣味の人にはこれで良いのかな、その辺
は僕には理解できなかった。

『TOCHKA』(日本映画・ある視点部門)
僕が、ゲイテーマに続いて退いてしまうのが自殺テーマとい
うことになるが、本作は父親が自殺したというトーチカを訪
れる男性を主人公とした作品。
根室半島の海岸で撮影されたトーチカは、戦争では何の役に
も立たなかったが、子供たちに遊び場所は提供してくれたよ
うだ。しかし彼の父親がそこで自殺してからは、子供たちが
そこで遊ぶこともなくなったという。
そんな思い出を語る男性と、研究のためトーチカの撮影に来
たと称する女性の会話で物語は展開されて行く。ただし女性
の行動にも、トーチカの窓と持参のスライドを丹念に比較す
るなど、何か不自然なところもある。
最初に書いたように自殺テーマも好きではないが、この作品
では菅田俊の演じる男性の行動に尋常でない迫力があり、そ
こには映像に引き込まれるものがあった。その迫力の映像だ
けで観せ切られてしまったようなものだ。
ただし、元がSDで撮影されたらしいスタンダード画面の映
像は、上映の行われた劇場の2KのHDプロジェクターとは
相性が悪いらしく、特に画面が上下左右に動いたり、被写体
に動きがあると画面が大幅に乱れた。
以前にSDの画像でも事前にイマジカなどでHDに変換すれ
ばそれなりの映像になると聞いたことがあるが、SDの信号
をそのままプロジェクターに入れたのではこの程度にしかな
らないようだ。
それなら劇場に併設されていたSDのプロジェクターで上映
してくれた方がまだましだったようにも思えるが、その辺の
気は廻らなかったのかな。これでは観客に観せる映像ではな
いようにも思えた。

『シングル・マン』(WORLD CINEMA部門)
この作品は、ゲイの自殺がテーマとなるもので、この日は、
『キング・オブ・エスケープ』→『TOCHKA』→本作と
続けて観ることなり、何だか3段落ちのような感じになって
しまった。
物語はキューバ危機さなかのアメリカ西海岸が舞台。主人公
はそこの大学に務めるイギリスから来た英文学の教授。彼の
同居人だった建築家の男性が交通事故で亡くなり、悲嘆した
彼は自殺を思い詰めるようになる。そしてその準備を淡々と
進めて行くのだが…
原作は1964年に発表されたクリストファー・イシャーウッド
の小説。それを著名なファッション・デザイナーであるトム
・フォードが自ら脚色し、初監督作品として製作された。因
にフォードは“Quantum of Solace”に衣装を提供している
他、2001年“Zoolander”には自身の役で出演もしていたよ
うだ。
また、本作は今年のヴェネチア映画祭のコンペティションに
出品されたもので、その際、主演のコリン・ファースが男優
賞を受賞している。共演はジュリアン・モーアと、2010年公
開予定のリメイク版“Clash of the Titans”にも出演のニ
コラス・ホルト。
ゲイで自殺がテーマの作品ではあるが、主人公の悲しみには
彼の性癖を超える普遍性があるし、映画の全体にはそれを乗
り越えていこうとする希望も見える。異業種の人の初監督作
品で、観るまではいろいろ不安もあったが、観終えての満足
感は高かった。
ただし、画面が妙にざらついた感じなのは時代感覚を出すた
めの演出かも知れないが、それが功奏しているようには感じ
られず、かえって違和感が強く残った。その辺は本業ではな
いことの弱点だったかな。おそらく撮影後の処理と思われる
が、もっときれいな画面で観たかったものだ。
なお本作の上映は、トム・フォードの日本事務所の協力で実
現したものだそうで、映画の日本公開は未定のようだ。

『ザ・コーヴ』(追加上映)
今年の東京国際映画祭では一番の問題作と言えるかも知れな
い作品。和歌山県太地町で行われているイルカ漁を告発する
ドキュメンタリー。
イルカは、アメリカでも1960年代のテレビ番組“Flipper”
のお陰で爆発的に人気が高まり、今でも全米各地の海浜型リ
ゾート地にある水族園では、大きなプールで行われるイルカ
のショウが欠かせないものになっているようだ。
しかしイルカは聴覚が極めて優れた生物で、ショウでの観客
の喝采などが苦痛に感じられているはずだという…と言いな
がら、作品はそのイルカのショウを止めさせるというのでは
なく、そのイルカの供給元である和歌山県太地町に矛先が向
けられる。
そこは沖合にイルカが通る道があるという場所で、シーズン
になるとその通り道を騒音で遮断する追い込み漁が行われ、
入り江に追い込まれたイルカを買い付けに世界中の水族園か
ら依頼された業者がやってくる。
しかしイルカは全頭が買われる訳ではなく、当然売れ残りも
出る。そしてその売れ残ったイルカは屠殺されてクジラ肉と
して出荷されて行く。日本の食品店などで和歌山産の生食用
クジラ肉とされているのは、ほとんどがイルカの肉だと言う
ことだ。
そして、その立入禁止で厳重に警備されているという入り江
で行われるイルカ屠殺の模様を撮影するために、岩に偽装し
た隠しカメラや小型飛行船カメラの製作など本作のスタッフ
たちによる大作戦が繰り広げられる。
その一方で、国際捕鯨委員会(IWC)での日本政府の暗躍
や、日本に支配され掛かっていると主張されるIWCの会議
場へ直接抗議に出かける本作の制作者たちの姿などが写し出
される。さらに売られているイルカ肉への水銀蓄積の問題な
ども指摘される。
ただまあIWCでの日本政府の多数派工作については、以前
にアメリカが反捕鯨の立場で行ったことを日本が踏襲してい
るだけなのに、そのアメリカが行ったことには口を噤んだま
まだし。最初にも書いたようにアメリカでの反イルカショウ
の動きなどがほとんど紹介されないのは、何とも恣意的な作
品にも見えてしまうところだ。
なお本作に関しては、出品の申し込みに対して当初は作品の
出来などを判断して却下されていたものだが、その後にアメ
リカなどで抗議騒動が起こり、急遽追加上映が決められたも
の。内容的には大した作品ではないが、話題性はあったのだ
ろうか。

『エリックを探して』(WORLD CINEMA部門)
2005年4月に『やさしくキスをして』などを紹介しているイ
ギリスのケン・ローチ監督による最新作。
プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッド(マンU)
でキングと呼ばれたサッカー選手エリック・カントナが自ら
出演し、カントナは本作の製作総指揮も務めていたようだ。
主人公はサッカーフリークの郵便配達。離婚や交通事故など
が重なって仕事にも覇気がなくなっている。しかも入院中に
彼の自宅には、前妻の連れ子たちが有象無象の仲間を引き入
れていて、何やら怪しい雰囲気にもなっている。
そんな中で、彼の仲間たちが素人セラピーを実行し、そこで
自分のカリスマがエリック・カントナであることに気づいた
主人公の前に、何とカントナ本人が現れる。そしてそのアド
ヴァイスで徐々に人生を変え始めるが…
ウッディ・アレン監督『ボギー!俺も男だ』のケン・ローチ
版とでも言えるのかな。『やさしく…』でもサッカーファン
だということは明確に判っていた監督だが、今回は選手本人
の出演も得て、華麗なゴールシーンの記録映像もふんだんに
取り込んだ作品になっている。
とは言え、深刻なイギリス社会の状況は、本作でも如実に描
かれているものではあるのだが…
元々サッカーチームのサポーターでもある自分としては、華
麗なカントナのプレーに酔い痴れることの出来る作品でもあ
るし、カントナが折々に放つ含蓄のある言葉には、一々頷い
てしまう作品でもあった。
でもまあ、それがサッカーが文化として根付いていない日本
では中々理解されないところもあるのだが、そこはサッカー
ファンでなくても理解できる夫婦や家族の問題もしっかりと
描かれているから、そういう面からでもアピールして欲しい
作品だ。
そしてカントナの華麗なプレーの連続に、映画の観客がサッ
カーも観たくなってくれると嬉しいものだが。

『麦田』(アジアの風部門)
2003年に中井貴一が主演した『天地英雄』などを手掛けてい
る中国の監督ハー・ピンによる新作。
秦の軍勢が魏を打ち破り趙を脅かしている時代の物語。とあ
る町を治めていた武将が、秦の軍勢が迫ると聞くや町の12歳
以上の男子の全員を率いて戦地へと赴いてしまう。それは麦
の穂が色づき始める頃のことだった。
そして女子供だけが残された町は、武将の妻とその妻が信じ
る巫女によって治められていたが、麦の刈り取り時期が近づ
いても男たちが帰還する様子はない。そんなとき2人の男が
町にやってくる。
実は、その2人の男は秦軍の脱走兵だったが、趙の女の前で
はそんなことは口が裂けても言えない。そこで口から出任せ
に趙の軍勢が秦を打ち破ったと語り始めるのだが…やがて真
実が女たちに知らされるときが来る。
要塞のような町を背景に広がる麦田を舞台に、真の男の勇気
とは何かが試される武侠物語が展開される。
物語の中で武将が赴くのは長平の戦いとなっているから紀元
前265年のことのようだ。その長平の戦いでは趙兵40万人が
殺害されたとのこと。日本はまだ弥生時代の頃に、中国では
このような戦いの物語が繰り広げられていたことになる。平
和ボケの日本とはよく言われることだが、戦いの歴史そのも
のが全く違うということだ。
主演は、『墨攻』『新宿インシデント』などのファン・ビン
ビン。上映時間107分は、多少物足りない感じではあるが、
それほど大掛かりな事件が起きる訳もないので、手頃な作品
ではあった。

『チャンスをつかめ!』(アジアの風部門)
ヒンディ映画界を背景にした若者たちの青春ドラマ。
最初に登場するのはデリーから来たという女性。とある映画
プロデューサーに認められ、「スターにしてやる」と言われ
るが、中々思うようには行っていない。そんな彼女の住むア
パートに3人の若者が暮らしていた。彼らもそれぞれ映画界
を目指していたが…
そんな彼女を含めた若者たちの群像劇が展開される。やがて
彼女と1人の若者の間には恋心が芽生え始め、一方、いろい
ろな経緯からスターへの夢を断念した彼女は、若者の写真を
主演男優が降板した企画のキャスティング担当者に託す。
元々バックステージものは嫌いではないし、インド映画とい
うことでは歌や踊りのマサラムーヴィの製作風景が描かれる
から、それは楽しいものになっている。ただお話し自体は、
この種の作品では在来りかなとも思えるが、それがまあ異文
化の中に活かされているという感じのものだ。
「ヒンディ映画のスターは歌や踊りも出来なくてはならない
から、ハリウッドスターより大変」という台詞や、「ボリウ
ッドという言葉は嫌い。ヒンディ映画界と呼んで欲しい」と
いう発言がある一方で、「ハリウッド映画のDVDを基に脚
本を書いた」などといった台詞が飛び出すなど、ヒンディ映
画界の実情はそれなりに反映されているようだ。
それに「映画界では何でもできる。ここにはカーストが無い
から」という発言には、そういう社会に住んでいない自分に
は、はっとさせられるところもあった。
なお映画の中で数人の男優が交互に語るシーンがあったが、
もしかするとヒンディ映画スターのカメオ出演なのかな。僕
には判らないが、ヒンディ映画が好きな人にはそれなりのプ
レゼントかと思わせるシーンもあった。


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井口健二