井口健二のOn the Production
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2009年09月13日(日) エスター、イートリップ、黄金花、眠狂四郎・勝負、パブリック・エネミーズ+他

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『エスター』“Orphan”
今年8月30日付の製作ニュースで“The Girl With the Red
Riding Hood”という作品の計画を紹介している脚本家デイ
ヴィッド・レスリー・ジョンスンによるホラー作品。
物語の中心となるのは、夫婦と子供2人の一家。その妻が3
人目の子供を死産し、その痛手を癒すために夫婦は孤児院か
ら養子を迎えることを決断する。しかし妻にはアルコール依
存症からの脱却中という状況もあり、さらに幼い実の娘は難
聴で手話を使っている。
正直には、こんな状況で敢えて養子を迎えられるのかという
ところもあるが、しっかりしたカウンセラーが付き、その意
見に従ってのことであれば、それも許可されてしまうもので
はあるようだ。
そして夫妻が訪れた孤児院で目にしたのは、他の子供たちと
離れて1人で絵を描いている少女。その絵の才能にも注目し
た夫妻は、躊躇うことなくその少女を養子に迎えることを決
めるのだが…その少女には何処かおかしなところがあった。
この発端だと、まず思い付くのは鳥類のカッコウのように実
子たちを両親から引き離し、自分が中心に居座るという展開
だが、この映画はそんな生易しいものではない。それは家族
の心の隙間を突いて、周到且つ巧妙に一家を締め上げて行く
のだ。
出演は、『縞模様のパジャマの少年』などのヴェラ・ファー
ミガ、『エレジー』のピーター・サースガード、『スター・
トレック』でジェームズ・T・カークの少年時代を演じてい
たジミー・ベネット、さらに実際に聴覚障害者だというアリ
アーナ・エンジニア。
そしてエスター役を見事に演じるのは、7歳から演技をして
いるというイザベル・ファーマン。彼女なしにはこの作品は
成り立たなかっただろう。特に終盤の変貌ぶりは見事だ。他
に『ER』のCCH・パウンダーが共演している。
純粋には犯罪映画のジャンルかも知れないが、演出や物語の
展開は間違いなくホラーのテイストになっている。特に何か
が起きそうでびくびくしながら歩き回るシーンなどには、正
にホラー映画の恐さが見事に描かれていた。
監督は、2005年にパリス・ヒルトンの出演で話題になったリ
メイク作品『蝋人形の館』のハウメ・コジェ=セラ。その作
品からは桁違いに上手くなったことは確かだろう。次回作に
は“Unknown White Male”というリーアム・ニースン主演の
スリラーが計画されている。
それからこれは重大なネタバレになるけれど、この作品を観
ていて、2003年9月に紹介した『マッチスティック・メン』
を思い出した。脚本家はそれにインスパイアされたのかな。
本作はそのホラー版といったところ。つまりこの仕掛けは、
映画では初めてのものではない。(この部分、他言無用)


『イートリップ』
フードディレクターとして活躍する野村友里が、自らの活動
に共鳴する人々を巡って日本の食について描いたドキュメン
タリー。因に題名は英語表記で“eatrip”とされているもの
だが、これは「人生とは食べる旅」を標榜する野村の造語の
ようだ。
食がテーマのドキュメンタリーでは、今年4月に『キング・
コーン』を紹介しているし、それ以前には“Unser taglich
Brot”というドイツ作品も観ているが、日本人の食に対する
感覚は独特のようにも感じていて、その辺が変に出たら辛い
なと思いつつ試写に赴いた。
ところが作品は、確かに日本人特有の見方で作られてはいた
が、食に対する真摯な態度と真剣さで、観ていて居住まいを
正したくなるような、そんな感じにまでなってしまった。
作品は、飼っている鶏を潰して調理するところから始まり、
築地市場の仲買人や削り節の店主などプロの食材供給者の発
言が続く。なおイントロでは、画家と記された人の発言が僕
自身の思い出と同じで、その辺にも共鳴してしまったのかも
知れない。
その一方で、沖縄に居住して自給自足の生活を行っている主
婦や、歌手UAの暮しぶり、さらに初めて茶室に入った俳優
浅野忠信のとまどいや、池上本門寺住職の食に関する含蓄の
ある発言などが綴られて行く。
築地での巨大なマグロを解体して行く様子や、沖縄で野生か
と思うような草を収穫して丁寧に食材にして行く様子など、
知識としては持っていても現実に観るのは珍しいシーンもあ
るし、途中に挿入される調理の様子やアニメーションにも魅
かれるものがあった。
日本の食に関して高邁な意見を述べるのではなく、茶室にお
ける浅野のようなごく初心者の立場に立って食を考える。そ
こには政治や社会といった面倒なものもなくて、ただ純粋に
食だけが追求されている。
上記のドイツ作品の時は、何かが引っ掛かってサイトでは紹
介しなかったのだと思うが、本作に関しては諸手を挙げて推
薦できる。別段難しいことを言っている作品でもないし、そ
れでもハッと気付かされるところも沢山あった。
かと言って、それで自分の意見や思想が変えられるようなも
のでもなく、心安らかに観ていられる。そんな見事な作品だ
った。

『黄金花』
2007年6月に『馬頭琴夜想曲』と、2008年7月に『夢のまに
まに』を紹介している日本映画美術の重鎮、今年91歳になる
木村威夫の原案・脚本・監督による長編第2作。
今回も試写会では木村監督による挨拶があって、それによる
と本当は時代劇を企画していたが実現せず、代りに見つけた
昔のメモから脚本を2週間で書き上げたとのこと。従って本
人は即席で作ったような話をしていたが、なかなかしっかり
した作品になっている。
物語は老人ホームを舞台に、原田芳雄の演じる80歳を迎えた
植物学者が幻の「黄金花」を目にして…というもの。その花
は、遊びも酒も女も、俗世間の全てを顧みずに研究に没頭し
てきた老学者に、封印してきた青春の思い出を蘇らせる。
そして映画は、日本の敗戦直後の時代へと遡り、木村美術特
有の夢とも現実ともつかない世界へと主人公や観客を誘って
行く。
正直に言って、以前に観た木村監督の作品では映像的な部分
が先行して物語が後付のような感じだったが、本作はちゃん
とした物語があって、その部分では理解も容易だし、評価も
し易いものになっている。
その評価としては、まず91歳にしてこの想像力というか、映
像を造り出すエネルギーには感服せざるを得ないだろう。階
段のある試写室まで挨拶に来られたことにも驚いたが、映画
の中でも山野の中での撮影を敢行しており、それをやり遂げ
る活力は凄いものだ。
それに物語的にも、「命短し恋せよ乙女」ではないけれど、
青春を謳歌せよと奨励しているかのような展開で、それも若
者に対するメッセージのように受け取れる。なお本作の製作
には、京都造形芸術大映画科の学生が多数協力しているよう
だ。
共演は、松坂慶子、川津祐介、松原智恵子、三條美紀、野呂
圭介、絵沢萌子。他に能の河村博重、麿赤兒、長門裕之らが
出演している。正にオールドエイジの共演だ。さらに歌手の
あがた森魚、松尾貴史らも顔を出している。
また本作では、京都造形芸術大映画科の学科長を務める林海
象映画監督が協力プロデューサーとして参加、脚本にも協力
している他、同科の講師陣である『西部警察』などの小川真
司が撮影、『グーグーだって猫である』などの浦田和治が録
音を担当している。
つまり京都造形芸術大映画科挙げての映画製作だが、林監督
はこのチームを「北白川派」と称して映像集団として育成す
る構想だそうだ。一方、木村監督は本作の興行を花座と称し
て全国展開する計画とのことだ。

『眠狂四郎 勝負』
前々回から紹介している「大雷蔵祭」で上映される内からの
1本。1963年から69年に12作品が製作された人気シリーズの
第2作(1964年製作)。同シリーズでは先に『殺法帖』(田
中徳三監督)があるが、三隅研次監督による本作でその方向
性が定まったとされている。
また、柴田錬三郎原作の映画化は先に鶴田浩二主演のものも
あるようだが、同じ原作から本作では、前々回紹介した『大
菩薩峠』の机龍之介にも通じるニヒルな剣士を、雷蔵=三隅
のコンビが見事に描き出した。
物語は、硬直した江戸幕府の悪政で民衆が苦しめられている
時代。勘定奉行は老中と共に改革を試みているが反対勢力の
抵抗は根強い。そしてその勘定奉行に向けて放たれた刺客を
狂四郎が防いだことから、狂四郎は幕府の権力争いに巻き込
まれて行く。
そこには、久保菜穂子演じる傲慢な将軍の娘や、藤村志保演
じるキリシタンの異人の夫を救おうとする女性、さらに高田
美和演じる狂四郎を慕う町娘などが彩りを添える。また勘定
奉行には加藤嘉が扮している。
円月殺法にストロボ効果が付くのは第4作からだそうで、本
作はまだ刀を回すだけだが、机龍之介とは一味違った人情味
もある狂四郎を雷蔵が楽しげに演じている。また当時25歳の
藤村の美しさや、32歳の久保の妖艶さ、17歳の高田の可憐さ
なども楽しめる。なお当時50歳の加藤はすでに老人の風情だ
った。
因に、藤村と久保は第4作の『女妖剣』と第12作の『悪女狩
り』でも共演。さらに藤村は第8作の『無頼剣』、久保は第
9作の『無頼控』、高田は第10作の『女地獄』にも出演して
いる。正にシリーズの基礎と言える作品だ。
社会情勢などには現代の日本に通じているところもあるが、
これは映画製作当時の状況も反映しているはずのもので、つ
まり政治というものはいつの時代も変わらないということも
考えさせられた。
なお「大雷蔵祭」は、12月12日から東京は角川シネマ新宿で
の開催が決定したようだ。関西は大阪の梅田ガーデンシネマ
で開催される。また、単独俳優による100作品の映画祭は史
上初だろうとのことでギネスに申請もしているそうだ。
作品数だけならクリストファー・リーが映画だけで200本に
近づいていると思うが、87歳で現役(2010年には“Alice in
Wonderland”など3作品が公開予定)のリーに対して、15年
間で159本をやり遂げているという雷蔵の偉大さは別格だろ
う。
でもギネスに載ったら、誰かがリーの200本映画祭を企画す
るかもしれないな。

『パブリック・エネミーズ』“Public Enemies”
『ALI アリ』などのマイクル・マン監督が、ジョニー・デッ
プを主演に迎えて1930年代の伝説の銀行強盗ジョン・デリン
ジャーを描いた実話に基づくドラマ。
大恐慌時代。資金の枯渇に喘ぐ民衆に対して、銀行には汚い
金が溢れていた。そんな銀行を襲って大金を奪って行くジョ
ン・デリンジャー率いる強盗団。そんなデリンジャーがある
日、1人の女性に目を留める。それは激しくも切ない恋の旅
路の始まりだった。
デリンジャーには一部に義賊説もあるとのことで、映画の中
でも、強盗中にカウンターに置かれた個人の現金を見て「盗
るのは銀行の金だけだ」と言うシーンが描かれるなど、さす
がにデップが演じるヒーローという感じになっている。
一方、そのデリンジャーを「公共の敵No.1」と呼んでアンチ
ヒーローに祭り上げ、州境を跨ぐ警察組織FBIの創設に尽
力したエドガー・フーヴァーに対しては、冒頭の公聴会のシ
ーンで議長に「PR上手」と言わせるなど、最終的に組織を
私物化して行くこちらこそアンチヒーローの感じに描いてい
る。
とは言うもののFBIを一方的に悪人にはしたくない配慮な
のか、実際のキャラクターはクリスチャン・ベールが演じる
捜査官パーヴィスを前に立てて、フーヴァーの横暴にもめげ
ずにデリンジャー捜査を続ける、こちらはヒーローに描いて
いる。
そして本作のヒロインは、オスカー女優マリオン・コティア
ールが演じるデリンジャーの愛人ビリー・フレシェット。犯
罪者に一目惚れされたために運命に翻弄される薄幸の女性が
丁寧に描かれている。
なお、フーヴァー役は『あの頃ペニー・レインと』などのビ
リー・クラダップが演じ、他に『ブレイド』などのスティー
ヴン・ドーフ、『トゥームストーン』のスティーヴン・ラン
グらが共演している。
その他にも、ジョヴァンニ・リビシ、リリ・タイラー、リリ
ー・ソビエスキーなど、丁寧に探せば一杯出てくる多彩な顔
ぶれが登場している。
また、試写会の後で『ゴジラ FINAL WARS』で轟天号の艦長
を演じていたドン・フライが出ていたと教えられたが、本業
が格闘家のフライは監督の前作『マイアミ・バイス』にも出
演していたようだ。
上映時間2時間21分の大作だが、観ている間は全く飽きさせ
ることはなかった。
        *         *
 今回は、個人的な都合で時間がなく、製作情報はあまり書
けそうにないが、その代わりに嬉しいニュースを1つ紹介し
ておこう。ハリウッドの映画人にとっては最高の名誉とも言
えるアカデミー賞で、B級映画の雄ロジャー・コーマンが表
彰(名誉賞を授与)されることになった。
 コーマンは1953年から半世紀以上に渡って、低予算の映画
を量産し続けた独立系のプロデューサーであり監督だが、そ
の作品の多くがホラーであったりSFテイストであったりも
することから、特にSF映画ファンの間では人気の高い人物
だ。しかしそれらの作品はハリウッドの大手映画会社からは
相応に扱われることはなく、このためハリウッドでは異端児
のよう観られていた。
 というコーマンの受賞だが、その授賞理由は彼自身の作品
というよりは、彼が長年の映画製作の間に育てたフランシス
・フォード・コッポラ、マーティン・スコセッシ、ジェーム
ズ・キャメロン、ロン・ハワード、ジョナサン・デミら、挙
げていけば切りがないハリウッドの才能であり、その功績が
今回の受賞に繋がっているようだ。
 SF/ファンタシー系の映画人の名誉賞は、レイ・ハリー
ハウゼンが1992年に科学技術部門の名誉賞であるゴードン・
E・ソウヤー賞を受賞して以来のことになるが、近年のVF
X映画の隆盛がようやく彼らにも日の目を当ててくれること
になったようだ。
 ただし名誉賞の受賞式は、昨年までは本賞の受賞式と一緒
に行われていたものだが、来年からは作品賞候補が10本にな
るなど本賞の受賞セレモニーに時間が掛かることが予想され
ており、このため本賞の受賞式からは切り離されて11月14日
に行われることになっている。ハリーハウゼンの時は昔から
の親友のレイ・ブラッドベリがプレゼンターとして登場し、
ファンを喜ばせてくれたが、今回は誰がプレゼンターになる
のか、それも注目になりそうだ。
 ということで今回はここまで、次回はもう少し書けるよう
に頑張ります。


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井口健二