井口健二のOn the Production
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2009年08月02日(日) あなたは私の婿になる、引き出しの中のラブレター、大洗にも星はふるなり、へんりっく、パイレーツロック、ちゃんと伝える、行旅死亡人

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『あなたは私の婿になる』“The Proposal”
敏腕だが部下や同僚にも厳しいカナダ人の女性編集者が、勤
務先のアメリカからフランクフルトのブックフェアに無断で
渡航し、移民法違反として国外退去、1年間の再入国禁止の
処分を受けそうになる。それを逃れる術は、アメリカ人との
結婚しかない。
そこで彼女が考えたのは、彼女に秘書として3年間仕えて来
た部下の男性。その男性に昇進を餌のパワーハラスメントで
結婚を承諾させるが、偽装結婚が発覚すると彼女の国外追放
はもとより、男性にも最大禁錮5年の刑が待っている。
そんな条件の許、2人は結婚に真実味を持たせようと、男性
の祖母の誕生パーティが行われる彼の実家(アラスカ)を訪
れることになるが…というロマンティックコメディ。
偽装結婚は、日本ではおおっぴらに認められている節も在る
が、移民の国アメリカではさすがに厳しく、ばれると厳罰が
待っているようだ。そんな日本とは異なる事情を背景にした
物語だが、それはまあ観ていれば自ずと解るように描かれて
いる。
それに物語はそこが主眼ではない訳で、それは何かというと
…そんな人間模様を巧みに描いた作品だ。しかも舞台はアラ
スカ。昨年6月に紹介した『P.S.アイ・ラヴ・ユー』のア
イルランドも良かったが、本作でも大自然が見事な背景とし
て活かされている。
主演は、製作総指揮も兼ねるサンドラ・ブロックと、『ブレ
イド3』などのライアン・レイノルズ。他に、『レイク・プ
ラシッド』のベティ・ホワイト、『タイム・アフター・タイ
ム』のメアリー・スティーンバージェンらが共演。
監督は、『幸せになるための27のドレス』などのアン・フレ
ッチャー。脚本は、脚本家としては初作品だが『イーグル・
アイ』などの製作も担当しているピーター・チアレッリ。映
画の前半では社内LANを使った部下同士のやりとりなどに
良い感覚を見せていた。
僕は立場上、編集者の知り合いもいるし、そんなところでは
物語の設定には親しみ易さが在った。従って普通の人よりは
話に入り易かったところは在るかも知れない。でも映画の全
体では家族との絆や、実家を離れて都会で1人暮らすことの
問題などが盛り込まれ、それは都会に暮らす人には共通に判
ってもらえる話の様に感じられた。
それに、何とも言えない男女の機微が、実に丁寧且つ細やか
に描かれた作品だった。

『引き出しの中のラブレター』
他人への思いは言葉にしなければ伝わらない。でも、胸の中
にしまったまま相手に伝えなかった思い。そんな思いを「引
き出しの中のラブレター」と称して、それらを巡るアンサン
ブルドラマが展開される。
主人公は、FM局で人気投稿番組を担当する女性ナビゲータ
ー。全国にネットされているらしいその番組に北海道の高校
生から1通の投書が届く。そこには「笑顔を見せない祖父を
笑わせるにはどうしたらいいか」と書かれていた。
その質問に一瞬答えに窮した主人公は、「笑わせる方法を大
募集」と喋って聴取者にその答えを委ねてしまうのだが、そ
れが思いも掛けない結果を生んでしまう。
一方、彼女自身も父親との確執からその四十九日の法要にも
出席できないでいたものだが、その遺品の中に、宛名まで書
きながら投函されなかった彼女宛の手紙が在ったことを教え
られる。しかし彼女はその開封をためらい、そのまま引き出
しに仕舞い込んでしまう。
そして北海道の高校生の許へ詫に向かった主人公は、高校生
の祖父と父親との間に、話し合えば判るはずなのに話し合え
ない確執の在ることを聴かされる。
そんな出来事の重なりから彼女は、胸の中にしまったままの
思いを相手に伝えようと呼び掛ける特別番組を企画するのだ
が…その中心となるべきは、高校生の祖父から家族に宛てた
手紙だった。
こんな物語を中心軸に据えて、九州から出稼ぎに来ているタ
クシー運転手や、シングルマザーを決意している妊産婦、親
の経営する医院に勤務し将来の院長の椅子も用意されて親離
れできない青年医師などの物語が交錯して行く。
出演は常盤貴子、林遣都、中島知子、岩尾望、竹財輝之助、
本上まなみ。他に水沢奈子、萩原聖人、吹越満、六平直政、
西郷輝彦、豊原功補、八千草薫、仲代達矢、伊東四朗、片岡
鶴太郎らが脇を固めている。
アンサンブル劇の面白さは、画面の端と端でそれぞれの登場
人物がすれ違うなどの仕掛けと、最後にそれらが意外な繋が
りを見せて行く過程が醍醐味となるが、本作の繋がりには、
ちょっとニヤリとしたところも在ったかな…。それほどの意
外性はなかったけれど、何となくほっとする優しさが心地よ
くも感じられた。
脚本の藤井清美、鈴木友海と、監督の三城真一は共にテレビ
から来た人のようだが、物語にはラジオという媒体の特性が
上手く活かされていた。そして映画としても面白く描けてい
た。

『大洗にも星はふるなり』
「江の島」といっても、茨城県大洗の海岸に建てられた夏限
定の海の家。そこで夏期のアルバイトをした仲間たち。本来
なら8月31日で閉鎖・撤去されたはずのその海の家に、クリ
スマス・イヴのその晩、彼らは戻ってきた。
集まったのは、4人の若者と中年のマスター。彼らは、それ
ぞれがバイト仲間のマドンナだった女性からの手紙で呼び出
されたのだ。しかし彼らを呼び出した彼女の目的は…?その
推理を巡って、若者たちの妄想が暴走し始める。
さらにそこに、違法に残されている海の家の撤去を求める弁
護士もやって来て、騒ぎに巻き込まれた弁護士は彼らの発言
を冷静に検証し始める。そして、若者に特有の勝手な思い込
みと現実とのギャップが次々に明らかにされて行く。
映画は、一部には海岸のシーンと、また回想シーンでの各地
のロケーションも登場はするが、ほとんどは海の家の中での
芝居が1幕物の舞台劇のように展開される。
脚本と監督は福田雄一。放送作家として数々の番組を手掛け
ているそうだが、その一方で劇団の座長も務めているとのこ
とで、なるほどこの構成も理解できるところだ。
とは言え、過去に放送作家と呼ばれる連中の映画作品では何
度も痛い目に遭っているところだが、福田監督は、脚本家と
して2006年『逆境ナイン』と2008年『ぼくたちと駐在さんの
700日戦争』も手掛けているとのことで、映画の作り方も
よく判っていたようだ。
出演は、山田孝之、山本裕典、ムロツヨシ、小柳友、白石隼
也。マスター役に佐藤二朗、弁護士役に安田顕。それぞれ個
性豊かな連中が集まっている。そしてマドンナ役は…8月の
公式発表まで秘密だそうだ。
まあ、若者の戯言のドラマと言ってしまえばそれまでだが、
弁護士が真実を暴いて行く過程はそれなりに納得できるもの
になっている。それに、多少大袈裟な演技は舞台劇の雰囲気
と思えば了解もできて、観ている間はさほどの違和感もなか
った。
僕自身が生まれも育ちも湘南の人間としては、茨城県大洗と
いう土地柄はあまり良く判らないが、笑いの根底にある劣等
感のようなものは土地柄に関係なく理解できるもので、全体
的には面白く観られた作品だった。

『へんりっく』
1983年に亡くなった寺山修司の許で俳優や舞台の裏方として
寺山の表現活動を支えてきた森崎偏陸という男性に焦点を当
てたドキュメンタリー。
1949年兵庫県淡路島生まれ。高校生の時に家出をして上京、
寺山主宰の天井桟敷に参加、あるときは実験映画の出演者、
またあるときは演出助手や舞台監督として活動。そして寺山
の死後は母堂に請われて養子となり、戸籍上は寺山修司の弟
となっている。
1974年製作の実験映画『ローラ』では、スクリーン上の女性
が観客席の男性を挑発し、憤然とした男性客がスクリーンに
飛び込むものの、女性たちに全裸にされてスクリーンから追
い出される。この作品で偏陸はスクリーン上の男性を演じて
いる。
このため偏陸は、現在では本の装丁や演劇ポスターのデザイ
ナーとして活動する傍ら、今でも『ローラ』の上映が決まる
とスリットスクリーンの製作から出演までを手掛け、その上
映は遠くパリまでも出向いて行われている。
そんな偏陸の姿を、彼の日常や寺山所縁の人々の証言などと
共に描いて行く作品となっている。そこには『ローラ』の上
演風景がほぼ全編に亘って収録されるなど、観る機会の少な
いこの作品を擬似的に体験できるようにもなっている。
ただしこの作品で、偏陸自身が描き切れているかというと、
そこは疑問に感じざるを得ない。これは、偏陸自身があまり
己を出したがらない性格ということもあり、本作だけでは彼
の寺山に対する思いや、彼自身の感じていることや考えなど
が観えてこないのだ。
本作の中で偏陸は、寺山修司の衣鉢を継ぐかのように『ロー
ラ』や、その他の寺山作品の修復、再上演などに奔走してい
る。偏陸にそこまでさせる理由を聞きたかった。もちろん彼
が戸籍上の弟であることは大きいのだろうが、それを受け入
れた覚悟なども知りたかったものだ。
僕自身は、寺山修司という人物に対しては何の思い入れもな
いが、本作の中でその活動が垣間見られるのは良いことであ
ろう。しかしそれも本作では中途半端に終わってしまう。た
だし本作の性格上ではそれも仕方がない。
結局、本作ではそのどちらも中途半端なのが残念と言える。
偏陸という人物には確かに興味を魅かれる。もっと偏陸の内
面まで踏み込んだ作品が観てみたい、そんな気持ちが残る感
じがした。

『パイレーツ・ロック』“The Boat That Rocked”
1960年代半ばの北海。そのイギリス領海外に浮かぶ船舶から
24時間ポピュラー音楽を流し続ける海賊放送局を舞台にした
青春ドラマ。
この海賊放送は、当時イギリスのラジオ放送を独占していた
国営局BBCが、ポピュラー音楽の放送を1日45分に制限し
たことを契機として生まれたもので、若者目当てのスポンサ
ーも殺到して隆盛を極めた。そしてイギリス政府は、その撲
滅に策を弄し始める。
本作は、そんな時代を背景に、海賊放送を行っている船舶に
乗り組むことになった若者の姿が描かれる。そこにはイギリ
ス人やアメリカからやってきた名うてのDJたちがいて、伝
統やモラルも破壊する生活が繰り広げられていた。
主人公は母子家庭に育った高校生。喫煙が故で退学処分を受
け、自分の名付け親が船長を務めるその船に母親の命令で乗
船してきた。それにしても退学処分の後がモラルの無い海賊
放送局とは豪気な母親だが、こうして乗船した船での常識外
れの生活が始まる。
一方、海賊放送の垂れ流すインモラルな放送に手を焼くイギ
リス政府は、スポンサーの規制などいろいろな手段で締め付
けを行っているがなかなか成果を挙げられない。しかし、つ
いに領海外の船舶も規制できる方策を見つけ出す。
こうして、政府が新たに造り出した法律の前には海賊放送の
存在も風前の灯火となってしまうが、それでも彼らは最後の
最後まで抵抗を続ける。そしてイギリス国民もまた彼らの動
静を見守っていた。
民放が普通にあった日本やアメリカの人間には判り難いが、
放送事業が国家に独占されていたイギリスでは、いろいろな
名目で若者文化が抑圧された。そんな時代の言わば反体制と
しての海賊放送には、当時日本でラジオ文化に浸っていた僕
らも憧れを持ったものだ。
実際、日本の民放だって、放送内容にはいろいろな形での規
制があるものだし、そんな中での海賊放送は正に若者文化の
象徴のようにも観えた。そして、そんな時代の物語を敢えて
今の時代に問うことの意味が、この作品にはあるように思え
る。
脚本と監督は2003年『ラブ・アクチュアリー』などのリチャ
ード・カーティス。出演は、フィリップ・セーモア・ホフマ
ン、ビル・ナイ、リス・エヴァンス、ニック・フロスト。他
にケネス・ブラナー、エマ・トムプスンらが共演している。
1960年代のポップスもたっぷりと聞くことができて、当時の
知る者には本当に楽しめる。そして今の人たちにも当時の若
者のエネルギーを感じてもらいたい作品だ。

『ちゃんと伝える』
2002年2月に紹介した『自殺サークル』などの園子温監督の
新作。
園監督の作品では、前作『愛のむきだし』がベルリン国際映
画祭で受賞するなど話題となっているものだが、僕はその作
品は観ていない。従って、僕の中の園監督は依然として『自
殺サークル』や2006年11月紹介の『エクステ』のままという
ことになる。
とは言っても、監督が作品のスタイルを変えるのはよくある
ことだし、それが成功するか否かは、それもまた興味のある
ところのものだ。作品のコンセプトなどを事前に知っていた
僕としては、そんな興味も持って試写を観に行った。
物語の主人公は、園監督の出身地でもある愛知県豊川市でタ
ウン雑誌の編集部に勤める若者。その父親は地元高校の体育
の教師でサッカー部の監督。そして息子のいた学年では、大
会での優勝を飾ったこともあるという名将のようだ。
しかし息子にとって教師であり監督の父親は、自宅でも学校
でも厳しい存在であり、なかなか打ち解けて話したこともな
かったような印象で描かれている。そんな父親が病に倒れて
からが物語の始まりとなる。
その父親は病床でも気丈に振舞ってはいるが、病状は思わし
くないようだ。そして主人公は雑誌の取材の合間には病院を
見舞うようになり、そこで父親の思い掛けない面を見いだし
たりもし始める。
園監督は昨年1月に自身の父親を亡くしたとのことで、本作
はその影響下で生まれた作品と思われる。しかし、僕自身も
今年2月に父親を癌で亡くした者としては何となく全体に違
和感が否めない作品だった。
それは葬儀の次第などいろいろだが、特には主人公の置かれ
た立場が無用に作り話めいていたことにもある。確かにこの
ような状況も現実に有り得ることではあろうが、本作の目的
が父親と息子の絆を描くことであるときに、これが必要であ
ったか否か?
結局この状況を入れたことで、本来描こうとした父親と息子
の関係とは違う方向に目が向けられることになり、それが作
品全体の方向を見失わせているようにも感じられた。物語は
シンプルに描くのが一番とも言えそうだ。

主演は、パフォーマンス集団EXILEメムバーのAKIRA。
共演は奥田瑛二、高橋恵子、伊藤歩。他に、吹越満、でんで
んらが出演している。
物語として悪い作品とは思わないが、僕自身にとっては違和
感が拭い切れなかった。なおサッカー競技でのメガネの使用
は、ルール上では問題はないが、主催団体によっては禁止し
ている大会もあるようだ。

『行旅死亡人』
前々回に紹介した『白日夢』などの脚本家井土紀州による監
督作品。東京高田馬場にある日本ジャーナリスト専門学校が
初の長編映画作品として企画製作し、同校で講師を勤める井
土監督が脚本と監督を担当した。
「熊公、お前が向こうで死んでるよ」というのは落語「粗忽
長屋」の名場面の一つだが、本作の主人公の女性は正にその
事態に見舞われる。それは彼女の名前を騙った女性が急病で
倒れ、親戚として彼女に電話が掛かってきたものだったが、
なぜその女性は彼女の名を騙らなければならなかったのか。
その謎を巡って物語は展開される。
題名は、旅行中に死亡した人、つまり行き倒れを指す言葉の
ようだが、本作は行き倒れを描いているものではない。しか
し、様々な理由で自分が自分として生きられなくなった人。
そんな人生を旅人として生きなければならなかった人の物語
が描かれる。
主人公はジャーナリストの卵、何時かは人々が注目するドキ
ュメントを書きたいと思っているが、まだその題材に行き当
たっていない。そんな彼女に電話が掛かってくる。そして訪
ねた病室のベッドに横たわっていたのは、以前の職場で親切
にして貰った先輩だった。
ところが、以前の職場に残されていた先輩の履歴書の住所を
訪ねると、そこにいたのも名前を騙られた女性。そしてそこ
ではさらに別の名前が明らかにされる。しかも彼女が点々と
名前を変えていった理由も朧げに見えてくる。
一方、病床の先輩が奇跡的に意識を取り戻し、その際に主人
公は先輩からある住所を告げられる。そしてその住所に向か
った主人公は…
物語の結末は、ミステリーに慣れた人ならかなり早い時期に
読めてくるだろう。つまり、ミステリーとしてはさほど目新
しいものが描かれている訳ではない。ただまあ、映画の雰囲
気やその他の部分で何かが生まれそうな、そんな気分にさせ
てくれる作品ではあった。
出演は藤堂海、阿久沢麗加、本村聡、小田敦、たなかがん、
長宗我部陽子。『呪怨パンデミック』などに出演の長宗我部
以外はメインストリームの俳優ではない人たちで、一部には
棒読みの台詞も聞かれたが、まあ今回は許容しておこう。
ただし、観客としてこの作品を観たときに、僕には物語の結
末が登場人物に余りに酷なように感じられた。実際この物語
は、その人物がこれをしなくても、他のちょっとした状況を
用意すればいくらでも成立するものだし、敢えてこの展開を
選択することが必要か否か。
確かに映画のインパクトを考えたときに、採られた展開は今
の観客事情には合っているのかも知れない。しかし、僕自身
がこの登場人物の生き様に共感を覚えたところでのこの展開
は、観客にも余りに酷なように思えたものだ。


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井口健二