井口健二のOn the Production
筆者についてはこちらをご覧下さい。

2009年06月07日(日) 童貞放浪記、8月のシンフォニー、のんちゃんのり弁、花と兵隊、僕らはあの空の下で、キャデラック・レコード、30デイズ・ナイト

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『童貞放浪記』
1962年茨城県生まれ、東京大学卒、ブリティッシュコロムビ
ア大学留学を経て東大大学院を満期退学。大阪大学の講師→
助教授を勤めながら東大博士号を取得、さらにちくま新書で
「恋愛論」の著作もあるという比較文学者・小谷野敦原作に
よる小説の映画化。
上記の経歴の作者が、東大卒で著作もあり、地方大学の新任
講師/30歳童貞という主人公を描く。
原作は2007年発表だそうだから作者45歳の時の作品というこ
とになるが、何と言うかお話は幼いし、主人公も含めて登場
人物はステレオタイプだし、物語に新鮮味もないしで、原作
を読んではいないが映画と同じ物語ならそれほど優れている
とは思えない。
とは言うもののこの原作が、それなりの文芸雑誌に発表され
て話題になったと言うのだから、日本文学のレヴェル低下と
言うか、これではケータイ小説も嘲笑えないな…という感じ
の代物だ。もっとも話題になったというのは、評価されたの
とは違うのだろうが。
大体主人公が二言目には「東大出なんて…」と言うのだが、
これが主人公、もしかしたら原作者も気付いていないのかも
知れないが実に鼻持ちならない。自分も周囲に東大出の知人
は多いが、こんな人にはお目に掛ったことがないような人物
なのだ。
ただまあ、そんな頭でっかちの主人公について、多分頭でっ
かちな作者が描いた作品を、映画化ではそれなりに上手く計
算してまとめていることには感心した。実際、映画の内容は
原作本の出版社サイトに載っている作品の概要とはかなり違
うものだ。
そしてそんな主人公を、映画では『イヌゴエ』などの山本浩
司がそれなりに観られるように演じて見せている。また相手
役には、元グラビアアイドルの神楽坂恵が扮して体当たりの
演技を見せる。他に、堀部圭亮、木野花らが共演。
脚色は、劇団主宰の傍ら作家として三島由紀夫賞、芥川賞に
もノミネートされたことがあるという前田司郎が担当。映画
の脚本は初めてのようだが、本作の出来はこの脚本によると
ころが大きそうだ。
監督は、2006年『AKIBA』という作品が評価されている
小沼雄一(苗字は「こぬま」ではなく「おぬま」と読むらし
い)。それ以来の作品となるが、本人には別にも仕事がある
らしく、この程度の寡作は仕方がないようだ。
いずれにしても、物語自体は大したことはないが、そこに描
かれた人間にはそれなりに考えさせられるところもあるし、
人の人生にはこんなことも有るのかなあと言う程度には観る
ことができた。

『8月のシンフォニー』
2002年2月の路上ライヴ開始から1年半後には渋谷公会堂の
舞台に立ったというシンガーソングライター川嶋あいの半生
を描いたアニメーション作品。
主人公は、地元福岡では名前の知られた前座歌手だったが、
高校進学を前に母親の決断で東京の芸能コースのある学校に
進学することになる。そしてプロダクションにも所属してス
ター歌手を目指すが挫折。しかしめげない主人公は路上ライ
ヴを開始する。
その路上ライヴにとあるベンチャー企業の社長が目を留め、
その手引きで学生グループの支援を得るようになる。そして
路上ライヴ1000回、CD手売り5000枚、渋谷公会堂でのリサ
イタルを目標に掲げて活動して行くが…
物語は実話に基づくとのことでそれならそれで仕方ないが、
実にとんとん拍子に進んで行くお話で、世の中には本当に運
の良い人もいるものだと感心させられてしまった。
もちろんそこには涙の秘話も含まれてはいるが、全体的には
それを自ら乗り越えているものでもなく、常に周囲に支えら
れてその周囲の人たちが彼女のためにかなりの犠牲も払いな
がら、でもまあその人たちも結局は成功して利益が得られる
ようになる物語だ。
従って全てが万々歳という感じの物語で、路上ライヴの妨害
などのエピソードはあるが、悪い人も殆ど出てこないし、正
直には世の中こんなに甘くはないがなあ…と思いながらも、
これが実話なのだから、世の中、案外捨てたものでもないか
なとも思えてきた。
そんな物語だが、映画の中にはチャンと泣かせる場面も設け
られているし、それは川嶋のファンでなくても普通に感動す
ることができるものになっている。それに加えて川嶋本人の
歌声が聴けるのだから、これはファンには堪らない作品と言
えそうだ。
ただし、アニメーションは基本的に実写をトレースするロト
スコーピングの技法で描かれているが、背景は実写を画像処
理しただけらしく、そこに写っているものの処理のいい加減
さには頭を抱えた。
それは、例えば2002年の時代背景のはずなのに2008年公開の
『L change the World』のビルボードが観えたのは見間違い
かも知れないので追求しないが、渋谷駅の路線図に2008年開
業の副都心線が描かれているのには呆れてしまった。
確かに副都心線の路線図はかなり前から書かれてはいたが、
いくら何でも8年も前からはないだろう。写り込んでいる店
の看板をいろいろ書き替える労力を費やすなら、もう少しは
こういう時代考証にも気を使って欲しいものだ。『ラスト・
ブラッド』のように本物を走らせるのではないのだから。


『のんちゃんのり弁』
漫画雑誌「モーニング」で、1995−98年に連載された入江喜
和原作コミックスの映画化。
生活力のない夫に愛想を尽かして下町の実家に子連れで帰っ
てきた主人公が、周囲の迷惑も顧みず、自らの目標に向かっ
て突き進んで行く姿を痛快に描く。
主人公は、作家志望という男の夢に憧れて結婚したが、その
実体は親の脛かじりで住居や生活に不自由はないものの将来
に全く希望が持てない。そんな夫に愛想を尽かし1人娘を連
れて下町の実家に帰ってきたが、年金暮らしの母親に頼るこ
とはできない。
しかも主人公自身にも何の特技も技能もなく、その上、慰謝
料も貰いたくない主人公は、何とかお金を稼ぐ方法を考える
が…。そこには別居した夫がストーカーのごとく現れるし、
1人娘はその夫を今でも慕っているようだ。
ところが、幼稚園に通園する娘のために作った「のり弁」が
評判になり、料理には少し自信のあった主人公は弁当屋を開
くことを夢見始める。そして、近所で1人で切り盛りしてい
る居酒屋の店主などを巻き込んで、夢はどんどん膨らむが…
基本は下町人情ものという感じだが、結構厳しい現実も捉え
ていて、特に夢見がちの主人公に対して居酒屋の店主が現実
の厳しさを説いて行く下りには、はっとさせられるものがあ
った。
その一方で、主人公と地元の幼馴染みの男性が繰り広げるぎ
こちない恋愛騒動にも、如何にも有りそうなリアル感があっ
て、その辺が最近のブームかも知れない下町ものの中では一
つ際立っている感じもする作品だった。
主演は、『死神の精度』のヒロイン役が印象に残る小西真奈
美。共演には、岡田義徳、岸部一徳、村上淳、倍賞美津子。
そしてタイトルロールの子役は、オーディションで箸を使っ
た食べっぷりが認められたという佐々木りおが演じている。
脚本監督は、2000年『独立少年合唱団』でベルリン映画祭新
人監督賞受賞、2005年『いつか読書する日』でモントリオー
ル映画祭審査員特別賞受賞の緒方明。まだ3作しか撮ってい
ない監督だが、受賞歴は伊達ではないようだ。
なお劇中に登場する「のり弁」を『かもめ食堂』『めがね』
などのフードスタイリスト飯島奈美が手掛けていて、CGI
も絡めたその解説は実に美味しそうだった。また、劇中登場
の工事現場はスカイツリーの建設地だそうだ。

『花と兵隊』
インパール作戦に参加。敗戦後の日本軍解体の時に離隊して
そのまま現地に留まった元日本兵の現在を取材したドキュメ
ンタリー。
その人々の中には、兵役で学んだ知識を活用して戦後に財を
なした人や、戦後に放置された日本兵の遺骨を収集して個人
で慰霊塔を建てた人、また自宅の居間に昭和天皇の写真を飾
っている人もいる。
その一方で、インパール作戦に参加する以前には、中国人と
見るや協力者か非協力者かの見境もなく殺すことを命じられ
て幾人もの中国人の子供を虐殺したとか、インパール作戦中
には戦友の人肉を食べることを命令されて食べたと証言する
人もいた。
実は登場する内の何人かは、以前に今村昌平監督が『未帰還
兵』シリーズとして取材した人たちだそうで、今回はその今
村氏が創設した日本映画学校卒の松林要樹監督が、彼らと家
族との関りを中心にその後の姿を追っている。
従って、最初の内は妻との出会いの状況などが語られている
のだが、そこから徐々に上記の発言へとシフトして行く。そ
の構成は多分に意図的なものなのだろうが、今までのこの種
のドキュメンタリーより一歩踏み込んだ戦争の恐ろしさを描
いている感じがした。
元日本兵で戦後を日本以外の地で過ごしてきた人々のドキュ
メンタリーでは、4月に『台湾人生』という作品を紹介して
いるが、今回はそれとは違った意味で戦後の日本国が置き去
りにしてきた人々が描かれる。
もちろん今回の人々は、自らの意志(戦犯になることを恐れ
て隠れた人もいる)もあってその国に留まった人々だが、そ
れでもそこにはまだ終わっていない戦後が取り残されている
感じがした。
そんな中で、上記の虐殺発言や人肉食発言をしているのは、
実は個人で慰霊塔を建立した人と同じ人なのだが、その建立
の背景には単に戦友の慰霊だけではない自分自身の懺悔の気
持ちも入っているようだ。
そして、その人物に関しては映画の最後で死去されたとのク
レジットが表示されたが、彼自身が最後に安らかな気持ちで
逝けたのかどうか、この人たちにとって戦後は死ぬまで続い
たのではないか。その姿を我々も真摯に受けとめる必要があ
ると思えた。

『僕らはあの空の下で』
ミュージカル『テニスの王子様』などで人気の出た若手男優
の共演による青春映画。
ここ数年、この手の男優たちによる学園ものなどの作品を定
期的に観ている感じだが、今回はいわゆるボーイズラヴもの
ではなく、どちらかというと真面な学園ものが展開されてい
た。
物語の舞台は神奈川県三浦市の高校。そこにボストンからの
転校生がやってくる。と言っても彼自身は日本人で、母親の
病気治療に付き添っての一時帰国の間だけの転校だった。そ
してその転校生は、最初に生徒会長に紹介されるのだが…
その生徒会長は漫画家志望でせっせとコンテストにも応募し
ているが、その結果はいつも残念賞。彼の作品には、絵は良
いが物語の構成が駄目という評価が続いていた。
ところがその彼が転校生の名前を聞いて驚く。それは同じコ
ンテストにボストンから応募してくる奴と同じ名前だったの
だ。しかもそいつは、物語の構成は良いが絵が駄目という評
価で残念賞ばかり貰っていた。
という2人が揃えば、後は共作での漫画の創作となって行く
が…そんな中で母親の回復まで期間限定の青春ドラマが展開
される。
出演は『キズモモ』の古川雄大、『虹色の硝子』の細貝圭、
『少年メリケンサック』の永岡卓也、それに本作が映画デビ
ュー作の佐藤永典。他に『赤い糸』などの矢柴俊博らが共演
している。
脚本は『キズモモ』の吉井真奈美。また1人気になる脚本家
の誕生のようだ。共同脚本と監督は助監督出身の平林克理。
本作が初監督作品になるが、助監督作品には『ホテルハイビ
スカス』『誰も知らない』『ゆれる』『僕の彼女はサイボー
グ』などが並んでいる。
僕自身、高校時代は文科系のサークルにいた人間だが、そん
な自分の昔が思い出させるような作品だった。体育会系では
ない、ちょっと温いかも知れないが、そこでも切磋琢磨はあ
る。そんな感じの青春が上手く描かれていた。
しかも上映時間68分の作品なので展開のまだるっこしいとこ
ろは余りないし、基本はイケ面俳優たちによる女性向けの作
品なのだろうが、案外自分にも填ってしまったものだ。

『キャデラック・レコード』“Cadillac Records”
1947−69年のシカゴを舞台に、黒人音楽を世間に広め、ロッ
クンロールやヒップホップの基礎を作り上げたチェス・レコ
ードの創始者でポーランド移民のレナード・チェスと、彼が
見出した黒人アーティストたちの姿を描いた実話に基づく物
語。
人種差別もまだ根強い時代を背景に、音楽を媒介にしてその
壁を取り除いて行った人々の姿を描く。そこでは、南部を旅
するときに敢えて黒人のスター歌手に運転をさせる、そうし
ないと白人と黒人の同乗を認められなかった…などの様子も
描かれる。
また、白人女性を舞台に上げたことが問題にされて逮捕収監
されたチャック・ベリのエピソードや、ユダヤ人のチェスが
黒人アーティストたちを家族のように面倒を見ながらも、金
銭面では搾取し続けた事実などが描かれる。
物語の中心となるレナードは、シカゴで廃品の回収業を営ん
でいたが収入は少なく同郷の成功者の娘との結婚もままなら
なかった。そんな彼が、一念発起して黒人音楽を演奏させる
クラブを開業し、黒人アーティストをスカウトし始める。
そこに南部のプランテーションからやってきたマディ・ウォ
ーターズや、ハーモニカ演奏の天才リトル・ウォルター、ソ
ング・ライターのウィリー・ディクスン、独自のスタイルで
ギターを弾くチャック・ベリ、女性歌手のエラ・ジョーンズ
らが集まってくる。
上でも書いたように基本的にはまだ人種差別が根強い時代、
黒人たちには読み書きのできないものも多く、そんな中でレ
ナードはヒット曲の代償には高級車キャデラックを与えるな
どのやり方で黒人たちの心を掴んで行く。
もちろんそんなやり方は、金銭的なトラブルの原因ともなる
が、一方で酒や麻薬に溺れて行くアーティストたちには、そ
れを食い止める役には立っていたのかも知れない。まあある
意味おおらかな時代の話かも知れないが。
出演は、『戦場のピアニスト』で史上最年少のオスカー主演
賞受賞者となったエイドリアン・ブロディ、『ブッシュ』で
はパウェル国務長官に扮したジェフリー・ライト、本作の製
作総指揮も勤めた歌手のビヨンセ・ノウルズ。
他に、コロムバス・ショート、セドリック・ジ・エンターテ
イナー、モス・デフ、イーモン・ウォーカーらがそれぞれ著
名な歌手の役で共演している。
アーカイブ映像で登場するエルヴィス・プレスリーと、リト
ル・ウォルターの1曲以外の楽曲は全て出演者自身が歌って
いるのも魅力的で、特にビヨンセの圧倒的な歌唱とモス・デ
フが楽しそうにベリを演じているのも面白かった。

『30デイズ・ナイト』“30 Days of Night”
厳冬の30日間太陽が顔を出さない極夜が続くアラスカ最北
部の町バローを舞台に、太陽光を恐れるヴァンパイアの集団
と町の住民の対決を描くグラフィックノヴェルの映画化。
原作はアメリカのIDW社から2002年に出版されたミニシリ
ーズのコミックスで、その時から映画化の情報はあったが諸
般の事情で映画化が実現したのは2007年。そのアメリカでの
興行は第1週に1500万ドル、第2週にも1000万ドルを超える
ヒットとなり、その後の全世界興収では7000万ドル以上を稼
ぎ出しているとされる。
そんな作品がようやく日本でも公開されることになった。
極夜の町でのヴァンパイアとの闘いを描く作品では、2007年
6月にスウェーデン製の『フロストバイト』を紹介している
が、設定を活かし切れていなかった欧州作品に比べると、さ
すがにハリウッド=サム・ライミの製作では一味違う作品に
なっていた。
その本作の主人公は、バローの町を守る保安官夫妻。しかし
性格の不一致からか妻は極夜を迎える最終便で町を離れると
宣言している。ところがアクシデントで彼女は町に戻ること
になり、ぎくしゃくした夫婦関係の中に恐怖の事件が襲来す
る。
以前に製作情報を紹介したときにも書いたが、ヴァンパイア
に極夜とは考えたもので、これに対する人間にはどのような
対抗手段が残されているか。それもまたその設定条件の中か
ら生み出して行かなければならないものだ。
その辺の捻りがいろいろ面白くなってくるものだが、それは
それなりに了解できるものにはなっていた。ただしベラ・ル
ゴシなどの古典的な名前が出てくる割りにはその説明が明瞭
ではなく、この辺はアメリカの観客には良くても日本では多
少心配になった。
それに襲ってきた集団がヴァンパイアと判る下りや、30日
間隠れているというアイデアの出所も不明で、この辺ももう
少し説明が欲しかったところだ。
確かに説明的な台詞を多くすると演出のテンポが阻害される
ことにはなるが、かといって全くなしでは部外者の観客には
不親切だろう。今回ならベラ・ルゴシが1931年映画化の時の
ドラキュラ役者で…という程度の説明でいいと思うのだが。
出演は、『シン・シティ』『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイ
ン』などのジョシュ・ハートネット。
他に、1998年『ダークシティ』のメリッサ・ジョージ、『ナ
ンバー23』のダニー・ヒューストン、『バットマン・ビギ
ンズ』のマーク・ブーンJr.、『3時10分、決断のとき』
のベン・フォスター、『シルク』のマーク・レンドールらが
共演している。
監督は、2005年『ハードキャンディ』で注目され、『トワイ
ライト』の第3作への起用も決まったイギリス出身のデイヴ
ィッド・スレイド。VFXはニュージーランドのウェタが担
当して見事な雪景色を造り出している。
        *         *
 前回の記事の最後に製作ニュース他を追記しましたので、
よろしければご覧ください。


 < 過去  INDEX  未来 >


井口健二