2009年03月08日(日) |
雪の下の炎、ジョニー・マッド・ドッグ、コード、マーターズ、ミュータント、伯爵夫人 |
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※ ※僕が気に入った作品のみを紹介しています。 ※ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 『雪の下の炎』“Fire Under the Snow” 中国軍の侵攻に対して1959年にチベット民族が蜂起した際の 平和的なデモを行ったという「罪」で逮捕され、以来33年間 に渡る獄中生活と厳しい拷問に耐え切ったチベット僧パルデ ン・ギャツォの半生を描いたドキュメンタリー。 1996年サンフランシスコで開催された第1回チベタン・フリ ーダム・コンサートでオノ・ヨーコらと共に、チベットの現 状と平和を訴える姿や、2006年トリノ冬季オリンピックの会 場近くで北京オリンピック開催阻止のためハンガーストライ キを行う姿を通じて、彼が獄死した同胞らのために行ってい る戦いが描かれる。 中国が不法支配しているチベットの問題に関する映画では、 先にアメリカ映画『風の馬』を紹介しているが、本作もその 問題を余すところなく伝えるものだ。それは、ドラマ化され ている『風の馬』ほどには衝撃的ではないが、むしろ淡々と した表現の中での訴える力は大きいように感じられた。 しかも本編の中で、ダライ・ラマの率いるチベット亡命政府 が北京へ歩み寄り、ハンガーストライキの中止を求めてきた という事実などは、政治に翻弄される個人の姿も描いて、こ の1人のチベット僧が真に訴えたいことをより明白にしてい るようだ。 監督はニューヨーク在住の樂眞筝。外国での辛い1人暮らし の中での心の支えになったというチベット僧の自叙伝“An Autography of a Tibetan Monk”(邦訳題名:雪の下の炎) を、1人でも多くの人に知ってもらいたいという気持ちで制 作した作品とのことだ。 なおこの原作となる自叙伝は、一時新潮社から刊行されたも のの絶版となっていたが、昨年の北京オリンピック開催前に 起きたチベット紛争により注目を集め、書籍の復刊ビジネス を展開するブッキング社の手によって復刊が行われているそ うだ。 文化も言語も違う地域を他国が支配し圧制を強いている。こ の単純明白な不法行為を誰も止められない。しかも、その亡 命政府すらが圧制を敷く他国に擦り寄っている。そんな中で の孤立無援とも言える戦いを続ける1人のチベット僧の姿。 それは怪しげな英語でインタヴューに答える亡命政府のリー ダーより荘厳なものに見えた。
『ジョニー・マッド・ドッグ』“Johnny Mad Dog” 3月12日から六本木で開催される2009フランス映画祭で上映 される作品。 内戦の続くアフリカの国を舞台に、その内戦に巻き込まれた 少年や少女たちの壮絶な姿を描く。 主人公のジョニーはマッド・ドッグと名告り反政府軍の少年 兵たちを率いている。といっても彼自身まだ15歳の少年だ。 そんな少年兵たちは麻薬の勢いで戦闘を繰り広げ、政府関係 者と見れば強奪や女性には強姦も繰り返しながら戦いを続け ている。 一方、13歳の少女ラオコレは、戦争で下半身を失った父親と 8歳の弟と共に市街地で暮らしていたが、やがて彼女の周囲 にも戦闘が押し寄せてくる。その戦闘の中を、彼女は父親を 手押し車に乗せ、国連軍の病院に連れて行こうとするが… その国には国連軍も進駐しているが、中立の立場を取る国連 軍は、ただ別け隔てなく傷病者の看護を行うだけで、戦闘へ の介入はしてこない。そして少年兵たちは、その先に何があ るのかも判らないままに、不条理な戦闘を続けていく。 脚本と監督はジャン=ステファーヌ・ソヴェール。本作の前 にはコロムビアの少年犯罪を題材にしたドキュメンタリーも 手掛けており、本作は別にあった原作の映画化ではあるが、 ドキュメンタリー・タッチの見事な映像を作り上げている。 そして本作の映画化に当って監督は、自らリベリアに赴いて 実際に兵士だった少年たちをオーディションで集め、彼らの 信頼を得るために撮影の1年前から共同生活をして必要な準 備を行ったとのことだ。 現地で当事者だった子供たちを集めて撮影された作品では、 ブラジル映画の『シティ・オブ・ゴッド』が思い浮かぶもの だが、本作ではその作品にも劣らない鮮烈さと壮絶さで、現 代社会の一面が刔り取られている。 これが目を背けてはいけない世界の現実ということだ。なお 撮影後には、内戦で苦しむ子供たちのために、ジョニー・マ ッド・ドッグ基金が設立されているそうだ。
『コード』“Le Code a change” 3月12日から六本木で開催される2009フランス映画祭で上映 される作品。 2003年6月に紹介した『シェフと素顔と、おいしい時間』な どのダニエル・トンプソン監督が、現代人の恋模様を巧みな アンサンブル劇で描き出す。 6月21日の夏至の日、各所で路上音楽祭が開催されているパ リ・ベルヴィル地区にあるアパルトマンの一室で、主人公の 友人やそのまた友人などが集って開かれる夕食会。それは気 軽な毎年恒例の集いだったが…そこに集まる人々の上辺とは 裏腹な想いが描かれて行く。 それは夫婦の危機であったり、不倫であったり、また長く疎 遠な父親と娘の関係であったり、いろいろな人生の機微が綴 られる。そして物語は翌年の6月21日へと飛び、その1年間 の変化などが描かれる。 上辺だけを繕って臨むパーティ、その上辺が徐々に剥がされ る。ただそれだけの物語なら過去にもいろいろな作品があり そうだが、本作ではそこに1年の間隔を置くことで、その間 の変化がいろいろと際立たせられる仕組みとなっている。 本作では、その構成の見事さにまずは拍手を贈りたくなって しまう。そしてそこで明らかにされるいろいろな状況が、見 事に登場人物たちの本音と建前を描き出す。しかもそれが決 して全て解決されるものではないことも、人生そのものとい う感じがする。 人生なんて全て順風満帆ではないし、上辺を繕いながらもい ろんなことが人々を苦しめ、迷わせている。それは悲劇や喜 劇というほど大袈裟なことではなくても、多分この物語に出 てくる程度のことは、よくある悩みなのかも知れない。 他人の生活を覗き見ているような作品ではあるけれど、観終 って悪い気分にはならなかったし、そんな人生の一時の風景 が心地よく描かれた作品と言えそうだ。 なお題名の「コード」には、最初「暗号」のことかと思って 観に行ったものだが、本作では「ドレス・コード」などに使 う「規定」というような意味だったようだ。その「規定」が 少しずつ変化して行くという物語だ。
『マーターズ(仮題)』“Martyrs” 3月12日から六本木で開催される2009フランス映画祭の中で 13日の金曜日に「ホラー・ナイト」と銘打たれて上映される 作品。 長く虐待を受けていたと思われる少女が保護される。最初は 他人を寄せつけなかった少女は、やがて1人の少女に心を開 くようになる。そして15年の歳月が流れ、虐待を受けていた 少女はその犯人を突き止める。しかしそれは… 虐待の様子が執拗に再現され、それ事態がかなり怖気を振る う描写となっている。しかもその一方で、復讐の鬼と化した 少女の殺戮の様子や、そこに現れる謎の存在との葛藤など、 ホラー描写のオンパレードと行った感じの作品だ。 しかしこの作品はそれだけで終るものではない。 題名のMartyrは、英語もフランス語も同じキリスト教の殉教 者のことのようだが、物語では後半その題名の意味が徐々に 明らかにされて行くことになる。 僕自身は余り題名の意味は考えずに観ていて、ナチスか大金 持ちの秘密実験にでも絡むのかなと考えていたが、殉教者だ そうで、物語はかなり壮大なバックグラウンドを持つものに もなっている。 ただ、まあもう1歩捻りがあっても良かったかなという感じ ではあったが…それでも通り一遍の物語に終らせないのは、 さすがは近年、『ハイテンション』『ミラーズ』のアレクサ ンドル・アジャなど、俊英を誕生させているフランスホラー 映画界というところだ。 出演は、虐待を受けていた少女役に2007年11月紹介『中国の 植物学者の娘たち』に出ていたミレーヌ・ジャンパノイと、 新進女優のマルジャーナ・アラウィ。特にアラウィは、撮影 中に骨折もしたというかなり厳しい演技を体当たりで演じて いる。 脚本と監督は、2011年公開が予定されている“Hellraiser” の新作に抜擢が決まっていると言われるパスカル・ロジェ。 アジャもそうだが、フランス人のホラー監督は痛そうな描写 が得意のようだ。 なお本作は、日本でも今年秋以降に一般公開が決定している ものだ。
『ミュータント』“Mutants” 3月12日から六本木で開催される2009フランス映画祭の中で 13日の金曜日に「ホラー・ナイト」と銘打たれて上映される 作品。 ウィルス感染の脅威に曝されている世界。そこではウィルス の感染者たちが人肉を求めて正常な人々を襲い始めている。 そんな状況下で、1台の救急車が負傷した兵士を基地まで搬 送しようとしていた。 その救急車に乗り組んでいるのは女性救護員と男性運転手。 2人は女性兵士と共に感染者に噛みつかれた兵士の搬送をし ていたが…やがて救急車は、雪に埋もれた医療施設だったら しい巨大な建物に辿り着く。 まあ典型的なゾンビ物という感じだが、雪に埋もれた巨大な 建物の風景などがアメリカやイギリス映画とはまたちょっと 違った雰囲気を造り出している。 とは言っても、次々ゾンビをぶち殺して行くのはこのテーマ の定番という感じで、まあ、話に多少の捻りはあるが、それ 以上でも以下でもない作品というところだ。もちろんそれが 好きな観客には、これで充分と言える程度ではあるが。 ただし、主人公に多少医学の知識があると言う設定で、途中 でいろいろと実験をしてみるという展開は面白かった。その 点では、ゾンビ物の中でも元祖ジョージ・A・ロメロ監督の 作品に似た感じがする部分でもあった。 出演は、エレーヌ・ド・フージュロル、フランシス・ルノー とディダ・ディアファ。特に、女性救護員を演じるド・フー ジュロルのちょっとクールな感じが良かった。 監督は、2007年に“Morsure”(英語題名:Bitten)という ホラー短編作品を発表しているダヴィッド・モレル。脚本も 手掛けた本作は長編デビュー作のようだが、そつなくまとめ ている感じはするものだ。 ただ題名の「ミュータント」は、こういう場合も突然変異と 言えるのかどうか、邦題は原題のままだから仕方はないが、 多少疑問には感じたところだ。確かに人間が変容している場 面はあるが、これは感染による変形であって突然変異ではな いと思うのだが。
『伯爵夫人』“The Countess” 3月12日から六本木で開催される2009フランス映画祭の中で 13日の金曜日に「ホラー・ナイト」と銘打たれて上映される 作品。 17世紀初頭のハンガリー王国で、10年ほどの間に600人以上 を若い女性を殺害し、その血を啜ったり人肉を食べたとも言 われる伯爵夫人バートリ・エルジェーベト(現地マジャール 語では姓を先に書くのが正式のようだ)の生涯を描く。 吸血鬼の原典というと串刺し王ヴラド・ドラキュラが有名だ が、同じトランシルヴァニア地方にその100年ほど後に誕生 したエルジェーベトも、ドラキュラ伝説の基になったと言わ れる人物のようだ。 しかも、処女の血を使って自分の美貌を保とうとしたという 物語は、正に吸血鬼伝説そのもののようにも思えるものだ。 そんな物語を、昨年3月『パリ、恋人たちの2日間』を紹介 しているジュリー・デルピーが、製作、脚本、監督、主演も 兼ねて映画化した。 正直に言って、この作品をホラーとして紹介するのには抵抗 を感じる。確かに物語は吸血鬼の原典であり、映画はその状 況を描いて行くものではあるが、デルピーが描いているのは むしろ歴史劇であり、その歴史の時代を生きた女性の姿だか らだ。 とは言うもののこの映画では、物語を関係者の回想形式で始 めるなど、巧みにホラー映画の様式も取り入れている。その 辺り巧みさがデルピーの上手さであり、ホラー映画ファンも 納得させようとする強かさでもありそうだ。 そして物語では、別の見方をすれば時代の大きな流れの中で 翻弄され、そこに辿り着いてしまった女性の姿が描かれてい る。ただし「血の浴槽」や「鉄の処女」なども考案したとさ れるのは、もちろん本人の性癖による部分は大ではありそう だが。 それにしても、デルピーのような女優がこの物語に興味を持 ったというのも面白いところで、以前に紹介した『パリ…』 もちょっと普通ではない感覚のある作品だったが、この人の 作品には今後も注目して行きたいものだ。 共演は、『パリ…』にも出ていたダニエル・ブリュール。他 に、『蜘蛛女のキス』で1985年オスカー主演賞受賞のウィリ アム・ハート、『4ヶ月、3週間と2日』のアナマリア・マ リンカらが脇を固めている。 因に原題は、プレス資料ではフランス語で“La Comtesse” となっていたが、本作の台詞は全て英語とされ、フィルム上 のタイトルの表記も上記のような英語になっていた。
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