井口健二のOn the Production
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2009年01月25日(日) パラレル、桃まつりkiss!、エリートヤンキー三郎、フロスト×ニクソン、60歳のラブレター、バーン・アフター…、ダイアナの選択

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『パラレル』
元Jリーガーだったスポーツ選手が車椅子の必要な身体とな
り、その状況からパラリンピックの日本代表選手となって行
くまでを描いた実話に基づくドラマ。
室蘭大谷高校のサッカー選手だった京谷和幸は高卒で古河電
工サッカー部に入部、Jリーグ発足と共にジェフ市原とプロ
契約を結びJリーガーとなる。そしてフランスW杯の日本代
表を目指す一方、チームのチアリーダーの女性に一目惚れし
結婚の約束を勝ち取る。
ところが結婚式を目前に事故に遭い、下半身が不随となって
サッカー選手の道を閉ざされる。このため最初は落ち込んで
しまうのだが、やがて車椅子バスケットボールに巡り会う。
しかもそこでは元Jリーガーの実力を発揮、パラリンピック
日本代表への階段を登り詰めて行く。
もちろん最初にJリーガーであることからして一般の人とは
条件が違う訳だが、それは足を奪われただけで今まで賭けて
きたことの全てが失われてしまうような、一般の人以上に厳
しい条件であったことも理解できるところだ。
そんな中で、それでも彼を支えていこうとする婚約者の理解
などは特に重要な話だと思われるところだが、実はこの映画
化ではそんな部分をすっ飛ばして、ただ感動の物語が綴られ
ただけものになっている。
それが良いか悪いかだが、まあ最近の日本映画のレヴェルは
大体こんなもので、それを考えれば悪い作品ということには
なりそうもない。Jリーグもそれなりのネームヴァリューが
あって、北京パラリンピックの印象もまだあるうちなら、こ
れで良いだろうというところだ。
ただし、映画を観ていて何かもう一歩の踏み込みが物足りな
いような気分にはなった。その足りない部分が何かと言われ
ると詰まってしまうところだが、何か1つインパクトに欠け
るというか、パンチが足りない感じがするのだ。
とは言っても、物語は実話に基づいているから無茶なことは
できないが、例えば最後に実際の北京パラリンピックでの活
躍の映像を挿入するとか、何か一工夫が欲しい感じはした。
それは権利の問題などで叶わなかったのかも知れないが。
出演は、主人公に要潤と、その妻役に歌手で主題歌も歌って
いる島谷ひとみ。島谷の演技は悪くないし、2人のファンに
は満足できる作品なのかな。なお本作は、文科省選定(青年
・家庭向き)の映画となっている。

『kiss!』
昨年2月に紹介した『真夜中の宴』に続いて、女性映画人に
よる「桃まつりpresents」との冠の付けられた短編映画集。
東京では3月14日から渋谷ユーロスペースでの公開が予定さ
れている。
なお上映は、A、Bの2プログラムに分けて全9本の予定の
ようだが、昨年と同様今回も2作品が未完成とのことで、試
写が行われたのは7本だけ。その中から特に気に入った作品
を紹介しておく。
「マコの敵」
べリーダンサーを主人公に、恋人を奪われた女性の執念が描
かれる。主人公は海外公演も行うほどだったが、ダンスにの
めり込みすぎて恋人に逃げられてしまう。ところが、その恋
人を奪った女性が、事情を知らずにダンスを習いたいと彼女
の前に現れる…
かなり特異なシチュエーションだが、それなりに話の辻褄は
合わせてあり、結構面白く観させてもらった。挿入されるダ
ンスシーンの感じも悪くないし、結末まで一気に観せてくれ
る構成はしっかりしている。短編映画としては完成された作
品だ。
「クシコスポスト」
炎天下のビルの屋上に集う家族のような面々。しかしそこに
は母親は居ず、主人公の少女はいつも「お母さんが欲しい」
と思っていた。そんな夏休みのある日、少女は母親を求めて
行動を開始するが…世間の事情はいろいろ複雑だった。
炎天下の屋上の風景などはシュールで見事だし、少女の行動
から始まる周囲の反応にもいろいろと面白いところがある。
全体の演出をもっとアヴァンギャルドにすれば、この風景の
中での物語がもっと活きるようにも思えたが。
「地蔵ノ辻」
道端の地蔵を熱心に撮り続けているカメラマンがいる。その
カメラマンに1人の女性が声を掛け、山里の祭りの写真を撮
りに行こうと半ば強引に誘いだす。そして、彼女の後に付い
て山路を登るカメラマンは…
『真夜中の宴』でも紹介した竹本直美監督の作品。今回は会
場で監督と話す機会があったが、この作品のファンタスティ
ックな雰囲気は良い感じだし、この感覚は大事にしてもらい
たいものだ。なおハリウッド映画の『7つの贈り物』と比較
してみるのも面白そうだ。
この他の「月夜のバニー」はホラー仕立てにしても良かった
のではないかな。重いテーマを見せるには、案外そんな手も
有効なものだ。一方、「収穫」はもっとファンタスティック
なものを期待したのに、これはちょっとはぐらかされた感じ
がした。
さらに、「それを何と呼ぶ?」と「たまゆら」では、主人公
たちの関係が女性には判るのかも知れないが、男性の僕には
ちょっとピンと来なかったのが正直な感想だ。
でも全体的には、どの作品も構成はしっかりしていたし演出
も悪いとは思えない。これからも期待して観ていきたいと感
じたものだ。

『エリートヤンキー三郎』
2000年から足掛け9年間も連載が続いているという阿部秀司
原作ギャグマンガの映画化。同原作はすでにテレビドラマ化
されており、本作はその劇場版となっている。
私立徳丸学園高校。そこは屈指の低偏差値を誇りヤンキーた
ちの巣窟と化していた。その学園にかつて入学した大河内家
の長男・一郎と次男・二郎は、そこを足場に県内各校のヤン
キーたちを掌握、大河内帝国を作り上げた。
ところが、徳丸学園校長の英断で2人は退学処分となってし
まう。そして新たな春の入学式。その学園に大河内家の三男
・三郎が入学してくることとなった。その三郎には、一郎、
二郎の跡を継ぐべくヤンキーたちの総長の座が用意されてい
たが…
現れたのは見るからにひ弱そうな少年。しかし彼には一郎、
二郎も一目置くヤンキーの熱い血が流れていた。その熱い血
はある条件の許で発揮されるもの。そして入学式早々、三郎
のヤンキーを血を滾らせることになる事件が起きる。
これにヤンキー撲滅を目指すエリート刑事やヤンキー刑事、
さらにヤンキー間の抗争や、ゲームオタクの美少女などが絡
んで物語が進んで行く。
血を滾らせたときの三郎の変身振りは、去年の夏頃ににどこ
かで観たことがあるような…とか、いろいろ気になるところ
はあるが、取り敢えずそれはパロディとして了解することと
して、アクションからVFXまでを取り揃えたギャグ映画が
展開する。
出演は、『仮面ライダー電王』などの石黒英雄がテレビ版に
引き続き主演の他、お笑いコンビインパルスの板倉俊之、映
画『うた魂♪』に出演の山本ひかるなど。さらになだき武、
竹内力らが共演している。
監督は、2004年『魁!!クロマティ高校』などの山口雄大、脚
本は、2007年『スピードマスター』などの木田紀生。
ただし山口監督の作品は、どちらかと言うとスプラッター系
の作品ではその過激さが活きるが、アクション系の作品は多
少空回りする感じがある。本作でも、1つ1つのシーンは良
いが、全体としてみたときに何となくバランスが取れていな
い感じがするところだ。
アクション系でも『クロマティ高校』などは良いと思うのだ
が、その落差がちょっと気になる。でもまあVFXなどは、
それが好きな人間にはそれなりに楽しめるものになっている
し、取り敢えず次回作にも期待することにしよう。


『フロスト×ニクソン』“Frost/Nixon”
1974年8月9日、アメリカ史上初の自ら職を辞した大統領と
いう不名誉を纏ってリチャード・ニクソンはホワイトハウス
を後にした。その生中継を観た視聴者は全世界で4億人。コ
メディアン出身のテレビ司会者デイヴィッド・フロストもそ
の1人だった。
イギリスとオーストラリアでトーク番組を持ちながらも将来
に不安を感じていたフロストは、その視聴者数に驚くと同時
に、もしニクソンとの単独インタヴューに成功したら、自分
をもっと高みに導くことができると思い立つ。そしてその準
備を開始するが…
一方、政界復帰を目指すニクソンは、起死回生の弁明のチャ
ンスを伺っていた。そこで、単独インタヴューを申し入れた
フロストに与し易しと判断した側近たちは、法外な出演料で
牽制しながらも単独インタヴューに応じることを回答する。
ところが、コメディアン出身の司会者が老練な政治家相手に
単独インタヴューするという無謀な企画には、スポンサーも
容易に見つからない。そして充分な準備もできないままに、
収録の日がやってきてしまう。
1977年3月23日からイースター休暇を挟んで4回に分けて行
われるインタヴューで、フロストはニクソンから全ての真実
を聞き出すことができるのか…。1977年5月の放送ではアメ
リカテレビ史上最高の視聴率を叩き出したとされる番組制作
の裏側が明らかにされる。
基はピーター・モーガンがロンドンで上演した舞台劇。モー
ガン自身が舞台劇として完成させた戯曲をさらに映画用の脚
本として再構築し、2001年『ビューティフル・マインド』で
オスカー受賞のロン・ハワードの監督で映画化した。
出演は、舞台でも同じ役を演じたニクソン=フランク・ラン
ジェラと、フロスト=マイクル・シーン。他に、ケヴィン・
ベーコン、トビー・ジョーンズ、オリヴァー・プラット、サ
ム・ロックウェル、マシュー・マクファデン、レベッカ・ホ
ールらが共演している。
僕は、ちょうど1974年8月9日に夏休みを利用してロサンゼ
ルスに行っていて、実は生中継は観ていなかったが、辞任を
報じる新聞の号外は部屋のどこかにしまってあるはずだ。
従ってこの出来事には思い出深いものがあるが、映画はその
時の話ではなくて、その後のフロストとニクソンの対決が描
かれている。それは正に死力を尽くした戦いであり、それに
よって1人が勝ち残り、1人が葬り去られた。
しかしそれは政治上の話であって、この映画が描く人間的な
側面では互いの名誉も充分に尊重されている。だからこそ、
この作品は名作と呼べるのであって、そこにはニクソンの遺
族の協力も得られているものだ。
なお撮影は、ニクソンの住居だったラ・カーサ・パシフィカ
からビバリー・ヒルトン、さらにシネラマドームまで、ほと
んどが実際の場所で行われている。またクライマックスの後
の登場するミニチュアダックスの老犬の姿も印象的だった。

『60歳のラブレター』
2000年から毎年募集され、すでに8万通を超える葉書が寄せ
られたという住友信託銀行主催の企画からヒントを得て製作
された作品。
中村雅俊と原田美枝子、井上順と戸田恵子、イッセー尾形と
綾戸智恵が演じる3組のカップルを巡る熟年男女の生き様が
描かれる。
1組目は、建設会社の重役で定年を迎えるまで家庭も顧みず
やってきた男とその妻。2組目は、医療の研究職を目指しな
がら研究は海外に先を越され、その後は医者になっても妻の
病も見つけられなかった男と、仕事一筋で恋に恵まれなかっ
た女性翻訳家。
3組目は、GSブームの頃にはバンドを組み芸能界も目指し
た男とその追っ掛けだった女。でも結局は家業を継いでこつ
こつ魚屋を営んできた。こんな正に団塊の世代の男女が60歳
を迎えて、将来や健康やその他の諸々のことに惑い、そこか
ら一筋の道を見つけだすまでが描かれる。
映画の物語は、3つの物語が互いに交錯しながらも独立に進
んで行く構成となっており、その脚本はスマートに作られて
いる。その脚本を手掛けたのは、『Aways三丁目の夕日』な
どの古沢良太。人の情感の機微を描くことはお手のものだ。
そして監督は、昨年公開された『真木栗の穴』の深川栄洋。
監督の前作も僕は評価しているが、監督、脚本家共に1970年
代の生まれの若い感性が、年配者の気持ちを暖かく包み込ん
でくれているような作品になっている。
正直なところは、3組のカップルとも比較的恵まれた生活環
境で、昨今の不況下の60歳が同じだとは言い切れないところ
もあるが、でもまあこれもある種の夢として鑑賞できれば良
いというところかな。自分もひょっとしたらこうなっていた
かも知れないものだ。
共演は、星野真理、内田朝陽、石田卓也、金澤美穂、原沙知
絵、石黒賢、佐藤慶。特に、若手の俳優陣には注目株が集ま
っている。
ケータイ小説の映画化など、未熟な恋物語が幅を利かせる日
本映画界で、たまにはこんな大人のラヴストーリーも良いか
も知れない。「夫婦50割」の推薦作品にでもしてもらいたい
ところだが、その制度を行っている映画館も減ってきている
ようで、それは残念だ。

『バーン・アフター・リーディング』
                “Burn After Reading”
前作『ノーカントリー』では、アカデミー賞の監督と脚色、
それに作品(製作)賞の主要3部門を獲得したコーエン兄弟
による最新作。ワシントンのスポーツジムのロッカー室に置
き忘れられたCD−ROMを巡って、途轍もなくブラックな
コメディが展開される。
前作『ノーカントリー』は上映時間2時間2分、内容もかな
り重いものだったが、今回は上映時間1時間36分。しかも主
演には、常連のフラシス・マクドーマンドとジョージ・クル
ーニーを据えて、さらに本人が参加を熱望したブラッド・ピ
ットの共演。
その上、脚本はマクドーマンド、クルーニー、ピットには当
て書きで書かれたものということだから、これは間違いなく
コーエン兄弟が自ら楽しみたくて作った作品だ。従って作品
は、だからこその楽しさに溢れ、観客もその楽しさに酔いし
れることができる。特にピットの演技は出色のものと言える
だろう。
物語は、これも当て書きのジョン・マルコヴィッチ扮するC
IA職員が、長年のアルコール依存症がばれて離職させられ
るところから始まる。ここで飲酒に関してモルモン教に対す
る皮肉が出る辺りからコーエン節は全開という感じだ。
一方、ティルダ・スウィントン扮するCIA職員の妻は、ク
ルーニー扮する連邦保安官の男と不倫状態にあったが、その
恋を全うするための離婚の準備を進めようとしている。
そしてマクドーマンド扮するジムの女性従業員は、出合系で
クルーニーを含む複数の男性たちと交際していたが、恋を成
就させるには全身整形が必要と思い込んでいた。
そんなとき、ジムのロッカー室に1枚のCD−ROMが置き
忘れられ、そのCD−ROMをピット扮するインストラクタ
ーが開いてみると、そこにはCIAの機密情報と思しきファ
イルが記録されていたが…
実は、物語の真相はこれだけなのだが、そこに登場人物たち
の思惑が複雑に絡み合い、思いも拠らぬ展開が繰り広げられ
て行く。しかもそれがコーエン兄弟らしく、正にブラックに
展開されるのだ。
登場人物の全員が良からぬことを企んで、しかもほぼ全員が
見事に失敗する。甘い汁を吸えた者もいないではないが、そ
れもかなりの皮肉に満ちたもの。しかしそこにはカタルシス
もあり、特にアメリカ人のCIAに対する不信感が小気味よ
く描かれていた。

『ダイアナの選択』“The Life Before Her Eyes”
アメリカから時折というか、かなり頻繁に聞こえてくる学校
での銃乱射事件。そんなアメリカ人なら誰でも遭遇しうる事
件を背景に、1人の女性の選択した人生を描いた作品。
その女性は高校時代からドラッグに手を出し、親友となった
女生徒はミッション系の出身で彼女にいろいろとアドヴァイ
スをしてくれるが、彼女自身はほとんど聞く耳を待たない。
それでも親友の2人は、近所の留守宅のプールで勝手に泳い
だり、青春を謳歌している。
しかし、その日の授業の直前に遅刻を覚悟で洗面所に入った
2人は、遠くから叫び声と銃声が響くのを聞く。そして2人
の佇む洗面所にマシンガンを構えた男子生徒が押し入ってく
る。その男子生徒は「どちらかを1人を殺す。死ぬのはどっ
ちだ?」と問い掛けてきた。
大人になった女性には、エマという名の幼い娘がおり、娘は
ミッション系の学校に通っているようだ。しかし娘は問題児
でいつも先生たちを困らせている。そして女性の通っていた
高校では、追悼式典が開かれようとしていた。
デビュー作の『砂と霧の家』でいきなりアカデミー賞にノミ
ネートされたヴァヂム・パールマン監督による第2作は、概
要を聞くだけで見に行くことを躊躇うような重い物語。しか
しアメリカの現実が見事に反映された作品でもある。
躊躇っていては何も始まらない。まずはこの映画を観ること
から1歩進むことができる…というような作品。特にクライ
マックスに用意された衝撃は、この物語の真の恐怖を炙り出
してくれるものだ。
出演は、ユマ・サーマンと、『アクロス・ザ・ユニバース』
などのエヴァン・レイチェル・ウッドのダブル主演。それに
女優スザーン・サランドンの娘のエヴァ・アムーリ、『ゴー
スト・ライダー』などのブレット・カレン、子役のガブリエ
ル・ブレナンらが共演している。
なお、映画の結末に関しては箝口令が敷かれているが、僕は
何となくほっとする気分になれたこの結末に満足した。これ
こそが映画の醍醐味と言える。作品は原作もので、結末が同
じなのかどうかは判らないが、劇中に流れる音楽を含め、こ
の映画の構成は本当に見事なものだ。


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井口健二