井口健二のOn the Production
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2009年01月18日(日) 風の馬、This Is England、四川のうた、シェルブールの雨傘、7つの贈り物、ハリウッド監督学入門、ロシュフォールの恋人たち

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『風の馬』“Windhorse”
1993年のニューヨーク・タイムズ紙に、1人のアメリカ人女
性がチベットの首都ラサでデモを撮影したことを理由に中国
警察に逮捕されてフィルムを没収されたという記事が掲載さ
れた。その記事に基づき1998年に製作された劇映画。
映画は、事件の当事者であるジュリア・エリオットが自らの
取材に基づく脚本を執筆。彼女の叔父でアカデミー賞受賞者
のドキュメンタリー監督ポール・ワグナーが演出。ジュリア
の仲立ちでカトマンズに住むチベット難民の人々が協力して
製作された。
物語の主人公は、地方から家族と共にラサに移住してきた兄
妹。その妹はディスコ歌手として中国人のプロデューサーに
も認められ掛かっており、一方の兄は、中国人の支配は嫌い
だが特に抗議行動をするでもなく、仲間とつるんで酒やビリ
ヤードに明け暮れている。
ところが抗議行動をした尼僧が逮捕される事件が起き、やが
て「尼僧を釈放するから身柄を引き取りに来い」という連絡
が家族に届く。その尼僧は兄妹の幼馴染みの従兄弟で、そし
て引き渡されたのは、拷問により瀕死の状態となった尼僧の
身柄だった。
その姿を観た兄は、偶然知り合っていたアメリカ人女性にそ
の状況をヴィデオで撮影することを依頼。そのカメラの前で
尼僧は刑務所での残虐な拷問の様子を語り始める。しかしそ
の動きは警察に知られることとなり…
この他にも、チベット警察が行う僧院弾圧の様子や歌手の妹
が毛沢東を賛美する歌曲をレコーディングするシーンなど、
中国政府によるチベット弾圧の実態が再現されて行く。
しかも撮影はMTVと称してラサ市内でも敢行されており、
撮影された街路に屯する人々の様子や破壊された仏像などの
シーンは本編の中に巧みに挿入されている。
さらに、カトマンズのロケセットで行われたクライマックス
シーンの撮影後には、内容を察知した親中国のネパール警察
による捜索も受けたが、その直前に撮影済みテープの国外持
ち出しに成功したとのことだ。
そして完成された映画の上映では、中国政府による抗議や妨
害が繰り返されたが、サンタバーバラ映画祭でのプレミア上
映を初め、フロリダ、ワシントンDC、トロント、ロッテル
ダム、東京、メルボルン、シドニーなどの各地の映画祭でも
上映されたということだ。
1997年にはブラッド・ピット主演“Seven Years in Tibet”
と、マーティン・スコシージ監督の“Kundun”が公開され、
チベット問題が注目された時期ではあるが、これらの大作が
モロッコや南米でチベットを再現したのに対して、本作では
現地ロケが敢行されている。
それは予算上の問題などもあるが、それだけ現地に近い作品
ということは言えるだろう。そしてここに描かれたチベット
の状況は、昨年北京五輪前にも明らかになったように、10年
経った現在も全く変っていないものだ。
なお本作のクレジットでは、中国政府の訴追を怖れるため尼
僧を演じた女優を始めとする多くの名前の欄に‘withhold’
の文字が記載されていた。

『THIS IS ENGLAND』“This Is England”
1982年のフォークランド侵攻を進めるサッチャー政権を時代
背景に、中東からの移民に職を奪われたとするイングランド
人の間に巻き起こる国家主義の姿を描いた作品。
主人公はまだ幼さも残る少年。学校では虐めも受けているそ
の少年が、ちょっとした偶然で町の不良グループと付き合い
始める。しかしそれは、やがて国家主義者たちとの交流も深
めていくことになる。
その不良グループにはジャマイカ出身の黒人青年などもいた
が、国家主義者たちはその状況も踏まえて巧みに彼らに近寄
ってくる。そして純粋な少年は、彼らの主張に容易に感化さ
れて行ってしまうのだが…
1998年に公開されたブライアン・シンガー監督、イアン・マ
ッケラン、ブラッド・レンフロ共演の“Apt Pupil”(ゴー
ルデン・ボーイ)は、スティーヴン・キングの原作から身近
に潜むナチスの残党の恐怖を描いたものだったが、本作もそ
れに似た恐怖を味わえる。
もちろん、映画の中でも「俺たちはナチスではない」という
発言は聞かれるが、国家主義というものがまさに同じ危険を
孕んでいることは、この映画の中に明確に描かれているとこ
ろだ。そしてそれは若者を容易に虜にして行く。
当時のイングランドの不況の状況は、サッチャーと同様の保
守政権下の日本の現状にも似たところがあり、これから竹島
問題などが妙な方向に進めば、これは日本でも容易に起こり
そうな問題にも見える。そんな日本への警鐘とも取れそうな
作品だ。
因に映画の若者たちはスキンヘッズであり、その姿はネオナ
チを連想させる。しかし物語は1980年代前半を背景としたも
ので、彼ら自身が国家主義者とは描かれていない。むしろ彼
らは自由を謳歌しようとしているのであり、それは国家主義
とは容れないものだ。
しかしそんな自由を目指す精神が、容易に別のものに変質さ
せられて行く。そこには主人公の幼さだけで説明してはいけ
ないような、現実の危うさも描かれている。そんな昔も今も
厳しい現実に晒されている若者の姿が、真摯に描かれた作品
とも言えそうだ。
なお本作は、2008年のイギリスアカデミー賞(BAFTA)
で最優秀イギリス映画賞を受賞した。

『四川のうた』“二十四城記”
四川省・成都に在った巨大軍需施設420工場。1958年に創業
されたその工場は2007年末に閉鎖され、その跡地は新たな住
宅街「二十四城」へと生まれ変わろうとしている。
その工場閉鎖式に立ち会った2004年『世界』などの名匠ジャ
・ジャンクー監督が、その記録のために行った元従業員への
インタヴューに基づき、さらにその一部を俳優にも演じさせ
て再構成したセミドキュメンタリー作品。
その手法は、あえて再現ドラマとするのではなく、それぞれ
のエピソードに合せた会場を設定して各自の語りだけで構成
されたもので、その姿は極めて分かり易く、工場の歴史とそ
れに対応する当時の中国の情勢などが描かれて行く。
その中では、政府命令で強制的に移住させられた旅の行程で
息子と生き別れた女性(『古井戸』のリュイ・リーピンが演
じる)の話や、ジョアン・チェンが演じる工場のアイドルと
呼ばれた女性など、周囲や政情に振り回された様々な人生が
描かれる。
さらに、『世界』などジャ・ジャンクー作品の常連チャオ・
タオ(若い女性のバイヤー役)や、テレビシリーズ『美顔』
で田中麗奈と共演していたチェン・ジェンビン(社長室の副
主任役)らが、模造されたインタヴューの語り手を演じる。
一応、キャストとして発表されているのはこの4人だけで、
従って他の語り手は実際の元従業員のようだが、その語り口
調は大げさにドラマティックではないものの、静かに苦難の
時代を噛み締めているようにも感じられた。
俳優によって語られるエピソードはもちろん見事だが、そう
でない登場人物たちがそれぞれの口調で語る喜怒哀楽の内容
にも重みがある。
経済の好況や不況などは世界のどの国でも同じようなものだ
と思うが、さらにそこに政治が加わると、その苦難は倍加し
て行くようにも見える。そんな中国人民が味わった苦難の歴
史がこの映画の中に集約されているのだろう。
なおエピソードは1950年代から90年代にまで及んでおり、そ
れぞれの時代背景に合せた音楽にも彩られる。その中にはテ
レビドラマ『赤い疑惑』の日本語による主題歌や、中国語の
『インターナショナル』なども含まれていて、それらにも興
味を引かれた。

『シェルブールの雨傘』“Les Parapluies de Cherbourg”
カトリーヌ・ドヌーヴ主演、ジャック・ドゥミー脚本監督作
詞、ミシェル・ルグラン作曲による1964年カンヌ国際映画祭
グランプリ受賞作品。
フランスの湊町シェルブールを舞台に、世情に翻弄される若
者の愛が全篇を歌だけの構成で演出されている。
日本でも1964年に公開されている作品だが、僕自身は同じ顔
ぶれの『ロシュフォールの恋人たち』と2本立てで名画座で
観たものだから1967年以降、多分大学に入ってから1970年前
後のはずだ。それでもまあ40年振りぐらいの再見となった。
台詞がすべて歌になっているという構成は、オペラなどでは
当たり前のものだが、当時の映画で、しかもオリジナルとい
うことでは斬新だったのかな。それに衝撃的な結末も高い評
価に繋がったものと言えそうだ。
でもそれを今見直していると、僕自身にはドヌーヴが演じる
ヒロインの身勝手さがかなりきついものにも感じられた。多
分昔は自分も純真で、それでも感動したのだろうが、今では
身籠もって3ヶ月で他の男に魅かれて行く女ってどうなの…
という感じだ。
その背景にはアルジェリアでの戦争があって、それに翻弄さ
れる男女の姿ではあるが、当時の自分の中にそれほど重くア
ルジェリアのことがあったとは思えない。もちろんフランス
本国での評価はそこにもあるのだから、それはそれで正当な
ものだが…
因に今回の再上映は、ディジタルリマスターにより行われる
もので、フィルムの傷なども修復されて実に観やすくなって
いる。ただし色彩が鮮やかになり過ぎている感じはあって、
特に赤い部分が浮き上がっていたり、白壁にモワレが出てい
る感じの部分もあった。
とは言え、1943年生まれ、撮影当時20歳のドヌーヴは、特に
前半では正しくフランス人形のように可憐で愛らしく、その
美しさは存分に楽しめる。それがこんなことをしてしまうな
んてという展開は、当時は本当に衝撃だったものなのだ。
若い頃に感じた感動を、年齢を経てから再び得るのは難しい
ことなのかも知れない。特にラヴストーリーは、初な自分と
擦れた自分が違ったものを見せてくれるようで、その落差も
衝撃になってしまうようだ。

やはりこういう作品は、若いうちに観ておくべきものなのだ
ろう。

『7つの贈り物』“Seven Pounds”
2006年『幸せのちから』のガブリエレ・ムッチーノ監督と、
ウィル・スミスが再び組んだ感動のドラマ。
アメリカ財務局の徴税官の男がいろいろな人物の人柄を調べ
ている。彼のメモには多数の名前が列記されているが、彼は
調査の結果で問題ありと判断した人物の名前を削除している
ようだ。そして彼には大きなトラウマの陰も見え隠れする。
そんなメモに残る1人が、エミリーという名の若い女性だっ
た。彼女は古典的な凸版印刷機を使って招待状などの印刷を
請け負っているが、体力のいる仕事は難しくなっているよう
だ。そして犬の散歩中に倒れてしまう。
そんな彼女に接近する主人公だったが、最初は厳しい調査の
はずだった彼の心は、懸命に生きようとする彼女の姿に徐々
に魅かれて行ってしまう。しかしそれは、彼に究極の選択を
迫るものだった。
正直に言って、現実にはかなり困難な物語のように思える。
確かに制度の発達したアメリカでなら可能なのかも知れない
が、それにしても情報にはセキュリティもあるだろうし、適
合の問題など、そんなに簡単にはリストの作れるものでもな
いだろう。
トップクラスの大学を出た人間ならそれも可能ということな
のかも知れないが、それは逆に彼の最後の選択に繋がらない
ようにも感じてしまう。それほどの人間ならもっと他にやる
べきことがあるのではないか、そんな感じもしてしまうとこ
ろだ。
でもまあこれが現実ということなら、それはそうとしか言い
ようがないのだが…

共演は、エミリー役に『シン・シティ』などのロザリオ・ド
ースン。他に『俺たちダンクシューター』のウッディ・ハレ
ルスン、『父親たちの星条旗』のバリー・ペッパー、『バー
バーショップ』のマイクル・イーリーらが脇を固めている。
なお、映画の中には素敵な手動の凸版印刷機と、他にもオフ
セット印刷機なども出てきて見事な動きを見せてくれる。エ
ンディングクレジットには印刷博物館の協力も記載されてい
たようで、この種のメカが好きな人にはその動きも楽しんで
もらえそうだ。

『ハリウッド監督学入門』
『リング』『仄暗い水の底から』でジャパニーズ・ホラーの
世界評価を確立し、『ザ・リング2』でハリウッド進出を果
たした中田秀夫監督が、ハリウッドでの映画製作の裏側を綴
ったドキュメンタリー。
中田監督は、過去に劇映画以外にも「日活ロマンポルノ」や
アメリカの映画監督に関するドキュメンタリーを発表してお
り、今回はその3作目となる。そして今回は、自身が関った
映画製作の顛末に迫ったものだ。
因に中田監督は、元々は“The Eye”のハリウッドリメイク
のために渡米したのだが、それが『ザ・リング2』になって
しまう。それでドリームワークスという大会社に関係するこ
ととなり、お陰で真のハリウッドの裏側に迫れてしまう。
それは、アメリカ進出と言っても他とは全く状況の異なるも
のであり、さらにそこにはウォルター・パークスやハンス・
ジマーといった現代ハリウッドを代表する人々もいて、その
証言も収集されているのは本当に貴重なドキュメンタリーと
言えるものだ。
『ザ・リング2』の舞台挨拶では、「スタジオに行くと、シ
シー・スペイセクとナオミ・ワッツが其処にいるんですよ」
と嬉しそうに語っていた監督が、実はこんなに苦労していた
ということも驚きだったが、ここにはハリウッドの特異性が
明白に描かれている。
それは映画が産業として成立しているハリウッドの特殊性で
もある訳だが、そのシステムの是々非々は別として、いつも
自分が鑑賞しているハリウッド映画がこんな風に作られてい
るのだと理解するだけでも、満足できる作品だった。
そして中田監督は、その後の日本での映画製作においても、
一部にハリウッドスタイルの良いところを取り入れていると
のことだった。
なおWebのデータベースによると、中田監督は現在ハリウッ
ドで“Chatroom”という原作ものホラー映画を準備中、他に
“The Ring Three”の計画も進んでいるようだ。過去の経験
を踏まえて、それらが早期に実現することも期待したい。
また、日本では第2作『らせん』までしか映画化できなかっ
た鈴木光司原作の第3作『ループ』も、ハリウッドでなら実
現できると思うのだが…中田監督の力でそれは何とかならな
いものなのだろうか。

『ロシュフォールの恋人たち』
           “Les Demoiselles De Rochefort”
カトリーヌ・ドヌーヴ主演、ジャック・ドゥミー脚本監督作
詞、ミシェル・ルグラン作曲による1967年製作のミュージカ
ル作品。
『シェルブールの雨傘』の3年後に同じ顔ぶれが再結集した
ものだが、同時にこの作品には、ドヌーヴの実姉フランソワ
ーズ・ドルレアックが双子の姉妹役で主演の他、ジーン・ケ
リー、ジョージ・チャキリスの2大ダンサー、さらにダニエ
ル・ダリュー、ジャック・ペラン、ミシェル・ピコリら、米
仏の豪華なメムバーが共演している。
フランス南西部の海辺の町ロシュフォールで開催されるフェ
スティヴァルに向けて国中からパフォーマーたちが集まって
くる。その会場となる広場の脇には、気さくなマダムの経営
するカフェがあり、そこもパフォーマーたちの出入りで賑わ
い始めている。
そのマダムには、美しい双子の姉妹とまだ小学生の息子がい
たが、その双子の1人は音楽家を目指し、もう1人はバレリ
ーナを目指していた。そしていつか町を出てパリで勝負する
ことと、まだ見ぬ恋人との素晴らしい恋愛も夢見ていた。
そんな姉妹の夢が、パフォーマーたちの出現で現実のものに
なりかけて行く。一方、姉妹の母親にも、心に秘めた切ない
恋の思い出が甦ってくるが…
『シェルブール』とは打って変わって陽光粲々の明るい雰囲
気の中、見事な恋のすれ違い劇が展開される。そして町中で
繰り広げられるダンスシーンなど、正にハッピーという感じ
の作品。ドヌーヴ、ドルレアック姉妹が歌う「双子の歌」な
どは、今聞いても心が浮き立ってくる感じもするものだ。
それに衣装までもカラフルな町の風景は、リアルを追求する
映画というより、少しデフォルメされた舞台劇のような雰囲
気も漂うもので、その中に展開されるすれ違い劇も舞台を見
ているような気分のもの。長引く戦争の陰や猟奇殺人など、
ちょっと厳しいスパイスも利いており、それがまた斬新な感
じにもなっている。
なお、フェスティヴァルでチャキリスらの演目のスポンサー
がHONDAになっていて、ダンスシーンの舞台にはオート
バイも登場する。懐かしい翼のマークも付いていてこれは嬉
しい驚きだった。
因にドルレアックは、この作品の後、イギリス映画の『10億
ドルの頭脳』を残して1967年6月26日に交通事故でこの世を
去っている。


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井口健二