井口健二のOn the Production
筆者についてはこちらをご覧下さい。

2008年12月21日(日) チェンジリング、遭難フリーター、花の生涯:梅蘭芳、連獅子/らくだ、パッセンジャーズ、PVC−1、ザ・クリーナー

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『チェンジリング』“Changeling”
この作品の製作については、2006年7月15日付の第115回な
どで紹介したが、当初はテレビSFシリーズ『バビロン5』
の企画者でもあるJ・マイクル・ストラジンスキーが脚本を
手掛けたという情報で、ジャンル映画を期待したりもしたも
のだ。因に原題は、妖精が子供をさらった際に置いて行く身
替りのことを指している。
ところが、最初はロン・ハワードの監督とされていた計画に
クリント・イーストウッドが参入し、さらにアンジェリーナ
・ジョリーの主演となって、これは只ものではないという感
じがしてきた。
そして完成された作品は、1928年にロサンゼルスで発生した
少年行方不明事件の実話に基づく、1人の母親の信念の物語
が展開されるものとなっていた。
1928年3月10日、母子家庭の母親が急な仕事で家を離れた隙
に、その家の1人息子の姿が消える。しかし警察は、母親の
訴えに「子供の行方不明は24時間経つまで事件としない」と
回答し、24時間後の訴えにもその対応は鈍いものだった。
一方、当時のロサンゼルス市警は、専横的な市長と警察本部
長の許、警察官には独自の判断で容疑者を射殺する権限を与
えるなど異常な体制となっており、そこには違法捜査や汚職
などの腐敗も噂されていた。
ところが母親の訴えから5か月後、市警青少年課の警部から
少年発見の知らせがもたらされる。そして、多数の報道陣と
共に駅で出迎えた母親の前に1人の子供が現れる。
しかしその少年の姿は、母親には一目で自分の息子ではない
と確信させるものだった。
これに対して逆風の中、自らの手柄と大々的に発表した警察
は後に引くことができない。そして警察は母親に息子と認め
ることを強要し、それでも「子供を探して」と訴え続ける母
親には制裁の手段を選ばなくなって行く。
その結果は…

先月紹介した『ポチの告白』でも、映画の最初の方で警察の
横暴ぶりが紹介され、物語の背景が提示されることで映画の
世界に引き込まれたが、本作の場合も最初に1920年代の異常
な警察の姿が描かれることで、この物語の本質が俄に把握で
きるようになっている。
このように世界観の構築が適切な作品は、その後の物語への
感情移入や展開の理解も容易に行える。この作品はその点で
も見事なものであり、2時間21分の上映時間が全く長さを感
じさせず、むしろ終ったときに短くも感じられたものだ。
映画は1920年代のロサンゼルスの景観の再現も素晴らしく、
また、アンジェリーナ・ジョリーの母親としての演技など、
見終っても心を揺り動かされるような作品だった。

『遭難フリーター』
仙台出身の男性が、大学卒業後に東京に憧れて派遣社員とし
て埼玉県本荘市のキャノンの工場で働く。その1年間をヴィ
デオで綴った67分の作品。
時給1250円、ボーナス、昇給なし。これで月収は19万円ほど
になるが、派遣会社からあてがわれた住居費などが天引きさ
れて手取りは12万円。そこから借金の返済などに6万円が充
てられ、その残りで飲食を含めた生活が賄われる。
もちろん借金の返済が済めば多少は楽にはなるのだろうが、
それにしてもぎりぎりの生活だ。これが大学も出た現代の日
本の若者の姿。それは仙台に実家に帰ればまた別の面もある
かもしれないが、彼自身は東京に居たいと言う。
試写会は主演もしている監督の質疑応答付きで行われたが、
そこの発言でも、仙台で仕事が保障される訳でもないし、む
しろ東京の方が可能性は高いと考えてもいるようだ。そんな
現代の若者が置かれた現状が、かなり鮮烈に描かれた作品と
も言える。
映画の中で主人公は、お盆などの工場が休業の時は現金収入
が減るので、他に日雇い労働に出かける。そして憧れの東京
に足を踏み入れる。しかし、土日の仕事では間で埼玉に帰る
交通費も乏しく、マンガ喫茶などで夜明かしをする。
先日もそんな場所での火災が事件になったが、現実の厳しさ
は計り知れないもので、そんなことも今更ながらに目の当り
にさせられる思いがした。
また映画の中では、キャノンが史上最高4000億円の利益を上
げたという新聞記事も紹介される。その時の正社員と派遣社
員の数は併せて約3万人。単純な頭割でも1人当り1千万円
以上となるが、彼らにそんな賃金が支払われることはない。
さらに主人公は、派遣社員の待遇改善を求める街頭行動に参
加したり、それによってマスコミに取り上げられたり、トー
クイヴェントに参加したりもするが、何をしても八方塞がり
の感じは否めない。
それでも最後に主人公は、高円寺での深夜までの仕事の後、
宛もなく雨の環状七号線を南下し始め、平和島に辿り着く。
そこで進入禁止の看板に行く手を阻まれたとき、ここが自分
の出発点だと宣言する。
八方塞がりの社会でも何かを始めようとする言葉には希望を
感じるし、そのコンセプトがこの作品自体を救ってもいるの
だろう。だから見終っても、何処か気持ちがすがすがしいも
のになっていた。
なお一般公開は、来年2月に東京で開始の予定だが、作品中
の実名部分などは表現上で一部変更の可能性はあるようだ。

『花の生涯/梅蘭芳』“梅蘭芳”
2002年『北京ヴァイオリン』などの陳凱歌監督が、1993年の
『さらば、わが愛/覇王別姫』以来15年ぶりに中国京劇の世
界に挑んだ作品。
『覇王別姫』は全くのフィクションだったが、今回は20世紀
初頭に実在した女形の名優を主人公に、当人が「俳優の王」
と謳われるようになるまでの経緯や男形女優との悲恋、海外
公演の様子や日本軍による占領などのエピソードを交えてド
ラマが展開される。
そしてそこには、主演のレオン・ライ及び主人公の青年時代
を演じた新星ユイ・シャオシェンによる梅蘭芳の名舞台の再
現なども織り込んで、見事な歴史絵巻が展開されるものだ。
特にこれらの舞台では梅蘭芳の息子による歌声の吹き替えも
聞き物になっている。
共演は、梅蘭芳の妻役に監督夫人のチェン・ホン、後見役に
スン・ホンレイ、ライヴァルの老優役にワン・シュエチー、
日本軍の将校役に安藤政信。そして男形女優役にはチャン・
ツィイーが登場。女形の主人公との共演シーンは演技以上に
芸術的なものになっている。
映画の物語は、実話では複数の人物を1人に纏めるなど判り
易くはしているが、ほぼ史実に基づくもの。それを実の息子
が歌声を吹き替えるほどの関係者の全面協力の許で映画化し
ているものだが、その中で悲恋の部分にまで触れられたのは
監督の力にもよるようだ。
その物語は、西太后が君臨する清朝末期に始まる。両親とは
早くに死別し、京劇俳優だった祖父に育てられた主人公。し
かしその祖父は皇后の怒りに触れて処刑されてしまう。その
遺言では、京劇の道は目指すなとされるが、主人公は一族の
血を継いでその跡取りとなる。
そして10年後、清朝は崩壊して中華民国となった社会で、京
劇俳優として頭角を現す主人公は、講演会で巡り会った官吏
の男性と義兄弟の契りを結び、そのアドヴァイスの許、京劇
界に新風を吹き込む活動を始める。
それは当然ヴェテラン俳優たちの反感も買うが、そこには挑
戦状を突きつけて意志を貫き通す。そして民衆の支持も勝ち
取って行く。そんな彼には、やがて「俳優の王」の扁額も贈
られるようになるが…
監督は、2005年『PROMISE』では武侠ものにも挑戦して見せ
たが、やはり本作のような人間ドラマの方が似合っているよ
うだ。その人間ドラマを、大掛かりなセットや見事な演出で
綴った作品。その見応えは充分なものだった。

『連獅子/らくだ』
8月に『人情噺・文七元結』を紹介しているシネマ歌舞伎の
第7作。今回はこれも落語からの『らくだ』と、山田洋次監
督による『連獅子』が2本立てで上映される。因にタイトル
は上記の表記だが、上映は『らくだ』が先になっていた。
その『らくだ』は、長屋の嫌われ者の駱駝こと馬太郎が河豚
に当って急死し、それを弔おうとする仲間の手斧目半次と、
来合わせた紙屑買久六が、長屋の大家から通夜の酒肴をせし
めるため、ついには死人にカンカンノウを踊らせる…という
もの。
元は上方落語で、大正時代に東京に持ってこられたもののよ
うだが、落語では真打ちも手こずる大ネタとされているそう
だ。僕自身は、演者が誰だったかは覚えていないが口演を聴
いた覚えはあり、特に後半の踊りの場面は死人と踊らせる側
の2役が見事だったと記憶している。
その落語が、昭和初期には歌舞伎としても上演されていたと
のことで、今回はそれを久六を中村勘三郎、半次を坂東三津
五郎の人気者に、馬太郎は片岡亀蔵という配役で演じられた
舞台面の映像となっている。
因にこの3名は、1993年と94年にも同じ配役で演じており、
今回は2008年8月に14年ぶりに再演したときのもの。息もピ
タリと合った名演となっている。特に死人役の亀蔵が、ほと
んど胸の動きも押さえ込んで横たわっている姿や、三津五郎
との踊りは見事だった。
そして後半の『連獅子』は、中村勘三郎の親獅子に、2人の
息子が子獅子で共演という3人の獅子舞となるもので、普通
とは違う振り付けも見所となっている。
これも僕は、妹が以前に花柳流を習っていた関係で、当時の
花柳徳兵衛の踊りを観ているが、日本舞踊の中でも華やかさ
では群を抜くものと認識している。その踊りがさらに華やか
に演じられるものだ。
しかも今回は、その地方で歌われる長唄の歌詞が字幕になっ
ており、これは作品を理解する上でも貴重なものとなってい
る。もちろん物語自体は親獅子が子獅子を谷底に突き落し、
這い上がってきた児だけを育てるという故事に基づくものだ
が、歌詞が判ることで一層楽しめるものになっていた。

『パッセンジャーズ』“Passengers”
今秋公開された『ゲット・スマート』の映画版で99号に扮し
たアン・ハサウェイ主演によるサスペンス・スリラー。
パイロットの操縦ミスとされる航空機事故で、その被害者の
心理治療担当者となった女性が、機体製造会社の陰謀とも思
える事件に立ち向かって行く。
その事故では5人が奇跡的に生き残った。その心理治療の担
当者となった主人公は彼らのカウンセリングを開始するが、
そのうちの1人は妙に健康で、カウンセリングへの参加も拒
絶する。
ところがカウンセリングの過程で事故の模様を聴取し始めた
彼女は、被害者たちの発言に食い違いがあることに気づく。
それは、パイロットの操縦ミスとされる事故原因に疑問を生
じさせるものだった。
そして、事故前に機体に爆発があったと発言した被害者が、
次のカウンセリングから姿を現さなくなる。その発言は、機
体の製造ミスを疑わせるものであった。さらに被害者が次々
姿を消して行く。
果たして事件の真相は何だったのか…
同様の展開では、2000年の『ファイナル・デスティネーショ
ン』が思い浮かぶところだが、本作もそれと同じようなテー
マの展開となるものだ。つまりそれなりにファンタスティッ
クな展開となるということ。
これ以上の紹介ができないのが残念なところだが、まあ悪く
ない結末は設けられている。ただ、僕自身としては何となく
物語の辻褄に疑問も生じているところで、できたらもう1回
観てその疑問を解消したい気持ちにもなっている。

とは言え悪い結末ではないし、ハサウェイも体当たりでがん
ばっているのは評価したいところだ。
共演は『オペラ座の怪人』などのパトリック・ウィルスン、
『ポセイドン』のアンドレ・ブライアー、『ゾディアック』
のクレア・デュヴァル、『チャンス』のダイアン・ウィース
ト、『ディスタービア』のデイヴィッド・モースなど。
脚本は、テレビシリーズ『ダーク・エンジェル』などのロニ
ー・クリステンセン。監督は作家ガルシア=マルケスの息子
で、テレビシリーズ『ザ・ソプラノズ』も手掛けたロドリゴ
・ガルシアが担当した。

『PVC−1[余命85分]』“PVC-1”
かつて世界で最も殺人が多発している国とされたコロンビア
で、反政府軍の仕業とされたダイナマイトネックレス事件。
富裕層の女性が首にダイナマイトを巻かれて脅迫され、多額
の「税金」を要求された事件を参考に、85分ワンカットの映
像で演出された作品。
映画は犯罪者の1団がジープで乗り付け、農場に住む一家を
襲うところから始まる。彼らの1人は慎重にある物を運んで
おり、メジャーで一家の主人と妻の首回りを測ると、妻の首
に運んできた物=塩化ビニール管を繋げた首枷を付け、スイ
ッチを入れる。
その首枷にはダイナマイトが内蔵されており、彼らはそれを
いつでも爆発できると宣告、そして多額の金を要求するのだ
が…
彼らが立ち去ると主人は直ちに行動を起こし、親戚を通じで
警察に事件を報告すると、爆発物処理班と落ち合う場所に向
かって行軍を開始する。それは、山中を行き交うトロッコ列
車に乗ったり、野越え山越えの厳しい行軍だ。
そしてそれを成し遂げた彼らは爆発物処理班と落ち合い、警
察隊や救護隊の見守る中、首枷除去の作業が始まる。しかし
それは予想以上に困難な作業だった。

この物語が全編ワンカットで描かれる。
全編ワンカットの映画というと、2002年11月に紹介した『エ
ルミタージュの幻想』や、昨年の東京国際映画祭で上映され
た『ワルツ』などが話題になったが、実はこの2作とも、途
中で何か所かカットを疑うシーンがあったものだ。
しかし本作は間違いなしのワンカット。ただし今回の上映は
フィルムに変換されていたので、プロジェクターの切り替え
があるのだが、逆にそこは切り替えが目立っても撮影は一連
と判るシーンが選ばれており、他のシーンもカットは不可能
な場面ばかりだった。
その撮影は、脚本、監督のスピロス・スタソロプロスが自分
で行っているものだが、正に1発勝負の撮影を見事に達成し
ている。ただまあちょっと不要なものが写っていたような気
のする場面はあったが、それはご愛嬌。映画全体は見事に完
成されたものだ。
とは言うものの、実は映画は極めて後味の悪い内容、だがこ
れが現実。エンディングで幼い娘の抱えている赤い物が痛々
しいが、その痛々しさが現実の恐怖を見事に訴えている。 
『ソウ』はフィクションだが、これはリアルだ。


『ザ・クリーナー』“Cleaner”
2006年11月15日付の第123回で製作ニュースを紹介している
レニー・ハーリン監督、サミュエル・L・ジャクスン主演に
よるサスペンス作品。
殺人現場などの掃除を専門に行うスペシャリストの男性が、
依頼された明らかな殺人現場のクリーニングを行う。しかし
その現場はまだ警察がタッチしていないものだった。さらに
その家の主人と思われる男の失踪事件が報道され、しかも失
踪したのは警察汚職事件の鍵を握るとされる人物。
ジャクスンが演じる主人公は元刑事で、ある事件をきっかけ
に警察を辞めて今の仕事を始めたが、そこにも汚職事件との
関わりはあるようだ。そして彼は、自分にも嫌疑のかかる恐
れのある事件を独自に調査し始めるのだが…
この主人公の調査に協力する元同僚刑事役にエド・ハリス、
主人公が掃除した邸宅の女主人役にエヴァ・メンデスを配し
て見事な犯罪劇が展開される。
レニー・ハーリンというと、『クリフハンガー』や『カット
スロート・アイランド』など、派手なアクション演出が話題
になる監督だが、本作ではそのようなアクション演出は抑え
て、指先の映像で人物の心理状態を表現するなど細かな演出
を展開している。
実はハーリンは、最近ではブライアン・デパルマ監督の『ブ
ラック・ダリア』の製作を担当するなど、監督以外の経歴も
増やしており、その一環として今までとは違った傾向の映画
にも挑戦をしているようだ。そんな監督の新たな面も見せて
くれる作品となっている。
因にこの脚本は、マシュー・オルドリッチという新人脚本家
が執筆したものだが、最初にジャクスンには初監督作品とし
てオファーがされたようだ。しかし脚本を読んだジャクスン
は主演を希望し、親友のハーリンに脚本を送って監督が実現
したとのことだ。
ただしこの脚本は、最初に観終えたときにはかなり呆気にと
られた。正直この結末はこれでいいのかという感じすらした
ものだ。でも思い返すうちに、徐々にこの作品の意図が掴め
る感じがしてきた。
先日の厚労省元幹部連続襲撃事件ではないけれど、ド派手に
見える事件が実は…というのはありそうな話で、今までド派
手なアクション映画を手掛けてきたハーリン監督の新境地に
は、ピッタリと言えそうな作品だ。そしてそこには見事な人
間ドラマも描かれている。


 < 過去  INDEX  未来 >


井口健二