井口健二のOn the Production
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2008年12月14日(日) カフーを待ちわびて、はじめての家出、天使の目・野獣の街、クジラ、エレジー、年々歳々、いのちの戦場、重力ピエロ

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『カフーを待ちわびて』
第1回「日本ラブストーリー大賞」を受賞した原田ハマ原作
の映画化。
リゾート開発に揺れる沖縄県の離島を舞台に、左手に障害を
持つ青年と、その青年を訪ねてきた女性の奇跡のラヴストー
リーが展開される。
主人公の青年は島で駄菓子屋を営んでいるが、日中は昼寝ば
かりで商売をやる気が有るのかどうかも判らない。またその
青年は、村の適齢期の男性では唯一の独身者でもあった。
そんな青年がリゾート開発に絡んで本土に視察に行った際、
とある神社で皆にせがまれるまま縁結びの絵馬を書いてしま
う。その絵馬には「嫁に来ないか。幸せにします」と書き、
住む島と自分の名前を記載した。
そして島に帰ってしばらく経ったとき、「絵馬を見ました」
という女性の手紙が届く。当然半信半疑だった青年の前にや
がて1人の女性が現れる。その女性は彼の世話を焼き始める
が、何故か自分の素性はあまり話そうとしない。
その間にも開発計画は進んで行き、村の大半は賛成に回って
青年にも自宅を建て直して近代的なショップにする案が提示
される。その条件は決して悪いものではなかったが、彼には
家をそのままにしておきたい特別な理由が有った。
過疎と開発、日本の土着文化が危機に直面する。恐らく日本
中で行われている出来事が、沖縄の青い海と自然を背景に語
られ、それに翻弄される男女が描かれる。
そのラヴストーリーはあまりに奇跡的であり、決して現実的
なものではないが、まあ夢物語としてはこれで良いのかな…
そんな程度のお話だ。でも、ラヴストーリーの大半はこんな
物かも知れないし、夢物語だからこそ支持される面も有るの
だろう。
主演は玉山鉄二と、今春の東宝映画でデビューしたマイコ。
他に、勝地涼、尚玄、高岡早紀、白石美帆、宮川大輔、ほん
こん、沢村一樹らが共演している。
監督は、昨年の東京国際映画祭に出品された『ハブと拳骨』
の中井庸友。前作と同じ沖縄が舞台の作品だが、随分と違っ
た雰囲気のものを作り出した。風景の美しさや人情の厚さ、
沖縄の風土が思う存分に描かれて、たぶん若い女性には最高
の心に染みる作品と言えそうだ。

『はじめての家出』
avexニュースター・シネマ・コレクションと題するavex製作
による長編作品集の1本。
『容疑者Xの献身』で松雪泰子の娘を演じていた金澤美穂の
主演で、両親が離婚して自分の居場所が判らなくなった少女
の成り行き任せの家出が描かれる。
主人公は両親が離婚し、1人っ子の彼女はそれぞれの家で交
互に暮らすようになる。それぞれの家には個室も与えられ、
それなりの環境は整えられているが、両親は早くも次の相手
と付き合い始めているようだ。
そんなとき、まだ馴染めない転校先の立入禁止の校舎の屋上
で、ちょっと危ない感じのする同級生の女子と一緒になった
主人公は、その同級生が計画している家出に同行しようと思
い立つ。一方、主人公を慕う男子生徒も現れて…
ところがその家出は、行く先々で散々なトラブルに巻き込ま
れる。
主人公は、もちろん両親の離婚に悩んではいるが、作品はそ
れほど深刻ぶって描いているものではない。特に、彼女に振
り回される男子の存在など、むしろその行動はコミカルにも
描かれているものだ。
そんな少女のちょっとした冒険を、いろいろなエピソードを
盛り込んで、それでいてあまり破綻もなく描き切ったのは、
それなりに考えて作られた脚本とも言えそうだ。実際、伏線
の張り方もかなり周到なものだった。
共演は、「午後の紅茶」のCMなどに出ている斎藤リナと、
『赤い糸』に出演の米村美咲、それに男子生徒役の佐川大樹
が、演技は未熟だが良い味を出している。また、小峰麗奈や
下条アトムらもゲスト出演していたようだ。
脚本・監督は、2001年のぴあフィルムフェスティバルグラン
プリ受賞者の菱沼康介。すでに商業作品も手掛けているよう
で、本作も難しい作品ではなかったとは思うが、そつなく丁
寧に作られているのは好感した。
なおこの作品は、札幌、浜松、栃木、讃岐など各地の映画祭
や、東京多摩市で開催の映画祭TAMA CINEMA FORUMでも上映
されたようだ。

『天使の目、野獣の街』“跟蹤”
2006年9月30日に紹介した『エレクション』などのジョニー
・トー監督の右腕と言われる脚本家ヤウ・ナイホイが、トー
の製作の許、満を持して挑んだ監督デビュー作。
香港警察刑事部情報課・監視班に配属された新人婦警を中心
に、凶悪な犯罪グループを追う捜査の模様が描かれる。
その婦警は1人の中年男の尾行を続けている。それはその男
の一挙手一投足のすべてを記憶しながら、相手に気付かれず
に行うものだったが…
その任務を完了し、監視班への正式配属が決まった彼女は、
早速、宝飾店連続強奪事件の捜索に駆り出される。
それは最初に監視カメラの映像から容疑者の1人が割り出さ
れ、その尾行から犯人グループのアジトの割り出しまで順調
に進むが、そこでそのグループの背後に隠れた主犯のいるこ
とが判明する。このため、その主犯を特定することが監視班
の新たな目標となる。
監視班にとっては面が割れることが致命傷であり、常に陰の
存在としてあり続ける。このため、必ず1件に総動員で、捜
査中に他の事件に行き合っても、それに関わることは禁じら
れる。その非情さが主人公を苦しめ、そして成長させる。
一方、監視班の捜索は、本部で行われるITを駆使した情報
解析と共に、現場には多数の捜査員が網の目のように配置さ
れて、その見事な連携プレーによって進められる。それでも
現場には思いも拠らぬアクシデントも発生し、ドラマが作ら
れて行く。
捜査の開始と同時に大勢が一斉に出動し、捜査が終了すると
霧か霞のように消えて行く。そんな監視班の活動が見事に描
かれる。
上映時間は90分。余分な描写はほとんど排除され、ドキュメ
ンタリーのようなタッチで鮮烈な物語が展開される。しかも
そこには主人公の感情の爆発やそれを乗り越える成長なども
描き込まれ、正にエンターテインメントの真髄が示されてい
るものだ。
主演は、香港のテレビドラマなどで活躍し、本作で映画初主
演のケイト・ツィ。その脇を、『エレクション』などのサイ
モン・ヤムとレオン・カーファイが固めている。
今年僕が観た中では、2月10日に紹介した『バンテージ・ポ
イント』に匹敵する「映画」を堪能させてくれる作品。この
ヒロインには続編も期待したいものだ。

『クジラ 極道の食卓』
極道マンガで人気の立原あゆみの原作を、松平健主演で映画
化。脚色は「ミナミの帝王」シリーズなどの友松直之、監督
は『そして春風にささやいて』などの横山一洋。
主人公は久慈雷蔵、55歳、ヤクザの濁組の組長。その主人公
がある日のこと、年頃の娘のいる妻に熟年離婚を切り出し、
組には夜間は現れないと言い置いて帰ってしまう。そんな態
度に訝しげな家族や組員だが、組長の指示は絶対だ。
そして主人公は、妻子のいないアパートの1室で自炊暮らし
を開始、さらに詰襟の学生服を着用して、定時制高校にも通
い始める。それは主人公が若い頃に経験できなかった青春時
代の再現だった。
その高校では、当然彼の存在は際立ってしまうが、持前の人
柄で仲間もできて行く。そして「2番目の彼女」と宣言する
女子も現れる。一方、1人暮らしの自宅には子分にしてくれ
という若者が現れ、その若者には在る事情から彼の夜の生活
が露見してしまうが…
そこにいろいろな事件が起きて、どちらかと言うとコミカル
なドラマが展開する。まあ、お話自体は他愛ないものだし、
松平ほどの役者が何で出ているのかとも思うところだが、こ
の映画にはそれ以外のセールスポイントが設けられている。
実はこの映画では、題名の通りいろいろな食卓=料理が登場
して、テレビのヴァラエティ番組などでも披露されている松
平の料理に関する蘊蓄や、包丁捌きなど料理番組さながらの
手際も披露されるのだ。
つまりはそういう乗りの作品なのであって、そこにとやかく
言う筋合いはない。要はその乗りに付いていけるかどうかだ
が、普段から件のヴァラエティ番組を観ている僕の目には、
さほどの違和感もなく気楽に楽しむことができた。
共演は、岩佐真悠子、中村譲、秋本奈緒美、それに『スキト
モ』など、ここでの紹介の機会の多い斎藤工。因に斎藤は、
松平の前で料理をするシーンがあるなどかなりの抜擢だ。
主人公が「素人さんを傷つけちゃいけない」と繰り返すのは
多少ウザイ感じのところではあるが、まあコメディとしては
そつなく作られた作品と言える。宣伝コピーは、「グルメな
大人の青春映画」。その通りの作品だ。

『エレジー』“Elegy”
2003年『白いカラス』などの原作者フィリップ・ロスの短編
“The Dying Animal”から発想されたニコラス・メイヤーの
脚本を、『死ぬまでにしたい10のこと』などのイサベル・
コイシェの監督で映画化した作品。
初老の大学教授と、社会生活を経て大学院に再入学した大人
の女性の切なくも濃密なラヴストーリーが描かれる。
主人公の大学教授は、奔放な生活を楽しむために家庭を捨て
た男。そんな気儘な生活の中で、ある日、彼は自分の授業に
現れた1人の女性に目を留める。そして、恋愛に対しては古
風と思われる彼女に対して、じっくりと愛を育んで行くこと
にするのだが…
そんな2人の関係は、2人の間ではうまく行っているものの
対外的には後ろめたさを感じざるを得ないもの、それが2人
の関係に暗い影を落として行くことになる。この大学教授役
をベン・キングスレーが演じ、女性にはペネロペ・クルスが
扮している。
ちょっと前のこのページで、日本映画の俳優がただ脚本通り
に演じているだけのように見えると書いたが、この作品での
ペネロペ・クルスの演技を見ていると、実に端々まで役にな
り切っていることが判る。
それは細やかな指先や目の動かし方の一つ一つまでもが、役
柄の人物であることを感じさせるものだ。そこには監督の演
出もあるのだろうが、その全てを指示することは不可能。結
局、最後は俳優の演技力ということになるものだろう。
もちろんその演技はベン・キングスレーも素晴らしいものだ
が、さらに本作では、共演のデニス・ホッパーやパトリシア
・クラークソンらも最高の演技を見せてくれる。
そう言えば、ロスの原作では『白いカラス』のアンソニー・
ホプキンス、ニコール・キッドマンも素晴らしかったが、こ
の作家の原作からは俳優の演技も最高のものが引き出される
ことになるようだ。もっとも今回はメイヤーの脚本でもある
ものだが。
ただし物語の結末は、結局これでしか彼らの幸せが達成でき
ないことは理解するのだが、余りに侘しい展開に胸を突かれ
る想いがした。しかもそれが、事が順調に進んでいればそこ
までには至らなかったのではないかという結末であれば尚更
のことだ。
でも主人公らは、その障害を乗り越えて進んで行くのだろう
し、その希望を感じ取りたいものだ。この物語の結末は決し
て悲劇的なものではない。


『年々歳々』
avexニュースター・シネマ・コレクションと題するavex製作
による長編作品集の1本。
過去に起きた悲劇的な出来事のために「自分は幸せになって
はいけない」と思い込んでしまった少女の物語。
少女の住む家の庭には花がない。そこは花好きの父親が丹精
を込めているはずの場所なのだが…そんな少女と母親の住む
家に、両親が遠隔地に赴任したため居候することになった従
姉妹の少女が入居してくる。
しかし、その従姉妹の目に写る主人公と母親の生活はあまり
に異常なものだった。特に、母親は娘を嫌っているようにし
か見えず、娘の誕生日を祝ってやることもしない。そして娘
は従姉妹に向かって「私は幸せになってはいけない」と言い
切ってしまう。
そんな母子の哀しい生活がある要素を加えて淡々と描かれて
行く。
実は、その加えられている要素というのが、父親の存在なの
だが、その姿が主人公以外には見えないものとなっている。
それが彼女の想像の産物なのか、実際の霊魂なのかという辺
りが微妙に描かれている作品だ。
そしてこの存在が、最後には奇跡の展開を描き出すのだが、
さてこの展開が一般の映画ファンの目にはどのように映るこ
とか…。僕は元々ファンタシー系の作品をテリトリーとして
いる人間だから驚くに当たらなかったが、一般の人がこれを
感動としてくれれば嬉しいものだ。
しかし、取りようによってはかなり安易なものではあるし、
逆にその点がマイナス要素になってしまってはもったいない
感じもする。僕としては、もっと別の展開もあるのではない
かという考えも持つものだし、その辺に何かもう一工夫欲し
かった感じもした。

主演の娘役は、「早稲田アカデミー」のCMなどに出ている
江野沢愛美。従姉妹役はドラマ「スクラップティーチャー」
に出演の指出瑞貴。さらに『アキレスと亀』に出演の円城寺
あや、風間トオルらが共演している。
監督は、『リング』『呪怨』の助監督を務め、『エクステ』
の脚本も担当したという安達正軌。ファンタシーは判ってい
る人のように思えるが、他人の脚本の演出とはいえもう1歩
踏み込んで欲しかったところだ。

『いのちの戦場』“L'Ennemi intime”
2002年8月に紹介した『スズメバチ』などのフランス人俳優
ブノア・マジメルが、自らの立案、主演で映画化した1954−
62年のフランス−アルジェリア戦争を描いた作品。
マジメルは1974年生れだそうだから件の戦争は知らない世代
ということになるが、フランス政府が1999年に初めて公式に
認めたという歴史の陰に葬られようとしていた戦争を、ある
種の義憤に燃えて映画化した作品と言えそうだ。
そのマジメルが演じる主人公は、アルジェリアの山岳地帯の
戦場に新たに赴任した志願兵の中尉。
時は1959年7月、その戦場ではゲリラ戦を続ける民族部隊の
フェラガに対する掃討作戦が展開されていた。そのフェラガ
の指揮官を捜索する作戦の最中に前任の中尉が戦死し、その
後任として彼はやってきたのだ。
ところがその戦場では、情報を得るためと称する捕虜の拷問
や民間人への銃撃など、およそ他の戦場では見られない残虐
行為が日常的に行われていた。その現実を目の当りにした主
人公は、直ちにその残虐行為を止めようとするのだが…
フランス−アルジェリア戦争を描いた映画では、僕は1967年
に日本公開されたジッロ・ポンテコルヴォ監督の『アルジェ
の戦い』をその当時に観たものだが、町場でのレジスタンス
の模様と、特に最後の勝利が決まったときのアラブ女性たち
の特有な叫び声が強烈な印象として残っている作品だ。
その映画の中でもフランス兵による残虐行為は描かれていた
とは思うが、アルジェリア−イタリアの合作で製作された作
品では、アルジェリア人の勝利に至る道程が前面描かれてお
り、フランス兵の行為などは添え物でしかなかった。
それが本作では、まずフランス人の目で自らの同胞が犯した
犯罪行為を克明に綴って行く。それは残虐行為だけでなく、
自ら命令が起こした過ちから国際法上の違反行為まで、正に
国家の犯罪を告発しているものだ。
マジメルが何故この映画を作ろうとしたのか、その真意は不
明だが、国家の犯した犯罪を正面から見据えた作品には、そ
れを隠し続けた国家への怒りも感じられるところだ。
なお映画化には、長年フランス−アルジェリア戦争の調査を
続けているドキュメンタリー作家で、同名ドキュメンタリー
作品のテレビ放映では、フランス国内で900万人の視聴者を
獲得したというパトリック・ロットマンが参加。ロットマン
が脚本を執筆し、『スズマバチ』のフローラン=エミリオ・
シリが監督を務めている。

『重力ピエロ』
「春が2階から落ちてきた」という書き出しで始まる伊坂幸
太郎原作の映画化。
来年5月23日に全国公開の予定で、完成披露試写もまだ先の
作品だが、内覧試写を見せてもらい、情報公開の制限もない
ようなので報告させてもらうことにする。
原作は上記の書き出しが評判のようで、それを書くことが映
画のネタバレにはならないと思うが、特にそれを知った上で
観ているとニヤリとする映画のプロローグとなっている。こ
れは、映画から原作に対する最大の敬意を表したとも感じら
れるものだ。
実は事前の情報では、初号試写を観た原作者が「満足した」
と語っていたそうで、伊坂原作の映画化では、僕は満足でき
なかった作品もあるが、今回は読者も納得できる映画化にな
っているというところだろう。
と言っても僕は原作は読んでいないが、映画はしみじみとし
た親子や夫婦、そして兄弟の情感が見事に描かれたもので、
それが見事に演出され、演じられているものだ。
映画の物語は、宮城県仙台市を舞台に、市内で連続する放火
事件を追って行くもの。その現場近くに常にグラフィッティ
が描かれていることに気付いた大学院生とフリーターの兄弟
が、そこに残されたメッセージの謎を解き明かして行く。
それは兄の専門分野であるDNAの配列を示しているように
も見える。そして兄弟は、徐々に1人の犯罪者を追いつめて
行くことになるが…
出演は、兄弟の兄を加瀬亮、弟を岡田将生、その父親を小日
向文世、母親役に鈴木京香。他に、吉高由里子、岡田義徳、
渡部篤郎らが共演している。
映画の企画と脚本は、元タレントで『大停電の夜に』の脚本
を担当した相沢友子。監督は、2000年のサンダンス−NHK
作家賞の日本部門を受賞している森淳一。
製作は、『K−20』なども手掛けるROBOTと、アスミック
エース。アスミック側のプロデューサーは、『大停電…』や
『博士の愛した数式』の荒木美也子が担当している。この人
の作品は、それぞれにどこかちょっとファンタスティックな
雰囲気を持っているものだ。
なお映画の公開は、原作者が在住し映画の撮影にも協力した
宮城地区では、1か月先行の4月25日から行われるそうだ。


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井口健二