井口健二のOn the Production
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2008年12月07日(日) ラ・ボエーム、ベンジャミン・バトン、GIRLS LOVE、レスキューフォース、ラーメンガール、へばの、うたかた

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ラ・ボエーム』“La Bohème”
ジャコモ・プッチーニによる名作オペラの映画化。
オペラ界ではドリーム・カップルと言われるアンナ・ネトレ
プコとローランド・ビリャソンを主演に迎え、1978年のオス
カー長編ドキュメンタリー賞候補になったこともあるルーマ
ニアの監督ロベルト・ドーンハイムが演出を担当した。
僕はオペラの舞台は見たことが無いが、この作品を見ての印
象は、恐らく演出は舞台のままで、その舞台のセットをスタ
ジオに構築し、その中を縦横に動き回るカメラワークで撮影
したのではないかと思われるものだ。
従って、観客には舞台の客席とは異なる角度から名シーンを
見られることになるし、特に主演者の評判から察すると、オ
ペラファンには最高の贈り物になるものと思われる。
ただし、映画として観た場合の評価は異なるもので、果たし
てこの作品が映画であるかどうかにも疑問が湧く。確かに、
19世紀半ばのパリの街のVFXによる景観など、映画として
の魅力も有りはするが、全体的には舞台の写しに終始してい
るものだ。
元々監督がドキュメンタリーの人だから、それも仕方がない
のかも知れないが、映画的な演出はほとんど見られない。も
っともあまり映画的な演出を加えるのは、逆に舞台のファン
には違和感になる恐れも有る訳で、そこら辺は難しいところ
だとも言える。
最近は「シネマ歌舞伎」というものも有り、地方で舞台を見
られない人には朗報だと言われているものだが、それに比べ
ると本作は、カメラワークなどの演出は加えられているから
舞台面だけを写したものよりは、映画ではありそうだ。
いずれにしても、日本ではほとんど上演不可能、上演しても
高額の入場料になりそうな舞台を気軽に見られるということ
では、オペラファンには価値ある作品であることは間違いな
いのだろう。
ただ、絵と音を別撮りにしたのは多少疑問が残るところで、
名演と名唱がずれてしまっているのは、映画としては多少ぎ
こちなく観えた。しかし舞台俳優ではそれも仕方なかなとは
思え、ディジタル処理で合わせ込めなかったのかとも思うと
ころだが、それも問題かな。逆に『プライド』の満島ひかり
は良くやったと思えたところだ。


『ベンジャミン・バトン−数奇な人生−』
        “The Curious Case of Benjamin Button”
F・スコット・フィッツジェラルドの短編小説から想を得た
とされる数奇な人生を送った男の物語。
物語の発端は1918年。第1次世界大戦が終ったその日にベン
ジャミンは誕生した。しかしその直後に母親は死亡、しかも
生れた子供を見た父親は、その子を抱えて街に飛び出し、と
ある建物のポーチに置き去りにしてしまう。
その建物は黒人の女性が取り仕切る老人ホームで、医師の診
断で80歳の肉体とされたその赤ん坊は、そこで老人たちと共
に世話をされることになる。ところが、すぐにも老衰で死ぬ
と思われた子供は生き長らえ、しかも徐々に若返り始めた。
こうして、普通人とは反対の成長の過程を歩み始めた主人公
は、20世紀のアメリカを密かに見つめ続けることになる。も
ちろんそこには恋や別れや、旅や戦いなどいろいろな喜び悲
しみを体験しながら。
原作短編がどんなものかは知らないが、映画は上映時間2時
間47分、アメリカを中心とした20世紀史が綴られたもので、
そのスケールの壮大さは、さすが『フォレスト・ガンプ』か
ら『ミュンヘン』まで手掛けたエリック・ロスの脚本という
感じのするものだ。
出演は、ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、ティ
ルダ・スウィントン、ジュリア・オーモンド。主人公を中心
に女性たちとの交流が描かれる。
ただし、ピットが演じた主人公は、年齢ごとに6人ほどで演
じているようだ。またブランシェットの役柄にも、エリー・
ファニング(7歳)とマディセン・ビーティ(10歳)という
名前が挙がっていた。
そして、その主には主人公のエイジングがスペシャルメイク
とCGIで描かれるものだが、老人のメイクはそれなりにで
きるとしても、特にピットの若返りのCGIが見事で、正に
若々しいピットの姿は見ものだった。
確かに長丁場の作品ではあるが、いろいろな細かいエピソー
ドや、それぞれが手を込ませて作り上げられた作品は、見て
いる間は全く飽きさせることが無く、特にいろいろな仕掛け
でヴァラエティに富ませた構成が見事に観客を楽しませてく
る。この長丁場は、ゆっくりと体験する価値ありだ。
全米公開は12月25日。デイヴィッド・フィンチャー監督が、
パラマウント社との関係を決裂させてまで守った作品が映画
ファンからどのように評価されるか、その結果も楽しみだ。
日本公開は来年2月7日に予定されている。

『GIRLS LOVE』
avexニュースター・シネマ・コレクションと題するavex製作
による長編作品集の1本。
将来はピアニストにという親の希望を背負って生きてきた少
女と、母子家庭に育って陸上に打ち込む少女の交流を描いた
作品。
主人公のヨーコは、放課後の音楽室でその日までは唯一の友
達だったピアノに向かっていた。しかし彼女の密かな憧れは
その窓から見える校庭で陸上に打ち込む少女ナツオの姿。そ
してその日、ある勘違いから2人の交流が始まる。
やがて急速の交流を深めた2人は、授業をサボってハイキン
グに出かけたり、ヨーコは親に無断でナツオの家に泊まった
りもしてしまう。それはヨーコにとっては、初めての親への
反抗だった。そしてその行動がヨーコに勇気を与えて行くこ
とになるが…
正直に言って物語はかなり子供染みたものだ。この後に大き
な出来事が起こるが、それもまあ有り勝ちなお話で、いまさ
ら仰々しく描くようなものでもない。でもまあ、新進女優を
売り込むためのプロモーションということでなら、これも有
りかなあという程度のものだろう。
その女優は、ヨーコ役が『蒼き狼』に出ていたという下宮里
穂子と、ナツオ役が「嵐」のMTVなどに出ているという大
石参月。
特に、大石はさばさばした雰囲気が役柄に合ってはいるが、
走る姿などはもう少しコーチしてもらいたかったところだ。
一方、下宮の方はピアノは弾けるようでそれも役柄には合っ
ているものだ。
ただ、2人とも全体として役柄に同化していない感じで、何
となく演じているという感じが付き纏ってしまう。結局、撮
影期間も短くて役作りなども充分にはできなかったのだろう
とは思うが、その辺は監督の演出でもう少しカヴァーして貰
いたかったところだ。
監督の川上春奈も新人のようだが、これではただ脚本を撮っ
ているだけという感じがしてしまった。脚本も自分で書いて
いるようだから、これで良いと言われればそれまでだが、理
想は出来るだけ高く持ってもらいたいものだ。


『トミカヒーロー/レスキューフォース』
玩具ミニカーのトミカから発想されたテレビ愛知発・テレビ
東京系列で放送中シリーズ番組の映画版。世界消防庁という
組織に所属する特別救助機動隊「レスキューフォース」の活
躍を、『ALWAYS三丁目の夕日』などを手掛ける白組のVFX
で描き出す。
「レスキューフォース」の隊員は男女5人。緊急時には特殊
なスーツを装着したり、重機を搭載した乗物が登場したり、
いわゆる戦隊ものの流れという感じの作品だが、闘う相手が
怪獣ではなく災害とのことで、その辺でPTA方面にも受け
は良い番組のようだ。
とは言うものの本作では、謎の組織「ネオテーラ」なるもの
が登場、彼らが仕掛ける妨害工作を排除するという設定で、
そこには敵の雑魚キャラとの戦闘シーンも登場するし、最後
は敵のマシンが竜型に変形しての空中戦も繰り広げられる。
この辺はちょっと微妙なところだが、基本3〜12歳の階層視
聴率が平均10%を越えるという視聴者層では、これくらいは
仕方がないというところだろう。『サンダーバード』を期待
する年齢層はもう少し高そうだ。
その映画版のミッションは、トウキョウ駅を出発した世界一
周超特急が敵に乗っ取られて制御不能の暴走を開始。そこか
ら乗客を救出して、列車が終着のギンザ駅に激突=周囲に被
害を及ぼす前に停止させよ…というもの。
路線を環状線にしておけよという突っ込みは置いておくとし
て、その世界中を疾走する超特急の景観とミッションの様子
が白組のVFXで描き出される。その映像は、お子様向けと
は言えかなり丁寧で、正直2001年版『サンダーバード』より
見られた感じだ。
特に、併映『爆走!!トミカヒーローグランプリ』に登場する
商店街などでの爆走レースシーンは感心できるものだった。
全体はお子様向けの域を出るものではないが、何気なくここ
までできるのは大したものだ。
出演は、2006年公開『紫陽花物語』という作品に主演の猪塚
健太、男性ダンスユニットFLAMEメムバーの野口征吾、渡辺
プロ所属のはるの、今春の『全然大丈夫』に出ていたという
長谷川恵美、モデル出身の岩永洋昭、それに早見優がテレビ
からのレギュラーとして登場する。
それにしても、プレス資料にこれくらいの情報は入れておい
てほしいものだ。
その他、本編のゲストとして、南海キャンディーズの山里亮
太、『少年メリケンサック』に出演の児玉絹世、それに藤岡
弘、らが出演している。

『ラーメンガール』“The Ramen Girl”
2002年の『8Mile』や、2005年『シン・シティ』などの女優
ブリタニー・マーフィが東京でラーメン修業に励むという異
文化交流ドラマ。
主人公は、東京在住の恋人を追って日本にやってきたが、実
はその恋人には煙たがれていていて、恋人はさっさと大阪に
行ってしまう。しかも彼女にはついてくるなと宣告、彼女は
言葉も通じない異国に1人で置いていかれてしまう。
そんな彼女が、アパートのベランダから目に留めたのは、赤
い提灯が揺れ人だかりのするラーメン屋だった。そこに行っ
てみるとすでにその日の営業は終えていたのだが、訳の分か
らない彼女は店内に入り、泣き崩れたところを店主に1杯の
ラーメンを供される。
そのラーメンに救われた心地になった彼女は、その不思議な
魅力に足繁く通うようになるが、ついに両親から帰国命令が
届いた日、彼女は自分でラーメンを作りたいと思い立つ。そ
してラーメン屋の店主に弟子入りを申し出るのだが…
その店主は頑固者で、弟子は取っても3日ともった試しはな
く、彼女は便所掃除から始めさせられることになる。ところ
が、実は彼女の方もその店主を上回る頑固者だった。
この店主役を西田敏行が演じ、他に日本人の配役では、余貴
美子、岡本麗、前田健、石橋蓮司、山崎努らが共演。特に、
山崎は1985年『タンポポ』の主人公がこうなっちゃのかなと
いう役柄だ。
また日本人以外では、2006年『46億年の恋』などのパク・ソ
ヒ、2001年『戦争のはじめかた』などのガブリエル・マン、
2006年『グッド・シェパード』などのタミー・ブランチャー
ドらが共演している。
脚本は、大学時代に日本に短期留学し、日本文化に興味をも
って1年間を過ごしたというベッカ・トポル。自らの経験に
基づいて執筆した作品が、日本の演劇界でも活動する演出家
ロバート・アラン・アッカーマンの協力で実現した。
一方、主演のマーフィはアメリカでの企画立上げの当初から
参加してきたということで、自らロサンゼルスのラーメン店
で作業を体験するなどして役作りをしたとのことだ。
因に、アメリカでの公開は今年予定されていたが実現しなか
ったようで、1月17日からの日本公開が先行となるらしい。
また、オランダでは1月29日公開が予定されている。なお、
アメリカではマーフィの人気でかなり高い期待値となってい
るようだ。

『へばの』
青森県六ヶ所村の原子力施設を舞台にしたドラマ。
主人公は核燃料再処理工場の広報に務める女性。父親も再処
理工場の創設期からその仕事に関わり、結婚を間近にした恋
人もそこの従業員だ。そして父子家庭の彼女は、父親が新築
する広い家での新生活に期待を寄せていた。
ところが、その婚約者が作業中の事故で体内被爆を受けてし
まう。その被害は軽微で身体にも異状はなかったが、状況の
判る父親は彼との間に子供を儲けることに反対し始める。し
かし孫は抱きたいという父親の希望を聞いた婚約者は、自ら
姿を消してしまう。
そして3年後、主人公は大きな家に父親と2人暮らしを続け
ていたが、ある日、彼が街に舞い戻っているという噂を耳に
する。そしてその噂を頼りに彼を捜しに来た彼女は、とある
風景を眼にしてしまう。
元々彼女の母親は、原子力施設ができるときに兄を連れて出
ていってしまったとか、施設が引き起こす悲劇が綴られる。
それはもちろん風評や根拠の無い噂が元ではあるけれど、現
実にこのようにして街を去った人は多いのだろう。
実は自分の父親が、土地投機に載せられて六ヶ所村に二束三
文の土地を持っていたこともあって、多少気になって観た作
品だった。でも話自体はそういうものとは関係ないし、有り
得る悲劇として観られるものだった。
だた、上記の物語までは良かったのだが、ここからの展開が
ちょっとあまり予想していなかったもので、そこに至る伏線
が有ったのかどうかも判らなくなってしまった。たぶん伏線
はなかったと思うが、余りに唐突な展開には驚いたものだ。
でもまあ、こういうことが言いたくなるのも判るような気は
するし、これがその場所に住む人たちの全員の考えではない
にしても、ある意味ストレスの解消であるなら、外部の人間
としてそれも受け入れなくてはならないものなのだろう。
原子力施設が背景に有る作品としては、タルコフスキー監督
の『ストーカー』が思い浮かぶが、この作品にも同じような
雰囲気が感じられた。

『うたかた』
今週末に東京渋谷で3日間だけ特別上映されるオムニバス作
品のDVDを送ってもらったので紹介する。
作品はそれぞれが20分ほどの、いずれも少女を主人公にした
5編で構成されている。
それは、それぞれがいろいろな状況の中、多感さ故に自分が
疎まれている(かもしれない)と思っている少女たちの物語。
大人の目から見れば何でもないことかもかも知れないが当事
者たちには切実なものだろう。
そしてそれは、大人になってからは決して再び巡り会うこと
のない物語たち。しかもその物語が、全てファンタシーの語
り口で作られていることが、いろいろな思いを掻き立ててく
れる作品になっていた。
最初の作品「忘れな草」は、妹ばかり可愛がられて自分は疎
まれていると思っている少女の物語。彼女の取った行動が重
大な事態を引き起こしてしまうのだが、それは現か幻か、全
てが少女の幻想であったのかもしれない。
5編の中で一番深刻な物語が最初に置かれてるのは、その深
刻さの度合いが一番辛いからなのだろうか。自分は親として
こうあってはならないとも思う話で、特に結末の衝撃も強烈
なものだった。
2編目の「翳る陽の少女」は八百比丘尼伝説をモティーフに
したもので、少女の孤独感が比丘尼の物語にオーヴァラップ
して語られている。
ただし、比丘尼の物語を字幕で提示してしまうのは少し策が
無い感じで、ここはもう少し工夫がほしかった。それに少女
が孤独であることも、もう少し明確にしたほうが良かったよ
うに感じられた。
以上の2編はかなり深刻な物語だったが、3編目からは語り
口がちょっと変化する。
その3編目「撥恋少女」は、美人になりたいと思っている少
女の物語。思い切って入った美容サロンで彼女は特別な化粧
水を分けてもらう。そしてそれを付けた少女には、男が誰も
引き寄せられるようになるのだが…その化粧水にはその他の
効能も付いていた。
少女の願望充足の物語だが、それなりの落ちがコミカルに描
かれていた。
4編目の「満つ雫」は、これも少女の願望充足型の物語。一
口飲むと願いが叶う魔法の水を手に入れた少女は、それを利
用して願望の全てを手に入れて行くのだが…それが必ずしも
自分の幸せでなかったことに気付かされる。
似た感じの話が連続するのは気になったところだが、考えて
みればどの話も願望充足ではある訳で、仕方のない面もある
かも知れない。ただ本作は結末がかなり深刻で、ここまです
る必要が有ったか、ここはもう少しユーモラスに落としても
良かったようには感じられた。
そして最後「震える月」は、急死した母親の遺品を整理して
いた少女が、母宛の差出人未詳のラヴレターを見つけ、そこ
に書かれた再会の場所に母親に代わって行こうとするもの。
物語としては5編の中では一番現実的でもあり、最後を締め
るにも相応しいものだ。
最初の作品でちょっと呆気に取られ、しかも自分の範ちゅう
の作品でもあるので困惑したが、全作をトータルで見ればそ
れなりのテーマも有るようにも受け取れるし、全体的な構成
も考えられていたようだ。
演技も演出も未完成な感じではあるけれど、ファンタシーに
積極的に取り組もうとしていることには好感を持てるし、次
も期待してみたいところだ。
なお本作は、12月13日から15日までの期間限定で、東京・渋
谷区宇田川町のUPLINK FACTORYにて、それぞれスタッフ・キ
ャストの舞台挨拶付きで上映される。


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井口健二