2008年11月09日(日) |
シリアの花嫁、蘇る玉虫厨子、アンダーカヴァー、鎧−サムライゾンビ−、その男ヴァン・ダム、ミーアキャット、無ケーカクの命中男、斬 |
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※ ※僕が気に入った作品のみを紹介しています。 ※ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 『シリアの花嫁』“The Syrian Bride” イスラエル/シリア境界線のゴラン高原を舞台に、その境界 線を越えて嫁いで行く女性の置かれた状況を描いた国際情勢 の縮図とも言えるドラマ。 1967年の第3次中東戦争でイスラエルに占領されたシリア領 のゴラン高原は、以来40年を越える年月を占領状態に置かれ たままとなっている。 元々そこに住んでいたのは、イスラムでは少数派といわれる ドゥルーズ派の人々。彼らにはイスラエルの国籍取得の機会 は与えられたが、当然それにしたがう人はまれで、大半は無 国籍の状態となっている。 そのため、仮にその占領地からシリア国内に嫁ぐと、その花 嫁には自動的にシリア国籍が付与されてしまい。以後、シリ アとの国交のないイスラエルの占領地には行き来ができなく なる。 そんな状況下で、シリアに嫁いでいこうとする花嫁の物語。 そのゴラン高原で行われる結婚式に花婿の姿はなく、境界線 の向こうで待つ花婿の許に行った途端、彼女は2度と家族と は会うことができなくなってしまうのだ。 とこれだけでも充分に国際情勢の縮図と行った感じの物語だ が、さらに花嫁の父親がイスラムの活動家で境界線地帯への 立ち入りが禁止されていたり、国際赤十字が仲介する越境の 手続きが政治介入によってトラブったり… さらには、彼女の兄が異教徒のロシア人女性と結婚したため に父親といざこざがあったりという、ありとあらゆる障害が 彼女に降りかかる。 国内に国境線を持たない国に住んでいると、国境線という存 在自体が容易には理解できないものになるが、特に紛争地域 では、この映画のように僕らの考えをはるかに越える事態が 発生しているようだ。 そんな事態を深刻に、しかしユーモアとペーソスも込めて描 き出している。 自分も同じ年頃の娘を持っていると、花嫁の父親の心情も判 るところだが、それよりこの作品では、全く馬鹿げたとしか 言いようのない、それぞれの国の面子や駆け引きに振り回さ れる悲喜劇が描き出され、国家と言うものの愚かしさも観え てくる作品だ。 出演は、花嫁の姉役に『パラダイス・ナウ』などのヒアム・ アッバス、父親役に『ミュンヘン』などのマクラム・J・フ ーリ、そして花嫁役には、マクラムの実娘で『ワールド・オ ブ・ライズ』にも出演のクララ・フーリが扮している。 脚本、監督はイスラエル人のエラン・リクリス。物語は、監 督自身が先に手掛けたドキュメンタリーの中の実話から発想 を得ているそうだ。
『蘇る玉虫厨子』 奈良県法隆寺の金堂に安置されている国宝「玉虫厨子」。飛 鳥時代(約1400年前)の作と伝えられるその厨子は、往時は 約4800匹の玉虫の羽根で装飾されていたと考えられるが、現 在残っているのはその一部のみ。また、扉や壁面に描かれた 装飾蒔絵も、その多くが識別できない状態となっている。 その国宝「玉虫厨子」を、現在の職人の技で復元しようとい うプロジェクト。それは岐阜県高山市で造園業を営んでいた 中田金太氏が私財を投じて行ったもので、その心に触れた俳 優の三国錬太郎が、自ら現場も訪れて心のこもったナレーシ ョンを添えている。 なお、三国は2003年公開の『風の絨毯』という実話に基づく 映画の中で、中田金太の役を演じて以来の知遇を得ていたの だそうで、平成14年(2002年)に開始されたプロジェクトに は、かなり初期の段階から関ることができたようだ。 そしてそのプロジェクトには、設計施行担当中田秋夫の許、 宮大工八野明、蒔絵師立野敏昭、錺金具師森本安之助、彫師 山田耕健らが集められ、最初は法隆寺の金堂でガラス越しに 厨子を観察することから始められる。 しかし、「玉虫厨子」は国宝であるために、彼らは直接手を 触れることはできず、その寸法を直に計ることもできない。 ただ目分量でその大きさを見取ったり、もちろん文化庁など の調査の資料はあるのだろうが、ほとんどの部分は職人たち の勘によって再現が行われて行く。 その中では、完全に消えてしまっている蒔絵の部分を他の部 分から類推したり、また文献の残っていない玉虫を貼り付け る技術などは今回新たに開発されて行くことになる。こうし て約6年の歳月を経て、昨年末に完成、今年3月法隆寺に奉 納されるまでが描かれる。 その一方でこのプロジェクトは、この復元作業で得られた技 術を許に新たな「玉虫厨子」を創るという計画も並行して進 められ、そこでは蒔絵の中にも玉虫が飾られた、「平成・玉 虫厨子」も完成される。 ただし、中田金太氏は昨年6月に逝去。2つの厨子の完成を 観ることはできなかったが、その意志は見事に後世に残され ることになったというものだ。
『アンダーカヴァー』“We Own the Night” 1988年のニューヨークを舞台に、進出の始まったロシアンマ フィアと警察の攻防を描くアクション作品。 『ウォーク・ザ・ライン』でオスカーの主演賞候補になった ホアキン・フェニックスと、『ディパーテッド』で同じく助 演賞候補のマーク・ウォールバーグが、以前に共演した『裏 切り者』のジェームズ・グレイ監督と再度組んだ作品で、2 人の俳優は製作も買って出ている。 フェニックスが演じるのは、育て親でもあるロシア人の許で ブルックリンのクラブを任されているちょっとやくざな男。 『ゴースト・ライダー』などのエヴァ・メンデス扮する恋人 もいて、その界隈でも実力を着けてきている。 しかし彼には、恋人以外には明かしていない秘密がある。そ れはロバート・デュヴォール演じる彼の父親が伝説とまで言 われるニューヨーク市警察の警視監であり、ウォルバーグが 演じる兄がエリート警官であることだ。 そしてその兄が、進出の始まったロシアンマフィアの活動を 取り締まる部署のトップに就任し、その祝賀パーティに恋人 と共に出席した弟は、父親と警察の幹部たちから捜索への協 力を要請される。そこは、自分たちは潔白だとしてその要請 を断る弟だったが… ドラッグ関連の捜査でのアンダーカヴァー(潜入捜査)は最 も危険な捜査と言われているようだが、この作品では、そこ に至る経緯やその後の保護プログラムの様子などが手際よく 描かれている。そしてその展開は、僕の目にはそれほど破綻 なく描かれているように観えたものだ。 まあこの種の映画はその展開が眼目だし、その点がクリアさ れていれば物語的にはそれでよしとしたい。それに加えて本 作では、豪雨の中のカーチェイスなどのアクションも巧みに 描かれていた。 興味のある人には充分に楽しめると思うし、興味がなければ 始まらないが、まあそういう作品というところだ。因に本作 は、昨年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門にも選 出されている。 それからホアキンは、最近俳優業の廃業を宣言したようで、 日本では先に公開された『帰らない日々』(5月16日付で紹 介)と、同じくジェームズ・グレイ監督の“Two Lovers”と いう作品で最後になるようだ。
『鎧−サムライゾンビ−』 『VERSUS』の北村龍平が原案・脚本・製作を担当し、 『魁!!男塾』の坂口拓が監督したスプラッターアクション。 舞台挨拶付きの試写会だったが、血糊を1t使用したとか、 それでも足りなくて追加したとか、スプラッターには付き物 の話題が提供されていた。実際、映画の中では、首が飛ぶ度 に3m近い血飛沫が噴き出す演出で、1tが使われた可能性 はありそうだ。 お話の舞台は現代。夫婦と子供2人の4人家族がドライブし ていると、2人組のピストルを持った男女に襲われる。そこ に3人目も現れて、父親の運転する車は、その3人目を轢い た上に立入禁止のバリケードに突入、さらに山路へと進んで 行くが… 一方、強盗事件の捜索に駆り出された2人の警官が突破され たバリケードを発見し、パトカーでその奥へと進んで行く。 そこは、以前に突然狂った村人が8人を惨殺し、それ以来廃 村になったという禁断の場所だった。 ここで惨殺されたのは8人、それに対する登場人物は、家族 4人+強盗団3人+警官2人の計9人。つまり、多い1人は 最後に助かるのか、それとも…という興味になる。その辺の 理路整然とした構成が、何とも気持ちの良い作品だった。 北村龍平の作品は、以前から一通りの評価はしているつもり だが、アイデアの奇抜さや映像の面白さは買えるものの、物 語の構成は今一つ弱い感じがしていた。一方、坂口拓は、元 『VERSUS』に出ていた俳優だが、『魁!!男塾』は構成 も良く好きな作品だ。 その2人のタッグは、ある意味見事な相乗効果が得られたと いう感じがした。挨拶で北村は「サムライゾンビ」という言 葉だけから考えた物語と称していたが、脚本では1回しか出 てこない「死んじゃうじゃん」という言葉を繰り返しのギャ グに発展させるなど、坂口の演出が見事に決まっている感じ もした。 そして何と言っても物語の結末の見事さ、この結末がクリエ ーター2人のどちらの手になるものかは知らないが、最近の この手の作品では出色のものにも感じられた。 出演は、女装の桜塚やっくんこと植田浩望が素顔で登場する 初主演映画だそうで、他は、AV出身の夏目ナナ、いしだ壱 成、荻野目慶子、やべきょうすけら。植田と夏目の演技はま だ固い感じだが、この作品には問題ないだろう。 それに加えて、この作品ではいしだがなかなか良い感じで、 特にいくら倒されてもゆらりと立ち上がる姿には妖気さえ感 じられた。舞台挨拶の発言ではスタントも気に入ったようだ し、このキャラクターでスピンオフしても面白そうだ。
『その男ヴァン・ダム』“JCVD” アクション俳優のジャン=クロード・ヴァン・ダムが、ヴァ ン・ダム本人を演じるという自虐的コメディ・アクション映 画。 物語の中のヴァン・ダムは、別れた妻と愛娘の親権争いの裁 判中。一時は一世風靡したスターも最近はギャラも下がり、 起死回生の期待された新作はスティーヴン・セガールに役を 奪われるという状況で、弁護士費用にも事欠いている。 そんなヴァン・ダムが傷心の思いで母国ベルギーに帰国し、 エージェントから振り込まれたはずの現金を引き出そうと郵 便局を訪れるが…そこでは強盗事件が進行中。しかもヴァン ・ダムはその犯人に誤認されてしまう。 こうして、ベルギーが生んだ大スターの凶悪犯罪に世間は大 騒ぎとなるが… 映画のプロローグでは、かなりの長回しのアクションシーン が登場する。それは何かの戦場でヴァン・ダム扮する男が、 空手やガンアクションで次々相手を倒して行くというものだ が、後半段々よれよれになって行く姿が見事に「演じ」られ ていた。 つまりこのシーンでは、本物のヴァン・ダムはまだまだやれ そうなのだが、そのヴァン・ダムがよれよれになった男を演 じているのが実に楽しそうで、見ていて嬉しくなってくる作 品だった。 ヨーロッパ出身のヴァン・ダムという俳優が、ハリウッドで は必ずしも優遇されていないのはいろいろな状況から容易に 見て取れるところだが、この作品はそんな批判的な部分も含 めて、ヨーロッパ人にとってのヴァン・ダムへの思いが込め られている。そして、その思いにヴァン・ダム本人が見事に 答えてくれた作品というところだ。 脚本・監督は、本作が長編2作目というマブルク・エル・メ クリ。最初に時間軸を入れ替える描き方は、本作の場合はあ まり効果的ではなかったように感じたし、監督としてはまだ 未熟な感じだが、一所懸命に描こうとしている態度は好感が 持てた。 それから、この映画はフランス・ゴーモン社の作品だが、巻 頭のロゴマークがパロディになっていた。最近のハリウッド 映画では良く見かけるものだが、フランス映画では…?と、 これも楽しくなった。
『ミーアキャット』“The Meerkats” 『アース』などのBBC製作によるネイチャー・ドキュメン タリー。ただし今回は、ザ・ワインスタイン・コープ(TW C)が共同製作として加わっており、撮影にはフィルムを使 用、ワイド画面(2.35:1)で製作されている。 『アース』もそうだが、BBCのドキュメンタリーは、予め 脚本を作ってそれに合わせて撮影を行うのだそうだ。ただし 自然相手の撮影では当然ハプニングもある訳で、それらを巧 みに取り込んで編集が行われて作品が完成される。 従って、作品のストーリーは理路整然として判りやすいし、 観ていて気持ち良く楽しめる作品となっている。本作の場合 も、映画の最後にミーアキャットの習性などの研究成果に基 づいて構成された物語であることが、テロップで明記されて いた。 その物語の舞台は、カラハリ砂漠。乾季の始まった草原の一 角にミーアキャットの群れの住む巣穴があり、そこで今年生 まれたミーアキャットの成長と、両親が狩りに出ている間に その子守と教育を任された年長のミーアキャットの奮闘が描 かれる。 その巣穴の傍には大きな鳥の巣のある灌木が立っていて、そ こには幼いミーアキャットを狙う毒蛇も住んでいる。そして その毒蛇が巣穴に侵入したり、隣接地に住む群れとの餌場を 奪い合う争いや猛禽類の空からの襲撃などが、見事な映像演 出で綴られる。 ミーアキャットそのものは日本の動物園でも観られるし、そ の太陽に向かって直立する可愛らしい姿も観ることができる が、そのミーアキャットが年長の兄弟から教育を授かるなど の習性は知らなかったし、集団で毒蛇を撃退する姿なども興 味深く観られた。 そのあまりに見事な演出は、見方によっては多少やりすぎと 思える部分もあるかも知れないが、僕はそれはそれとして楽 しめたものだ。 それに加えてこの作品では、何しろミーアキャットの愛らし い姿が満載で、直立したままバランスを崩して倒れてしまっ たり、肘枕や膝枕で寝ている姿など、それを見ているたけで も楽しめる作品だった。 因にミーアキャットはマングースの仲間だそうで、映画の中 では毒蛇を集団で威嚇して撃退する様子が出てきたが、これ がいつしか集団で狩りをするようになったら…と思ったら、 それは観ていてちょっと恐ろしくなった。
『無ケーカクの命中男』“Knocked Up” 昨年6月の全米公開では7週連続のトップ10入りを果たした 大ヒットコメディ作品。この原題は、自分のホームページの 方でも何度か登場したもので、実は以前から注目していた作 品がようやく日本公開されることになった。 それにしても、その通りだから仕方がないとは言えこの何と も言えない邦題と、アメリカンコメディということでは、か なりいい加減なものを予想してしまうところだが、内容的に はかなり真面目なところを突いている作品だ。 物語の主人公は、テレビのエンタメ情報番組でレポーターに 抜擢されることになった女性と、カナダ出身でネットオタク のフリーターの男。この2人が浮いた気分の中で出会い、行 き摩りのセックスとなるが、これが一発命中で妊娠させてし まう。 しかし彼女は仕事優先、出産はするが、お互い知り合っても いない彼との結婚には踏み切れない。そんな2人の関係と、 実は倦怠期にある彼女の姉夫婦の様子などが、かなりリアル に描かれている。 もちろんそこに至るまでの経緯などはかなりの下ネタ満載の ものだだが、いざそこに至ってからの2人の駆け引きや心理 的な葛藤などは、面白く描かれれば描かれるほどに真剣に心 に響いてくるものになっていた。 まあ、世間一般でもありそうで…なさそうで、そんな案外現 実的なドラマが展開される。そこに描かれる2人の態度も真 面目で、特に出産シーンは、僕自身、お産の学校に通ってラ マーズ法の出産にも立ち会った者としては、その感動が鮮烈 に蘇ってきたものだ。 主演は、1995年『暴走特急』やテレビ“Grey's Anatomy”な どのキャスリーン・ハイグルと、“The Green Hornet”の映 画版が進行中のセス・ローガン。他にポール・ラビット、レ スリー・マン、ジェイ・バルチェル、ジョナ・ヒル、マーテ ィン・スターらが共演。 製作、脚本、監督は、2005年“The 40 Year Old Virgin”で 全米大ヒットを飛ばしたジャド・アプトウ。因に、主人公の 姉役を演じたマンは監督夫人で、その2人の娘役は監督の実 の娘たちだそうだ。
『斬〜KILL〜』 夏に公開された『スカイ・クロラ』などの押井守総監修によ るチャンバラ=剣戟をテーマにしたオムニバス作品。押井監 督を始め、深作健太、辻本貴則、田原実による4作品が集め られている。 チャンバラは、今や『マトリクス』や『ブレイド』シリーズ などで海外の作品でも定番のアクションとなっている。その チャンバラを4人の俊英監督の手で描き出そうという試みの ようなのだが…僕には何かピントの合っていない作品群に観 えた。 まず第1に、チャンバラ=剣戟がテーマと言いながら、それ がまともに描かれているのは辻本監督の1作のみ。田原監督 作品は訳の判らない銃撃戦だし、押井監督の作品は居合い切 りで、それに深作作品はただの子供のチャンバラごっこ… チャンバラでは、華麗な殺陣が観たいものだし、あるいは様 式美に則った所作なども美しいものだ。しかし田原、押井の 作品では、ほとんど刃を合わせることもしないのだから、こ れではチャンバラを描いたと言えるのかどうか。 かと言って、チャンバラ以外の何を描いているかと言うとそ れもないのだから…嫌な作品ではないだけに、これは全く困 った作品になってしまった。押井監督が総監修のオムニバス では、『真・女立喰師列伝』はそれなりに評価したつもりだ ったが、今回は何かが少し狂ってしまったようだ。 なお出演者では、辻本作品に特別出演した水野美紀が同監督 の『バーボンのミキ』『ハード・リベンジ、MILLY』と同様 頑張っている他、押井作品では、菊池凛子、藤田陽子が登場 している。 ただしこの押井作品では、本当なら彼女達が演じる天使が飛 び立ってからの空中戦を描いて欲しかったもので、そうすれ ばガンダムを向こうに回す押井版の空中チャンバラが描けた と思うのだが、そこまでをやる気はなかったということなの だろうか。 それにしても、辻本+水野のコンビは3本連続当たりの感じ で、ここらで1本しっかりした本格長編を撮ってもらいたい ものだ。
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