井口健二のOn the Production
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2008年11月02日(日) 禅、その木戸を通って、彼女の名はサビーヌ、破片のきらめき、ターミネーター:サラ・コナー(続き)、特命係長・只野仁

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『禅』
『火火』『丘を超えて』などの高橋伴明監督の最新作。駒澤
大学総長大谷哲夫氏の原作・製作総指揮の許、日本曹洞宗の
開祖・道元の生涯を描いた歴史絵巻。
道元は内大臣の嫡流に生まれたものの、8歳にして母親を亡
くし、現世に浄土を創るという禅の道を目指す。そして24歳
で宋に渡り、道を極めて28歳で帰国。京の建仁寺にて禅宗の
布教を始めるが、比叡山の反発に遭い山科に移る。
さらに六波羅蜜寺に説法したことから比叡山の圧力が増大、
山科は焼き討ちに遭うなどして越前に逃れ、永平寺を開山。
その後は鎌倉に赴いて北条時頼に教えを授けるなど、54歳で
入滅するまでの生涯が描かれる。
永平寺は、観光で2度ほど行ったことがあるが、山奥の静謐
な雰囲気や、そこに聞こえてくる声明のすばらしさなどは、
禅寺に来たという思いをいやがうえにも感じさせてくれると
ころだ。
そんな永平寺を開いた道元に関しては、僕は前に井上ひさし
作『道元の冒険』の戯曲本を読んだくらいで、その内容もほ
とんど覚えていないものだった。ただ、元々道元という人が
世俗を離れて禅の道一筋とされているから、それも仕方のな
い話のようだ。
しかしこの作品では、宋での行脚(高僧とされる人に会って
幻滅したり、老典座の言葉で開眼したりする)のエピソード
や、叡山僧兵による焼き討ちのアクション、さらに北条時頼
を襲う幻覚などの見せ場を設けて、2時間あまりの物語を楽
しませてくれる。
そもそもの高橋監督がこの作品に関ったきっかけは判らない
が、原作・製作総指揮を手掛けた人物を考えると、それなり
の背景はあるのかも知れない。しかしプレス資料でも、現代
の世相を憂いてこの映画が製作されたという経緯は理解でき
るものだ。
因に、試写会前の監督による舞台挨拶で、「いつもは映画に
毒を盛ろうと考えているが、今回は薬になる映画を作ってし
まったようだ」と、少し照れ気味に話していたのが印象的だ
った。
出演は、中村勘太郎、内田有紀、藤原竜也。他に、哀川翔、
高橋恵子らが共演している。

『その木戸を通って』
山本周五郎原作、市川崑監督により、1993年に製作された日
本初(ということは多分世界初)の長編ハイビジョンドラマ
作品。
オリジナルは1125−60方式のアナログハイビジョンVTRに
よって録画されたもので、今回はそれがビスタサイズのフィ
ルムに変換されて上映される。
因に、この作品は1993年に1度だけBS−hiで放送された
ことがあるが、それが再放送されたことはなく、一方、同年
のヴェネチア映画祭と翌年のロッテルダム映画祭にフィルム
変換されたものが上映されているが、以後は映画祭などでの
上映の記録もなかったようだ。
その作品が今回は、今年2月に亡くなった市川監督への追悼
の意味も込めて東京国際映画祭で特別上映が行われ、さらに
11月8日からの一般公開も実施されることになった。
従って、市川監督には唯一の未公開作品の公開となるものだ
が、監督は生前からこの作品の劇場公開を強く希望していた
そうで、それが追悼という形での実現となったことは、諸般
の事情があったとは言え、少し残念なことではあるものだ。
物語は、江戸時代の地方の大名に仕える武士の話。その娘の
婚礼の日、主人公は17年前に彼の前に現れ、1人娘を残した
まま姿を消した妻のことを考える。
その頃の主人公は江戸勤めを終え、仕える大名の重役の娘と
の婚約も進んでいたが、ある日、彼の住まいに記憶を失った
女が現れる。そして最初は、婚約の邪魔になると追い出しを
図る主人公だったが、やがて情が移ってゆく。
しかし、それは女の記憶が戻るまでのことだったのかも知れ
ない。ただし主人公の前では女の記憶は戻ることはなく、娘
を出産するのだが…。女は、「笹の道の先に木戸が在って、
その木戸を通って」と語り出す。
物語自体は現実にもありうることではあるが、その雰囲気は
何かファンタスティックなものにも通じてくる。もちろんそ
こには、ジェームズ・ヒルトン原作の『心の旅路』などもあ
るのだが、記憶喪失という尋常でない出来事がこの作品にも
そんなイメージを湧かせる。
しかもそれを、その前には『竹取物語』や『つる』、『火の
鳥』、『トッポ・ジージョのボタン戦争』なんて作品も手掛
けた市川監督が映像化しているのだから、その辺はよく判っ
て作られている感じのするものだ。
出演は、中井貴一、浅野ゆう子。他に、フランキー界、岸田
今日子らが共演している。
なお今回の劇場上映はフィルム変換されたもので行われ、そ
の後はDVD化の予定はあるようだが、この作品こそ、ぜひ
ともBlu-rayでの発売を期待したい。それと、できたらハイ
ビジョンでの上映も観たいものだ。

『彼女の名はサビーヌ』“Elle s'appelle Sabine”
1985年に17歳でフランスのアカデミー賞とも言われるセザー
ル賞を受賞、さらに1995年にはヴェネチア映画祭で女優賞を
受賞するなど国際的に活躍するフランス人女優サンドリーヌ
・ボネールが、1歳下の妹サビーヌの姿を追ったドキュメン
タリー。
そのサビーヌは、現在は自閉症と診断され、サンドリーヌが
理事も務める小規模な療養所で治療を受けている。しかし以
前は、その病名も判らないままに5年間に渡って精神病院に
入院させられ、過剰な投薬や監禁などの治療が行われていた
とのことだ。
この作品では、その入院以前にサンドリーヌによって撮影さ
れた家族旅行などのサビーヌの記録映像と現在の彼女の姿が
写し出されるが、その劇的とも言える変貌ぶりが、サンドリ
ーヌにこの作品を作らせた理由を明確に物語っている。
自閉症という病名からは、『レインマン』や、2006年12月に
紹介した『モーツァルトとクジラ』などの作品が思い浮かぶ
が、サビーヌの場合も以前はピアノに天分を発揮するなどし
ていたようだ。しかし、不適切な治療によってその人格が失
われてしまった。本作ではそれを直接告発してはいないが、
端々にその点に関する怒りが表わされている。
著名な女優が難病の家族を描くということでは、映画を観る
まではかなり売名的な部分も危惧した。しかしこの映像を目
の当りにすると、彼女がこれを描かなければならなかった心
情も理解できる。
実際、同じ病の患者にとっては以前の記録映像が残されてい
ることも希であろうし、それが実現できたのもサンドリーヌ
が女優であったことが大きい。そして彼女は、以前から妹の
ことを映画にしたいと考えていたそうだ。だがそれは、余り
にも過酷な現実を描くことになってしまった。
精神病の多くが、金目当ての精神病医によって適当に作り上
げられたものであることは、1999年に映画化された“Girl,
Interrupted”(十七歳のカルテ)などでも告発されたとこ
ろだが、勝手に作り上げた病気をさらに不適切な治療で悪化
させる。
もちろん自閉症が勝手に作り上げた病名でないことは確かだ
が、その病気の実体も判っていないのに、適当な「治療」を
繰り返して病状を悪化させる。そんな恐ろしい精神医療の現
状が明白にされている感じの作品でもあった。

『破片のきらめき』
東京八王子の精神病院平川病院で40年以上に渡って行われて
いる絵画教室の活動を追ったドキュメンタリー。
前日『彼女の名はサビーヌ』を観て、その翌日にこの作品を
観る巡り合わせとなったが、何とも複雑な気持ちにさせられ
た。一方で誤った治療が行われ、他方ではここに描かれるよ
うに素晴らしい成果が得られている。
文化の違いがそうさせると言うより、そこに携わる人のあり
方の要素が強いようには思えるが、その当たり外れでこうも
違う結末が生じるのも恐ろしい話だ。
ただし、本作ではその病の暗の部分があまり描かれないのは
仕方のない面もあるもので、その辺りで、事象としての感動
と、映画としての感動に違いが在ることは否めない。もちろ
んそのどちらが優れているかは別の問題ではあるが。
芸術家が狂気と紙一重であることは常々言われているが、そ
のどちらが先に周囲に認知されるかでその後の運命が決まっ
てしまう。そしてこの映画に登場する患者たちは、その狂気
の側が少し早く周囲に出てしまったとも言える人たちだ。
もちろん、かなり異常な行動を取る人もいるし、その結果で
生じる出来事もあるが、そんな中で患者たちが互いに助け合
い、支えあっていこうとする姿も素晴らしい。実際、ここに
描かれているのは、現代人が忘れてしまった本当の人間の姿
のようにも感じられた。
そこには鉄格子があり、出入り口には鍵も掛かっているが、
そこが夢のユートピアのようにも感じられたものだ。ただし
それは、社会に対する責任を問われないからこそ成立するも
のであって、僕らには立ち入ることが許されない場所だ。
それにしても、患者たちの描く絵画や詩の朗読、即興のギタ
ー演奏などの素晴らしさは、僕らの及びもつかないものだ。
しかもそれを易々と作り出してしまう。そんな才能が、逆に
患者自身を苦しめているのかと思うと、それも居たたまれな
い気持ちになる。
観ていていろいろな思いが交錯する作品。そこには適当な結
末や、回答も見出せはしないが、何か人間の根元的なものも
感じさせてくれる作品だった。

『ターミネーター:サラ・コナー クロニクルズ(第3話〜
第9話)』
以前に紹介したテレビシリーズの続きのサンプルディスクが
送付されたので、改めてシーズン1の全貌を紹介する。
物語の概要は以前に紹介した通りだが、第3話からはコナー
母子の戦いの物語が本格的に開始される。そして未来からの
人間の戦士としてデレクが登場、美少女型ターミネーター=
キャメロンとの確執も描かれる。
送付されたDVDは3枚組で、それぞれ第1〜2話、第3〜
5話、第6〜9話となっていたのだが、実はこれが絶妙で、
ディスク毎に新たな展開が登場するものとなっていた。しか
し一般発売はそれとは違う組み合わせとなるようで、それは
少し残念なところだ。
その展開は、ディスク1は以前に紹介したように正に導入部
で、ディスク2で現代の戦いの始まりとなる。そこでは各話
毎に、マンハッタン計画であったり、パンドラの箱であった
り、ゴーレムというようなお話が巧みに下敷きとされて物語
に深みを与えている。
そしてディスク3からは未来の戦いの様子も登場し始め、映
像ではCGIによるVFX、物語的にはタイムパラドックス
も含めた壮大なドラマも展開される。ただし、この物語は、
“T4”の公開が来年であることを考えると、いろいろ複雑で
もあるものだ。
さらにそこには、コナー母子間の複雑な感情であったり、人
間の戦士とターミネーターの確執であったり(真の敵はどち
らなのかという疑問も垣間見える)という展開で、さすがに
長期に亙るドラマシリーズを得意とするアメリカテレビ作品
を感じさせる。
因に、『T1』の時の未来からきた戦士カイルの説明では、
スカイネットの最初の発動は1997年だったようだ。それが、
『T1』『T2』では一旦阻止されるが、『T3』で2004年
に発動してしまうことになる。
しかし今回の説明では、さらにその発動が2011年となってい
るようで、「審判の日」は少しずつ先延ばしされていること
になる。今回のシリーズでは、またそれが少し先延ばしされ
るのか、それともその発動は阻止できないのか。シーズン2
の紹介も待たれるものだ。
と言っても、来年公開の映画版では、スカイネットが発動し
た後のジョン・コナーたちの戦いが描かれるようだが…


『特命係長・只野仁』
柳沢みきおの原作から2003年にテレビの深夜枠で放送開始さ
れ、以後レギュラーシリーズ3作、スペシャル4本がいずれ
も視聴率10%以上、今年2月放送のスペシャルでは20.2%を
記録したという人気ドラマの映画版。
表の顔は大手広告代理店の窓際係長、しかしその真の姿は、
会長の特命を受けて社内外のいろいろなトラブルを解決する
特命係長。空手、合気道、ボクシングなどで鍛えた多彩な技
を武器に凶悪な敵どもを蹴散らし、さらに絶妙のテクニック
で女たちも魅了する。
そんな見るからにコミックスのヒーローが、今回遭遇するの
は、人気グラビアアイドルを巡るトラブル。そこには育て上
げたタレントを引き抜かれた弱小プロダクションや、成り上
がりのスポンサー、それを利用する社内の権力抗争や、さら
に追っかけが高じたストーカーなども絡み合う。そして人気
アイドルが抱える悩みなども…
まあ、お話自体は見るからにマンガチックだし、簡単に言っ
てしまえばそれだけのものだが、観ていて意外と芯が通って
いるというか、悪くない話が展開している。それは原作のあ
る強みと言うことなのかも知れないが、他局の深夜枠やBS
系番組からの映画版とは一味違う感じがした。
その違いは、一言で言えば細かいところに手間ひまが掛けら
れている感じがするもので、例えば敵の先鋒に韓国の格闘家
チェ・ホンマンを呼ぶなど、見せ所がちゃんと押さえられて
いる。他にも西川史子らのゲストも案外様になっていた。
主演は高橋克典。この人は、『サラリーマン金太郎』でブレ
イクした後、本作に続いては、今年『課長島耕作』も演じて
いるのだから、見事にイメージを作り上げている感じだ。共
演は、永井大、櫻井淳子、三浦理恵子、田山涼成。また、本
シリーズが女優デビューというモデルの蛯原友里もやり慣れ
た役という感じで頑張っている。
さらに上記以外のゲストは秋山莉奈と赤井秀和。この2人も
キャラクターに合わせた起用という感じで悪くなかった。
ただ、その他の脇役には、真面目に役作りをしているのかと
言いたくなるベテランの役者も見受けられ、せっかく若い連
中が一所懸命頑張っているのに…その辺がちょっと目障りに
感じたりはしたものだ。


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井口健二