2008年10月26日(日) |
英国王給仕人に乾杯、悪夢探偵2、戦場のレクイエム、ソウ5、クローンは故郷をめざす |
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※ ※僕が気に入った作品のみを紹介しています。 ※ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 『英国王給仕人に乾杯』 “Obsluhoval jsem anglického krále” 第2次大戦前から、共産政権樹立、そしてその後までのチェ コの歴史を、1人の給仕人の目を通して語った歴史絵巻。 1997年に亡くなったチェコの反体制作家ボフミル・フラバル が、1971年に執筆した原作の映画化。因にこの原作は、ソ連 支配下にあっては発表が禁じられ、地下出版により流布され たものだそうだ。 また、監督のイジー・メンツェルも、1967年に同じフラバル 原作による“Ostre sledované vlaky”(厳重に監視された 列車)の映画化でアカデミー賞外国語映画部門を28歳で受賞 し、当時は「プラハの春」の時代に一躍国際的スター監督と なったが、その後は弾圧され、当時の作品は次々上映が禁止 されたという。 そんな2人のコンビでは、過去5作品が映画化されており、 今回は6本目、フラバルの死後では初めての作品となる。 物語の主人公は、生涯を一給仕人として過ごしてきた男。体 格は小柄で、「お前は小さな国の小さな人間、それを忘れな ければ人生は美しくなる」という給仕長の教えの下、百万長 者になることを夢見て人生を送って行く。しかしその人生は 歴史に翻弄されたものとなる。 最初は、駅のホームの駅弁売り。発車間際にゆっくり釣銭を 勘定して余分に金を取るのが手口の主人公は、一方で小銭を ばらまき、紳士淑女が右往左往する姿を観ることも楽しみと している。 そんな主人公は、やがて田舎のビアホールから、高級娼館、 プラハの高級ホテルへと人生の階段を昇って行くが… 物語の舞台となるチェコのズデーデン地方は、元々はドイツ 系住民とチェコ系住民が一緒に暮らしていた場所だったよう だ。しかし、ナチス支配下ではチェコ系住民が排斥され、戦 後はドイツ系住民が追放されてしまう。 そんな中で主人公はチェコ系の男性だが、ドイツ人女性を愛 したり、ユダヤ人に教えを請うたり…あるときは要領よく、 またあるときは気儘に人生を送って行く。そんな主人公は金 持ちになったために共産政権下で投獄されたりもする。 物語は波乱万丈と言う程のものではないが、今も続く世界の 歪みの中で、人々が受けた苦しみや簡単には言葉で言い表せ られないものが見事に描かれた作品だ。
『悪夢探偵2』 2006年10月31日付で紹介した塚本晋也監督によるシリーズ作 品の第2作。前作ではいきなり事件に遭遇したが、今回は事 件に絡めて悪夢探偵・影沼京一の生い立ちや背景なども語ら れる。つまり本作は、『悪夢探偵・ビギンズ』といった感じ でもある作品だ。 その事件は、同級生をいじめた少女がその同級生の登場する 悪夢を見るというもの。最初はいつものように、「いやだ、 いやだ」と言って取り合わない京一だったが、やがてその少 女の周囲で不可解な死亡事件が発生、重い腰を上げることに なる。 そして依頼者と共にいじめ被害者の同級生の家を訪ねた京一 は、異常に恐がりだったというその同級生に自分の母親に似 たものを感じ取る。そこで京一は、同級生の行為を止めるた め、依頼者の少女の悪夢に侵入してその同級生に会おうとす るのだが… 悪夢の中のシーンと、京一の回想と、現実とが綯い交ぜにな って、なかなか面白い物語が展開する。そこにいじめなどの 現代的な問題や、またある種の超能力者だったらしい母親と 京一との絆のようなものもうまく描き込まれていた。 出演は、悪夢探偵役に前作に引き続いて松田龍平。依頼者役 に300人のオーディションで選ばれたという三浦由衣。同級 生役に『誰も知らない』などの韓英恵。また、光石研、市川 実和子、内田春菊、北見敏之らが共演している。 因に、本シリーズは元々が3部作で構想され、その第2作が いじめの話、第3作で母親の話を描く予定だったようだ。し かし、今回その2つの話を1つに纏めたことで、当初構想さ れた3つの物語は完成となった。 従ってそれで終りかと思いきや、塚本監督の考えはそうでは ないようで、逆にこれからは自由に続編が描けるとのこと。 監督の頭の中には実験的なものも含め、いろいろな構想がす でに挙がっているようだ。 特に本作では、作品中に同級生が描いたという設定で登場す る絵画にインパクトがあり、不思議な雰囲気を作り出してい たので、そのアニメーション化なども面白そうだ。これから はそれらの作品が実現することにも期待したい。
『戦場のレクイエム』“集結號” 第2次大戦後の新中国が建国に向かう国共内戦の中で、3大 戦役の1つに数えられる1948年11月6日に始まった淮海戦役 と、その戦いに従軍し歴史に翻弄された1人の男性の人生を 描いた人間ドラマ。 主人公は、人民解放軍中原野戦軍第2師139団3営第9連隊の連 隊長。華東地方での市街戦で国民党軍を包囲するも待ち伏せ に遭い、仲間の多くを失ったことから激昂、捕虜を虐待した ことで軍律違反に問われる。そして、連隊は淮河の最前線に 送られることになる。 そこでの命令は、「旧炭坑を正午まで守り切り、集合ラッパ を合図に随時撤収する」というもの。しかし激戦の中、重傷 を負った部下の1人が集合ラッパを聞いたと主張するものの 部下たちの意見は分かれ、主人公は戦闘続行を命令する。 その結果は主人公を残して連隊は全滅、主人公は部下たちの 遺体を炭坑に安置するが… やがて、主人公は戦場から救出される。ところが中原軍はす でに再編されて記録が散逸。彼自身の身分も不明で第2師団 の隊員は消息不明の扱いとなっていた。しかも、彼が遺体を 安置した炭坑は戦闘で入り口が埋もれ、発見することができ なかった。 その上、新国家の中では内戦での戦死者は「烈士」として遺 族への配給が優遇されるのに対して、行方不明者は「失踪」 として冷遇される現実が待ち構えていた。そんな中で主人公 は自分が集合ラッパを聞き逃し、部下を死に追いやったとの 自責の念に駆られる。 こうして主人公は、部下たちの遺体を発見し、彼らの名誉を 回復する責務を負うことになる。 物語は実話に基づくもののようだが、原作とされるのはわず か3ページの短編小説。それは戦友の名誉回復に奔走した男 性を描いたもので、その物語に感銘を受けた監督が一大絵巻 に作り上げた。 その映画の中で主人公は、淮海戦役の後も義友軍として朝鮮 戦争に赴くなど、映画の前半は戦闘シーンの連続するものに なっている。そこには中国映画史上最大の製作費が注ぎ込ま れたというリアルな戦闘が展開される。 しかし本作で最重要なのはその後の人間のドラマであって、 それを『女帝[エンペラー]』などのフォン・シャオガン監督 が見事に描き出した作品だ。 主演は、シャオガン監督の『ハッピー・フュネラル』『イノ セント・ワールド』に出演し、本作が初主演のチャン・ハン ユー。それに『レッドクリフ』に出演のフー・ジュン、若手 のダン・チャオ、ユエン・ウエンカン、タン・ヤンらが共演 している。特に若手には、中国映画界のこれからの注目株が 揃っているそうだ。
『ソウ5』“Saw 5” 毎年、今頃の定番となった『ソウ』シリーズの第5弾が、日 本では11月28日に公開されることになった。 2004年にスタートした本シリーズの監督は、第1作のジェー ムズ・ワンの後、第2作から第4作はダーレン・リン・ボウ スマンが担当したが、今回は新たに第2作以降のプロダクシ ョン・デザインを担当していたデイヴィッド・ハックルが起 用されている。 一方、脚本には第4作のパトリック・メルトン、マーク・ダ ンスタンが起用されており、実は、第4作以降はオリジナル から発展したいわゆるシリーズものとしての新たな展開を求 めるとしていた方針が、ここで確立されたものだ。 と言っても、狂気の死刑執行人が仕掛ける死の罠を、如何に 潜り抜けて行くかというメインのテーマは同じで、そこに今 回は、すでに死亡したはずのジグソウの後を誰が継いだのか という真(新)犯人捜しがサブプロットとして展開されるこ ととなる。 でも、見ものはやはりいろいろ趣向を凝らした死の罠で、今 回は5人の対象者を相手に手の込んだ仕掛けが展開される。 そして、実はそれが…と言うところもシリーズの定番として 活かされているものだ。 駄目な人には元々駄目なものだが、好きな人には今回もその 期待は裏切らないし、これでシリーズも安泰と言う感じ。 因に、本作の宣伝コピーには「遂に最期か」とあるが、確か に本作では以前に提示された謎の回答はいくつか示されるも のの新たな謎もてんこ盛り。その上、試写会の後に行われた 恒例の監督へのQ&Aでは、「その謎の答えは“Saw 6”で 描かれるであろう」という発言まで飛び出して、シリーズの 継続は決定済みのようだ。 なおこのQ&Aでは、僕も「監督自身、本シリーズの前の作 品に勝ったと思っているところ」という質問をしてみたが、 その回答は「エモーショナルな部分を強くした」とのこと。 実際、今までシリーズでは封じられていた長回しのシーンも 今回は採用されているとのことだ。 また、別の質問で「日本映画で好きな作品は」と訊かれて、 監督は2001年公開の『殺し屋1』を挙げていたもので、なる ほどと思わせるシーンも登場する作品であった。
『クローンは故郷をめざす』 1994年度ぴあフィルムフェスティバルの受賞者で、その後は 海外の映画祭などでも受賞歴のある中嶋莞爾脚本・監督によ る近未来SF作品。 物語は、宇宙ステーションが完成して、日本人パイロットも 宇宙空間での作業に従事している時代が背景。その1人が事 故で亡くなり、特殊技能を持った人材を失うことによる計画 の遅滞を恐れた政府は、クローン再生による人材(技能)の 確保を検討する。 その時代、移植のための本人細胞によるクローン臓器の再生 技術は確立されており、計画はその技術を応用して採取され たDND時点での全身体を再生、メモリーに保存されたそれ までの記憶を移植して、その時点の技術を持った人材を再生 しようというものだ。 そして主人公も事故に遭い、その技術によってクローン再生 が行われるのだが… 当然、そこには人格の同一性などの問題が生じて行くことに なる。そしてそこには、オリジナルの自分との確執や、過去 の記憶が再生されることによる様々な問題が生じてくる。 そんなSFとしてもかなり興味の曳かれる物語が、再生され たクローンを主人公にすることによって判りやすく展開され て行く。いや正直に言って、映像作家と呼ばれるこの手の監 督の作品で、これほど真面目にSFが描かれていることは期 待していなかった。 もちろん映像的には、タルコフスキーを手本にしていること はすぐに思いつくが、その一方で、ある意味『ソラリス』の 別ヴァージョンとも言える作品を見事に構築してみせてくれ た。しかも、『ソラリス』では曖昧にされた理論的な考察も されているように思える。 実際にこのようなクローン技術が可能なものであるかどうか は別の問題として、その架空の理論の中では物語が首尾一貫 していることは認めるべきものだろう。この首尾一貫性が日 本のSF映画ではなかなか望めなかったもので、その意味で は、この映画をSF作品として大いに評価したいものだ。 主演は『日本沈没』などの及川光博。他に、石田えり、永作 博美、嶋田久作、品川徹らが共演。また、美術監修を86歳の 木村威夫が手掛けていることも注目される。 なお本作は、監督自身の手になるオリジナル脚本が2006年の サンダンス・NHK国際映像作家賞を受賞したもので、その 時の審査委員長だったヴィム・ヴェンダースの製作総指揮に より映画化された。 (本作は東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門で上映 された)
今年の第21回東京国際映画祭では、コンペティション作品の 事前試写を含めて40作品を鑑賞することができました。その 内、今回紹介した『クローン…』と、7月31日付で紹介済み のコンペティション作品『ブタがいた教室』以外の作品は、 ごく一部を除いて日本公開の見込みが立っていません。今年 もコンペティションの全15作品と、残りは「アジアの風」、 「ワールド・シネマ」の両部門を中心に観たものですが、そ れらの作品については改めて紹介することにします。
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