井口健二のOn the Production
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2008年08月03日(日) ラブファイト、フロンティア、その土曜日7時58分、ビバ!監督人生!!、ファン・ジニ、LOOK、レッド・クリフ

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ラブファイト』
1992年発表のまきの・えり原作『聖母少女』の映画化。
この原作から2006年の『手紙』などを手掛けた阿部照夫が脚
色。2005年『フライ,ダディ,フライ』などの成島出が監督
した。因に『手紙』の脚色は、前々回紹介した『イエスタデ
イズ』の清水友佳子と共同によるものだ。
主人公は、関西弁でいうヘタレな少年と、その幼馴染みの少
女。しかしその少女は、幼稚園の頃から男子にも平気で喧嘩
を挑んでイジメられっ子の少年を守り続けてきた。この少年
を『DIVE』の林遣都が演じ、少女を『ゲゲゲの鬼太郎』
の北乃きいが演じる。
殴り合うことで心を確かめ合うというかなり過激なテーマの
作品だが、林と北乃は5カ月に及ぶボクシングの特訓を受け
たとのことで、スポーツ物として良くできた作品になってい
る。
特に北乃は、元々が格闘技のファンで、アクション映画に憧
れており、さらにバレリーナでもあるとのことで、その振り
付けも含めたアクションの動きは様になっているように見え
た。中でも廻し蹴りのシーンは見ものだ。
メインの物語はこの高校生2人が中心だが、サイドには本作
のプロデューサーも務めた大沢たかおと、桜井幸子による悲
恋物語などもあって、結構深みのある内容になっている。実
際、脚本の改稿は120稿を越えているとのことで、それだけ
練り込まれた作品のようだ。
他に、波岡一喜、藤村聖子、鳥羽潤、建蔵、三田村周三らが
共演。また、FIBA世界バンタム級チャンピオンの天海ツナミ
がゲスト出演している。
まあ、全体的にはスポ根物の作品だが、主人公たちが結構屈
折していて、その辺がドラマとしても厚みにあるものになっ
ている。それにスタント吹き替えなしで撮影されたというボ
クシングのシーンはかなりの迫力だった。
因に完成披露試写では、メイキングの映像の上映されたが、
その真剣ぶりが良く判る感じだった。また舞台挨拶では、終
始北乃が林をリードしている感じなのが、映画のキャラクタ
ーともマッチして微笑ましかった。

『フロンティア』“Frontière(s)”
リュック・ベッソン主宰ヨーロッパ・コープ提供によるフラ
ンス製スプラッター作品。同様の作品では、2006年6月紹介
の『ハイテンション』があるが、本作では新たにザヴィエ・
ジャンという監督が抜擢されている。
物語は、何時とは知れないフランス大統領選挙が決選投票に
持ち込まれた状況が背景。極右と保守の2候補の決選投票を
前に各地で暴動が発生し、政府は夜間外出禁止令を発令して
民衆の弾圧を始めている。
そんな中で主人公たちは、混乱に乗じた強盗を働き、それで
得た資金で海外へ逃亡を図っている。ところが兄妹で参加し
ていた兄が銃弾を受け、グループの内の2人が現金を持って
国境に向かい、妹とその恋人が兄を病院に搬送することにな
る。
一方、国境に向かった2人は、国境に程近い宿で後続を待つ
ことにするが、そこには魅惑的な2人の女性がいて…
実は、この宿がナチスを信奉する一家のもので、そこではア
ーリア人の純血を残そうとする恐ろしい陰謀が進められてい
た。
因に物語で、主人公たちはアムステルダムに向かっており、
従って舞台はフランス北部と思われるが、こういう風潮が今
も残っているということなのだろうか。地理的には確かにド
イツにも近い訳だが、勝手にそう思ってしまうのも…いけな
いのかな。

とは言え映画は、そんな政治的な話などは全く背景だけで、
この連中が残酷な手口で主人公たちを苦しめて行く様子が、
最近のハリウッド映画では見られなくなった大量の血液その
他の強烈な描写で描かれて行く。
『ハイテンション』もそうだったが、さらにこれが現実的な
痛みを描写しているから、その強烈さがいやが上にも高まる
感じの作品だ。従ってこの作品は、その手の作品がお好きな
人にしか勧められないが、そういう人には満足してもらえる
作品だろう。
出演は、日本では知られていない俳優がほとんどだが、中で
キーとなる役を、2004年1月紹介『いつか、きっと』に主人
公の娘役で出演していたモード・フォルジェが演じている。
なお巻頭タイトルバックには、暴動の様子が描写されるが、
現実のニュースリールの抜粋のような作りで、かなり巧みに
構成されている感じがした。

『その土曜日、7時58分』
        “Before the Devil Knows You're Dead”
シドニー・ルメットによる映画監督45作目に当る作品。奇し
くも、1957年に第1作の『12人の怒れる男』の発表から50年
目の作品ともなっている。そしてその作品は、ルメットの過
去の名作群に勝るとも劣らない作品になっていた。
映画はフィリップ・シーモア・ホフマンとマリサ・トメイ、
2人のオスカー受賞者によるベッドシーンから開幕する。そ
して物語の発端は、とある宝石店の強盗事件。ショッピング
モールの一角にある小さな店が襲われる。しかしその事件の
裏側にあるものは…
ここから、カメラは時間を遡ったり、いろいろな登場人物の
視点を縦横に描写して、出来事の全貌に迫って行く。それは
弱い人間がふと魔が差して起こしてしまったものであり、誤
算の積み重なりが重大な事件を起こしてしまうものだ。
こんな誤算が引き起こす事件の物語では、コーエン兄弟監督
の『ファーゴ』を思い出すが、コーエン兄弟の作品がドミノ
倒しのように事件を拡大させたのに対して、ルメットの作品
では過去を検証することで事件が収斂し、また拡大して行く
様が描かれる。
しかもそこにはいろいろな仕掛けが施されていて、それはあ
る意味、あざとい感じもするくらいなものだが、それこそが
映画でしか味わえない醍醐味とも言えるものだ。
共演は、イーサン・ホーク、アルバート・フィニー。他に、
『スパイダーマン』シリーズのローズマリー・ハリス、『カ
ポーティ』のエイミー・ライアン(本作で助演賞受賞)らが
出演している。
脚本は、劇作家のケリー・マスタースンが1999年にオリジナ
ルの映画用台本として発表したが、その後映画化の機会には
恵まれていなかった。その脚本をルメットが取り上げ、人物
設定などを改変した上で映画化を実現したものだ。
因に原題は、この前に‘May you be in heaven a full half
hour’という言葉が付いて、アイルランドでの乾杯の掛け声
だそうだが、乾杯の時にDevilとは剣呑な話だ。
もっとも同じ言葉の前には、別に‘May you be 40 years in
heaven,’が付くこともあって、これなら判るような気もす
るが、映画の巻頭には前者がテロップとして挿入されていた
ようだ。

『ビバ!監督人生!!』“情非得已之生存之道”
8月23日から開催される台湾シネマ・コレクションで上映さ
れる内の1本。2008年上半期の台湾映画興収第1位を記録し
た作品。
新作に取り掛かった監督の試行錯誤と言うか、いろいろな出
来事を綴った作品。同趣向の作品では、フェリーニ『8½』
や、北野武『監督ばんざい』などが思い浮かぶが、作品の雰
囲気は韓国のホン・サンス監督の『浜辺の女』などが近いよ
うに感じた。
主人公の監督は、今迄アイドルドラマを撮ってきたが、一念
発起、社会派ドラマをモキュメンタリーで撮ることを思いつ
く、そしてその準備を始めるが、主演俳優に逃げられたり、
資金繰りが頓挫したり、さらに監督自身のスキャンダルまで
出てきて…
監督・主演は、2001年『ミレニアム・マンボ』などに主演し
た後、現在はテレビドラマの監督としても活躍しているニウ
・チェンザー。彼の初の長編映画監督作品で、主演も務めて
いるものだ。
物語の途中では、ヤクザが映画の製作に首を突っ込んできた
り、新人女優とのスキャンダルが芸能紙に売られたり、投資
家に対するナイトクラブでの接待など、さもありなんという
お話が展開される。
その展開自体は、正にさもありなんであって、取り立てて感
心するようなものもないが、まあ全体的には上手く纏められ
ているという感じの作品だ。ホン・サンスほどシニカルでも
ないし、北野武ほどおチャラけてもいない。
ただ何と言うか、筋立てが当たり前すぎて、もう少し捻りが
あっても良いような感じもしたが、これで映画祭での受賞や
興行成績第1位と言うのだから、それはそれで認められてい
るということなのだろう。
共演は、後日紹介する『シルク』にも出ているチャン・チュ
ンニン。彼女は監督が演出したテレビドラマにも主演したこ
とがあるようだ。また、監督の母親を演じているのは実母だ
そうで、その他にもクレジットでは役名と俳優名が同じ人が
散見されたようだ。
つまりその辺はかなりドキュメンタリーな訳で、それも台湾
の観客には受けたのかも知れない。因に、台湾で流された本
作の予告編は、エディスン・チャンの謝罪会見をパロディに
したものだそうで、かなり強烈だったようだ。

『ファン・ジニ』“黄真伊”
NHK−BS2で放送中の韓国ドラマと同じ題材を扱った映
画作品。
ただし、テレビドラマの脚本は史実に基づいたオリジナルの
ようだが、映画版は北朝鮮の作家ホン・ソクチュンの原作を
映画化したものとなっている。このため本作の製作では、最
初に北朝鮮との交渉から始まったと言うものだ。
物語の背景は、16世紀の朝鮮王朝時代。男尊女卑、身分差別
も厳しいこの時代に、妓生の身でありながら文芸に優れ、天
才詩人として世に名を残した女性の物語。伝説の中では、そ
の色香によって役人を手玉に取り、修業僧を破戒させたりも
したという。
そんな女性の生涯が2時間21分に纏められている。と言って
も、テレビでは全24回を掛けて放送されるほどのエピソード
の持ち主だから、物語は波乱万丈。とにかく息を付く暇もな
いほどの次から次への展開となる。
現在は朝鮮人民共和国の南部の都市・開城、松都とも呼ばれ
るこの町で両班(貴族)の家に育ったファン・ジニは婚礼を
控えたある日、自分の出自を知ってしまう。そして婚約を解
消された彼女は、自ら妓生の道を選びその最高峰を目指して
行く。
そんな彼女の傍らには、彼女が幼い頃から慕っていた奴婢の
ノミや、乳母であり文芸の師匠であった女性などが従ってい
た。そして彼女は、妓生でありながら相手をする男を選び、
高慢な男には詩作で仕返するなど、思うが儘の人生を送って
行くが…
これに義賊のような強盗団や、それに対する役人たちの政治
的な思惑や、彼女が落とすことのできなかった儒学の高僧な
ど、いろいろな出来事が重なって物語は進んで行く。
主演は、日本映画をリメイクした『僕の、世界の中心は、君
だ。』などのソン・ヘギョ。ノミ役には『リベラメ』などの
ユ・ジテが扮している。またこの作品は、韓国の劇映画とし
ては初めて北朝鮮の金剛山などにロケーション撮影されたこ
とでも話題になったようだ。
監督は、メロドラマからスリラー、アクションと、次々に新
しい分野に挑戦するチャン・ユニョンの第4作。初の歴史ド
ラマへの挑戦では、松都の夜を彩る提灯祭り、当時の遊郭の
様子、さらにいろいろな儀式や様式なども細心の注意を払っ
て再現されている。

『LOOK』“Look”
1997年『マウスハント』や、1998年『スモール・ソルジャー
ズ』などの脚本でも知られるアダム・リフキンによる2007年
脚本監督作品。全編が監視カメラの映像という構成で描かれ
た作品で、画質や色合いも違ういくつもの映像が重なり合っ
て物語を繋いで行く。
そこに登場するのは、ショッピングモールのバックヤードで
女を漁る管理職の男であったり、教師を誘惑する女子高生で
あったり、職場でイジメにあっている男であったり、深夜の
ガスステーションであったり、いろいろなものがすれ違いな
がら描かれる。
これらの役柄を、2007年ドウェイン・ジョンスン主演“The
Game Plan”に出演のハインズ・マッカーサーや、2002年の
ホラー作品“Vampire Clan”に出演のスペンサー・レッドフ
ォード、2000年リーアム・ニースン主演“Gun Shy”に出演
のベン・ウェバーらが演じている。
全編監視カメラの映像ということでは、2004年10月に紹介し
た『三人三色』の中のポン・ジュノ監督による『インフルエ
ンザ』が見事な作品として印象に残るものだ。そのときにも
書いたが、長編映画にはなかなか難しい手法で、その難しさ
をリフキン監督は、複数の物語が並行して進む形式とするこ
とで解消している。
しかも、それらの物語が微妙に接近したり離れたりというと
ころが、いろいろ面白くも描かれているものだ。
映画の巻頭では、監視カメラに関わるかなり厳しい現実が説
明されるが、本編の物語でもそれに呼応するように厳しい現
実が繰り広げられる。実は、リフキン監督の名前から僕は、
お気楽なコメディを予想していたのだが、アメリカの現実は
そんなに生易しいものではなかった。
特に、いくつかの物語が解決もないままに終わってしまうと
ころには、恐怖すら感じてしまうもので、リフキン監督の狙
いもそこにあるのかと感じさせるものだ。
アメリカ国内に3000万代以上設置されているという監視カメ
ラが、一体何の役に立っているのか、そんな現実の恐ろしさ
も描いた作品と言えるものだ。

『レッド・クリフ』“赤壁”
中国の古典『三国志演義』の中から周瑜、諸葛孔明らによる
「赤壁の戦い」を、『M:i−2』などのジョン・ウー監督
が映像化した作品。ただし本作はその前編で、実際の赤壁の
戦いとなる後編は来年正月に公開予定とされている。
同じ題材からは、1989年にも北京電影製作片廠での映画化が
あるが、今回は水戦シーンを『パイレーツ・オブ・カリビア
ン』も手掛けたハリウッドのオーファネイジが担当して、総
勢2000隻と言われる軍船の隊列を見事に映像化している。
と言っても、それが本格的に見られるのは後編になってから
だが、前編の中でも、孔明の奇略と言われた九官八卦の陣な
どもCGIによって見事に再現され、文章で読むだけではな
い迫力で観ることができるものだ。
時は西暦208年、中国は後漢の時代。丞相・曹操は荊州征伐
のため数十万の兵士を従えて南下を始める。対する劉備は、
領民と共に南方への逃亡を図るが、進軍速度が上がらず、曹
操軍に追いつかれてしまう。
そこは趙雲、張飛らの活躍で逃れた劉備軍だったが、このま
までは命運は尽きると判断。そこで劉備の軍師・諸葛孔明は
孫権軍との同盟を進言、自ら孫権のもとを訪れて周瑜らを説
得する。こうして、劉備・孫権の両軍は赤壁で曹操軍と対峙
することとなる。
この周瑜をトニー・レオン、孔明を金城武、曹操を『覇王別
姫』のチャン・フォンイー、孫権を『ブレス』のチャン・チ
ェン。さらに周瑜の妻・小喬を台湾のスーパーモデルで映画
初出演のリン・チーリン、孫権の義妹・尚香をヴィッキー・
チャオ、趙雲をフー・ジェン、甘興に中村獅童らが扮する。
この他にも登場人物の人数はかなり多いが、物語はよく整理
されて2時間25分の上映時間の中に見事に納められている。
もっとも物語はまだ半分だが…この人物紹介が済んだ後で繰
り広げられる「赤壁の戦い」がさらに楽しみになった。
なお、今回の試写会は中国でのオリジナル版に日本語字幕で
行われたが、11月1日からの日本公開では、巻頭に人物相関
図などが付けられてさらに判りやすくされるそうだ。


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井口健二