井口健二のOn the Production
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2008年06月29日(日) 蛇にピアス、おくりびと、ギララの逆襲、ブーリン家の姉妹、窓辺のほんきーとんく、ベティの小さな秘密、背/他2本、P.S.アイラヴユー

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『蛇にピアス』
芥川賞を受賞して話題となった金原ひとみ原作から蜷川幸夫
が脚色監督した作品。脚色には蜷川監督の『青の炎』も手掛
けた宮脇卓也が協力している。
タトゥーやボディピアス、スプリットタンなど、マゾヒステ
ィックな身体改造を行う若者の行動を描く。ある種のSM文
学(映画)とも言えそうだが、そこには男女の純愛のような
ものも描かれている。
ただし、原作は読んでいないから文体などの評価は分からな
いが、物語で言えばちょっとハードな描写のある少女マンガ
といった感じで、それが新鮮に見えての賞の評価なのだとし
たら、確かにうまい線を狙い撃ったというところだろう。
それで物語のSMの部分は、タトゥーに関しては、何度も映
画化されている谷崎潤一郎の『刺青』のような名作もあるか
ら、それを超えているとは到底思えないが、ボディピアスか
らスプリットタンに至る辺りはそれなりに現代的で、その映
像化にはCGIも使われるなど面白いものになっている。
特にスプリットタンの描写は、本当にそんなにできたら凄い
わな…という感じで、思わず笑い出してしまうくらいのもの
になっていた。
しかし純愛ドラマの方は、確かに登場人物の1人が秋葉原の
通り魔事件にも象徴されるような、一種異様な若者の生態を
描いているようで、それはそれで評価はできるものの、全体
的には2人の男に愛を捧げられる若い女性の願望充足みたい
なもので、取り立てて新鮮な感じはしなかった。
しかも後半は多少ミステリー仕立てにもなる訳だが、それも
有り勝ちな展開で、あまり評価の対象になるようなものでも
ない。

とは言うものの、そんなある種の古典的とも言える純愛の物
語が、正直に純粋に曝け出されていることは確かな作品で、
その意味では、僕自身が何かほっとするような感覚も覚えた
ことは事実と言える。
最近の若者文化を描いた作品では、作者自身がドラッグに溺
れているのではないかと思うような訳の分からない作品が多
い中で、この作品は、さすがの蜷川監督がいろいろな状況を
踏まえて、大人にも判るように適切に物語を再構築した、と
言えそうだ。

『おくりびと』
死者の身体を清めて棺に納める納棺師という職業を描いた日
本映画。
元々納棺は亡くなった人の親族が行うものだったが、その後
に親族の依頼で祭礼業者に任されるようになり、さらにその
下請けで納棺だけを行う納棺師という職業が出てきたのだそ
うだ。従ってその職業自体にそれほどの歴史があるものでは
ないようだが、本作はその納棺師の協会が監修や技術指導に
も当って製作されているもののようだ。
主人公は、プロの楽団員を目指すチェロ奏者。しかし所属し
ていた楽団が解散し、大枚をはたいて購入したチェロの名器
も手放して新婚の妻と共に故郷に帰ってくることになる。そ
こには親との思い出の家もあったが、その思い出は良いもの
ばかりではない。
そんな主人公は職を探し始め、ふと目にした「旅のお手伝い
をする仕事です」という求人広告に、「旅行代理店かな」と
思ってその会社を訪ねてみる。そしてそこでは速攻採用され
てしまうのだが…そのお手伝いする旅とは。
こうして納棺師としての仕事を始めた主人公だったが、仕事
のことは妻にも言えず、また周囲からは非難の目で観られる
ようになってしまう。それでも主人公は、その仕事に意義を
感じるようになっていくのだが。

脚本はオリジナルのようだが、テレビで「カノッサの屈辱」
や「料理の鉄人」などを手掛けてきた小山薫堂が、テレビ番
組と同様の多彩なエピソードの積み上げと、蘊蓄に満ちた克
明な物語を作り上げている。
しかもそれは、人間に対する深い思いやりとユーモアに満ち
溢れ、極めて特異なシチュエーションの物語でありながら、
見事に感動的な作品に仕上げられている。なお監督は『陰陽
師』などの滝田洋二郎が見事に演出している。
出演は、本木雅弘、広末涼子、吉行和子、余貴美子、笹野高
史、山崎努。特に、本木は、劇中チェロの演奏家と納棺師の
両方に挑戦しており、それを見事に演じているのはさすがと
いう感じがした。
因に、本作の物語の発案は本木からだったそうで、それはた
またま彼が納棺師の仕事を実際に観たことによるそうだが、
そんな彼の思いも込められた作品にもなっているようだ。
また音楽には、久石譲が13本のチェロによる新曲を提供して
おり、その他にもチェロの演奏曲が次々登場して物語を豊か
にしている。
山形県庄内平野の大自然を背景に、見事な人間ドラマが展開
される。物語のテーマは非日常的なものではあるけれど、そ
れはファンタスティックとさえ言えるものになっており、そ
れでいて見事に人間性に溢れた感動的な物語が展開される。
今年観た日本映画の中では出色の作品だった。

『ギララの逆襲〜洞爺湖サミット危機一発』
2006年に『日本以外全部沈没』を発表した河崎実監督のパロ
ディ新作。前作のときは東宝作品の公開中の封切りが妨害さ
れた(?)とかで話題になったが、今回も全国公開はサミット
の開催後、ただし北海道では、サミット開催中に先行上映と
なるようだ。
オリジナルの『宇宙大怪獣ギララ』は、1967年に当時の怪獣
映画ブームに乗って製作された松竹唯一の特撮怪獣映画。そ
の怪獣ギララを復活させた作品で、この復活乃至リメイクの
企画自体はかなり以前からあったようだが、それがこういう
形で実現したものだ。
洞爺湖サミットに世界の首脳が集まった折りも折り、札幌に
宇宙から飛来した宇宙大怪獣ギララが出現する。この事態に
日本政府は各国首脳に避難を要請するが…
この要請に対して、敵前逃亡はしないとアメリカ大統領が発
言したことから、首脳会議は急遽G8大怪獣対策本部に変更
される。ところが各国首脳が次々提案する作戦はことごとく
失敗。さらに首脳会議そのものも、この機に乗じた悪の組織
に乗っ取られる。
その間にもギララは、昭和新山などのエネルギーを吸収して
強大化。ついには地球存亡の危機を迎えるが…

この各国首脳をそれぞれの国の外人タレントが演じて、台詞
はちゃんとした各国語、それに丁寧な字幕が付くというもの
で、これはなかなか良くできていた。こういうところをちゃ
んとやることがこの種の作品では重要で、作者はそれを判っ
ているという感じのものだ。
しかも、次々提案される作戦はどれも支離滅裂ではあるが、
それなりにお国柄を反映し、さらに最近の国際的な話題など
も織り込んだもので、それぞれニヤリとさせるものになって
いる。その上、途中からしゃしゃり出てくる元首相の大泉は
…といった寸法だ。
『日本以外…』同様、特撮はチープ感をもろに出しているも
ので、それもパロディだということを理解してあげないと困
ったことになってしまうが、まあとりあえずは笑って観ても
らえればいいものだ。
とは言え、物語や脚本はそれなりに周到に考えられて作られ
ており、細かいところを観ていくと結構良くできている。そ
れに俳優たちが熱心に演じてくれているところも嬉しいもの
で、特に主演の加藤夏希の頑張りには拍手を送りたいところ
だった。

『ブーリン家の姉妹』“The Other Boleyn Girl”
ナタリー・ポートマンとスカーレット・ヨハンセン共演で、
16世紀のイングランド王ヘンリー8世の時代を描いた作品。
ヘンリー8世は、兄の急死によりイングランド王となると共
にその寡婦であったキャサリンと結婚したが、誕生した子は
娘しか成長せず、男の世継ぎ希望するヘンリーは、離婚を認
めないローマ教会に対してイギリス国教会を設立などして、
ブーリン家の長女アンとの再婚を可能にする。
しかし、アンとの間にも結局は娘しか誕生することはなく、
この母親の違う2人の娘が、後のメアリー1世とエリザベス
1世になって歴史を作って行くことになる。そんな時代を背
景に、さらにもう1人のブーリン家の娘メアリーを絡めた物
語が描かれる。
フィリッパ・グレゴリーの原作は、日本では秋口に翻訳刊行
予定のようだが、原作では、特に姉妹でヘンリー8世を奪い
合うことになるアンとメアリーの愛憎劇が強烈に描かれてい
るようだ。
その原作の映画化ではあるが、映画は比較的そのようなどろ
どろした部分は押さえられていて、それより当時のイングラ
ンドの貴族の生活や、特にブーリン家の置かれた立場のよう
なものが丁寧に描かれている。
まあ、結局ところはそれをちゃんと描かなければ物語全体も
理解できなくなってしまうものだが、その分だけ重苦しさは
軽減されて、特にポートマンとヨハンセンの姉妹関係が、美
しく愛らしく描かれているのは、ファンにとっては喜ばしい
ところだろう。
それにしても、この2人の関係が、実年齢でもポートマンの
方が年上だったのは意外だったもので、僕はてっきりヨハン
センがアン役と思い込んでいたので、観始めではちょっと混
乱してしまった。
でもまあ、アンもメアリーもかなり数奇な運命を辿って行く
物語で、ポートマンとヨハンセンがそれを見事な演技力で見
せてくれるものだ。因にこの2人は、製作中のオムニバス映
画“New York, I Love You”では、一緒に監督デビューも果
たしている。
共演は、エリック・バナ、デイヴィッド・モリッシー、クリ
スティン・スコット・トーマス、ジム・スタージェス。なお
撮影は全編HDで行われたものだそうだ。

『窓辺のほんきーとんく』
社会人になって数年、生活も安定してきて結婚話も出てきた
青年が、突然勤務先が倒産、婚約者との連絡も取れなくなっ
てしまう。そんな主人公の下宿に、大学時代の映画サークル
で監督志望だった先輩が転がり込んできて…
自主映画界で異彩を放つ監督・堀井彩が描く“性春群像劇”
…という見出しのあるプレス資料をもらって上記の内容の作
品と言われると、基本的にただのファン上がりで、いわゆる
映画青年ではなかった自分としては、ちょっと退いてしまう
ところがある。
実際、映画青年の見果てぬ夢というか、リビドーの残り滓み
たいなものがグチャグチャと垂れ流されているだけの作品も
見せられたことがあるし、またそんなものを見せられたら適
わないな…というのが、正直な気持ちだった。
ところがこの作品は、見事にそのグチャグチャした部分を昇
華させてしまって、ある種の純粋な男女の恋愛関係を描いて
いる。それは最近の殺伐とした風潮の漂う現実の中では、ち
ょっと愛しさすら感じさせてくれる作品だった。
物語の続きは、監督志望の先輩が自主映画で一旗挙げようと
企み、スタッフ・キャストをオーディションして人を集める
が、まだシナリオができていないことが判明。メムバーは一
旦解散となるが、そこにいたヒロイン役の女性が部屋に居座
ってしまう。
しかも、監督はシナリオハンティングのために旅に出てしま
い、残った2人は徐々に接近して男女の関係にまでなってし
まうのだが…戻ってきた監督が提示したシナリオは、最後に
ヒロインの本番シーンがあるというものだった。
それを主人公は、助監督として間近に見届けなくてはならな
くなる。つまり主人公にとっては、彼女への愛と映画製作の
夢という究極の選択みたいなことになって、その葛藤の物語
が適度にコミカルに展開される。

映画は悪ふざけもなく、また主人公たちを囲む人々のさまざ
まなエピソードも煩くもなくバランス良く挿入されて、全体
的な構成も良い感じがした。本作はレイトショー公開向けの
小品だが、このレヴェルを保ってくれるなら、監督の次回作
も期待したくなったものだ。
出演は、『バレット・バレエ』などの辻岡正人、元グラビア
アイドルでAV出演もある吉沢明歩、『神様のパズル』の安
藤彰則など。そこそこ個性的な俳優が適度の演技を見せてく
れていた。

『ベティの小さな秘密』“Je m'appelle Elisabeth”
昨年3月10日付ホームページで、フランス映画祭関連作品と
して『CALL ME ELISABETH』の題名で紹介した作品が、この
ように改題されてようやく一般公開されることになった。
前回の紹介は、英語字幕しかないDVD上映だったもので、
今回は内容の再確認も兼ねて再度試写を観に行ったが、台詞
等で誤解していたところはなかったようだ。従って映画の内
容については、前回の記事を参照してもらいたい。
ただ、前回は時代背景のようなものが明確に把握できなかっ
たが、今回は劇中で、父親がPARIS MATCH誌の宇宙飛行士が
表紙になっている号を見ていることに気が付いた。これは、
多分ソ連のガガーリンと思われ、ヴォストーク打ち上げの頃
の物語だったようだ。
この他では、前回も紹介したステンドグラスはやはり素晴ら
しいもので、これをスクリーンで再び観られたのも嬉しかっ
た。
そして何より、ベティ(エリザベス)役のアルバ=ガイア・
クラゲード・ベルージ(というのが正式の名前のようだ)を
再び観ることができたのも嬉しいところ。因に彼女は、前回
も紹介した『ぼくを葬る』では、主人公の姉の幼い頃を演じ
ていたそうだ。
共演は、『ふたりの5つの分かれ路』などのステファヌ・フ
レイス、『アメリ』などのヨランド・モロー、『パルプ・フ
ィクション』などのマリア・ド・メデイルシュ。
また、台詞と脚本を担当したのは、2001年『アメリ』、04年
『ロング・エンゲージメント』などのギューム・ローラン。
ジャン=ピエール・ジュネを支える才人がここでも的確な手
腕を見せている。

『背/他2本』
第29回ぴあフィルムフェスティバルで企画賞などを受賞した
作品。上映時間48分の作品だが、同監督の他の2本と併せて
一般公開されることになった。
高校の卒業記念に東京に繰り出した若者が、ふと出会った女
性にちょっかいを出したことから、黄色い靴下の男に追われ
ることになるというサスペンス作品。
スピルバーグの『激突!』から想を得たとのことで、そこに
特徴的な歩き方をする黄色い靴下の男を配して、その足元の
アップ映像で恐怖感を煽るというやり方は、物まねとしては
良くできている。
それにこの種の作品では、その物まねをどこまで捻ってみせ
るかが、後に続くものとして考えなくてはいけないところに
なるが、それも舞台背景を変えるなどいろいろ考えられてい
る感じもして、習作としてはそれなりに評価できるものだろ
う。
ただし物語の展開では、途中何度か時制が飛んでいることに
なるが、その部分のメリハリをもう少して付けて欲しかった
感じはした。特に、クライマックスのシーンは何ヶ月も後の
話になるはずだが、その辺がはっきりしていない。
実際、時制は何ヶ月も飛んで、それでも繰り返される恐怖感
を描いて欲しかったもので、例えば毎回追跡者を倒してほっ
とはするが、重傷を負ったはずのその姿が消えて、それから
しばらくしてまた追跡が始まるとか、そんな見た目の演出も
欲しかったところだ。
それから出演者にはそれなりの人たちを集めているように見
えるが、実はその演技がどれもあまり芳しいものではなく、
監督の技量としてそれを何とかできるようにもなって欲しい
感じもした。

なお同時上映は、じっちゃんの「宝の地図」を巡って中学生
の夏休み最後の冒険を描いた『出発しよう!』(22分)と、
空き巣に入った泥棒が遭遇する恐怖を描いた『闇の巣』(6
分)。
前者にはちょっと素敵な種明かしがあり、後者にはちょっと
スプラッターもある。どちらもそれなりのものは描いる感じ
で、特にファンタシーの志向が見えるところでは、今後の作
品にも期待したいものだ。

『P.S.アイラヴユー』“P.S.I Love You”
2004年にアイルランド元首相の娘が弱冠21際で発表した同名
の処女小説の映画化。
喧嘩もしたが幸せだった若い夫婦の夫が急死し、残されて何
もできなくなった未亡人の許に亡き夫からの手紙が届き始め
る。そこには彼女の境遇を予測し、その時々の彼女を勇気づ
け、未来に希望を持たせようとする亡き夫からのメッセージ
が綴られていた。
そして彼女は、その手紙の指示に従って街に繰り出し、夫の
故郷への旅を決行するが…脚本、監督は、1995年クリント・
イーストウッド監督の『マディソン郡の橋』などを脚色した
リチャード・ラグラヴェネーズによる作品。
原作は全編がアイルランドを舞台にした作品のようだが、映
画化では夫婦の暮らしの場所をニューヨークに移し、さらに
夫の故郷であるアイルランドとの時間と距離を隔てた物語が
展開されている。
その変化の付け方も絶妙で、喧噪の大都会と大自然が広がる
アイルランドがどちらも魅力的に描かれている。そしてこの
物語を、オスカー女優のヒラリー・スワンクと、人気沸騰中
のジェラルド・バトラーが見事に演じて行くものだ。
因にバトラーは、『300』からはガラリと雰囲気を変えて
陽気なアイルランド人を見事に熱演、「The golway girl」
などのパフォーマンスも披露している。その他にも主人公の
設定に合わせてアイルランド系のミュージシャンの演奏がい
ろいろ楽しめる作品になっている。
共演は、オスカー女優のキャシー・ベイツ、ミュージシャン
でウィリアム・フリードキン監督の『BUG』も公開される
ハリー・コニックJr.。さらに『アナライズ・ミー』などの
リサ・クロドー、『ショーガール』などのジーナ・ガーショ
ンらが脇を固める。
というところまで書いて、僕としてはどうしても触れなくて
はいけないのは、1997年製作の韓国映画の存在だ。実は僕は
このオリジナル版は観ていなくて、自分で観たのは2004年の
タイでのリメイク版の方だが、『レター/僕を忘れないで』
と題されたその作品の物語が酷似しているものだ。
かなりユニークな設定の物語だと思うし、本作の原作者が、
どのような経緯でこの小説を書いたかは判らないが、そのあ
まりにも似た設定には、正直驚いてしまったところだ。


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井口健二