井口健二のOn the Production
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2007年09月09日(日) ヘアスプレー、ある愛の風景、サーフズ・アップ、チャプター27、風の外側、この道は母へとつづく、FLYBOYS

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ヘアスプレー』“Hairspray”
1988年に公開され同名の映画が、2002年にブロードウェイで
ミュージカル化され、さらにそのミュージカルを映画化した
作品。
1962年のボルティモアのテレビ局を舞台に、スターを夢見る
10代の若者たちが、歌や踊りに切磋琢磨する姿が描かれる。
といっても主人公のトレーシーは、ちょっと太めで、身長も
ちょっと低めな女の子。普通に考えたらスターとはちょっと
違うのかも知れないそんな女の子が、「時代は変わるの」と
いう信念の許、世間をあっといわせて行く痛快なお話だ。
ボルティモアのテレビ局で、若者たちに一番の人気番組は、
毎日夕方4時放送開始の「コーニー・コリンズ・ショウ」。
最新の歌や踊りが満載の番組だが、ある日、そのダンサーに
欠員が出て、オーディションの告知が行われる。
そのオーディションに勇んで参加するトレーシーだったが、
番組の実権を握る元ミス・ボルティモアの女性は、自分とは
異なる容姿のトレーシーを容認しない。敢えなく落選した彼
女だったが、それでも学校で黒人の若者たちと親交を結ぶ機
会を得て、ダンスに磨きをかける。
そんなトレーシーを、学校にスカウトに来たコリンズ本人が
見出して…
1962年、まだ人種差別が横行し、テレビの若者番組さえも白
人と黒人は同席できず、週に1回、黒人だけのNegro dayが
決まっているような時代。そんな時代を背景に、正に時代を
変えてしまう女の子の活躍が描かれる。
主演は、1000人のオーディションで選ばれたというニッキー
・ブロンスキー。ちょっと特別な条件のため、オーディショ
ンは難航したようだが、ニューヨーク市のイヴェントなどで
も歌を披露しているという18歳の少女が見事にその座を射止
めた。因に、当時の彼女はロングアイランドのコールド・ス
トーンでアルバイト店員をしていたそうだ。
そして共演は、1978年『グリース』以来のミュージカル映画
出演となるジョン・トラヴォルタを筆頭に、ミシェル・ファ
イファー、クリストファー・ウォーケン、クイーン・ラティ
ファ。
さらに若手は、それぞれ売り出し中のアマンダ・バインズ、
ジェームズ・マースデン、ブリタニー・スノウ、ザック・エ
フロン、イライジャ・ケリー、テイラー・パークス。
一方、ベテランでは、アリソン・ジャネイ、ジェリー・ステ
ィラー。なお、スティラーはベン・スティラーの父親で、オ
リジナルの映画で主人公の父親を演じていた人だ。
これだけのメムバーが、正にスクリーン狭しと歌って踊る。
音楽は、1960年代ポップスを見事にフェイクしたもので、そ
の軽快なリズムも存分に楽しめる。
現代とはちょっと違う時代が背景だが、どんな時代でも元気
一杯に生き抜いて行く若者たちと、それをしっかりと見守る
大人たちの姿を、最高にハッピーな雰囲気で描いている。監
督は、ダンサー出身のアダム・シャンクマン。
なお、Negro dayは、原語ではっきりと発音されていたが、
字幕は「ブラックデイ」とされている。日本人にはニグロと
言われても意味が判らないのかも知れないが、ここで敢えて
Negroと言う単語が使われていることには意味があると思え
る。その意味が「ブラックデイ」で伝わるかどうか。かえっ
て「黒人デイ」とでもした方が、感覚的には意味が掴めるよ
うにも感じるがどうだろうか。本当の訳は「黒んぼデイ」か
も知れないが。

『ある愛の風景』“Brodre”
前回、『アフター・ウェディング』を紹介したデンマークの
女性監督スサンネ・ビアが2004年に発表した作品。
デンマークがアフガニスタンに派兵している現実を背景に、
戦地で行方不明になった兵士の家族を襲う悲劇を描く。
デンマークがどうのような状況で派兵しているのかは、映画
の中では説明されていなかったと思うが、多分、NATOの
一員として派兵せざるを得ない体制なのだろう。そのことが
当然かのように、説明もぜずに済んでしまうことが、まず恐
ろしく感じられた。
原題はbrotherという意味のようだが、物語は2人の兄弟が
中心となる。兄は結婚して子供もおり、親にとっても自慢の
息子。それに対する弟は、未婚で定職もなく、その上、罪を
犯して服役から釈放されたばかりという状態だ。当然親にも
疎んじられている。
そんな弟が釈放された日に、兄には召集令状が届き戦地に向
かうことになる。そしてその戦地で、危険な任務に向かった
兄の搭乗するヘリコプターが撃墜されてしまう。しかし奇跡
的に無事だった兄は、敵の捕虜になっていたのだが…
撃墜時の状況からみて戦死と判断された兄に対して、軍隊に
よる盛大な葬儀が行われる。そして悲嘆にくれる両親や兄の
家族を見た弟は心を入れ替え、過去に犯した犯罪も悔い改め
て、真面目に働くようになる。こうして一種平穏な日々が続
いて行く。
ところが、突然兄が国連軍に救出されて帰ってくる。しかも
その兄は、抑留中のある事件を切っ掛けに、人格が変ったよ
うになってしまっていた。その結果、特に自分が行方不明の
間の弟と妻の関係への疑い強めて行く。
僕の父親もシベリアに抑留されて音信不通となり、母親には
父の弟との再婚話があったというから、戦時中にはこういう
話は儘あることなのかも知れない。それにしても、撃墜が目
撃されているとは言え、この状況で葬儀を行ってしまう軍と
いうのも酷い話だ。
基本的には、反戦の視点で描かれた作品と思われる。日本も
現状は後方支援という名目で可能性は少ないとはいえ、将来
的に国連の許の派兵が行われれば、こういう事態も起こり得
る。日本人にとっても無関係とは言えない話だ。

『サーフズ・アップ』“Surf's Up”
ペンギンの社会を舞台に、サーフィンに賭ける若者の姿を描
いた作品。
アニメーション映画というのは、製作期間も長いし、従って
企画はかなり前に立てられるはずだから、互いを見て2匹目
のドジョウを狙うということは難しいと思うのだが、その割
りには、よく似た企画が同じ時期に登場するものだ。
これはドリームワークスの登場で、特に目立ってきたように
も感じるものだが、今回の作品はソニー・イメージワークス
製作で、アニマルロジックが作った『ハッピー・フィート』
と同じペンギンが主人公になる。
とは言ってもこの2作、同じペンギンが主人公でも、話はか
なり違うものになっていた。
南極に住むイワトビペンギンのコディは、子供の頃に彼の地
を訪れた伝説のサーファー・ビッグZからペンダントを手渡
されて以来、サーフバトルで相手に勝つことだけを考え、氷
のボードでテクニックを磨いてきた。
そんなコディに、サーフィンワールドカップ出場のチャンス
が訪れる。ところが、やってきた会場で権勢を誇っていたの
は、ビッグZに勝利して名を上げたコウテイペンギンのタン
ク。その戦いに破れたビッグZは、そのまま帰らぬ人となっ
たのだ。
したがって、そんなビッグZのペンダントを持つコディは、
当然タンクの目の敵にされるが…これに、五大湖からやって
きたニワトリのサーファーや、ライフガードの雌ペンギンら
が加わって、物語は進んで行く。
ただし、この映画の売りはこの物語だけのものではない、映
画の見所は、プロサーファーの動きを抽出してペンギンの姿
に置き換え、徹底的に拘わって映像化したという波のCGI
に合成したサーフィンの妙技だ。
その演技には、保存映像から取り出されたものの他、チャン
ピオンサーファーたちの動きを直接モーションキャプチャー
したものもあるということだ。そして、普通よりは長いチュ
ーブの中を行くサーファーの姿など、実写ではなかなか観ら
れない映像を、たっぷり観せてくれる。
なお、原語の声優には“Indy 4”への出演が話題のシャイア
・ラブーフ(と読むらしい)や、ズーイー・デシャネル、ジ
ェフ・ブリッジスらが共演。日本語版は、小栗旬、山田優、
マイク真木らが当てている。

『チャプター27』“Chapter 27”
1980年12月8日。ニューヨークに建つダコタハウスの入り口
で、ジョン・レノンを殺害した男=マーク・デイヴィッド・
チャップマン。その犯行に至るまでの3日間を追った作品。
この日のことは、自分ぐらいの年代の人には鮮烈な思い出に
なっている人も多いようだ。僕自身は飲み屋か何かで聞かさ
れた記憶があるが、自分がビートルズの熱烈なファンだった
訳でもないので、その時の気持ちなどは余り定かではない。
でもその時の状況をそれなりに覚えているのは、自分なりに
もそれだけ大きな出来事だったのだろう。
その犯人に関しては、最近、保釈を認めるか否かの問題も話
題になったところだが、人物像など全く知らなかった。この
映画は、そうした背景などを知る上では、興味深くも見られ
たものだ。もちろん作品はドラマであって、真実だけを伝え
るものではないが。
題名は、J・D・サリンジャーの小説『ライ麦畑でつかまえ
て』が全26章であることに由来している。犯人はこの小説を
愛読し、その主人公の第27章を演じた…というのが物語の骨
子となるものだ。
犯人は、生活の困窮などによって生じた社会に対する憎悪の
矛先を、華々しく活躍を続けるレノンに向けている。そして
サリンジャーの小説の主人公を自分に照らし合わせ、その主
人公の行動をなぞっていった。
正直に言って、『ライ麦畑…』も読んでいなかったので、青
春文学の代表とも言われる作品がこんなことに利用されると
は…とも思ったところだ。小説を勝手に解釈するのは、読者
の自由でもあるが、歪んだ解釈。特に最近はそういう傾向が
強く見られるように思えるのも、気になったところだ。
主演のジャレッド・レトは、実は後日『ロンリーハート』と
いう作品も紹介するが、本作の撮影には30kg体重を増やして
臨んだという、その変貌ぶりが見事だ。また、共演者では、
最近いろいろお騒がせのリンジー・ローハンが雰囲気のある
演技を見せている。
なお撮影は、実際のダコタハウスの前で行われており、『バ
ニラスカイ』に一瞬登場するのを除けば、この場所での本格
的な映画撮影は、映画の中でも言及されている『ローズマリ
ーの赤ちゃん』以来ではないかということだ。

『風の外側』
海外の映画祭での受賞も連続している奥田英二監督の新作。
巻頭、チンピラが女子高生に絡むシーンが登場する。ああ、
また日本映画の典型みたいなシーンだなあと思いつつも、そ
の直後の展開で、何となく掴まれてしまった。
昭和30年代、40年代の青春映画の雰囲気かな。でもそれを、
1950年生まれの奥田監督は、ただ真似ているのではなく、自
分のものにしてこの作品を作り上げている。しかも現代を時
代背景にして、そこに違和感なくこの物語を描いたのは見事
と言えるものだ。
主人公は、名門女子高校に通う将来はオペラ歌手になること
を夢見る少女。そんな少女が冒頭の出来事を切っ掛けに、や
くざの男と交流を深めて行く。対する男は、素人の女性に手
を出してはいけないと判りつつも、その少女の眼差しから逃
れることができない。
一方、その男は夢も希望も失せたこの世の中で、闇金融の取
り立てなどで最底辺の生活を送っていたが、もっと実入りの
良い仕事の話が上層部から下りてくる。それは、彼がそれだ
けには手を出さないと誓っていた仕事だったが…
そして物語は、全く別の局面を見せ始める。
やくざと清純な少女の恋愛というのは、定番中の定番という
ところだろう。それを臆目もなくやっている作品だ。でもこ
の映画は、それなりに捻りもあるし、多分それより、演出の
巧みさに魅かれて、結局最後まで見さされてしまったという
感じもしたものだ。
奥田監督の作品は、実績のある俳優出身にしては浮ついたと
ころが無く、しっかりとしたテクニックも感じられて、どの
作品も観ていて気持ちが良い。本作も、そうした意味では安
心して観ていられたものだ。
ただし、脚本上では多少疑問が生じた。例えば緊急の場面で
咄嗟に学習しただけの言語が出てくるものかどうか。また、
民族的なつながりを考えると、男の行う犯罪が有り得るもの
かどうか。
まあ、2つめに関しては南北問題なども絡むのかも知れない
が、それならそれなりの説明が欲しかったところだ。それに
主人公の2人に血縁が有るのか無いのか、母親の採った行動
についても、もう少し正確な情報が欲しかった。

出演者では、主演した安藤サクラは奥田の次女だそうで、な
かなか頑張っていた。一方のやくざ役はモデル出身の佐々木
崇雄。本業では韓国でも活躍中とのことで、本作には適材だ
ったようだ。
下関フィルムコミッションの協力で、町の各所の風景も心地
よく描かれていた。なお、主人公がオペラの個人レッスンを
受けるシーンは、藤原義江の生家で撮影されているものだ。

『この道は母へとつづく』“Italianetz”
2005年のベルリン映画祭の少年映画部門でグランプリを受賞
した作品。ロシア北部レニングラード州の孤児院を舞台にし
た少年ドラマ。
背景は現代。ロシアの孤児院には子供が溢れている。その一
方で、その子供たちを西側富裕層の子供に恵まれない夫婦に
斡旋することも、日常的に行われているようだ。だから孤児
院にいる子供たちにとって、斡旋されることが夢のようにも
なっている。
そんな中で主人公は、正に金持ちのイタリア人の夫婦の目に
留まり、そこに里子に出されることが決まった運の良い子供
だった。因に原題は、里子が決まってから付いた主人公の仇
名となっている。
ところが、先に里子に出された子供の実の母親が現れ、騒ぎ
を起こす事態が発生する。その母親はアル中で、子供は里子
に出されたことが幸運だったとも言える状況だったが、ある
事情もあって、主人公は実の母親に会いたいとの思いを募ら
せることになる。
そして、その思いを叶えるため、少年は孤児院では教えてい
ない文字を読むことを憶え、孤児院に保管されている自分が
保護されたときの書類を盗みだし、そこに書かれた手掛かり
を許に、母親を探す旅を決行する。
これに対して孤児院側は、斡旋で得たお金を取り戻されては
適わぬとばかり、警察力まで動員して少年の行方を追跡。し
かし少年は、孤児仲間や街の人たちなどの協力もあって、捜
索の網を掻い潜って行く。そして徐々に母親が元いた住所に
近づいて行くが…
主人公を演じるコーリャ・スピリドノフはプロ子役で、その
他にもロシアの若手の俳優がいろいろ出演しているようだ。
一方、撮影は実際の孤児院でも行われて、そこでは本物の孤
児の子供たちも多数出演しているものだ。
物語は、全国紙のコムソモーリスカヤ・プラウダ紙に載った
実話に基づいており、さらに実際の養子斡旋業者などにも取
材して脚本化されたそうだ。多少のフィクションは含まれる
が、ほとんどが現実に起こり得るものとされている。
最近、この種の少年を主人公にした作品を多く観ている感じ
がする。昔の大人なら、まず子供を守ることを最初に考えた
と思うが、最近の大人になり切れていない親たちは、子供を
守ろうとしない。特に政情が不安な世界では、どうしても子
供にそのしわ寄せが来るようだ。そんな現実が、この映画に
も描かれている。

『FLYBOYS』“Flyboys”
航空機が初めて実戦で使われたとされる第1次大戦の物語。
ドイツによるフランス侵攻が始まり、そこには飛行船や開発
されたばかりの飛行機も投入されていた。一方、この戦争に
合衆国は未だ参戦していなかったが、アメリカの若者の中に
は、義勇兵としてヨーロッパに渡る者もいた。
そしてその中にはフランス航空隊に入隊する者もいて、彼ら
は人類史上最初の戦闘機パイロットと呼ばれることになる。
しかしその現実は、極めて高い戦死率を記録に残す危険な任
務だった。
主人公は、アメリカで牧場経営に失敗し、3代に亘った牧場
を手放して戦地にやってくる。そこには、親に疎んじられた
金持ちの息子や、黒人のボクシングチャンピオン、他にもい
ろいろな過去を背負った連中が集まっていた。
彼らが配属されたのは、ジャン・レノ扮するフランス人司令
の許に作戦を展開するラファイエット航空隊。そこには無愛
想な先任士官もいて「友達少なそう」と噂されるが、事実、
彼の戦友はみな戦死していたのだ。
そんな中で、主人公たちは1カ月の訓練の後、大空の戦場へ
と飛び立って行く。
昔、ディズニーランドというテレビ番組で航空機の歴史を扱
った回があり、そこで第1次大戦当時の航空機乗りは貴族が
多く、戦いも騎士道に則ていたという説明がされていた。
この映画でも、騎士道的な部分とそうでない部分が交錯して
いて、その辺は観ていてなるほどという感じがした。確かに
お互いの顔が観えるほどの接近戦を行っていれば、人間同士
の戦いという感じもするものだ。
第1次大戦の航空機ものは、過去に古典的な名作は多々ある
が、最近はあまり作られていなかった。それは航空機を飛ば
すこと自体の技術的な困難さによるところが大きかったよう
だが、CGIの採用でその問題は解消されつつあるようだ。
登場する飛行機は、フランス側が主に複葉機、ドイツ側が三
葉機といった具合で、見た目から判りやすく描かれている。
そしてこれらの飛行機では、多分1機ずつは実機があるよう
で、特に複葉機は、離陸、着陸なども丁寧に写されていた。
ただし、空中戦や飛行船への攻撃、また敵機による爆撃など
のCGIシーンは、ミニチュア特撮に比べると動きなどはス
ムースな反面、何となく全体に現実感が伴わないのは、観て
いる側に先入観があるためだろうか。
主演は、『スパイダーマン』のジェームズ・フランコ。共演
は、『ザ・リング』のマーティン・ヘンダーソンと、フラン
スの新星ジェニファー・デッカーがヒロインを演じる。
監督は『スティング』の製作も務めたベテランのトニー・ビ
ル、脚本も『スティング』でオスカー受賞のデイヴィッド・
S・ウォード、製作は『インディペンデンス・デイ』などの
ディーン・デブリン。
戦争映画だから戦死者も多々出るが、全体的にはちょっと軽
めに作られた作品で、深刻ぶらずに、比較的気楽に観られる
作品になっている。


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