井口健二のOn the Production
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2007年08月31日(金) サッド ヴァケイション、アフター・ウェディング、レター、ジャンゴ、北京の恋、カタコンベ、ナンバー23

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『サッド ヴァケイション』
2000年の『EUREKA』でカンヌ映画祭国際批評家連盟賞
を受賞。同作のノヴェライズで第14回三島由紀夫賞を受賞し
た青山真治監督の新作。
デビュー作の『Helpless』、『EUREKA』に続いて、監
督の出身地である北九州を舞台にした3部作の完結篇という
位置づけの作品のようだ。と言っても、僕は前の2作は観て
いないのだが、物語は本作だけでも成立しているもので鑑賞
には全く問題はなかった。
そして本作では、観終えてちょっと意外な展開に感心もさせ
られた。
物語の主人公は、浅野忠信が演じる代行運転手の男。彼はあ
る事情を抱える知的障害者の少女と、中国人の少年と共に暮
らしている。
そんなある日、彼は送り届けた運送会社の社長の家で、幼い
頃に別れた母親を目撃する。母親の家出後、父親も亡くした
彼は、母親を見付けたら殺すと誓ってきたが、面と向かった
彼女の前では何もできない。そして母親は、彼に一緒に暮ら
すことを求める。
その運送会社には、免許を剥奪された元医師や、借金取りに
追われてびくびくと暮らしている男や、その他にもすねに傷
を持つ連中が集まって暮らしていた。そんな怪しげな連中を
社長は何も聞かずに保護していた。そしていろいろな事件が
起きるのだが…
この母親を石田えりが演じ、社長を中村嘉葎雄、従業員を宮
崎あおい、オダギリジョー、川津祐介、島田久作らが演じて
いる。その他、光石研、とよた真帆らが共演。
因に、浅野の役柄は『Helpless』と同じ人物、宮崎も『EU
REKA』と同じ人物で、光石や他にも前作に登場している
人物はいるようだ。でも本作での彼らの登場は自然で、前作
との絡みが問題になるような部分はほとんどなかった。
主人公は浅野が演じる男性だが、描かれているのは実は彼を
取り巻く女たちの物語のようにも観える。特に、母親像が鮮
烈に描かれている。その母親は観音様のような慈愛の笑みを
浮かべて、掌の上の男たちを操っている。そんなイメージが
湧いてくる作品だ。
男としては、こんな母親の前では手も脚もでないのだろう。
そんな女性の底深いしたたかさが描かれた作品。これはもし
かしたら、男にとっては最恐のホラー映画かも知れない。
なお本作は、8月末開催のヴェネチア映画祭で、<オリゾン
ティ部門>のオープニング作品として上映される。

『アフター・ウェディング』“Efter Brylluppet”
今年のアカデミー賞外国語映画部門にノミネートされたデン
マークのスサンネ・ビア監督作品。
内容に関しては全く予備知識なしに観ていて、何とも不思議
な感覚の作品だった。
物語の発端はインド。孤児を集めて学校を開いているヨーロ
ッパ人の男性が、資金援助を申し出たデンマークの資産家に
呼び出されるところから始まる。その学校には、特に彼が目
を掛けている少年がいて、彼は少年の誕生日までには戻ると
言い置いて出発するが…
そして訪れたデンマークでは、資産家の娘の結婚式に招待さ
れ、嫌とは言えない彼は招待を受ける。しかしそこには重大
な事態が待ち受けていた。
メロドラマということなのだろうが、かなり強引な展開で、
観客も主人公と同じくらいに翻弄される。しかし、こんな強
引な話なのに嫌みが無く、主人公に同化して事態の先行きに
悩まされるというのには、脚本の巧みさと言うか映画づくり
の上手さを感じた。
結局、主人公は資産家の思う壺に填ってしまう訳だが、それ
も資産家の描き方に嫌みが無いから、そのやり口にも納得さ
せられてしまうというところだ。
デンマークの俳優人には馴染みが少ないが、主演は、2004年
のジェリー・ブラッカイマー作品『キング・アーサー』にも
出演してたマッツ・ミケルセン。資産家役は、『マルティン
・ベック』シリーズに出ているロルフ・ラッセゴード。
また、1999年の『ミフネ』に出演のシセ・バベット・クヌッ
センが資産家の妻を演じ、その娘役を、本作でデンマーク・
アカデミー助演女優賞を獲得した弱冠20歳のスティーネ・フ
ィッシャー・クリステンセンが初々しく演じている。
古城で行われるデンマーク式結婚式の様子やコペンハーゲン
など北欧の風景も楽しめる。その一方で、インドのスラム街
で撮影された巻頭のシーンも圧巻だった。
なお監督は、すでにハリウッドに招かれ、ドリームワークス
の製作で、ハリー・ベリー、ベニチオ・デル=トロ共演によ
る“Things We Lost in the Fire”という作品を撮り終えて
いるそうだ。

『レター/僕を忘れないで』(タイ映画)
1997年製作の韓国映画をタイでリメイクした2004年の作品。
オリジナル版は、今年の韓流映画フェスティバルで上映され
た。
オリジナルは観ていないが、この種の作品をアジアでリメイ
クする場合には、ハリウッド的リメイクと異なり、舞台だけ
を変えて物語はそのまま映画化することが多いようだ。
ただしこの物語では、題名の通り手紙が重要な意味を持つも
のだが、本作では電子メール全盛の時代に手紙の持つ意味を
見事に捉えており、それが1997年のオリジナルでどうだった
のかは気になるところだ。
バンコクでIT企業に勤める女性が、唯一の肉親だった大叔
母の葬儀のためにチェンマイを訪れる。そこには大叔母の残
した住居があり、また、ある切っ掛けから地元で農業の研究
をしている青年と知り合い、電話での交際が始まる。
やがて彼女の側にちょっとした出来事が起こり、彼女はチェ
ンマイに戻ってくる。そして青年と結婚。在宅勤務の体制も
整えて、彼女は新生活をスタートさせるが…
実は物語の本筋はここからなのだが、映画はここまでの経緯
もたっぷり見せてくれるし、ここまでの物語も良い感じのも
のだった。また、ここから後半はちょっと捻った感動ものに
なるが、それも上手く構成されて全体にバランス良く作られ
た作品と言える。
オリジナルの韓国映画もあるから、物語はしっかりと練られ
ていたというところかも知れないが、先に書いたように手紙
と電子メールの関係などもあって、それが本作独自の脚色だ
としたらこの脚色は見事なものだ。
手紙のトリックは、この状況でここまでやれるかという辺り
では、ちょっと考えてしまうところだが、お話というところ
ではまあこれもありだろう。
個人的にはもっとファンタスティックな展開も期待したが、
これはこれで充分に満足できるものだ。それにその切っ掛け
となるエピソードがちょっと不思議な雰囲気を出しているの
も気に入ったところだ。
なお、脚本には、一昨年の東京国際映画祭で一番気に入った
『ミッドナイト、マイ・ラブ』の脚本/監督を務めたコンデ
イ・ジャトゥララスミーが参加している。彼は他に、昨年の
『ヌーヒン』の脚色や、『トム・ヤム・クン』の共同脚本に
も参加しているそうだ。

『スキヤキウェスタン・ジャンゴ』
6月に特別映像を紹介した三池崇史監督による全編英語台詞
の和製西部劇。
壇之浦の合戦から数100年後。平家の落人が暮らす寒村に、
1人のガンマンが現れる。根畑<ネバダ>の湯田<ユタ>と
いう名のその村には、平家の財宝が隠されているという噂が
あるらしい。
実は、同様の噂のあった別の村で実際に財宝が発見されたと
いうことで、その村にも平家と源氏の残党が集まってきてい
た。そして対立する両者の間で甘い汁を吸おうというのが、
どうやらガンマンの魂胆のようだ。
ところがその村には、美しい酒場のダンサーや、怪しげな雑
貨屋の女主人などがいて…
『ジャンゴ』というのは、フランコ・ネロ主演『続荒野の用
心棒』の原題なのだそうで、実は、本編の物語はその1966年
作の設定を巧みに利用したというか、オマージュを捧げたも
のになっている。
映画は、「平家物語」の書き出しの部分の台詞で始まって、
日本ムードを強調する反面、その裏にはマカロニウェスタン
の名作を踏まえる。この辺りには、三池監督の強かな計算を
感じさせる。これなら、特別映像の時に感じた危惧はかなり
緩和されるとも言えるし、特にヴェネチア映画祭には好適と
言えそうだ。
ただし映画のプロローグは、「新春スター隠し芸」の英語劇
を思わせるかなりトリッキーな始まり方で、ここで乗り損な
うとしばらくは辛くなる。多分この感覚は海外の観客には生
じないと思うが、日本人にはトラウマになりそうだ。
しかし、ここは特別出演のタランティン・クェンティーノが
うまく救っていて、本編はそれなりにちゃんとしたものにな
っている。その後も何度かあるタランティーノの登場シーン
は、それぞれが良いタイミングで、映画のバランスを良く整
えている感じがした。
記者会見では、香川照之が英語に苦労したと言っていたが、
僕は一番様になっていたようにも感じた。ダイアローグコー
チの発音を正確に真似たのだろうが、さすがプロの役者とい
うのは凄いと思わせてくれた。ネイティヴの人たちがどう聞
くかは判らないが…
ただ、彼の演じた二重人格という設定が、今の時期にはスメ
アゴルを思い出させてしまうのが、ちょっともったいなくも
感じられたものだ。
後は、ヴェネチアでどのような評価が下されるか。結果が楽
しみだ。

『北京の恋−四郎探母』“秋雨”
京劇を背景に、日中の若者の交流を描いた作品。
邦題に添えられている「四郎探母」は京劇の名作の一つで、
敵国に捕えられ身分を隠して生き長らえた男が、母親への思
慕に耐え切れずその国の王女でもある妻に自分の出自を打ち
明ける。そこで2人の愛の強さと歴史の重みが試されるとい
うもののようだ。
そんな物語をクライマックスに据えて、日中間の戦争の歴史
の重みの下で、京劇ファンの若い日本人女性と、新進の京劇
役者の中国人青年の恋愛が描かれる。
北京京劇院の元俳優・河は、北京の鉄道駅でネットで知り合
った橋社長を出迎えていた。しかしそこに現れたのは若い日
本人女性・梔子。京劇ファンの彼女は、祖父のネットの友人
が京劇関係者であることを知り、それだけを頼りに来てしま
ったのだ。
そんな梔子が河の家に住み込み、直弟子の徐や河の息子の鳴
と共に京劇を学んで行くが…
物語の中で旧暦大晦日の夜に4人が餃子を作りながら、「四
郎探母」の一節を掛け合いで歌うシーンがある。ここでは、
元女形の河と徐、梔子が交代で王女を演じ、鳴は四郎を演じ
るもので、歌唱は吹き替えだとは思うが、そのシーンは圧巻
だった。
ところがその直後に物語は暗転する。ここから後に語られる
事柄は、日本人としては真実であって欲しくないものだが、
真実であるかどうかは別として、中国の人たちの心の底にこ
ういう物語が真実として伝えられていることは知っておくべ
きことだろう。
上海の大虐殺もそうだが、日本の政治家がいくら事実ではな
いと高圧的に言い張っても、一種の都市伝説のようにもなっ
ている中国の人たちを説得できるものではない。それなら、
それが事実であるかどうかは別にして、真心からの交流を深
めることの必要性をこの映画は訴えているものだ。
そうとは採らない人がいることも、予想はされるが…

梔子役は、東京出身で外国人として初めて北京電影学院に合
格したという前田知恵。現在は帰国してNHK中国語講座な
どにも出演中のようだが、2004年製作のこの作品では初々し
く役を演じている。
脚本は、『北京ヴァイオリン』のシュエ・シャオルー、監督
のスン・ティエはテレビでのヒットメーカーだそうだ。

『カタコンベ』“Catacombs”
『SAW』シリーズなどを手掛けるツイステッド・ピクチャ
ーズ製作のサイコ・ハラスメント・スリラー。パリに実在す
る地下墓地を舞台に、迷路のようなその場所に迷い込んだア
メリカ人女性の運命を描く。
主人公のヴィクトリアは、何事にも積極的に立ち向かって行
けない内気な女性。そんな彼女に、ソルボンヌ大学に通う姉
からパリ訪問の誘いが掛かる。自分自身も変えたいと考えて
いた彼女はその誘いを受けてパリにやってくるが…
到着して早々、姉はその夜に開かれる秘密パーティにヴィク
トリアを誘い出す。それは本来なら許可がなくては立ち入り
禁止の地下墓地で、無許可で行うものだった。そしてヴィク
トリアは迷宮に迷い込んで行く。
パーティ会場内は英語が通じるという設定が、アメリカの観
客にはフレンドリーかなと思わせておいて、徐々にそれが転
換して行く展開は、なかなか巧みに作られていた。
脚本監督は、トム・コーカーとデイヴィッド・エリオット。
共に監督はこれが初作品のようだが、この内、エリオットは
ウィル・スミス主演予定の『プロ・スパイ』の映画版の脚本
なども手掛けている。
またコーカーは、元々が『X−MEN』や『バットマン』も
手掛けるイラストレーターで、コミックシリーズのクリエー
ターでもあるとのこと。映像的な構成などには、それなりに
ツボを得ている感じもした。
物語に特別な意味があるわけでもなく、謎解きやアクション
もあるものでもないが、追いつめられる恐怖を描く単目的で
は楽しめる。多分、観る人を選ぶ作品だし、一般の人には勧
めるつもりもないが、さすがに『SAW』のツイステッドと
いう感じのものだ。
ヴィクトリア役は、2001年公開のブライアン・ヘルゲランド
監督作品“A Knight's Tale”(ロック・ユー!)のヒロイ
ンでデビューしたシャニン・ソサモン、姉役をグラミー賞歌
手のP!NKことアリシア・ムーアが演じている。
また、メインテーマを元X-JapanのYOSHIKIが担当していて、
彼のプロジェクトVIOLET UKによる“Blue Butterfly”とい
う曲がエンディングに流れるのも話題になりそうだ。

『ナンバー23』“The Number 23”
マヤの暦では2012年12月23日に世界は終わるのだそうだ。そ
んな数字の23にまつわる神秘に取り付かれることを、23エニ
グマと呼ぶらしい。
本作は、そんな23エニグマを背景に、ふと手にした本の登場
人物の生い立ちが自分の人生に酷似し、しかも23エニグマに
取り付かれていることを知った瞬間から、主人公に襲いかか
る恐怖を描いた作品。
自分を描いているとしか思えない本で、しかもその主人公が
破滅的な結末に向かっているとしたら、これはかなり恐怖に
陥りそうだ。そんな恐怖をこの作品では、見事に捻りを利か
せた展開で納得のできる物語に仕上げている。
ウィリアム・S・バロウズも取り憑かれたという23エニグマ
については、多少知識はあったものだが、こんなに深い状況
になっているとは知らなかった。
心理学的にはアポフェニアと呼ばれる現象で、確か数学的に
もこの数字に帰着しやすいことは証明されていたようにも思
うが、『ビューティフル・マインド』と同じで、ちょっとし
たタイミングで取り憑かれると恐ろしいことになりそうだ。
そんな興味深い背景の物語だが、本作ではさらにそれに2重
3重の展開が物語を深くしている。脚本は、ファーンリー・
フィリップス。プロとして売り込んだのはこれが最初という
新人だが、早くも次の作品はブライアン・シンガー監督で予
定されているようだ。
主演は、ジム・キャリー、ヴァージニア・マドセン。それぞ
れ現実と本の登場人物の2役を演じるが、キャリーには最初
にもう一役あったようにも思える。
監督は、『オペラ座の怪人』のジョエル・シューマッカー。
初期には『フラットライナーズ』や『ロストボーイズ』など
ちょっとオカルト的な題材も手掛けているから、この手の心
理的恐怖はお得意という感じのものだ。
ただ、巻頭のタイトルバックで、「タイタニック号の沈没は
1912年4月15日」とか、「ヒトラーの自殺1945年4月」など
出てくるが、これが1+9+1+2+4+1+5=23などの解説がないと、
何やらさっぱり判らない。アメリカでは、これだけで判るほ
ど23エニグマが有名なのかも知れないが、日本では字幕だけ
でも何か工夫が欲しい感じがした。


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井口健二