井口健二のOn the Production
筆者についてはこちらをご覧下さい。

2007年08月20日(月) 自虐の詩、ロケットマン、ローグ・アサシン、4分間のピアニスト、クワイエットルームにようこそ、さらばベルリン、幸せのレシピ、シッコ

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『自虐の詩』
1985〜90年に週間宝石で連載された業田良家原作の4コマ漫
画を、中谷美紀と『ケイゾク』、阿部寛とは『トリック』を
手掛けた堤幸彦監督が、その2人の共演で映画化した作品。
田舎では、幼い頃に母親が家出、父親も銀行強盗で刑務所送
り。そんな女が都会に出ても、結局寄り添う相手は元やくざ
で定職もなく、何かというと暴力を振るって警察沙汰になる
ような男。それでも女は、最悪の時期を救ってくれた男から
離れることができない。
そんな社会の最底辺で生きる男女を軸に、人生の機微をユー
モラスに描いた作品。
男は、気に触ることがあると卓袱台をひっくり返す。「巨人
の星」でも有名なこのシーンが、多分4、5回はあったと思
うが、本作では実写で見せてくれる。ご飯や味噌汁、湯飲み
のお茶などが見事に吹っ飛ぶものだ。
本作はHDで撮影されたもののようだが、ということは、こ
のシーンの撮影はスーパースローで行われたのだろう。見事
なスローモーションに、さらにCGIも合成して、かなり見
栄えの良いシーンが展開されていた。
CGIはこの他にも、幻想的なアニメーションから、最後は
超低空で飛ぶジェット旅客機まで要所要所にさりげなく、う
まく使われていて、そのセンスも良い感じだった。
まあそれだけ観ていても面白い作品だが、さらにストーリー
では、何でこんな男について行くのだろうという女の性が、
丁寧に描かれていて、最後はほろりとさせられる見事な展開
になっていた。もちろん御都合主義もいろいろあるが、所詮
はこんなものだ。
自分の信条としては、小市民の小さな幸せというのは、バブ
ル崩壊後の日本政府が国民に押しつけた最悪の理想像だと考
えているが、現実にそこから脱出したくてもできない人々が
大半なのだから、ここまで極端ではないにしても共感を呼ぶ
ところは多い物語だ。
共演は、遠藤憲一、カルーセル麻紀、松尾スズキ、竜雷太、
名取裕子、西田敏行。他に、ミスターちん、Mr.オクレ、斉
木しげるなど。また、主人公とその親友の中学生時代を演じ
た岡珠希と丸岡知恵の子役2人がなかなか良かった。

『ロケットマン』(タイ映画)
タイ米の輸出品としての価値が高まり、その増産を助けるた
めに必要な場所への農耕用牛の移動が行われている。一方、
農業の近代化のためトラクターの導入も始まっている。そん
な1920年代のタイ農村部を舞台にしたアクション映画。
ナイホイと呼ばれる牛飼いたちが盗賊団に襲われる事件が頻
発し、主人公の両親も盗賊団に殺害される。そして傷を負い
ながらも寺に匿われて生き延びた主人公は、寺の許可の許、
復讐に立ち上がる。その仇は胸に紋章を彫られた男だった。
そして主人公は、タイ古来の豊穣の祭りに打ち上げられる竹
筒ロケットの技術を習得し、ロケットマンとして盗賊団の征
伐に乗り出す。ところが、盗賊団の中に胸に紋章の彫られた
妖術師が現れ、その術を破ることができない。
そこで主人公は、別の呪われた妖術師の許を訪ね、妖術を破
る方法を教えられるが…
これに、妖術師の娘やトラクターの輸入業者らも絡むから、
話は結構複雑だ。しかも、これがちゃんと整理されていない
から、なぜそうなるのか今いちピンと来ないところもある。
タイ映画の脚本の弱さについては、2005年11月頃に紹介した
『バトル7』でも指摘したが、実は本作の監督は、その同じ
人でこれは仕方がなかった。結局、脚本の弱さをアクション
の面白さで誤魔化してしまおうという魂胆のようだ。
そこで本作では、アクション監督に『マッハ!』『トム・ヤ
ム・クン』などのパンナー・リットグライがタッグを組んだ
もので、さらにVFXも絡めたアクションはなかなかの観も
のになっている。なお、リットグライは妖術師役で10数年ぶ
りに出演もしている。
主人公を演じるのは、『七人のマッハ!!!!!!』で主演デビュ
ーしたダン・チューポン。ムエタイを基本にした格闘技と、
今回はワイアーも使って大掛かりなアクションも見せてくれ
る。それに大量の竹筒ロケットが飛び交う光景は、なかなか
壮観だった。
タイの竹筒ロケットは、先日日本のテレビ局がお笑い芸人を
現地に送り込んで、その製作過程のレポートを放送していた
が、いろいろノウハウもあるようで面白かった。本作でも製
作過程はそれなりの紹介されていて興味深いものがあった。
それから、本作では1920年代トラクターの多分本物が現役で
動くシーンも登場し、それも面白かった。

『ローグ・アサシン』“Rogue Assassin”
『SIIRIT』のジェット・リーと『トランスポーター』
のジェイスン・ステイサムがバトルを繰り広げるアクション
作品。
ステイサムが演じるのはFBI捜査官。ある日の捜査で彼は
同僚と2人でアジア系の組織を壊滅させ、そこに現れたロー
グと呼ばれる殺し屋を同僚が銃撃。ローグは川に転落する。
ところが数日後、その同僚の住む家が襲われ、一家は全滅。
そしてそこには、ローグが襲った証拠が残されていた。
それから数年後、主人公の前に再びローグの姿が現れる。仕
事の度に整形で顔を変えるローグは人相不明だったが、主人
公はジェット・リーの演じるその男がローグであることを確
信する。そしてローグは、中国系組織と日本のやくざが抗争
する西海岸で暗躍を開始する。
中国系組織のトップを『ラストエンペラー』などのジョン・
ローンが演じ、日本やくざのボスを石橋凌が演じている。他
に、デヴォン青木、ケイン・コスギらが共演。まさに日中の
共演で、このキャスティングは納得した。
そしてアクションは、銃撃戦からチャンバラ、格闘技、さら
にはリーお得意のワイアーアクションまで、たっぷりと観せ
てくれる。しかもどれもがかなりリアルに描かれているのは
良い感じだった。アクション監督は、『トランスポーター』
のコーリー・ユエンが担当している。
なお、試写状には、上映はアメリカ公開版で、日本公開では
ヴァージョンが変わるという注意書きがされていた。それで
試写会では、日本公開版ではせりふの一部が吹き替えになる
という説明だった。
というのは、本編は英語、中国語、日本語がそのまま飛び交
うものだが、一部日本語の台詞がたどたどしくて聞き辛かっ
たものだ。従ってその辺が公開版では吹き替えになるようだ
が、実は前半でステイサムが日本語を話すシーンがあって、
それはなかなか良い雰囲気だった。できたら、ここだけは残
してほしいものだ。
また中国語、日本語の台詞には英語の字幕が付くが、これが
最初にちらっと原語の字幕が出てから、それが英語に変化す
る処理がされていた。全部がそうなっていた訳ではないが、
そのセンスも良い感じだった。
話は荒唐無稽だが、アクションは本物だし、その他にもいろ
いろ楽しめる作品だ。

『4分間のピアニスト』“Vier Minuten”
殺人犯として収監されている少女と、暗い過去を持つピアノ
教師の交流を描くドラマ。
その少女は、幼い頃から天才と謳われ、アムステルダムやニ
ューヨークへの演奏旅行も経験したが、養父との確執から反
抗的になり、ついには罪を犯し囚われの身となった。一方、
女教師もまた将来を属望されたピアニストだったが、ある出
来事が彼女にその栄光を捨てさせた。
そんな2人が巡り会い、少女の才能を見抜いた教師は、自分
の過去を償う最後のチャンスとして、少女の成功を夢見る。
しかしそこには数々の障害が待ち構えていた。そしてそれら
の障害を乗り越え、最後に許された4分間に少女が演奏した
曲は…
昨年以来、日本ではクラシックブームが訪れているようで、
その影響もあってか音楽演奏を絡めた映画が目に付くように
なってきた。本作もそんな1本と言えるものだ。しかしこの
作品では、そこに歴史的な背景を絡めて、深く心に残るドラ
マに仕上げている。
日本は、戦犯の孫が祖父を神に祀れと主張して選挙に出るよ
うな国だが、ドイツにおける戦争犯罪の重さは、常に被害者
意識の日本人とはかなり違うものだ。その女教師の罪の重さ
を、そしてそれが彼女の行動の原動力になっていることを、
本作は見事に描き出す。
しかも、その行動がかなり尋常でないことも、本作の魅力に
なっているところだ。その傾向は、映画の中で演奏される音
楽にも共通に現わされていて、クラシック音楽が主題の作品
の巻頭に、ハードロックが鳴り響いた辺りから見事に作品が
作られて行く。
この感覚が映画全編にリアリティを与え、最後の感動へと導
く構成も見事に感じられた。
少女役は、本作までほぼ無名の新人だったハンナー・ヘルシ
ュプルング、老女教師役は、『ラン・ローラ・ラン』などの
モニカ・ブライブトロイ。本作では2人揃ってドイツ映画ア
カデミーの主演女優賞にノミネートされ、ブライブトロイが
受賞しているものだ。
また、ピアノ演奏には2人の日本人女性ピアニストが参加し
ており、劇中のシューベルトの楽曲は木吉佐和美、そして、
最後の圧倒的な演奏は白木加絵という人が担当している。特
に最後の曲は、それだけのためにもう一度映画が観たくなる
ほどのものだった。

『クワイエットルームにようこそ』
劇団「大人計画」の主宰松尾スズキが、2006年芥川賞候補に
もなった自らの原作を映画化した長編監督第2作。目覚めた
ら精神病院の閉鎖病棟に収容されていた女性ライターの、退
院するまでの14日間を描く。
主人公は、駆け出しの女性ライター。依頼された800字のエ
ッセーが締め切りの日になっても仕上がらず、アルコールと
睡眠薬の過剰摂取で昏睡状態となる。そして自殺の可能性あ
りとの診断で、閉鎖病棟の保護室に5点拘束されてしまう。
自分も物書きの端っこにいる人間だから、主人公の追い込ま
れた心情もよく判るし、他に個人的な体験もあって、比較的
重く感じる作品だった。
監督自身が舞台挨拶で、思いのほかヘヴィな作品になったと
言っていたが、この題材を真摯に捉えれば、重くなるのは仕
方がない。でもその重さを、重苦しくは感じさせずに、しか
も前向きに描いている点では気持ち良く観られたものだ。
女子精神病棟ということでは、1999年に公開された“Girl,
Interrupted”(十七歳のカルテ)が思い出されるが、共通
するところもあり、しないところもあって、それぞれが現代
の病を丁寧に描いているように思える。
それは、決して精神病と呼べるようなものではないのだが、
何かの(誰かの)都合で精神病として括ってしまえば都合が
良い、そんな現代人なら誰でも陥ってしまう可能性のある状
況の物語だ。
出演は、主人公に内田有紀、摂食障害患者に蒼井優、過食症
患者に大竹しのぶ、看護婦にりょう、主人公の夫に宮藤官九
郎、その子分に妻夫木聡。他に、映画監督の塚本晋也、庵野
秀明、お笑いのハリセンボン、さらに俵万智、漫画家の河井
克夫、しりあがり寿など、出演者も普通と普通でない顔ぶれ
が揃っている。
作品は、先に重いと書いてしまったが、それは取り様で、笑
いの要素はコメディ映画の水準以上のものになっている。そ
れもかなりスマートな笑いで、苦笑というようなものではな
いから、映画としては気持ち良く観られたものだ。
でも、現代人ならどこかにぐさりと来るところもある作品。
現代人が、自分自身を確認するために観たい作品と言えるか
も知れない。

『さらば、ベルリン』“The Good German”
ヨーロッパ戦線は終結したが、まだ日本との闘いはまだ終っ
ていない。そして終戦に向けてのポツダム会議が開かれる。
そんな時期のベルリンを描いたドラマ。そこでは、英米ソ連
の軍隊が地域を仕切って占領管理をしている。
その中で1人の女性を巡って、各国の駆け引きが行われる。
スティーヴン・ソダーバーグ監督とジョージ・クルーニー、
ケイト・ブランシェット、トビー・マクガイアが描き出す終
戦秘話。
1945年、ベルリン。クルーニー扮するジャーナリストが空港
に降り立つ。彼の来訪は、ポツダム会議の取材という名目だ
が、実は戦前のベルリンで恋人だったドイツ人女性を国外に
脱出させることが目的だった。
そんな彼の運転手を努めるのが、マクガイア扮する伍長。好
青年を装う彼は、実は軍用車で各地域がフリーパスなのを利
用して、闇物資で荒稼ぎをしていた。そして彼の愛人は、ジ
ャーナリストが探している女性(ブランシェット)だった。
彼女の元夫はナチ親衛隊、その関係で彼女の交通は極めて制
限されている。そんな中で彼女を脱出させることに腐心する
ジャーナリスト。しかし、そこにいろいろな事件が起こりは
じめ、やがてそれは大きな秘密へと辿り着く。
戦中、戦後の混乱期のいろいろな出来事が暴露される。そこ
にあるのは、V2ロケットの開発やユダヤ人収容所の問題な
ど、現代史を揺り動かした大きな出来事の陰の部分だ。物語
はもちろん架空のものだろうが、当時の次の敵はソ連と見据
えたアメリカの暗躍が暴かれる。
全体の雰囲気は、『カサブランカ』を思わせるように創られ
ている。しかしその内容は、ロマンティックと言う言葉から
は程遠く、もっと現実的に醜いものだ。特に最後の女性の言
葉には、改めて真実の恐さを知らされた感じがした。

なお、作品は完全なモノクロームで製作されていて、最初に
ちょっと縦長のWBのマークが出たときには思わずニヤリと
したものだ。ただし、モノクロ画面では打ち抜きの字幕が白
い背景で多少見辛くなっていて、その辺は公開までに修正し
てもらいたいと思った。

『幸せのレシピ』“No Reservations”
キャサリン・ゼタ=ジョーンズ、アアロン・エッカート、ア
ビゲイル・ブレスリンの共演で描くニューヨーク人気レスト
ランの厨房物語。
主人公は、ニューヨークで人気のレストランの女性シェフ。
腕は超一流、部下との関係も良好で、仕事も順調だが、多少
短気で、料理に少しでも文句を付けられると、客も追い返す
剣幕になる。そして、それを心配した店主からは、カウンセ
リングを受けることを命じられている。
そんなある日、彼女の姉が交通事故で死亡、幼い娘が残され
る。その娘は姉との約束で彼女が引き取ることになるが、も
ともと人付き合いも下手な彼女には、母親を亡くした幼い少
女の気持ちなど理解できるはずもなく、懸命の努力もなかな
か報われない。
しかも、彼女の先行きの仕事ぶりを心配した店主は、彼女に
無断で男性の副シェフを雇ってしまう。その副シェフは、実
は彼女の料理に憧れて、その下で働けるならと志願してきた
のだが、その仕事の態度は彼女とは相容れないものだった。
こんな男女と、幼い少女の物語が展開する。
ブレスリンは、昨年の東京国際映画祭に出品された『リトル
・ミス・サンシャイン』で主演女優賞を獲得したが、幼さが
目立つ中での受賞にはいささか疑問を感じたものだった。し
かし今回の作品を見ると、確かに彼女の演技力には脱帽せざ
るを得ない。
本作の撮影中に10歳になったということで、受賞作の当時の
幼さからは一歩脱却して少女らしさも出てきたところという
感じでもあるが、とにかく母親を亡くした直後の様子から、
自分だけ幸せになってしまう事への後ろめたさを表わす後半
まで、演技力と芝居に対する理解力には感心させられた。
共演は、店主役のパトリシア・クラークスンと、セラピスト
役のボブ・バラバン。監督は『アトランティスのこころ』の
スコット・ヒックス。この作品でも子役をうまく使いこなし
ていたことを思い出した。
なお、料理は、ウズラ、スズキ、フォアグラ、ホタテなど、
まともな料理がおいしそうに登場する。

『シッコ』“SiCKO”
『ボウリング・フォー・コロンバイン』のマイクル・モーア
監督が、アメリカの医療保険の問題を取り上げた新作。
WHOのランキングで、アメリカの医療システムの順位は世
界の37位。先進国の中では最も低いのだそうだ。その理由
は、国民皆保険の制度がなく、一方、医療保険が大手保険会
社に牛耳られ、会社がOKを出さない限りは、支払い拒否や
医療の打ち切りが横行する事態になっているとのことだ。
『ER』の原作とされるマイクル・クライトンの医療ノンフ
ィクション『5人のカルテ』の中で、担ぎ込まれた患者が病
名不明のまま大量の投薬で回復し、その医薬費が数千ドルに
上ったが、保険のお陰で数ドルで済んだというエピソードが
印象に残っている。
『5人…』が題材にしているのは、1960年代後半の話と思わ
れ、それを読んだ頃には「アメリカの保険制度はすごい」と
感心したものだったが、その後のアメリカの医療システムは
悪化の一途を辿ったようだ。
その信じられない個々の状況については映画で観てもらいた
いものだが、映画の製作に先立ってインターネットで医療保
険のトラブルの実例を募集したら、1週間で25,000通以上も
集まったというのだから、その根の深さが知れるものだ。他
に、手紙による内部告発もかなりの数があったとされる。
そもそも先進国では唯一国民皆保険の制度がないのが何故か
というと、それが社会主義に繋がるという理論だそうだが、
1992年にはヒラリー・クリントンが制度の導入を提唱したも
のの議会圧力で引き下がるなど、今もその亡霊は生きている
ようだ。


 < 過去  INDEX  未来 >


井口健二