井口健二のOn the Production
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2007年08月10日(金) 呉清源、リトル・レッド、ヴィーナス、バイオハザード3(特別映像)、大統領暗殺、ストレンヂア

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『呉清源』(中国映画)
昭和初期に来日し、戦前戦後の日本囲碁界で永く頂点の座に
君臨した天才棋士・呉清源の人生を、中国第5世代の監督・
田壮壮が描いた作品。
映画は、2004年に撮影された呉清源本人の現在の姿から始ま
り、チャン・チェンが演じる戦中・戦後の動乱期を生きた棋
士の姿へと繋いで行く。
物語では、棋士としての対局の様子だけでなく、日本人女性
との結婚や戦後の耐乏生活。さらに宗教にのめり込んでしま
う姿なども描かれる。それは、日本人にとっての昭和史を観
るようでもあり、ちょっと不思議な感覚にも襲われるものだ
った。
ただし映画は、その辺の状況が必ずしも克明に描かれたもの
ではなく、随所に呉清源の内面の言葉らしきものが字幕で挿
入されたりもするが、今一つ物語の展開は明確ではない。特
に宗教と女性の関係の辺りは、映画を観ている間はほとんど
理解できなかった。
事前に伝記を読んでいたりすれば、恐らくは個々の場面の意
味ももっと理解できたのだろうが、そうではない観客にはか
なり戸惑いが生じるのではないかとも思える。
でもまあ、物語は実際に呉清源が歩んだ道筋を辿っているも
のだし、そこに何があってもそれが真実である訳だから、そ
れをどうこうと言えるものでもない。その意味では、ただ黙
って観ていればいい、というものかも知れない。
日本側の共演は、柄本明、仁科貴、松坂慶子、大森南朋、井
上堯之、野村宏伸、伊藤歩、南果歩、宇都宮雅代、米倉斉加
年。さらに中国側では、母親役でシルビア・チャンが出演し
ている。
因に、衣装を担当したワダエミの言葉によると、シナリオで
は最初に中国のシーンがもっと長くあり、70歳代になってか
らのシーンもあったということだ。その辺についての監督の
説明では、主人公の内面に迫るためにカットしたということ
のようだ。
しかし、1時間47分の上映時間は、人一人の人生を描くには
決して長いものではないし、人の人生は内面だけでもない訳
で、撮影されたフィルムがあるのなら、別ヴァージョンの編
集も観てみたいところだ。


『リトル・レッド』“Hoodwinked”
童話の赤ずきんをモティーフに、新たな視点で描かれたCG
Iアニメーション。アメリカ公開では、第1週に興行1位を
記録した。
主人公のレッドは、おばあさんの作るお菓子を自転車で配達
している元気な女の子。
ある日、森の奥のおばあさんの家を訪ねたレッドは、おばあ
さんの振りをしてベッドに寝ていたオオカミに襲われそうに
なる。そこにぐるぐる巻きに縛られたおばあさんがタンスか
ら飛び出し、さらに半ズボンのきこりも窓から飛び込んでき
て…
この事件の捜査に警察隊が出動するが、冬眠中だったクマの
所長は不機嫌で事件を早く決着させろと言うばかり。ところ
が、現場に現れたカエルが、森で頻発しているレシピ泥棒の
事件との関連を調べ出す。
そのレシピ泥棒の事件とは、森で営業しているお菓子屋が、
次々レシピを盗まれて廃業に追い込まれているというもの。
そしてその最後の狙いはおばあさんのレシピと思われる。
ところが尋問が開始されると、レッド、おばあさん、オオカ
ミ、きこりの証言は食い違うばかり、しかも意外な素顔が観
えはじめ…
赤ずきんをモティーフにしてはいるが、パロディではなく、
推理劇からアクションまでいろいろ盛り込まれたサーヴィス
満点の作品と言える。特に後半のアクションになってからの
処理が見事で、これならアメリカでNo.1ヒットになったのも
頷ける作品だ。
またこの手の作品によくある映画のパロディも満載。ねたば
れにつながるのでその説明は割愛するが、その辺も実に丁寧
に作られていて、大人にも充分楽しめる作品であることは間
違いない。
なお僕が観たのは日本語吹き替え版だったが、上野樹里の主
人公は、恐ろしくぶっきらぼうな言い回しがキャラクターに
よく合っていて予想外に良い雰囲気だった。またオオカミの
加藤浩次、カエルのケンドーコバヤシもそれなりで、他はプ
ロの声優が担当している。
因に原語版は、アン・ハサウェイ、グレン・クローズ、ジム
・ベルーシらが当てているようだ。
すでに続編“Hood vs.Evil”の製作も開始されており、その
内それも楽しめそうだ。

『ヴィーナス』“Venus”
老境の男性の生き方を描いて、主演のピーター・オトゥール
が今年のアカデミー賞の候補にもなった作品。
主人公は老境の俳優。昔は女優と浮き名も流したようだが、
最近来るのは死に掛けの老人の役ばかり、実生活も病院に通
いながらの一人暮しのようだ。
そんな主人公の親友でやはり一人暮しの男優の家に、田舎の
親戚の家から若い女性が看護兼身の周りの世話にくることに
なる。そこでその友人と共に女性を迎える準備を整えるが、
やってきたのは一言で言えばあばずれだった。ところが主人
公は…
映画のチラシには、「男って、いくつになっても…。」とい
うコピーが添えられている。
最近の映画館の観客はほとんどが女性のようだから、このコ
ピーも仕方がないと思えるところだが。その男である自分と
してはこの主人公の気持ちもよく判るし、いつまでもこんな
風に生きられたらなあ、とも思ってしまうところだ。
確かに主人公は、馬鹿みたいな行動もしてしまうし、それに
よって多分損もしているのだろうけど、でもそれによって本
来なら得られない経験もできている訳だし、それ自体は男も
女もない人生の一シーンであったと言いたくなるものだ。
オトゥールは1932年生まれということだから、今年で75歳。
映画の中のよれよれぶりは演技で行われているものだが、映
画の中で若い頃の写真なども出てくると、確かに年は取って
しまったものだと言いたくなる。
共演はレスリー・フィリップスとリチャード・グリフィス。
2人とも舞台やテレビでの出演が多い人のようだが、フィリ
ップスは「ハリー・ポッター」シリーズの組み分けの帽子の
声でも知られている。またグリフィスは、ハリーの叔父さん
役をやっている人だ。
その他、主人公の元妻の役をヴァネッサ・レッドグレーヴが
演じていて、登場シーンは短いながら見事な演技を見せてく
れる。
そして本作の注目は、主人公がヴィーナスと呼ぶ若い女性役
を演じるジョディ・ウィッテカー。2005年に演劇学校を卒業
したばかりで、その後はテレビと舞台の経験しかないようだ
が、オトゥールを相手にして堂々とした演技は見事なものだ
った。

『バイオハザード3』(特別映像)
2004年に公開された第2作から3年。アメリカは9月25日の
公開で、日本では11月に公開される第3作の22分間の特別映
像が上映された。特別映像と言っても予告編に毛の生えた程
度のものも時々あるが、そんな中で22分というのはなかなか
の大盤振舞だ。
見せてもらったのは、まずはいつもの死のトラップ通路。ゲ
ーム感覚そのままのこのシーンは今回も登場している。しか
も今回ここには特別な意味もあるようで、そこから一気に世
界がどうなっているかの展開に進むようだ。
その世界は、アンデッドを生み出したT−ウィルスが蔓延し
て、ほとんどの人々はアンデッドに変身。さらにその影響で
地上の動物や植物もほとんどが死に絶えたとされる。しかも
生き残った動物たちはアンデッドと化している。
そしてアリスは、バイクで砂漠を突っ走っている。一方、前
作でラクーンシティを脱出した仲間達は大型車両によるコン
ボイを組んで砂漠を進んでいる。彼らはアンデッドの集まる
都会の廃虚を避けて砂漠で暮らしているが、そこにも脅威は
訪れる。
という展開と、新たにアリスに備わった能力の一部が映像で
紹介された。中でも、ゲームでもお馴染みのゾンビ犬との闘
いや、今回新登場のアンデッドカラスの群れは、CGIの映
像で見事に描かれている。
また今回は、ゲームのキャラクターからクレアが新登場する
ようで、『ファイナル・デスティネーション』や、テレビの
“Heroes”などのアリ・ラーターがその役を演じていた。
一方、3度目のアリス役のミラ・ジョヴォヴィッチは、今回
は妊娠6カ月の身重でプロモーションに来日したものだが、
記者会見では、「毎作これが最後と思って作っているので、
次回作の考えはない」としたものの、「観客の反応次第」と
次回作への含みも残していた。
チラシのコピーは「アリス、砂漠に死す」となっているが、
シリーズはまだまだ続きそうな雰囲気だ。

『大統領暗殺』“Death of a President”
2007年10月19日、遊説先のシカゴでアメリカ大統領が暗殺さ
れるという顛末を、記録映像を巧みに編集して描いた超近未
来ポリティカル・フィクション。
映画は、アラビア語のナレーションで始まる。それは一人の
アラブ系の女性がカメラに向かって喋っているもので、そこ
では彼女の夫が全く罪のない存在であることが訴えられ続け
る。しかし9/11以降、何か事があると最初に疑われるのは
アラブ系の男性なのだ。
その日のシカゴは異様な緊張に包まれていた。ブッシュ大統
領が経済団体の式典で演説することになっており、空港から
式典会場のホテルまでの沿道には、警備の警官隊とデモ隊の
群集が対峙していた。
そんな中、エアフォース1はオヘア空港に着陸し、車列の移
動が始まる。ところがその日はデモ隊の力が大きく、途中で
車列は予定された経路の変更を余儀なくされる。それでも無
事ホテルに到着するが、その時、警備体制の情報が外部に漏
れている疑いが出始める。
この状況が、警備担当者や、大統領車に同乗する演説原稿の
ライターなどの証言によって綴られて行く。それがどれも真
に迫っていて、しかも登場する大統領と報道官の映像は全て
本物の記録映像を編集したものだから、まさにフェイクの真
骨頂という作品だ。
製作脚本監督のガブリエル・レンジは、イギリスのテレビで
ドキュメンタリードラマを数多く手掛けている人だそうで、
その手腕が見事に活かされている。
このような架空事件ものは、以前はSFの一分野として成立
していたものだが、最近はあまり見かけなくなっていた。そ
んな作品が見事に復活したものだが、実は本作は昨年のトロ
ント国際映画祭で国際批評家賞を受賞し、その後も各地の映
画祭で上映されてはいるものの、一般興行は拒否されている
国が多いのだそうだ。
それが本当かどうかは知らないが、実際に僕の観た試写会で
も、上映後に宣伝担当者にこの作品の意図は何かと喰って掛
かっている若者がいて、何か異様な感じを受けた。
映画では、暗殺後にアラブ人の夫が逮捕され、実は他に白人
の犯人がいるのでは?という情報も無視されて訳が判らない
まま有罪にされるという展開になるもので、その部分の製作
意図こそ重要に思えるのだが…若者には大統領暗殺を描くこ
とが問題だったらしい。

因に日本では、当初『ブッシュ暗殺』という邦題が映倫の指
示で変更され、ポスターも大統領の苦悶の顔の部分をカット
するなど規制が加えられている。また公開はR−12指定にな
っているようだ。
僕は、映画の前半はフィクションとして充分に楽しめたし、
むしろ後半の裁判の顛末にはアメリカの危険性が見事に描か
れて出色の作品だと思った。何を慮ってこういう作品を公開
禁止にするのか、その意図こそが問題に思えるものだ。

『ストレンヂア無皇刃譚』
テレビアニメの『鋼の錬金術師』などを手掛ける制作会社の
ボンズと、監督の安藤真裕、脚本の高山文彦が揃って作り出
したアニメーション時代劇。
普段アニメーションはあまり観ている方ではないが、最近の
アニメの時代劇というと、何となく妖術使いが出てきたり、
魔物が出てきたりで、どうもそういう方向に流れる傾向を感
じる。本作も背景にあるのは、明国の皇帝が不老不死の仙薬
を求めて…というお話だ。しかし本作では、比較的まともな
時代劇が描かれていたように思えた。
舞台は戦国時代の日本。最初に登場するのは犬を連れて山道
を走る少年。背後で炎上する寺を逃れてきたものらしいが、
一緒にいた僧侶は、少年にある寺を訪ねることを指示して戻
って行ってしまう。
一方、とある山間の小国に異国の装束の一団が現れる。彼ら
は雑兵の群れなら一人で全滅させられるほどの戦士の集団。
彼らはその国の領主と密約して、怪しげな砦の建設を進める
と共に、鍵を握る少年の行方を追っていた。
そして犬と共に旅を続ける少年に追手が迫ったとき、少年は
名無しと名告る剣士と巡り会い、その助けによって指示され
た寺を目指すことになるが、名無しは剣の鍔を鞘に結んで容
易に抜けないようにしていた。
明国から来た戦士たちが、鎖鎌やら長刀やらと、通常の刀剣
以外の武器を駆使して戦うのが結構見せ場になっているし、
その中心になる金髪碧眼の戦士というのも面白い存在になっ
ている。
他にも、小国の武士の中にもそれなりのキャラクターが立っ
ているし、異国の集団と密約を結んでいるという設定もかな
り捻りが利いている感じだ。さらに主人公の出自に係る話も
良いアイデアに思えた。
ということで、作品全体は結構面白い作品になっていた。
声優は、名無しをTOKIOの長瀬智也、少年を同じくジャ
ニーズ系の知念侑季が演じているが、それほど違和感もなく
普通に楽しめた。
なお、主人公ではないが登場人物のせりふで、「自分の身の
丈に合った目標を定めるか、より高い目標を定めてそれに自
分の身の丈を合わせて行くか」というような言葉があって、
ちょっと気に入った。

『Tokyo Real』
集英社から出版もされているケータイ小説の映画化。高校生
の少女がクラブの駐車場で輪姦に遭い、その後巡り会った男
と恋に落ちるが、本人はドラッグに手を出して身を滅ぼして
行く。
Jリーグの観戦に行くと、場内にドラッグ撲滅キャンペーン
のアナウンスメントが流れさる。このアナウンスメントも、
以前はスポーツをしたいなら手を出しちゃいけないというよ
うな曖昧なものだったが、今年はより具体的に個々の危険性
を訴えるものになった。
本作の巻頭には、この作品はドラッグの危険性を訴えるもの
であるというテロップが表示される。作り手はそういう意図
なのかも知れない。しかし出来上がった作品は、到底そのよ
うな意図が描かれているとは思えない代物だった。
まずこの映画にはドラッグの危険性が全く描かれていない。
むしろ描かれるのは、ドラッグによる快楽の増長で、まるで
ドラッグの良さを強調しているようなものだ。
それに、物語で罰を受けるのが主人公だけという結末は、こ
の作品の主人公のような馬鹿さえやらなければ良いというこ
とにも繋がる訳で、Jリーグのアナウンスメントで流される
「私だけは大丈夫」という論調そのものだ。
このようなことは、おそらくは脚本を読めば判るはずのもの
で、その程度のことも考えられないで、何がドラッグの危険
性を訴えると言えるのかと思ってしまう。
ドラッグの危険性を訴えるなら、例えば『エディット・ピア
フ』のような作品は一つの方法だろう。自分の容姿に関わる
となれば、特に女性には強烈なはずだ。この作品でも主演女
優にその程度のことはさせられなかったものか。
あるいは、完全に発狂してしまうような結末もあり得るかも
知れない。少なくともこの作品の結末のような甘っちょろい
ものでは、誰もその危険性には気が付くものではない。
特にこの作品では、ドラッグ反対だったはずの恋人が、突然
掌を返すようにドラッグは自由と唱え始める辺りの、結末直
前の展開に唖然とした。もちろんこれはその後の伏線になっ
ているのだが、この映画でそこまでの先読みを強いることに
は無理を感じる。

何かを訴えようとする作品であるなら、このような回りくど
い表現は、誤解を招くだけのものだ。訴えはもっとストレー
トに真摯にやらなくてはいけない。この辺にもこの映画の制
作意図に真剣さが感じられなくなったものだ。
(本来このサイトでは、自分の気に入らなかった作品は掲載
しないことにしているものですが、敢えてこの作品に関して
は掲載することにします。その意図はお汲み取りください)


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井口健二