井口健二のOn the Production
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2007年07月10日(火) ミリキタニの猫、プロヴァンスの贈りもの、ブラッド、白い馬の季節、ミルコのひかり、阿波DANCE

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ミリキタニの猫』“The Cats of Mirikitani”
ジミー・ツトム・ミリキタニ(漢字は三力谷と書くそうだ)
は、カリフォルニア州サクラメント生まれの日系2世。3歳
の時に帰国して広島で成長するが、戦争の足音が高くなった
18歳の時に帰米。
ところが、日米開戦で12万人の日系人と共に強制収容所に送
られ、市民権の放棄まで強要される。以来、市民権のない彼
は社会の保護も得られないまま東海岸に流れ、一時は富豪の
家のコックなどもしていたようだが、ついには路上生活者に
まで身を落としてしまう。
しかし、子供の頃から画才のあったという彼(日本滞在中に
日本画の勉強もしていたようだ)は、路上で絵を描き続け、
現在その絵は高値で取り引きされているという。一見、手慰
みのようにも見える絵だが、実はしっかりした技術を持って
いるものだ。
彼自身は帰米によって原爆を免れたが、親族・友人はほとん
どそれで亡くなったようだ。ある意味、彼は第2次大戦の最
大の被害者かも知れない。彼の口癖はno warと、合衆国を指
して使うstupid country。彼は合衆国が自分たちにした仕打
ちを忘れてはいない。
彼は原爆の絵を描く。これは写真で見た原爆ドームから想像
して描いたものだろう。また収容所の絵も描く。これには絵
を描く彼自身も描かれている。「兄チャン、日本の猫の絵を
描いてよ」と話しかけてきた幼い男の子は、終戦を待たずに
病死したそうだ。
そんな彼の姿を追いつつ、この作品では2001年9月11日を契
機に合衆国が集団ヒステリー状態になって行く姿も捉えてい
る。それは日系人を襲った悲劇が、アラブ人に繰り返されて
いるようにも見える。ここでは、no warとstupid countryが
連発される。
しかし、彼の人生はここから急転する。グラウンドゼロから
舞い上がった埃で路上生活が危険になり、監督のリンダ・ハ
ッテンドーフが彼を自宅に引き取ったのだ。そして彼の人生
を調べ直した監督は、意外な真実を突き止める。
正にドラマティックな人生という感じだが、本人が実に淡々
として、しかも芸術家らしい頑迷さも兼ね備えているのが見
ていて面白い。その一方で、帰宅の遅くなった女性監督に対
して、実の娘を叱るように唇を震わせて怒るシーンなど人間
味も描かれる。
1人の人間とそれを取り巻く社会、それがバランスよく描か
れている。

『プロヴァンスの贈りもの』“A Good Year”
『南仏プロヴァンスの12カ月』が全世界で500万部以上を売
上げたという作家ピーター・メイルの小説を、リドリー・ス
コット監督がラッセル・クロウとフレディ・ハイモアの主演
で映画化したドラマ。
実は、メイルとスコットは同じロンドン広告業界で若いとき
を過ごした30年来の友人だそうだ。そしてこの物語は、スコ
ットが題材を見つけ出し、メイルがそれを小説にしたという
もので、2人の長年の友情に育まれた作品と言えそうだ。
リドリー・スコットの名前では、『エイリアン』『ブレード
・ランナー』から『グラディエーター』『ブラック・ホーク
・ダウン』まで、どちらかと言うと男性向きのアクション映
画が思い浮かぶ。本作はアクションではないが、もしかする
と男性向きの映画かも知れない。
人生の前半で成功を納めた男性が、後半を過ごす世界を見つ
け出す、そんな男の夢物語のような話だ。宣伝はロマンティ
ック・ラヴストーリーと銘打たれるだろうが、僕にはロマン
ティックというよりファンタスティックという感じがした。
主人公は、幼い頃に両親を亡くし、イギリス人だがプロヴァ
ンスにブドウ園を持つ叔父の家で成長する。そこでは人生や
いろいろなことを教えられ、彼にとっては最も幸せな時を過
ごしたはずだったが…
現在の彼は辣腕のトレーダー、生き馬の目を抜くロンドン市
場で、今日も数分間で7700万ドルを稼いで見せる。しかし彼
の強引なやり口には不正取引の捜査の手も伸びる。そんなと
き叔父の訃報が届き、彼はその遺産の処分のために日帰りで
プロヴァンスを訪れる。
ところがその手続きに手間取り、会社の事情聴取を欠席した
彼には1週間の強制休暇の処分が下される。それは先輩の休
暇中に今の地位を奪取した彼にとっては、人生最大のピンチ
だったが、思い掛けずプロヴァンスで1週間を過ごす彼の身
に変化が訪れる。
これに、男嫌いの美女や叔父の娘と称するアメリカ娘、産地
の判らない謎の高級ワインなどが絡み、物語が進んで行く。
正直に言ってしまえば、御都合主義を絵に描いたようなお話
だし、決して上手くできた物語ではない。でも、上に書いた
ように正に男の夢物語で、微笑ましく観終えることができる
ものだった。
その展開をとやかく言うより、のんびりとその雰囲気に浸っ
ていたい、そんな感じのする作品だ。その意味での構成は、
実に巧みに作られているし、その辺の映画的な処理の上手さ
は抜群の作品と言える。
共演は、アルバート・フィニー、トム・ホランダー。
一方、現地フランス人の配役として、『TAXi』のマリオ
ン・コティヤール、『マダムと奇人と殺人と』のディディエ
・ブルドン、それにイザベル・カンディエらが素晴らしい雰
囲気を作り出している。

『ブラッド』“Rise: Blood Hunter”
『チューリーズ・エンジェル』のルーシー・リュー主演によ
るヴァンパイア映画。
主人公はタブロイド紙の女性記者、若者のカルト志向をまと
めた記事でカヴァーストーリーを射止めるが、私的に取った
3日間の休暇中に記事は意外な展開を見せる。
取材した若い女性が惨殺され、さらに一緒に取材した男性の
同僚が行方不明となり、彼の残した資料を追った彼女は、謎
の集団に拉致される。そして彼女も惨殺死体となって発見さ
れ、死体置場に収容されるが…
ヴァンパイアとなって甦ったヒロインが、血を吸いたい衝動
と闘いながら、自分をそんな境遇に陥れた犯人を求めて壮絶
な闘いを繰り広げる。家族と共に生きていたい、でも復讐を
遂げれば死が彼女に定められた運命。
ヴァンパイアものは最近よく見掛ける題材だが、コメディで
あったり、ゲーム感覚であったり、本質的なヴァンパイアの
哀しみを描く映画は久しぶりのような感じがする。そんな哀
しきヒロインを、リューが頑張って演じている作品だ。
ただし個人的には、牙で首筋に噛み付くタイプの吸血鬼が好
みなもので、どうもこのナイフで頸動脈を切って噴出する血
を啜るというスタイルは、別段大量の血糊を嫌う訳ではない
が、何となく違和感を感じてしまう。最近はこちらの方が多
いことは事実だが。
アメリカの配給は、5月に『ゴースト・ハウス』を紹介した
サム・ライミ主宰のゴーストハウスピクチャーズ。ジャンル
映画のブランドとしてこれからも期待される。
脚本監督は、『スネーク・フライト』などの脚本家のセバス
チャン・グティエレス。監督も初めてではないようでそつな
くこなしている。でも脚本は多少荒さが目立つもので、特に
遺体安置所からこんなに次々死体が消えては、別の問題が生
じてしまうと思うのだが…
共演は、『ファンタスティック・フォー』のマイクル・チク
リス、『ナイト・ミュージアム』のカーラ・グギーノ、『マ
スター・アンド・コマンダー』のジェームズ・ダーシー。
また昨年亡くなった日本人俳優のマコが出演していて、劇場
映画は本作が遺作のようだが、その役名がポーというのは、
『ポーの一族』なのかな…?
公開は8月11日からで、前回紹介のスウェーデン映画『フロ
ストバイト』と併せて、勝手にヴァンパイア2部作として公
開されるようだ。

『白い馬の季節』“季風中的馬”
内蒙古自治区を舞台に、現代に生きるモンゴル人の遊牧民の
姿を描いた作品。
映画の中で、「昔は馬をどれだけ走らせても緑の草原が続い
ていた」という台詞がある。しかしその緑の草原が砂漠化に
晒され、今は見る陰もない。
そんな状況下で漢民族の政府は、荒廃した草原を仕切って遊
牧を禁止し、砂漠化を食い止めようという政策に出る。だが
羊が食べたくらいで草原が砂漠化するものではない。それは
モンゴル人遊牧民の首を絞めるだけの政策だった。
遊牧を禁止された人々は、羊などを手放した資金で街で暮ら
すしかない。しかし今まで草原で生きてきた、特に男たちに
とってそんなことは全く考えられない。それはロマンを追い
続ける男の姿でもあるが、本音は生活の変化に対する恐怖で
もあるのだろう。
そんな境遇の中で、夫婦と息子と1頭の年老いた白馬を巡っ
て物語が展開して行く。広大な荒野に建つゲル。そこに突然
登場する宣伝隊。荒野に張り巡らされた鉄条網。大型車輌が
行き来する街道。街のディスコ。様々な現実が描かれる。
一面では、漢民族が支配する中央政府の横暴を告発している
作品のようにも見える。それでも中国映画として公開されて
いるのだから、この現実は政府も認めざるを得ないというと
ころなのだろうか。
それにしても砂漠化の恐ろしさが、現実的に描かれた作品と
も言える。実は『モンゴリアン・ピンポン』のような広大な
草原を楽しみに見に行ったのだが、見せられたのは『ココシ
リ』のような荒涼とした風景だった。
ただし、物語は砂漠化を云々するだけものではなく、そんな
境遇の中でしっかりと未来を見据えて行こうというモンゴル
人へのメッセージも込められているものだそうだ。
監督は、父親役も演じるニンツァイ。遊牧民の出身で『天上
草原』などにも出演する俳優の初監督作品。また、妻役を演
じて映画のプロデューサーも務めるナーレンホアとは、実生
活でもパートナーという関係で作られた作品のようだ。

『ミルコのひかり』“Rosso come il cielo”
1975年に法律が改正がされるまで、イタリアでは視覚障害者
は盲学校に入ることが義務づけられていたそうだ。そんな時
代を背景にした作品で、現在イタリア映画界で屈指のサウン
ドデザイナーとされるミルコ・メンカッチの実体験に基づく
物語。
主人公のミルコは、父親の猟銃で遊んでいて暴発、視力が減
退してしまう。そして法律に従ってキリスト教会が運営する
全寮制の盲学校に入れられるが、そこは伝統と規律だけが重
んじられ、盲人は電話交換士など決められた職業しか選べな
いとする場所だった。
そんな中で偶然テープレコーダーを見つけたミルコは、周囲
の音を録音して授業の課題だった季節の変化という「作文」
として提出する。しかし、世間に出るための点字を教えるこ
とが目的の授業では、その「作文」は認められない。
ところが担任の教師は、盲人で頑なな校長の方針に反発して
おり、こっそりミルコにテープレコーダーを渡してしまう。
そしてミルコの録音による物語作りが始まるが…1970年代前
半の改革の時代を背景に、視力を失いながらも自由奔放な子
供たちの素晴らしい冒険が展開される。
主人公を演じるルカ・カプリオティは健常者の子役のようだ
が、周囲の子供たちは実際に盲目の子供たちが多く演じてい
るようだ。特に主人公の親友となる少年が素晴らしかった。
また、映像的な演出では、ミルコの視力の状況を窓の歪んだ
ガラスを通した視界で表現したシーンがあり、これは健常者
にも非常に判りやすい表現で感心した。本人のアドヴァイス
もあってのことかも知れないが、健常者の観客との橋渡しを
する意味でもこういったシーンは重要に感じられた。
なお、映画は多分にメルヘンティックに描かれており、特に
盲学校の内部の様子は現実的ではないとされている。何故な
ら現実はもっと悲惨であり、この作品はそれを告発するもの
ではないからということで、その実情は想像にあまりある。
しかし映画のミルコたちは素晴らしい体験と夢を実現する。
そんな素敵に愛らしい作品だった。
因に、本作のサウンドデザインは、ミルコ・メンカッチが担
当しているものだ。

『阿波DANCE』
最初に一言で言うと、予想外に良い感じの作品だった。
観るまでは今どき阿波踊りなんてというか、阿波踊りそのも
のが妙に全国各地で行われていて、それに当て込んだのも見
え見えという感じもしていたのだが、映画自体は青春ものと
しても、またダンスムーヴィとしてもそれなりに上手く作ら
れていた。
主人公は東京の女子高生。Hip-Hopのダンス大会で優勝し、
仲間はニューヨークのクラブに招待されるが、何故か彼女だ
けは離婚した母親の都合で実家の阿波徳島に引っ越してきて
しまう。そして地元の高校に通い始めるが、そこでダンスと
言えば阿波踊り。
そうとは知らずダンス部を訪れた彼女は、阿波踊りに情熱を
燃やす男子生徒たちを見て、「ここは自分のいる場所ではな
い」と思い知らされる。そんな気持ちをぶつけるように、彼
女は1人でHip-Hopダンスを踊っていたが…
これが最終的に阿波踊りの大会に参加するまでの心境の変化
というか、彼女の成長が描かれる訳だが、Hip-Hopダンスが
阿波踊りになるまでの過程は並大抵ではない。「相容れない
ものを一緒に描くのが物語で、そのハードルは高いほど面白
い」と言っていた監督もいたが、これも正にそんな展開だ。
しかもその間には、ダンスバトルがあったり、大会に出場す
るための事前の審査会があったりと、展開も山あり谷あり、
それを煩すぎもせず白けることもなくという感じで、脚本も
演出も丁寧に行われている感じだった。
その脚本と監督は、昨年12月に『エンマ』という作品を紹介
した大野敏哉と長江俊和。大野はさらに『シムソンズ』も手
掛けているものだ。『エンマ』も苦言は呈しているが評価は
したつもりなので、そういう人たちが良い仕事をしてくれる
と嬉しくなる。
それに作品の見所は、何と言ってもクライマックスの阿波踊
りとHip-Hopダンスの融合。かなりトリッキーな感じだが、
これをKABAチャンの振付けが見事に実現している。最近
のブラウン管(死語だ)を賑わすこの手のタレントは、正直
あまり好きではないが、さすが本業は伊達ではないようで、
このダンスシーンは見事なものだった。
主演は榮倉奈々と勝地涼。共演は北条隆博、橋本淳、尾上寛
之。他に、岡田義徳、星野亜希、松福亭松之助、高樹沙耶、
高橋克実。
もちろん作り物のお話だが、物語の展開にはそれほど破綻は
見られなかったし、特に主人公たち5人のダンスシーンは、
花丸を付けてやりたくなるぐらいの頑張が感じられて良かっ
た。


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井口健二