井口健二のOn the Production
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2007年06月30日(土) リトル・チルドレン、ミス・ポター、レミーのおいしいレストラン、幸せの絆、フロストバイト、ウィッカーマン、遠くの空に消えた

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『リトル・チルドレン』“Little Children”
トム・ペロッタのベストセラー小説を、ペロッタと2001年の
『イン・ザ・ベッドルーム』で絶賛されたトッド・フィール
ドが脚色、フィールドが監督した作品。今年のアカデミー賞
では主演女優、助演男優、脚色の3部門でノミネートを果た
した。
題名の意味は、意訳すると「大人になれない大人たち」とな
るようだ。家庭を持ち子供もいるのにプロム・キングと呼ば
れ続けている男性や、夫の隠し事が許せず自分の感情を整理
できない女性。そんな大人の分別を弁えるべきときにそれが
出来ない人々が描かれる。
舞台はボストン郊外の住宅地。主人公のサラ(ケイト・ウィ
ンスレット)の一家は、夫が企業をブランド化する会社を創
業して成功し、3歳の娘と共に閑静なその町に引っ越してき
た。そして公園では、周りの母親たちと話しはするが、何と
なく馴染めない。そんなサラは、とある夫の秘密を目撃して
から、自分の感情を整理できなくなっている。
一方、その公園にはプロム・キングと呼ばれる父親も来てい
る。彼は高校フットボールの花形だったが、その後は法学校
を出たものの司法試験に合格せず、ドキュメンタリー映像作
家の妻の稼ぎで、本来なら試験勉強に専念しているはずの身
だった。
その閑静な町に衝撃が走る。幼女に対する性犯罪で服役して
いたロニー(ジャッキー・アール・ヘイリー)が釈放され、
町に帰ってきたのだ。そして彼を糾弾するビラが町中に張り
出される。それを行っているのは元警官の男だったが…
このロニーの帰還が触媒のようになって、男女の微妙な行動
がエスカレートして行く。
結局、題名の通りの人々の物語が展開していくものだが、果
たしてそれは、自分にとって他人事と言い切れるかどうか、
その辺の微妙なところが見る側にも心穏やかでない感覚を引
き起こす。
もちろん、個人から社会、政治に至るまで、幼児性が横行す
る現代を背景に描かれた作品ではあるけれど、大人の分別な
んて元々存在するかどうかも怪しいし、自分は大人の分別を
持っていると思い込んでいる人にも、もしかして自分も…と
思わせる作品になっている。
オスカー候補となった上記の2人の他には、パトリック・ウ
ィルスン、ジェニファー・コネリー、フィルス・サマーヴィ
ル、ノア・エメリッヒらが共演。
なお、アール・ヘイリーは、昨年12月に紹介した『オール・
ザ・キングスメン』の前に、この作品で復活したものだ。

『ミス・ポター』“Miss Potter”
「ピーター・ラビット」で知られるイギリスの絵本作家ビア
トリクス・ポターの生涯を描いた作品。ルネ・ゼルウィガー
が主演と製作総指揮を務め、相手役は『恋は邪魔者』で共演
経験のあるユアン・マクレガー。
『フォッシー』などの演出で2度トニー賞を受賞、『ミス・
サイゴン』の作詞も手掛けたリチャード・モルトビーJr.が
脚本を執筆し、1995年公開の『ベイブ』で子ブタを一躍人気
スターにしたクリス・ヌーナンが、同作以来11年ぶりのメガ
ホンを取った。
ビアトリクスは、法廷弁護士の父親の許、ロンドンで裕福な
家の子女として育てられた。そして母親からは結婚して家庭
を持つことが女の勤めと教えられているが、32歳になっても
結婚に興味はない。
それより彼女には、休暇に訪れる湖水地方で、小さい頃から
スケッチを続けてきた小動物の友達を、いつか絵本にして世
に出したいという夢があった。そしてスケッチブックを抱え
てロンドン中を巡っていたが、彼女の企画に耳を貸す出版社
はまだなかった。
そんなある日に訪れた出版社で、ついに出版のOKが出る。
ただしそれは、出版社を営む一家の末弟で、編集の経験もな
いノーマンが仕事をしたいと言い出し、そんな弟に向けての
駄目元の仕事として採用されたものだった。
ところがノーマンは予想外の編集能力を発揮、特にビアトリ
クスの希望した本の売値を安く押さえる方法も効率良く考え
るなど、ビアトリクスの希望を余すところなく取り入れて本
を完成させる。そして売り出された本は、瞬く間にベストセ
ラーとなって行った。
しかもノーマンは、1冊目が出て満足するビアトリクスに直
ちに次の本を要求し、それらは次々に素晴らしい成功を納め
続ける。そんなノーマンの誠意を彼女も感じ始めるが…
この2人に、独身主義のノーマンの姉ミリー(『ほんとうの
ジャクリーヌ・デュプレ』などのエミリー・ワトスン扮)を
加えて、20世紀初頭の男女の姿が描かれる。良家の子女であ
るが故に、平民の男子との恋が認められない。そんな封建的
な面も残る時代の物語だ。
なお、映画にはピーター・ラビットを始めとするポターの描
いたキャラクターたちがアニメーションで登場し、一部は主
人公との共演も果たす。その辺はファンタシーとしても面白
い作りになっている。
ただ、1時間33分という上映時間はちょっとあっけなくも感
じられた。現実がかなり順風満帆の女性の話で、実際にドラ
マティックな展開は少なかったのかも知れない。本編はその
中では唯一ドラマティックな部分が描かれたものだが、でも
山場が1回だけというのは…              
後半の自然保護に乗り出す辺りは、彼女の別の一面としての
興味も湧くし、その辺りをもう少し詳しく描いて欲しかった
気もした。


『レミーのおいしいレストラン』“Ratatouille”
5月に特別映像を紹介した作品の全編が公開された。
2004年の『Mr.インクレディブル』を手掛けたブラッド・
バード監督による新作。記者会見の報告でも書いたように、
彼自身は途中から企画に参加したということだが、最終的な
脚本は彼の名前でクレジットされている。
前半の物語は前回書いてしまったが、そこからの後半の展開
は予想を超えて、本当の意味でのファンタスティックなもの
だった。でもこれ以上書くとネタばれになってしまう。
実は記者会見で、ネズミと厨房という、本来なら相容れない
ものを描くことの意義を聞かれ、監督は、「不可能なことを
描くのが物語だと思う。そのハードルは高ければ高いほど面
白い」という発言をしていたが、その意味でも実にうまくま
とめられた物語だった。
正直に言って常識からはかなりかけ離れた物語にはなってい
るけれど、これが本来お話の楽しさだろう。その意味では、
ディズニーが描き続けてきた世界が、正にここに継承されて
いるという感じのものだ。
それにしても次々起こる事件の多彩さやそこに描かれる映像
の見事さは、アニメーションの真髄という感じもした。ディ
ズニーとピクサーの合体は、正に最高のコラボレーションを
生み出したと言えそうだ。
なお、英語版のヴォイスキャストでは、嫌みなシェフ=スキ
ナーをイアン・ホルム、父親ネズミ=ジャンゴをブライアン
・デネー、辛辣な料理評論家イーゴをピーター・オトゥール
が演じている。
それから映画の結末に絡んでは、いわゆる評論家には多少耳
が痛いかも知れない部分もあるが、僕自身はこの意見には大
いに賛成するもので、気持ちを新たにしてこれからも映画紹
介を続けたいと思ったものだ。
後は、台詞の中でモンテカルロとなっていたものが、字幕で
はラスヴェガスに言い換えられていたが、これは仕方ないか
な。オリジナルはそういう点にも気が使われているというこ
とだけ紹介しておく。
それと、本編にはゲイリー・ライドストローム監督の短編が
併映されるが、その登場キャラクターには本編の主人公と同
じモデルが使われているそうだ。それで、実は短編に描かれ
た事件が原因で彼はパリに出てきた…というジョークの設定
もあるようだ。


『幸せの絆』“暖春”
2003年の中国公開では、何と『HERO/英雄』を押さえて
第1位に輝き、中国メディアでは「大催涙弾」と称されたと
いう感動作品。
人間、歳を食って来ると感動で涙を流すということも少なく
なってきて、この作品でも泣かされることはなかったが、い
たいけな少女と老人の交流を描いたこの作品は、冷静に観て
いても心暖まる素晴らしい作品だった。
物語は、幼い少女が夜道をさ迷い、倒れて動けなくなるとこ
ろから始まる。少女は翌日、近くの村に保護されるが、穀物
もろくに取れていないこの村では、1人少女を育てる余裕の
ある家もない。
ところが1人の老人が保護を申し出て、少女を背負って自宅
に連れて行く。その自宅は老人の1人息子の家と隣接したも
のだが、息子の嫁は子供に恵まれず、連れ帰られた少女に老
人の財産を奪われるのではないかと心配を募らせる。
こうしてその嫁は、尽く少女に辛く当るようになるのだが、
少女はそんな境遇にもめげずに素直に成長して行く。そして
その素直さは、やがて周囲の人々をも巻き込んで行く。
試写後に宣伝担当の人と話していて「『おしん』だね」とい
うことになった。実際、宣伝には当時の女優にもコメントを
もらったそうだが、本編の物語の背景は1980年代に設定され
ているといっても、その風景は日本のもっと古い時代を髣髴
とさせる。
その点では、ある種のノスタルジーも感じさせる作品とも言
えるが、それが今の観客にどう取られるかは興味の湧くとこ
ろだ。でもまあ映画には、いたいけな少女の一所懸命さが見
事に描かれていて、それだけで感動してくれればそれで充分
とも言える。
逆に世界には、今でもこんな境遇の子供たちがいるのだろう
し、そんなことにも思いを馳せてくれれば、それはそれでこ
の映画の価値とも言えるだろう。
監督は、内モンゴル出身のウーラン・ターナという女性で、
自ら脚本を書き映画化を目指すが最終的に200万元だった製
作費もなかなか調達できなかったそうだ。そして映画製作所
の資金援助は得られたものの、半分は自己資金で製作を敢行
したものということだ。
しかしその結果は、中国だけで2000万元を突破する興行収入
が達成され、さらに撮影当時8歳の主演のチャン・イェンに
は、中国映画史上最年少の主演賞も齎されたものだ。

『フロストバイト』“frostbiten”
2006年スウェーデン製のヴァンパイア・ホラームーヴィ。
スウェーデン映画というと、イングマール・ベルイマンの芸
術作品から、『長くつしたのピッピ』まで、いろいろなジャ
ンルの作品が日本でも公開されてきたが、ヴァンパイア・ホ
ラーというのは珍しいものだ。
でも、世界的なホラーブームの波は北欧にも押し寄せてきた
ようで、本作の他にも、幽霊ものと伝えられているデイヴィ
ッド・ゴイヤー監督の新作“Invisible”も、オリジナルは
スウェーデン映画からのリメイクとなっていた。
という前置きはこのくらいにして、本作は30日以上夜が連
続する極夜(と呼ぶようだ)の北欧の冬を背景に、太陽光が
弱点のヴァンパイアを描くという趣向。実はアメリカでも同
旨の作品が製作中だが、さすが本場では一足お先に作られて
いたようだ。
物語の発端は、1944年、第2次世界大戦の最中。北欧義勇軍
の兵士たちが敵に追われて逃げ込んだ家でヴァンパイアに遭
遇する。
そして、時代は現代、1人の女医が娘を連れて北極圏にほど
近い村に建つ総合病院へとやってくる。そこで女医は、遺伝
子医学の権威とされる教授に師事するつもりだったのだが…
その教授は、交通事故で昏睡状態の続く少女に赤色のカプセ
ルを飲ませていた。
そのカプセルを1人の研修医が盗み出し、試みに服用してし
まう。その効果はてきめんで、研修医は聴覚の鋭敏化や運動
能力の向上、さらに動物と話せるようになったり、顔も変え
られるようになるが…
一方、女医の娘は転校した高校の同級生からハウスパーティ
に誘われる。そのパーティでは新しいドラッグと称して赤色
カプセルが置かれており、やがてそれを飲んだ若者たちに異
変が起き始める。
カプセルでヴァンパイアが広まるというのは新機軸のようで
はあるが、去年10月に紹介した『バタリアン5』も同じよう
な展開だったし、最近の風潮で思いつきやすいアイデアでは
あったようだ。
でもその後が、ヴァンパイアには伝統の咬みついて血をすす
るのではなく、食い千切って血をすすることになるもので、
正しい方法で伝えていないと、伝統も失われるという考えは
面白かった。
ただ、夜が30日も続くと言っていながら本作は1日だけの
話で、せっかくの設定は充分に活かされてはいない。これな
らアメリカの同旨の映画も安心というところだ。
動物と話せたり、顔が自由に変えられたり、運動能力が向上
したり、これで前髪で名刺交換ができて、嘘が見破れたら、
どこかの新聞のCMと同じだが、これは偶然だろうか。
なお、女医の娘役で1992年からの『ロッタちゃん』シリーズ
に、当時5歳で主演していたグレーテ・ハヴネショルドが成
長した姿を見せている。
また、エンディングロールの中でShino Kotaniという名前を
見つけた。どう見ても日系人のようだが、データベースで検
索すると、1990年代にアメリカとイギリスの映画でメイクア
ップを担当しており、その後、ノルウェーでも2本程仕事を
しているとあった。本人の経歴は判らないが、ここにも頑張
っている日系人がいるようだ。

『ウィッカーマン』“The Wicker Man”
1973年にクリストファー・リーの出演で映画化されたイギリ
ス作品のリメイク。
主人公は警官。ある日、元婚約者で事情も告げずに彼の元を
去った女性から、救援を求める手紙を受け取る。その手紙に
は、その女性は故郷の島に帰っていたが、そこで誕生した娘
が突然姿を消したと書かれていた。
主人公は、手紙を頼りにその島に向かうが、そこは個人所有
で外部者の立ち入りは禁止。それでも警察バッジを翳して上
陸した主人公は、島に漂う怪しげな雰囲気の中、元婚約者に
会う。そして彼女からは自分以外の島民の言葉を信じてはい
けないと忠告される。
こうして捜査を始めた主人公だったが、島民たちは娘などい
なかったと主張するばかり、ところがその主張に綻びが見え
始め、さらに島では生け贄の儀式が準備されていることが判
明する。果たして娘の安否は…
オリジナルの脚本は、これも現在リメイク中の『探偵<スル
ース>』で1971年のトニー賞を受賞したアンソニー・シェー
ファー。
『スルース』のオリジナルは1972年の製作。シェーファーは
その後にアガサ・クリスティの映画化を手掛けるなど、人気
脚本家と言われる存在だった。因にオリジナルのDVDは、
現在は“Anthony Shaffer's The Wicker Man”と題されて売
られているそうだ。
そんな人気脚本家のちょっと毛色の変った作品というところ
だが、オリジナルは、いわゆるカルト宗教を描いた先駆的な
作品としても注目を浴びたもので、その作品がカルト宗教が
横行する今の時代にリメイクされるというのも、それなりに
意味のあることなのだろう。
そしてそのリメイクは、主演のニコラス・ケイジが自ら主宰
するサターン・フィルムで製作したもので、脚本監督には、
『ベティ・サイズモア』などの鬼才ニール・ラビュートが起
用され、特に、脚本の現代化は巧みに行われたものだ。
いろいろとショッキングなシーンやシュールレアルなシーン
なども挿入されていて、その意味ではホラーの味わいも堪能
できるが、いずれにしても、マニアにはアピールする感じの
作りになっている。
エレン・バーンスティン、ケイト・ビーハン、モリー・パー
カー、リリー・ソビエスキーといった共演者の顔ぶれも、観
るとマニアにはなるほどと思わせるところだろう。

『遠くの空に消えた』
『世界の中心で、愛をさけぶ』『北の零年』『春の雪』の行
定勲監督が、『義経』の神木隆之介、『SAYURI』の大
後寿々花、『鉄人28号』のささの友間という人気子役3人を
主演に起用して、7年越しで温めてきたオリジナル脚本を映
画化した作品。
ちょっと昔のお話。空港建設に揺れる農村を舞台に、東京か
ら現地建設事務所の所長として赴任してきた役人の父子家庭
の息子と、地元の母子家庭の少年、それに父親がUFOに連
れ去られたと言い張る少女の交流が描かれる。
「最後の夏休み、史上最大のいたずらを!」というキャッチ
コピーと、人気子役の共演。これで「文部省特選」のような
ノスタルジックな「児童劇映画」を期待していると、そうで
ないことはすぐに判明する。
物語はいきなり神木とささのの立ちションという、PTAが
観たら眉をひそめそうな描写から始まってしまうのだ。
それから後も、西部劇のサロンを思わせるようなバー(ただ
しホステスはロシア人)や、画面の端から端まで続く建設反
対派の砦など、ちょっと尋常でない風景が次々に登場してく
る。さらに、人工の羽根で空を渡ってくるチャン・チェン扮
する男など…
とにかくこの映画は変だ、と思い始めた辺りで、この映画は
その「変」を楽しむ作品だということにも気付かされる。そ
して、その変な映画をもっと変にするために、小日向文世、
伊東歩、長塚圭史、石橋蓮司、大竹しのぶ、三浦友和らが奮
闘している。
でもここまで書いて気が付くのは、結局変なのは大人たちだ
けであって、子供たちはそんな大人の「変」を後目に常に純
粋さを持って物事に対処して行く。その子供の純粋さが、中
心となる3人を始め、多くの子供たちによって見事に描かれ
た作品でもある。
大人たちの「変」を観ているときには、黒澤明監督の『どで
すかでん』が思い浮かんだ。どちらも大人の世界を戯画化し
て描いたものだが、日本映画にありがちな不自然さは押さえ
られ、自然な演技の中での戯画化には、本作も成功している
と思えた。
そこに子供たちの自然な描写が融合されたもので、このかな
りトリッキーな構成を本作は実現している。そこでは子供た
ちの演技を野外シーンに置き、大人の演技を室内シーンとす
ることでもメリハリをつけているが、バランスを崩さずに実
現した演出は見事だ。
物語はファンタシーであり、メルヘンだ。そこには現実の厳
しさも見え隠れするが、子供たちの純粋さによってそれは緩
和される。大人に子供の純粋さを再確認させる、そんな作品
に思えた。


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井口健二