井口健二のOn the Production
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2007年05月31日(木) 卒業写真、ラッキー・ユー、恋愛マニュアル、デス・オブ・ア・ダイナスティ、陸に上がった軍艦、サイドカーに犬、オフサイド・ガールズ

『Watch with Me〜卒業写真〜』
報道写真家だった男性が病で余命半年と宣告され、妻に付き
添われて故郷で終末医療を行う病院(ホスピス)に転院して
くる。その病室には同窓生などの見舞客が次々に訪れる。そ
こで彼は、町の人々を撮影して最後の写真集を作ろうと考え
る。そして妻の協力のもと撮影は続けられるが…そこには彼
の青春の思い出が潜んでいた。
題名は聖書のマタイ伝の言葉で、近代ホスピスの理念を表わ
してるものだそうだ。実は事前に、そんな言葉を題名にした
終末医療の映画と聞いていたので、もっと高邁な話かと想像
していたのだが、映画はちょっとした青春ドラマを織り込ん
で、夫が死に直面している夫婦の、最後の葛藤を描いたヒュ
ーマンな作品だった。
時間の流れを前後させて、その中に謎を潜ませるという構成
は、最近の流行りのスタイルのようにも見えるが、その中で
は比較的成功している作品のようにも思えた。
そして結局は、病人の夫には、本人にその考えがなくても甘
えがあるのだろうし、その甘えに対して妻がどう向き合って
行くか、そんな夫婦の姿があまり感傷的にならずに、程よく
描かれていた。
まあ、この夫婦には子供がいないという設定だから、その部
分で話は重くならずに済んでいるし、観客にとっては落ち着
いて観られる話に仕上がっている。ただしその分、終末医療
の扱いは多少軽くなってしまったかなという感じはしたが、
元々監督が描こうとしたのは夫婦の問題であって、そこでは
なかったようだ。
それに物語では、実は妻の側にも多少の秘密があって、また
彼女は地元の人間ではないという立場もあり、その妻の立場
が微妙に退いた目線でドラマを描くことにもなっている。こ
の状況は実際に起こり得るものだし、その辺りの描き方にも
共感が持てた。
出演は、津田寛治、羽田美智子。他に秋本奈緒美、根岸季衣
らが共演。また、思い出のシーンで中野大地と高木古都とい
う新人が出演しているが、中学生という設定は多少きついも
のの、それぞれ良い感じだった。
実は、この高木の演じる役柄もよそ者という設定で、その設
定が羽田の演じる妻の設定と重なるのもうまい構成に感じら
れ、全体的に納得に行く作品だった。

『ラッキー・ユー』“Lucky You”
ドリュー・バリモアとエリック・バナ共演で、『L.A.コン
フィデンシャル』のカーティス・ハンソン監督が、2003年に
ラスヴェガスで開催されたポーカー・ワールドシリーズに賭
けるギャンブラーたちを描いた作品。
主人公は、多少強引な勝負を続けるポーカープレイヤー。そ
の勝負の仕方は、時に大金も稼ぐが、一瞬で手持ち資金が0
になることも多い。そんな男が、クラブ歌手を夢見てやって
きた女と巡り会う。
彼女は、何度恋をしても最後は自分が傷ついて終わるような
女性。しかし今度の恋には違うものを感じていた。そして、
周囲からは女癖の悪いと忠告されるギャンブラーに付いて行
くことになる。
折しもラスヴェガスでは、ポーカー・ワールドシリーズの開
催が近づいており、1万ドルの参加費を集めるためポーカー
プレイヤーたちの動きも激しくなって行く。そしてそこに、
主人公にポーカーを教えた父親で、今は南フランスで優雅に
暮らしていた伝説のプレイヤーが帰ってくる。その父親と主
人公の間には確執もあった。
ポーカー・ワールドシリーズは、個人競技では最高額の賞金
が贈られるということでも関心が高いようだが、特に2003年
の大会は、テレビ中継用に初めて手札カメラが導入されるな
ど、爆発的にポーカーファンが増加する切っ掛けとなった大
会だそうだ。
その大会を背景に、人を疑うことと騙すことが本性のギャン
ブラーの男と、いくら騙されても真心で一途に男を思い続け
る女の巡り会いが描かれる。
といってもハンソン監督は、やはり男性映画の監督という感
じで、次々にいろんな局面で登場する勝負のシーンの描き方
が見事に感じられた。中でもロバート・デュヴォールが演じ
る父親との勝負のシーンは、勝負のすすめ方の解説も絡めて
良くできていた。
ポーカーの手札の読み合いには推理力も関ってくるし、そこ
に直感力と運も絡んで、単なるギャンブル以上の面白さがあ
るもののようだが、この映画はその面白さも充分に伝える作
品になっていた。
因に、大会のシーンでファイナルテーブルを囲むプレーヤー
は、俳優3人以外はすべて本物のプロたちだそうで、そのチ
ップ捌きやカードの扱い方を見るのも面白かった。
なお共演者で、『アメリカン・グラフィティ』のチャールズ
・マーティン・スミスが久し振りにスクリーンに登場してい
た。またバリモアは、『ラブソングができるまで』に続いて
歌声を披露している。
それからこの作品では、エンディングロールの後にも物語が
続くから、慌てて席を立たないで貰いたい。

『イタリア的、恋愛マニュアル』“Manuale d'amore”
世界的なベストセラー「恋愛マニュアル」のイタリア語版が
発行される…という設定で描かれたイタリア映画。そのマニ
ュアルに沿った4つの物語が順番に登場し、年齢や境遇も異
なる主人公たちが、それぞれの恋愛ドラマを繰り広げる。
1話目は、何をやってもうまく行かない若者がふと町で出会
った女性にアタックを仕掛ける。2話目は、倦怠期に差し掛
かった夫婦が危機を乗り越えようとする。3話目は、信じて
いた夫に裏切られた婦人警官がそれでも夫を信じられるかと
いう物語。そして4話目は、妻に裏切られた初老の男性が新
たな恋に向かうまでが描かれる。
原題に「イタリア的」という言葉は付いていないが、映画を
観ていて感じるのは、イタリア人の恋愛に掛ける情熱のすご
さだ。設定は世界的なベストセラーということになっている
が、イタリア人以外にこのエネルギーは有り得ないのではな
いかとさえ思えた。
また、各エピソードではテーマに沿った格言のようなものが
紹介されて、それがマニュアルという題名の所以でもあるの
だが、果たしてこれが日本人にとってマニュアルとして役に
立つものかどうか…。でも映画は、物語として観るだけで充
分に楽しめる作品だった。
それに、それぞれの物語がそれなりのハッピーエンドなのも
嬉しいところで、さらにそれぞれの物語が巧みに連携されて
いて、しかも最後にそれが輪になる構成も、ちょっと洒落て
いて面白く感じられた。
出演者では、第1話に、ウィル・スミス主演の『幸せのちか
ら』を手掛けたガブリエーレ・ムッチーノ監督の弟で脚本家
でもあるシルヴィオが主演、彼がアタックする女性役には、
2005年に紹介した『輝ける青春』で鍵となる役を演じていた
ジャスミン・トリンカが登場していた。
因に本作は2005年の作品で、2006年にも同じジョヴァンニ・
ヴェロネージ脚本監督による『恋愛マニュアル2』が作られ
たようだ。昨年は韓国製の『サッド・ムービー』があって、
お涙頂戴の作品は日本人には受けが良かったようだが、映画
はやはりハッピーエンドの方が良い。

『デス・オブ・ア・ダイナスティ』“Death of a Dynasty”
Hip-Hopの帝国とも呼ばれる実在のレコード会社ロッカフェ
ラを舞台に、その実体を探るべく潜入した雑誌記者が体験す
る業界の裏側を描いた作品。
ロッカフェラの創設者デイモン・ダッシュが監督した作品だ
が、映画に登場するダッシュやアーチストのジェイ・Zはス
タンダップ・コメディアンが演じており、一方で、実在のア
ーチストも数多くカメオ出演するなど、現実と虚構が入り混
じった作品になっている。
なお配給会社はモキュメンタリーとして売りたいようだが、
2003年に紹介した『みんなのうた』などのクリストファー・
ゲストやユージン・レヴィが提唱するmocumentaryは、もっ
とdocumentaryの手法を取り入れたもので、まずカメラの存
在が明確にされる。
それに比べると、この作品はドラマの要素が強くて、モキュ
メンタリーとするのはちょっと違うかなという感じがした。
まあ記者という設定の登場人物がいるからドキュメンタリー
手法のシーンもありはするが、全体にそれが徹底されている
ものではない。
それにこの作品では、全体が一種のフェイクになっていて、
それも含めてモキュメンタリーになっていたら見事な感じも
するが、物語的にそれが難しかった部分もありそうだ。
自分自身をコメディアンに演じさせるという点では、一種の
セルフパロディかなという感じもするし、実際に映画の中で
は実生活のパロディになっていると思われるシーンも数多く
登場している。
つまり本作はHip-Hop業界の裏側をパロディ化したもので、
その意味での興味も引かれるし、それだけで充分に面白い作
品になっている。それにいろいろなアーチストの本人が登場
するのは、ファンの人には堪らないところだろう。
また本作は、デヴォン青木のデビュー作としても宣伝される
予定だが、主人公たちに絡んで物語の鍵となる役で、役名も
あるそこそこのキャラクターを演じている。当時の彼女はま
だモデル業が中心の頃と思われるが、その後の活躍が予感で
きるものだった。
その他にも、ロバート・デニーロの義理の娘など、多彩な出
演者が出ているようだ。
因に映画では、最後にダッシュとジェイ・Z本人が登場して
仲の良いことを強調しているが、現在の2人は袂を分かって
しまったそうだ。

『陸に上がった軍艦』
94歳の映画監督新藤兼人が、自らの体験に基づいて軍隊生活
を描いた作品。
新藤は、原案、脚本の執筆と共に証言者として画面にも登場
し、その証言の間に、新藤脚本による再現ドラマが描かれる
構成となっている。監督は、新藤作品も手掛けるフリー助監
督の山本保博が担当した。
新藤が召集されたのは1944年3月28日。すでに脚本家として
松竹大船撮影所で仕事を始めていた新藤は当時32歳。戦争末
期になって30代の男子にも召集が掛けられるようになり、そ
の一員となってしまったものだ。
最初の任地は広島県の呉。そこで帝国海軍二等水兵となり、
その後、奈良天理、兵庫宝塚へと移動するが、その間に最初
100人いた同期兵はくじ引きで戦地へと送り出され、輸送船
の撃沈などの不運もあって、終戦まで生き延びたのは6人だ
けだったという。
しかし、内地に残って生き延びた彼らも、人を人と思わない
過酷な軍隊生活で、心身共にぼろぼろにされて行く。そんな
理不尽な軍隊生活が、再現ドラマではユーモアというより、
馬鹿々々しさを一杯に描かれて行くものだ。
実際、入隊したのは海軍であるから本来なら軍艦に乗るはず
なのだが、当時すでに彼らの乗る軍艦はなく、彼らに宛てら
れた任務は予科練での雑用。しかし兵舎を軍艦に見立てて、
「甲板磨き」などの無意味な作業が繰り返される。題名の由
来はここにあるものだ。
また、年若い上官による殴る蹴るの暴行は日常茶飯時で、敬
礼を忘れただけで公衆の面前で謝罪を繰り返しながら気を失
うまで殴られた者もいたという。
その一方で、本土決戦の準備として池に食用の鯉の稚魚を放
流(食べられるまでには4、5年掛かる)したり、その稚魚
の餌となる蠅を1000匹捕えたものには外泊が許されたりと、
とにかく阿呆らしい出来事が次々に紹介される。
極め付きは、靴を前後逆に履いて(理由は映画を観てのお楽
しみ)行う夜襲の訓練や、木製の戦車と木製の地雷(最後ま
で本物を見たことはなかったそうだ)を使った上陸部隊襲撃
などの戦術訓練で、これにはもはや司令部も本気ではなかっ
たと思えてくるものだ。
とにかく、命令一下の軍隊という組織の愚かしさが徹底して
描かれる。僕ら戦争を知らない世代は戦争映画を作戦や戦術
で見てしまうが、その戦争を行っているのは人間であって、
そこには人間特有の醜さが存在する。そういうことがよく判
る作品だった。

『サイドカーに犬』
一昨年に出品された『雪に願うこと』では、東京国際映画祭
史上初の4冠獲得を達成した根岸吉太郎監督による新作。
受賞作は骨太の力作と呼べる作品だったが、それに比べると
本作は、上映時間も1時間34分と少し短く、内容的にも少し
肩の力を抜いた作品と言えるかも知れない。しかし、その和
らいだ雰囲気が観客にも心地よく伝わって来る素敵な作品だ
った。
薫は、現在30歳の独身キャリアウーマン。でも少し人生に疲
れ始めた彼女の許に、離婚した両親のために別々に暮らして
きた弟が結婚式の案内状を持ってやってくる。その披露宴に
は両親も顔を揃えるという。
その話を聞いた薫は、ふと20年前の両親が離婚した夏を思い
出す。そこには、一夏を一緒に過ごしたヨーコさんの思い出
があった。
夏休みの初めに母親が家出し、父親だけではどうにもならな
くなった家にヨーコさんはドロップハンドルの自転車に乗っ
てやってきた。そして彼女は、まだ10歳の薫を対等に扱い、
自転車の乗り方も教えてくれた。
原作は、芥川賞受賞作家・長嶋有の同名の小説。1980年代を
背景に、当時のいろいろな風俗を織り込みながら、1人の少
女の成長を描いて行く。
ヨーコさんを演じるのは、映画出演は久々の竹内結子。いろ
いろスキャンダルの最中で、その方面の注目も浴びることに
なってしまいそうだが、本作では人間の強さ弱さが交錯する
役柄を丁寧に演じて、好感が持てた。
そして、10歳の薫を演じるのは、1998年生まれの松本花奈。
まだ映画出演2作目ということだが、多感な少女が徐々に成
長して行く姿を見事に演じていた。撮影は、去年の夏と思わ
れるが、8歳でこの演技力はすごいものだ。
この他、古田新太、鈴木砂羽、山本浩司、ミムラ、トミーズ
雅、椎名桔平、温水洋一、樹木希林、寺田農らが共演。
山口百恵やRCサクセションの歌が聞こえたり、パックマン
が登場したり、1980年代はまずまず再現されていたように思
える。それから、缶コーラの飲み口がプルトップで、取った
口金を小指に引っ掛けて飲むシーンがあったが、まだそんな
時代だったのかな?
なおこの作品も、エンディングロールの後にワンショットあ
るから、慌てて席を立たないで貰いたい。

『オフサイド・ガールズ』(イラン映画)
2005年6月8日、イランの首都テヘランにあるアサディ・ス
タジアムでは、2006年のW杯ドイツ大会に向けたアジア最終
予選イラン対バーレーンの試合が行われようとしていた。こ
の試合は、イランが勝つか引き分ければ2度目の出場が決ま
る大事な試合だった。
そのスタジアムに向かうサポーターで満載のバスは、勝利を
信じる人々の歓声に溢れている。しかし、そのバスに人目を
避けるように乗車している人物もいた。黒い帽子を目深に被
ったその体つきは、何となくふくよかだ。
イスラム原理主義を社会の規範とするイランでは、女性によ
る男性スポーツの観戦が許されていないのだそうだ。しかし
生涯に一度あるかないかの大試合。どうしてもそれを観戦し
たい少女たちの奮闘が始まる。だがそれは、最悪死刑もあり
得る大冒険だった。
監督のジャファル・パナヒは、過去にデビュー作の『白い風
船』がカンヌで新人賞、『チャドルと生きる』がベネチアで
グランプリを受賞した名匠。そして本作は、ベルリンで審査
員特別賞を受賞し、3大映画祭制覇を達成した作品だ。
女性のスポーツ観戦を禁止することに関して、政府側には、
「場内で男性が発する汚い言葉が教育上よろしくないから、
それを女性に聞かせる訳には行かない」という大義名分があ
るようだ。
確かに、自分も競技場では人格が変わると言われている方だ
から、それもあり得るかなとも思えるが、でもどうせ本人た
ちも大声で声援を挙げていれば、周りの声など聞こえないの
も事実と言えるところだ。
なお、本作の撮影は、実際にイラン対バーレーンの試合が行
われているスタジアムの内外で行われており、かなりドキュ
メンタリーな要素もあって、面白い構成になっている。
実は、撮影の許可はすぐに下りたが、当然女性が中に入るこ
とは禁止。ところがその事実がマスコミに流れて、軍隊から
フィルム提出の命令も出たそうだ。そんな困難を乗り越えて
完成された作品ということだ。
それにしても、あの手この手の少女たちの侵入作戦も、機智
に富んだものや演技力抜群のものもあって、実際、当日の場
内にはかなりの数の女性がいたと言われている。そんな少女
たちの姿が、映画ではユーモラスにも描かれている。
もちろん日本とは文化の違う世界の話だが、物語のテーマと
して描かれる彼女たちの姿は共感を呼ぶ。実際この試合はイ
ランが1−0で勝つものだが、その瞬間の喜びあう姿には、
思わず目頭が熱くなった。


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井口健二