井口健二のOn the Production
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2007年05月20日(日) インランド・エンパイア、レミーのおいしいレストラン(特)、屋根裏の散歩者/人間椅子、ゴースト・ハウス、消えた天使

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『インランド・エンパイア』“Inland Empire”
2001年『マルホランド・ドライブ』以来となるデイヴィッド
・リンチ監督の新作。上映時間3時間の作品。
再起を狙う女優が、ポーランド映画のハリウッドリメイクで
主演の座を獲得する。しかしそのポーランド映画はある事情
で未完に終ったもの。そしてその状況をなぞるかのように、
彼女を取り巻く現実と虚構の世界が乱されて行く。
そんな彼女の状況と、オリジナルのポーランド映画、さらに
兎人間が登場するテレビ番組や、それを見続ける女性の姿な
どが交錯し、謎に満ちたリンチワールドが展開して行く。
物語はあってないようなもので、それぞれのシーンの脈絡も
付いているのかいないのか…しかし描かれているのは、間違
いなく『ツイン・ピークス』なども髣髴とさせるリンチの世
界で、アメリカでリピーターが続出したという情報も頷ける
作品だ。
多分、描かれているのはリンチの内的世界なのだろうし、そ
れを他人がとやかく言えるようなものではない。ただ、その
世界に浸ってそれを楽しめればそれで良いとも言えそうだ。
少なくとも僕は、それでこの作品を楽しむことができた。
それに、「この監督は何時までも初心を忘れていないなあ」
という感じで、それが嬉しくもなる作品だった。
主演は、共同プロデュースも兼ねるローラ・ダーン。その脇
を、ジャスティン・セロー、ジェレミー・アイアンズ、ハリ
ー・ディーン・スタントン、ウィリアム・H・メイシー、ジ
ュリア・オーモンド、メアリー・スティンバーゲン、ダイア
ン・ラッドらが固める。
さらに兎人間のエピソードでは、ナオミ・ワッツが声の出演
をしている。
また、映画の後半でたどたどしい英語を話す東洋人の女性が
登場し、どこかで観たなあと思ってクレジットを注目してい
たら、俳優名はNae、これが裕木奈江なのだそうだ。
考えてみたら、彼女は『硫黄島からの手紙』にも出演してい
たし、リンチの後にイーストウッドとは、良いキャリアを積
んでいる感じだ。この後には、アメリカで暮らす東洋人の一
家を描いた作品も予定されているようなので、頑張ってほし
いとも思った。
それから試写会では、リンチのプロデュースというコーヒー
が振舞われた。僕はコーヒーは詳しくはないが、後口の良い
飲みやすいブレンドで、しかも映画の中でもコーヒーの振舞
われるシーンがあり、同じコーヒーなのかと思うとちょっと
嬉しくもなった。コーヒーの宣伝ということなら、ぜひとも
このサーヴィスは映画館でも行って欲しいものだ。
3時間の上映時間は確かに長いし、さらにリンチの映画はど
こに何が隠されているか判らないから、観ている間は緊張の
し通しとなる。でもそれがリンチファンには堪らない訳で、
そういうファンには最高の贈りものと言える作品だ。

『レミーのおいしいレストラン』(特別映像)
ディズニー=ピクサーの新作で、アメリカは6月23日、日本
では7月28日の封切りになる作品の、最初から51分までがお
披露目された。
シェフを夢見るネズミが、パリの一流レストランの厨房に入
り込み、料理のできない見習い料理人を助けるというお話。
実はそのレストランには陰謀が渦巻いており、ネズミが助け
る見習い料理人もその渦中にあるようだ。
ネズミは人間の言葉を理解できるが、人間にネズミの声はた
だキーキーと聞こえるだけ、そんな設定をうまく活かして、
さらにレストランの先代シェフのゴーストなども絡んで、物
語が展開して行く。
と言っても、観たのはまだ前半だけなのだが、そこからの展
開にも大いに期待を抱かせるものだった。それにピクサー作
品は、過去の例を見ても期待が裏切られたことはないから、
これは全編の上映される日が楽しみというところだ。
実は、昨年10月に紹介した『マウスタウン』の興行が多少期
待に添わない成績に終って、同じくネズミの登場する本作が
危惧されたところだが、キャラクターの創り過ぎで話にまと
まりがなかったアアドマン作品に比べると、本作は途中まで
は物語に芯が通っている感じがした。
やはりアニメーションには、こういう判り易さが肝心のよう
な気もする。もちろんそこからの捻りが話を面白くする訳だ
が、それが後半どうなって行くか、楽しみなところだ。
なお、ディズニーの作品では、5月25日に“Pirates of the
Caribbean: At World's End”の公開があるが、この作品で
はマスコミ試写会が行われないことになった。従ってこのサ
イトでは扱わないことになる。悪しからず。

『屋根裏の散歩者』『人間椅子』
江戸川乱歩が共に1925年に発表した短編2作品の映画化。
なお試写会は一緒に行われたものだが、公開は1本ずつ独立
に行われるようだ。
僕は多分、両作品とも原作は読んでいないと思うので、ここ
では原作との比較はできないが、雰囲気などはそこそこおど
ろおどろしい感じだし、エロティックな部分もあるし、舞台
は現代の設定だが、妙な現代化はしていないから、その点は
違和感なく楽しめた。
監督は、『屋根裏の散歩者』が昨年11月に『スキトモ』を紹
介している三原光尋。『人間椅子』は短編作品で海外での受
賞歴を持つ佐藤圭作の長編第1作。それぞれ俊英の作品とい
う感じのものだ。
それに俳優も、『屋根裏の散歩者』は嘉門洋子、窪塚俊介、
『人間椅子』には宮地真緒、小沢真珠といった面々で、それ
ぞれがまずまず気合いの入った演技をしてくれている。特に
嘉門は体当たりの演技で頑張っている。その意味では合格点
の作品と言えるだろう。
でも、観ていて何かが物足りないのだな。つまり観ていて、
「おおこれは…」と思わせるようなものがない。元々レイト
ショウで上映されるような扱いの作品だから、製作費などが
潤沢でないことは想像できるが、それはお金だけの問題では
ないような気がする。
何か工夫で、「これはやってくれたな…」と感じさせてくれ
るようなもの、そんなものが欲しい感じがしたところだ。実
は、映像的には多少テクニックを使っているような部分もあ
るのだが、それも、「これは…」というほどの効果になって
いない。
そういう何かが描けてないというか、あったとしてもアピー
ルできていないから、全体的に印象が平板で、物足りなく感
じさせてしまうのだろう。でも、そういうものが描けたとき
には、観る側を納得させて満足させることのできる余地は充
分にあるように思えた。
まあ正直に言って、何か一発コケ脅かしがあるだけでも良い
ような感じもしたが…
それから『屋根裏の散歩者』では、人里はなれたという設定
なのに、背景にさほど遠くなさそうな別の家が写っていたり
して、興ざめになる部分もあった。こういうところは気をつ
けてほしいものだ。


『ゴースト・ハウス』“The Messengers”
『スパイダーマン』シリーズのサム・ライミ監督が主宰する
映画プロダクション=ゴースト・ハウスピクチャーズの製作
で、『the EYE』のダニー&オキサイド・パン兄弟が、ハリ
ウッド監督デビューを飾った作品。
ノースダコタの広野に建つ人里離れた農場。廃屋だったその
農場を買って、シカゴから来た一家が住み始める。その一家
は、両親と10代の娘と幼い息子の4人家族。息子は何故か口
が利けず、娘と母親の関係はうまく行っていないようだ。
父親はその農場でヒマワリの栽培を行おうとしている。とこ
ろがその種を狙うカラスが集まってくる。そして、そのカラ
スを手際よく追い払ってくれた男が、納屋に住み込むことに
なるが…その農場を襲う災厄はカラスだけではなかった。
家庭内の不和を解決するために都会を離れて、静かな農場に
移住した一家。しかし、そのコミュニケーションの無さが一
家を危機に追いやって行く。この話の展開が、もちろん話の
中心は超常現象にあるのだけれど、人間の話も丁寧に作られ
ていて納得できた。
原案はトッド・ファーマー、脚本はマーク・ウィートンとク
レジットされている。因に、ファーマーは『13日の金曜日』
などの脚本家。またウィートンは、映画雑誌の「SFX」や
「ファンゴリア」などのライターから転身した脚本家だそう
だ。
とは言え、この作品を作り上げたのは、やはりパン兄弟だろ
う。何しろ『the EYE』でも見せた見事な恐怖演出を、これ
でもかとばかりに打ち出してくる。
『リング』などの中田秀夫監督は、要所で極限の恐怖演出を
繰り出すが、パン兄弟は一度恐怖演出を始めると止め途がな
くなる。その恐怖演出のつるべ打ちが、久しぶりにホラーを
堪能させてくれる感じだった。
主演は、2002年の『パニック・ルーム』でジョディ・フォス
ターの娘役を演じていたクリスティン・スチュワート。彼女
は他に05年の『ザスーラ』にも出ている。共演は、ディラン
・マクダーモット、ペネロピー・アン・ミラー、ジョン・コ
ーベット。
幼い子供が部屋の一点を凝視する。その無気味さは実生活で
もよく体験する。そんな実体験に基づく恐怖を描くことに抜
群の才能を発揮するパン兄弟。本作は、そんなパン兄弟の特
質がハリウッドでも存分に活かされたと言える作品だ。

『消えた天使』“The Flock”
香港映画のアンドリュー・ラウ監督によるアメリカ進出第1
作。リチャード・ギア、クレア・デインズの共演で、アメリ
カの性犯罪者登録制度をテーマにした社会派ドラマ。
性犯罪は再犯率が極めて高いとされ、犯罪者の移動などの報
告を義務づける登録制度は、日本でも導入が取り沙汰されて
いるようだ。しかしこの映画は、制度の有効性を描くのでは
なく、むしろその問題点が指摘されているような作品だ。
現在アメリカで、この制度により登録されている人数は50万
人以上。これにより、監察官1人当りの担当する登録者の数
は1000人にも上るという。そしてその監察を、監察官という
人間が行っている以上、その弊害は数多くありそうだ。
ギアが演じるのは、退職を間近にした監察官バベッジ。彼は
独自の方法で登録者の監察に当っているが、そのやり方は時
に行き過ぎであり、同僚からも冷たい目で見られ、実は退職
勧告も、行き過ぎを訴える登録者の声が原因だった。
そんなバベッジが、後任となるデインズ扮する女性監察官ラ
ウリーの教育を命じられる。このためラウリーは、バベッジ
に同行することになるが、ラウリーはバベッジのやり方に反
発しながらも、彼の実力は認めざるを得なくなって行く。
そんなとき若い女性の誘拐事件が発生する。犯人からの連絡
もなく、家出の可能性も考えられたが、バベッジは自分の担
当する登録者の中に犯人がいると確信する。しかし、警察に
も同僚にも賛同を得られず、ラウリーとバベッジは独自に捜
査を開始するが…
映画はその捜査の状況を描いて行くが、そこにはバベッジ自
身の葛藤も織り込まれ、見事なドラマが展開される。そして
それを演じているのがリチャード・ギアであることが、いろ
いろな意味でドラマに深みを与えている感じがした。
それにしても、筆者は自分がギアと同い年であるから余計に
感じてしまうのかも知れないが、ここに描かれる主人公の姿
はやたらリアルで、ちょっと衝撃を受けた。
ラウ監督は、『インファナル・アフェア』から『頭文字D』
まで、いろいろなタイプの作品を描き出す人だが、この作品
は見事にアメリカ映画になっており、そうと知らされていな
ければ、普通にアメリカ映画として認識してしまうような出
来栄えだ。
それでも、主人公の内面への掘り下げなどは、言葉のコミュ
ニケーションが存分とは思えない状況で、よくぞここまで演
出したと思う位のもので、そこにはギアの理解もあったのだ
ろうが、それは見事な出来だったと言える。
他の出演者は、『アナコンダ2』のケイティ・ストリックラ
ンド、『ツイン・ピークス』でローラの父を演じたレイ・ワ
イズ、人気歌手のアヴリル・ラヴィーン。さらに、ラッセル
・サムズ、マット・シュルツ、クリスティーナ・シスコらが
出演している。
なお映画の中で、ギアが写真を示してpornoと言うシーンが
ある。字幕も単純にポルノと訳しているが、英語でpornoと
いうと雑誌や映画などの媒体を指すことが多い。つまりここ
では、写真がポルノ雑誌からの複写だという意味の発言で、
これを単純にポルノとすると、誤解を招くというか、意味が
不明になっている感じがした。


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井口健二