井口健二のOn the Production
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2007年04月30日(月) 夕凪の街桜の国、明るい瞳、パンズ・ラビリンス、アーサーとミニモイの不思議な国、JUST FOR KICKS、リーピング、天然コケッコー

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『夕凪の街 桜の国』
こうの史代が第9回手塚治虫文化賞新生賞を受賞したマンガ
作品の映画化。原作は2003年と2004年に雑誌掲載後、ほぼ同
量を書き下ろしで出版されているが、昨年9月には第17刷が
出るほどのロングセラーになっているものだ。
原作の物語は、昭和30年の広島を描いた「夕凪の街」と、平
成16年を背景にした「桜の国」の2部構成になっている。そ
して「夕凪の街」では、昭和20年の原爆投下から10年を経て
も苦しみの消えない被爆者の姿を描いたものだ。
実は、昨年9月19日にこの作品の記者会見があって、その時
に一部映像をテレビモニターで見せてもらっていたが、その
時は一緒に渡された原作の複雑な構成をどのように映画化し
たか見極める必要があると思い、紹介を控えてしまった。
しかしそれは全く杞憂だったようだ。昨年『出口のない海』
という立派な反戦映画を作り上げた佐々部清監督は、今回は
戦争が一般市民にもたらす悲劇を淡々と、心にしみ入るよう
に作り上げている。
物語のテーマとなる原爆症によって年月を経てから死亡する
人々の話は、実は僕の子供の頃には、テレビやマンガなどで
もよく見かけたものだ。
今まで普通に元気に暮らしていた人が、ある日、突然首筋に
斑点が出て、血を吐いて死んでしまう。それを救うための祈
りを込めて千羽鶴を折り続けるといった話は、1960年代頃ま
ではたくさんあったような気がする。それがいつのまにか消
えてしまった。
もちろん、核武装を平然と唱えるような連中が政権を握って
いる国家だから、非核に繋がる物語は、だんだん一般の人の
目の届かないところに追いやられてしまっているだろうが、
そんな中で、自分でも忘れかけていたこのような話を思い出
させてくれたことには、本当に嬉しい思いがした。
そして、今でも密かに差別が行われているという、思いもし
なかった現実を教えてくれたことにも、感謝したい気持ちで
一杯になる。第2次世界大戦がもたらした悲劇は、まだ終っ
てはいないのだ。
出演は、田中麗奈、麻生久美子、藤村志保、堺正章。他に吉
沢悠、中越典子、井崎充則、金井勇太らが共演。また映像で
は、昭和30年代の「原爆スラム」などが、見事なVFXで再
現されている。
なお、本作を製作したのはアートポート。洋画配給なども手
掛けるインディペンデントの映画会社だが、実は大手ではこ
の企画は通らなかったのだそうだ。ここはぜひとも本作を大
ヒットさせて、拒否した連中を見返してもらいたいものだ。

『明るい瞳』“Les Yeux Clairs”
少し精神を病んでいるかも知れない女性が、一緒に暮らして
いた兄一家の許を飛び出し、新たな世界を見いだして行く姿
を描いたフランス映画。2005年製作。同年のベルリン映画祭
フォーラム部門で上映、本国ではジェローム・ボネル監督が
新人賞に相当するジャン・ヴィゴ賞に輝いている。
ファニーは時々奇妙な言動に走る。そんな彼女を兄のガブリ
エルは優しく見守ろうとするが、兄嫁のセシルには疎ましい
だけの存在だ。そして表面は優しく、裏では意地悪なセシル
の対応に、ついにファニーは家出を決意する。
目的地はドイツの小さな村、そこには彼女が葬儀に参列出来
なかった父が埋葬されている。そしてその目的地に向かう道
中で、彼女はいろいろな人と出会い、その交流の中で自分自
身を見つけ出して行く。
本作は2005年のフランス映画祭でも上映されており、その際
のコスタ=ガブラス訪日団長の解説では、「彼女は病気かも
知れない、しかしそれは重要なことではない」と語っている
そうだ。確かにファニーの行動はちょっと変だが、そのこと
は物語のテーマではない。
物語は、人との出会いの中で、自分自身がどういう人間であ
るか見出して行くファニーの姿を描いている。これは多分、
現代人の多くが自己を見失って暮らしている中で、最も大切
なものが何かを描いた作品とも言えるものだ。
ドイツの森林地帯が美しく描かれ、ここでなら誰でも変われ
そうな雰囲気も漂う。そんな現代人のオアシスのような作品
でもある。
主人公のファニーとその兄ガブリエルを演じるのは、3月に
紹介した諏訪敦彦監督の『不完全なふたり』にも出演してい
たナタリー・ブトゥフとマルク・チティ。また、ドイツの森
の住人オスカーを、2004年11月紹介の『戦争のはじめかた』
に出演のランス・ルドルフが演じている。
なお、監督はチャールズ・チャップリンの大ファンなのだそ
うで、映画には数々のオマージュも描かれているものだ。

『パンズ・ラビリンス』“El Laberinto del fauno”
『ブレイド2』などのギレルモ・デル=トロ監督によるダー
ク・ファンタシー。本作は今年のアカデミー賞で、撮影、美
術、メイクアップの3部門で受賞した他、脚本、作曲、外国
語映画部門にもノミネートされた。
遠い昔、地下にあった王国の姫が地上に憧れ、従者の目を盗
んで王国を脱出する。ところが、地上に着いた姫は記憶を失
い、王国に戻れないまま生涯を終えてしまう。しかしその姫
の心は少しずつ子供たちに引き継がれていった。
一方、地下の王国もいつの日か姫の心を持った子供が帰って
くることを信じ、世界中にその入り口を設けて待ち続けた。
だが、長い年月の内にその入り口も一つずつ朽ち果て、王国
もその力を失って行く。
そして、時代は第2次大戦末期の1944年。ノルマンディ上陸
作戦が開始され、スペインではフランコ政権の圧制に反対す
るゲリラ戦が続いていた。そのゲリラ掃討のため山中に設営
された駐屯地。そのそばで、最後の入り口がいま正に朽ち果
てようとしていた。
その駐屯地に1人の少女が向かっていた。そこでは、義父の
残忍な司令官の大尉が彼女の運命を変えようとしていた。そ
の運命に翻弄されながらも少女は王国の入り口となる迷宮を
見つける。だが、少女にはさらなる試練が待ち構えていた。
第2次大戦/フランコ政権と言われても、今の若い人には多
少判り難いかも知れない。でも、近代銃器がありながらどこ
か中世風の雰囲気というのは、ファンタシーゲームの世界感
にも似ていて、そんな感じで理解されればいいかなとも思っ
てしまうところだ。
目的に向かって試練を一つづつクリアして行く展開も、特に
ゲーム世代の人たちには理解しやすいものだろう。近い将来
にゲーム化される可能性もないとは言えない。その予習のた
めに観ておくのも良いかも知れない。
海外でも、おそらく日本でもダークファンタシーという括り
で宣伝されることになりそうだ。確かにダークな「死」も多
く表現される作品ではある。それに残虐な描写も少しは登場
する。しかし、全体は希望を描いたものであり、その達成が
見事な情感で描かれる。
出演は、主人公の少女役に1994年生れのイバナ・バケロ。監
督の構想では主人公はもっと幼い年代だったがオーディショ
ンに現れた彼女を見て、脚本を書き替えたのだそうだ。
その他、大尉役にはセザール賞受賞者のセルジ・ロペス、母
親役に2003年5月紹介の『ベアーズ・キス』に出演のアリア
ドナ・ヒル、主人公を助ける地元女性役に2002年6月紹介の
『天国の口、終りの楽園』で主人公たちを惑わす女性を演じ
たマリベル・ベルドゥ。
そしてパン(ファーン)役を、『ミミック』から『ヘルボー
イ』まで、デル=トロ監督作品には欠かせないダグ・ジョー
ンズが演じている。
本作は、スティーヴン・キングが昨年度の第1位に選出した
ということだが、それも大いに頷ける作品だ。

『アーサーとミニモイの不思議な国』
              “Arthur et les Minimoys”
リュック・ベッソンが2002年に発表した子供向けのファンタ
シー小説に基づき、自らの脚色監督で映画化した作品。
作品の成立の経緯は、先にパトリス・ガルシアという人の描
いたヴィジュアルコンセプトがあり、そこからベッソンが物
語を考えて小説として発表。さらにそれを元のヴィジュアル
に従って映画化したのが本作ということだ。しかもベッソン
は、2002年の小説の発表以来、この映画化に掛かり切りだっ
たという。
因に、ベッソンはこの作品を監督第10作とし、当初の予定で
は10本で監督業を引退するとしていたものだが、本作の作業
が一段落したときに思いついたアイデアで、昨年3月紹介の
『アンジェラ』を監督したので、本作は第11作となった。
本作発表後には、またぞろ引退を言い出しているようだが、
本作は本国フランスで650万人動員の大ヒットを記録してお
り、続編への期待も大きいようだ。
物語は、アメリカの片田舎で祖母と一緒に暮らす少年が主人
公。ある日、彼は屋根裏部屋で祖父のアルバムを見つける。
そこにはいろいろな発明のアイデア共に、アフリカでの生活
が綴られ、ミニモイという種族の王女の写真もあった。
ところが祖父は数年前に突然姿を消し、以来祖母と2人で必
死に頑張ってきたが、ついに地代の未払いで「3日以内に支
払わなければ立ち退き」を命じられてしまう。その時、祖母
は祖父が裏庭に埋めたという財宝のことを口にする。
そこで主人公は祖父が残したヒントを元に、その財宝を探し
出すことを決意するが…。それは彼をミニモイの国での大冒
険に誘うことになる。
この主人公を『チャーリーとチョコレート工場』のフレディ
・ハイモア、祖母役をミア・ファーロウが演じる実写シーン
と、主人公も含めてオールCGIで描かれたミニモイの国の
シーンが、要所々々で交互に登場するものだ。
物語全体は見事にファミリー・ピクチャーの作りで、大人の
目で見ていると、前半などは多少まだるっこしいところもあ
るが、対象年齢はかなり低めに設定されていると思われるの
で、それは仕方のないところだろう。
ただし、後半のアクションになると、さすがにベッソン監督
作品という感じで、スピード感もあり、大人にも充分に楽し
めるところとなる。その他、いろいろな発明品を応用したミ
ニモイの国の楽しさも満足できるものだ。
また、ミニモイの国の登場人物の声を、マドンナ、デイヴィ
ッド・ボウイ、スヌープ・ドッグ、ロバート・デ=ニーロ、
アレン・ホイスト、チャズ・パルミンテリらが担当し、特に
マドンナの若々しい声には感動した。
なお、今年1月15日のホームページで紹介したように、本作
は原作の2冊目までを映画化しているもので、原作はその後
に2冊の計4冊が発表されている。今後は残る2作の映画化
をベッソン自身が行うかどうか…というものだ。

『JUST FOR KICKS』“Just for Kicks.”
今では誰もが気軽に履いているスニーカー。そのスニーカー
が、若者文化のIconになるまでを描いたドキュメンタリー。
と言っても、スニーカーの機能の進化とか、スポーツとの関
り合いなどを描いたものではなく、正にカルチャーの側面で
描いたところがユニークな作品だ。
スニーカーは、元々ストリートのブレイクダンサーが、踊り
易いということで街で履き始めたようだが、一方、刑務所で
は安全のため靴紐を抜かれたスニーカーが用いられ、それが
出所後も愛用されたなど、いろいろな前史が語られる。
そしてブームは、1980年代前半、R&BグループのRUN−
DMCが、My adidasという曲を発表し、マジソンスクエア
ガーデンに2万人を集めたコンサートで、観客たちが履いて
いたadidasを振り上げて熱狂。それを招待されたadidas社の
広報担当者が目撃して、いままでは運動選手しか使わなかっ
たCMに彼らを採用したことが始まりとされる。
それにNikeなどが追随して行くことになるものだが、つまり
仕掛け人はミュージシャンの側だったということのようだ。
勿論そこにはエアジョーダンの存在も語られるが、全体的に
はR&Bやラップのアーチストたちの存在が大きかったと説
明される。
さらにドキュメンタリーは、コレクターの姿に迫り、ここで
もミュージシャンらを中心に如何にしてコレクションが進め
られて行ったかが語られる。これには対象物は違うが、自分
も昔、古書店通いをしていた頃を思い出して、微笑ましくも
感じられた。
なお、コレクターの中には、『クリムゾン・リバー』や『ゴ
シカ』などの監督で、俳優でもあるマチュー・カソヴィッツ
が登場して自分のコレクションについて語るシーンもあり、
映画ファンの興味も引くものだ。
因に本作は、日本ではMTVシアター第1回作品として公開
されるもので、今後もMTVの目線でいろいろなカルチャー
を見た作品が登場することになるようだ。自分としては一番
疎い方向の目線から作品が作られることになりそうで、いろ
いろ見させてくれることを楽しみにしたい。

『リーピング』“The Reaping”
オスカー主演賞を2度受賞しているヒラリー・スワンク主演
によるオカルトスリラー。
主人公は元女性神父だったが、ある出来事で夫と幼い娘を亡
くし、以来、無神論者となって世界中の神の奇跡と称される
ものの真相を暴いているという人物。そして彼女は、今まで
調べた「奇跡」の中で科学的に説明のつかなかったものはな
いと言い切る。
ところがある日、大学で教鞭を執る彼女の前に1人の男が現
れる。彼はヘイヴンという町で起きている禍について語り、
それが1人の少女のせいだと疑われていて、このままでは少
女が生命が危険だと告げる。
この事態に、主人公は急遽調査に向かうことになるが…そこ
では、川が血の色に染まり、いま正に旧約聖書の「出エジプ
ト記」に描かれた10の奇跡が始まろうとしていた。そしてそ
れは、彼女が遭遇する初めての科学的な説明のつかないもの
だった。
ジョール・シルヴァとロバート・ゼメキスが設立したダーク
・キャッスルの作品。1999年の『タタリ』以来、ホラー専門
で製作を続けてきた同社だが、実は最近ゼメキスが少し距離
を置くことになり、今後はシルヴァが全権を掌握することに
なったようだ。
とは言え同社の、VFXなどにもたっぷりと製作費を掛け、
質の高いホラー作品を製作するというコンセプトは、今後も
踏襲してもらいたいものだ。
そして本作では、実は巻頭で、恐らく後追いで合成されたと
思われるVFXがずれて慌てるシーンはあったが、1956年の
セシル・B・デミル監督『十戒』でも描かれた10の奇跡は、
現代のVFXで見事に再現されていた。
一応、キリスト教の聖書をモティーフにした物語だが、その
状況は映画の中で丁寧に説明されるので、別段キリスト教徒
でなくても鑑賞に支障はない。中には、聖書に書かれた「奇
跡」に対する科学的な論破などもあって、ここまでやっても
いいのかと、ちょっと心配にもなったものだ。
脚本は、先にダーク・キャッスル作品『蝋人形の館』も手掛
けたケイリー・W&チャド・ヘイズ、監督は『24』のファ
ーストシーズンなどを手掛けたスティーヴン・ホプキンス。
また、奇跡を起こすと言われる少女役には、『チャーリーと
チョコレート工場』でいつもガムを噛んでいたヴァイオレッ
ト役のアナソフィア・ロブが扮して、ガラリと違う役柄を見
事に演じて見せてくれる。

『天然コケッコー』
くらもちふさこ原作コミックスの映画化。
物語の舞台は、小中学校併設でも全校生徒が6人しかいない
田舎の分校。主人公は、そこで最年長の中学2年の女子。生
徒は他に、中1女子が2人と、主人公の弟の小6と、さらに
幼い女子が2人。その分校に、東京から中2の男子が転校し
てくる。
そんな都会の匂いをぷんぷんさせた同い年の男子を迎えた主
人公の思春期の心の葛藤が、明るい田園風景と、田舎の人間
関係を交えて、あるときはユーモラスにあるときは清々しく
ゆったりと描かれる。
僕は原作のことは何も知らないが、映画を見ていて、成程こ
の内容なら現代の女性には、ある種の憧れのような感じにな
るのかなあ、と思えた作品だ。取り立てて何か事件が起こる
訳でもないし、日常のことが、でも何か心に残るような物語
として描かれている。
脚本は、『ジョゼと虎と魚たち』『メゾン・ド・ヒミコ』の
渡辺あや。試写会の舞台挨拶で渡辺は、「原作を出来るだけ
変えずに映像化できるように脚色を心がけた」と説明してい
たが、そういう作品のようだ。
監督は、『リンダ・リンダ・リンダ』の山下敦弘。この監督
の作品を見るのは、多分4本目だと思うが、どの作品も田舎
の風景を気持ち良く描いている感じで、その雰囲気がこの作
品にもよく合っているというところだ。
だから、途中に挟まる東京のシーンが、主人公の疎外感のよ
うなものを一層際立たせているようにも感じられた。
主人公の右田そよ役は、1月紹介の『ケータイ刑事』シリー
ズにも主演していた夏帆。東京出身で小学生の時にスカウト
されて以来モデルを続けてきたという経歴だが、何故か島根
の田舎の風景にもピタリとはまっている感じで、島根弁での
ナレーションも良い感じだった。
他に夏川結衣、佐藤浩市が共演。また生徒役で、岡田将生、
柳英里沙、藤村聖子、森下翔梧、本間るい、宮澤砂耶が出演
している。
都会の殺伐とした現代生活を忘れて、しばし昔の自分に戻っ
てみる、そんな感じの作品かも知れない。


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井口健二