井口健二のOn the Production
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2007年04月20日(金) デブノーの森、エマニュエルの贈りもの、コマンダンテ、電脳コイル、初雪の恋、テレビばかり見てると馬鹿になる、スパイダーマン3

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『そして、デブノーの森へ』“le Plix du Desir”
邦題にあるデブノーの森というのは、ポーランドでユダヤ人
墓地のある場所のようだ。
また、映画の最初の方には、2人の火星人がアメリカで出会
って、お互いを4桁の数字で呼びあった後に、「俺たちユダ
ヤ人には見えないよな」と言うジョークも紹介される。ここ
で言われる4桁の数字は、アウシュヴィッツを連想させる。
このように作品の背景には、特にポーランドにおけるユダヤ
人の問題が色濃く存在しているようだ。しかし僕には、その
問題を正確に伝えられるだけの知識の持合せがない。まず、
そのことをお詫びしてから、映画の紹介をさせてもらう。
物語は、すでに何作もの世界的なベストセラーを発表しなが
ら、その素性を明かさない作家を主人公にしている。ここで
観客にはその素性が判っているものだ。
その作家が、出先から義理の息子の結婚式に向かうために乗
船したフェリーで若い女性と出会う。そして作家は、結婚式
には翌朝向かうと連絡し、その女性に誘われるままベッドを
共にしてしまう。ところが翌日訪れた結婚式で、彼女が花嫁
だったことを知る。
この事態に戸惑う作家だったが、彼女は初対面のように振舞
い、それどころか再び彼を誘惑し始める。しかし、彼女の行
為には、隠されたもっと大きな理由があった。そしてその先
は、彼の作家生命を奪いかねない事態へと発展して行く。
物語は、表面的に見ればファム・ファタール物なのだが、そ
こには、ポーランドにおけるユダヤ人の事情が深く関ってい
るようにも思われる。しかし、その深い部分を僕は伺い知る
こともできない。
ポーランドは元々がユダヤ人の多く住む土地で、アウシュヴ
ィッツに象徴される戦時中のナチスによる迫害に加えて、戦
後の社会主義の下でも多くの弾圧があったとされる。そのこ
とが物語の背景にあることは確かなのだが、その先が僕には
不明なのだ。それがもどかしくも感じられる作品だった。
作家を演じるのは『あるいは裏切りという名の犬』などのダ
ニエル・オートゥイユ。彼を誘惑する女性を『Novo』の
アナ・ムグラリス。他に、グレタ・スカッキ、ミシェル・ロ
ンズデール、マグダレナ・ミェルツァシュらが共演。
なお映画の中で、若い女性2人の会話の語尾に「チンクエ」
という発音が繰り返し出てくるのが気になった。実は、前回
紹介した『ボラット』でも、主人公が同じ発音を連発してい
た。ポーランド語らしいが、片やユダヤ人の女性、片や反ユ
ダヤの男性が同じ言葉を使っているのにも興味を引かれた。

『エマニュエルの贈りもの』“Emmanuel's Gift”
ガーナで、義足のトライアスリートとして国民的な英雄にも
なっているエマニュエル・オフォス・エボアの活動を記録し
たドキュメンタリー。
ガーナという国は、2000万人の国民の内1割に当る200万人
が身体障害者なのだそうだ。その原因は、赤道直下の自然条
件もあるのだろうが、その他に映画の中では、公害汚染や劣
悪な住環境、さらにポリオやハシカに対する予防対策の遅れ
なども指摘されていた。
しかも、国民の間では伝統的に障害は呪いのためとする考え
方が根強く、そのため今までは身体障害者に対する支援は全
くと言っていいほどされていなかった。従って職に就けない
彼らは、町で物乞いをして生計を立てるしかなかったという
ことだ。
そんな中で、エマニュエルは右下肢が歪んで役に立たないと
いう障害を持って生まれた。しかも父親は、そんな家族をお
いて家を出てしまう。しかしそんな境遇でも母親は彼を学校
に行かせる。実際はその学業も、差別や家庭の事情で挫折し
てしまうのだが…
そんなエマニュエルは、ある日、アメリカの障害者支援団体
に自分の思いつきを実現するための資金援助を求める手紙を
出す。その思いつきとは、障害者の自分が自転車でガーナを
1周し、他の障害者たちを励ましたいというユニークなもの
だった。
そのユニークさが買われて、エマニュエルは自転車の購入費
と、旅を行うための資金を得る。そしてガーナ1周を行い、
それがアメリカに報告されると、今度はアメリカの障害者の
トライアスリートの大会に招待され…
取材期間は2年間ほどのようだが、まさにとんとん拍子に事
が運んで行くという感じの作品だ。しかしこれは実際に起き
たことなのだ。
そして現在の彼は、各地の大会などで得た賞金を基に、ガー
ナで身体障害者支援のための基金を設立。特にスポーツでの
支援を中心とする彼の夢は、2008年北京パラリンピックに、
車椅子バスケットボールのチームを派遣することだという。
さらに彼の活躍は、基金の運用だけでなく、ガーナでは初と
なる障害者法の制定や、現存する各部族の王様からの支援の
宣言など、政治力も発揮され始めている。まさに彼の働きで
ガーナの国自体が変りつつあるようだ。
僕は障害者ではないから、彼らの心情などが的確に判るわけ
ではない。また、アフリカの地でのエマニュエルの活動など
も知る由もなかったものだが、映画の中には示唆に富んだ発
言も多く、いろいろなことを考えさせられる作品だった。

『コマンダンテ』“Comandante”
題名はスペイン語で司令官の意味のようだ。国民の9割が支
持し、今でも「司令官」と尊敬の念を込めて呼ばれる独裁者
フェデル・カストロ。このキューバの支配者に、オリヴァ・
ストーン監督が、2002年2月に30時間に及ぶインタヴューを
行った記録映画。
作品は2003年に完成されたものだが、アメリカ本国では、映
画祭などでの上映記録はあるものの、一般映画館での公開は
されていないようだ。その理由は、いろいろ取り沙汰されて
いるが、本編を見ると、アメリカ政府にとってはこのように
人望の厚いカストロの姿が公開されるのは、多少気になると
ころだったかも知れない。
インタヴューの内容は多岐に渡っており、チェ・ゲヴァラの
ことや、ストーン監督が2個の勲章を授与されたというヴェ
トナム戦争のこと、そしてもちろんキューバ危機。さらには
好きだった女優や、最近観た映画(タイタニック、グラディ
エーター)などについても語っているというものだ。
その収録場所も、執務室のような場所から、レストランや、
訪問先の学校などもあり、それぞれの場所での歓迎ぶりや、
集まった人々の発言なども織り込まれる。
また、2000年に発生したゴンザレス少年の救出問題に関して
の言及(キューバ政府として動くかどうか迷ったという話)
や、歴代ソ連首相の中でエリツィンが一番の大酒飲みだった
などを、時にユーモアを込め、穏和に語り続ける。
そこには記録映像も挿入されるが、全体としては、功なり名
を遂げた人の思い出話という感じで、実に淡々として、逆に
訪問先での熱狂振りでも挿入しないと、作品全体のリズムが
作れなかったのではないかと思われたくらいのものだ。
ストーンが追求するヴェトナム戦争での捕虜虐待がキューバ
からの軍事顧問団の指図で行われたのではないかという疑問
にも、軽くいなす感じで、多少語気は強めても激昂するよう
なところはない。またストーンもそれを認めてしまうような
雰囲気になっている。
いずれにしても淡々とした作品だが、それでもさすがにスト
ーン監督らしく、観客を飽きさせることなく作られた作品。
日本人の多くはほとんど知ることのないカストロの一面を観
させてくれる感じの作品だった。

『電脳コイル』
NHK教育テレビで5月12日から午後6時30分の枠で放送さ
れるアニメーションシリーズ(全26回予定)の最初の2回分
の試写が行われた。
物語の舞台は、大黒市と呼ばれる地方都市。神社も多く古都
のたたずまいを見せるその街は、実は最新の情報インフラの
整備された街でもあった。主人公の優子は、小学校最後の年
の夏休み直前にその街に引っ越してきた。
その優子は、祖父からもらった電脳メガネを愛用している。
それは掛けるとネットから送られる情報が立体映像となって
表示され、ヴァーチャルのペットなどが、現実の世界の中に
現れるというものだ。そして、情報インフラの整備されたそ
の街では、子供全員がその電脳メガネを使っていたが…
第2回までの物語では、設定の説明と、優子の飼っている電
脳ペットが、謎の電脳空間に吸い込まれたり、電脳ウィルス
に罹病したり、さらにウィルスを襲撃する謎の球体や怪物に
襲われたりという、そこそこのアクションも織り込んだ物語
が展開する。
ただし、第2回までの物語だけでは、その街の成立の謎は深
まるばかりで、正直なところは、描かれたものの全てに合理
的な説明が付くのかどうかというのが、SFファンの目で観
ていて多少不安になるくらいのものだった。
実際、時代設定は202X年となっているのに、背景に高層ビル
が並ぶ訳でもなく、太い土管の置かれた空き地があったり、
駄菓子屋があったりで、子供たちの遊ぶ姿は昭和30年代の雰
囲気なのだ。
原作・脚本・監督の磯光雄は『エヴァンゲリオン』なども手
掛けているアニメーターということだが、この企画には6年
の歳月を費やしているという。しかもそれがNHK教育のお
眼鏡にも叶っているのだから、いい加減な作品ということは
ないだろう。
それで、もしこれがSFファンの納得の行く結末に到達した
ら、これはもしかすると途轍もない世界観が構築されるので
はないかという予感もさせる、壮大な雰囲気も感じさせてく
れる作品だった。
全26回の物語の中盤は、他の脚本家も動員されるらしいが、
最後の謎解きがどのようになるのか。ちょっと楽しみな作品
になりそうだ。

『初雪の恋』
今年2月紹介の『フライ・ダディ』に出ていたイ・ジュンギ
と、宮崎あおい共演による日韓交流の純愛映画。監督は韓国
人だが、主な舞台は京都で出演者もほとんど日本人という作
品。
イ扮するミンは、陶芸家の父親が日本の大学の講師になった
ために、1年間の予定で京都にやってくる。そして高校生の
彼は日本の高校に通うことになるが、日本語を知らないこと
をいいことに、勉強はサボれると考えている。
ところが、神社で巫女のアルバイトをしながら彼と同じ高校
に通い、絵画の才能も発揮する七重(宮崎)と出会い、2人
はお互いを知るために言葉を憶え、交流を深めようとするが
…そんな2人の姿が、日韓それぞれの文化などを背景にして
綴られて行く。
まあ、七重の家庭の描写などには、いまさらちょっと恥ずか
しくなるような展開もあるが、韓国一「美しい男」と言われ
るイと、少し控え目な感じの宮崎の雰囲気は、たぶんイ目当
ての観客にも障害にならない程度に程よく描かれている。
また、清水寺、南禅寺、知恩院、松尾大社、桂川、渡月橋、
祇園祭、宵山など、映画の中に描かれる京都の風物も、日本
人でない監督の目で、何となく新鮮な感じで捉えられている
のも良い感じだった。
因に、監督のハン・サンヒは新人のようだがミュージクヴィ
デオなどで培われた映像感覚はなかなかのもののようだ。
さらに、御神籤を木の枝に結ぶ日本の風習や、石垣道の韓国
の言い伝えなど、日韓のそれぞれの風習や言い伝えが随所に
ちりばめられ、日本人でも忘れているようなことや、自分の
知らない韓国のことを知ることができるのも嬉しい作品だっ
た。
出演者は、他に塩谷瞬、森田彩華、柳生みゆ、乙葉、余貴美
子など。
なお、雨のシーンは日韓共に人工降水で撮影されているが、
日本のシーンではフィルムに写るように大粒の雨で演出され
ているのに対して、韓国のシーンでは霧のような雨で演出さ
れている。これも日韓の文化の違いのようだ。

『テレビばかり見てると馬鹿になる』
山本直樹によるマンガの原作を、昨年12月に『妖怪奇談』と
いう作品を紹介している亀井亨が監督した。
主人公は、高校を卒業して一旦は就職したが、すぐに辞職し
て以来引き籠りになっているという女性。部屋の中はゴミの
だらけで、そこに置かれたテレビは点けっぱなしで、主人公
はそれを見ては眠り、起きては見るという生活を5年間続け
ている。
そこに出入りしているのは、彼女の生活振りをネット中継す
るためその設備の点検に来る男と、彼女の身体で性欲を満た
しに来る男。その2人はそれぞれ現金や食料を置いていき、
また実家からも届く食料で彼女は生きている。
ところがそこに、母親から頼まれたというカウンセラーの男
が現れる。そして偶然3人の男が1つの部屋にいることにな
るが…
この主人公を、AV出身の穂花という女優が演じて、大胆な
演技を体当りで見せてくれる。
しかも、上映時間85分の大半が、据えっぱなしのヴィデオカ
メラでたぶん3日間に渡って連続撮影したものを、途中早送
りにしただけで編集したもので、その間ほぼ出突っ張りで演
技を続けたこの女優には敬意を表したいくらいのものだ。
内容的には、原作に描かれたものを忠実に映像化しているの
かもしれないが、現代の一側面を鋭く切り取っているように
も思えるし、見て考えるところは充分にある作品だった。
出演は、穂花の他には、『長州ファイブ』などの三浦アキフ
ミ、舞台で活躍している大橋てつじ、そして、『雪に願うこ
と』などのバイプレーヤー田村泰二郎。
それにしても、穂花とカウンセラー役の田村との対決のシー
ンは、映画が始まってからかなり経っての部分で、というこ
とは撮影が始まってからの経過時間も相当掛かっているはず
のものだが、ここでの台詞などもスムースに話されているの
には感心した。
映画の長廻しもいろいろ見てきたが、その中でもこれはヴィ
デオでしか出来ない極端なもので、こういうことに着眼した
企画者にも感心したところだ。

『スパイダーマン3』“Spider-Man 3”
5月1日に世界最速で日本公開される作品の、4月16日夕刻
に行われるワールドプレミアに先駆け、同日午前10時30分か
らマスコミ向けの世界最初の試写会が行われた。こんなこと
は滅多にないので、その最初の試写会に駆けつけた。
シリーズの前2作は、いずれも世界的なヒットを記録した。
特にその出足の良さでは、全米興行での1億ドル突破までの
最短記録など、揺るぎない記録を打ち立てている。そんなシ
リーズの最終話とされる作品に観客が持つ期待というのは、
一体何だろう。
単純に、ヒットの要因となったスピード感や爽快感を高めた
だけの作品だっただろうか。しかしそんな2番煎じ、3番煎
じの作品を見せられてそれだけで喜んでしまっていいのだろ
うか。試写会で上映されたのは、そんな観客の思いに見事に
応えてくれる作品だった。
物語は、今回の敵役サンドマンとベノム、それにゴブリンの
再来も事前に予告されていたし、それらとスパイダーマンの
壮絶な闘いが繰り広げられることは当然判り切っていたこと
だ。その中で、新たな展開は何があるのだろう。
思えば、シリーズの第1作の公開時には、ポストプロダクシ
ョン中に起きた同時多発テロによって、ワールドトレードセ
ンターの描かれた予告編が変更されるなど、世界は激動のさ
中だった。
そして復讐を旗印にした米軍によるイラク侵攻。その中で第
2作が作られ、今もなおそのイラク侵攻が泥沼化する中で、
第3作が作られたものだ。
その第3作で、監督サム・ライミが描き出したのは、大ヒッ
トシリーズの最終話とされる本作だからこそ敢えて成しえた
作品、見終えたときの率直な気持ちはそういうものだった。
もちろんこの映画には、敵との壮絶な闘いもあるし、それを
スピード感を倍増して描き出した見事なVFXもある。しか
し、観客にはそれらの目眩ましを通しても歴然とした監督の
メッセージが伝わってくる。
最近、特にハリウッド映画の作家性について討論する機会が
あったが、娯楽映画の際たるものであるこのヒットシリーズ
で、それでもこれだけの作家性を発揮できる監督、またそれ
を認めて映画化を推し進めた映画会社。彼らに拍手を贈りた
い作品だ。
ただし、実は僕自身、試写が終った直後には、その内容に圧
倒され、呆然として拍手もできなかったものだが。


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井口健二