井口健二のOn the Production
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2007年04月10日(火) ゾディアック、インビジブル・W、ジェイムズ聖地へ…、寂しい時は…、毛皮のエロス、鉄板英雄伝説、ストレンジャー・C、ボラット

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ゾディアック』“Zodiac”
1968年から70年に掛けてサンフランシスコ周辺を恐怖に陥れ
たゾディアック・キラー事件を描いた作品。
物語は、当時犯人が犯行声明と暗号文を送り付けた地元新聞
サンフランシスコ・クロニクル紙の時事漫画家で、当日の編
集会議にも出席していたロバート・グレイスミスの著作に基
づくが、実は彼は現在も事件の真相究明を続けており、事件
によって人生を目茶苦茶にされた男たちの1人だ。
1969年8月1日、クロニクル紙でまだ見習い時事漫画家のグ
レイスミスは定例の編集会議に出ていた。そこに7月4日に
発生した射殺事件に関する犯行声明が暗号文と共に届く。そ
の犯行声明には、真犯人と警察しか知り得ない犯行の状況が
綴られ、真犯人のものと確認される。
この事件を追うのは、サンフランシスコ市警のデイヴ・トー
スキー刑事。イタリア系の彼は、1968年の『ブリット』のモ
デルになったとも言われている人物。しかしこの事件は、彼
の人生に大きな影を落とすことになる。
一方、記者のポール・エイヴリーも事件を追い始める。とこ
ろが彼の行き過ぎた行動は、犯人からも注目され、それは新
聞社の方針とも対立し始める。それでも彼は信念を持って事
件を追い続ける。
そしてグレイスミスは、彼らの姿を間近で見続けることにな
るが…。いつしか彼も、事件の虜になって行く。そしてその
3人3様の生き様が、犯行の再現を織りまぜながら、ほぼ時
間軸に沿って克明に綴られて行く。
この事件については、1971年『ダーティハリー』の元になっ
たともされているものだが、実は映画とは裏腹に事件は解決
されておらず、その後も犯行声明は送り続けられた。なお本
作では、犯人が映画化を要求したようなせりふも出ていた。
監督は、『ファイト・クラブ』などのデイヴィッド・フィン
チャー。2002年『パニック・ルーム』以来の作品となるもの
だが、この5年間のブランクは、それだけこの作品に掛けた
意欲が感じられるものだ。
出演者は、ジェイク・ギレンホール、マーク・ラファーロ、
ロバート・ダウニーJr.。他にアンソニー・エドワーズ、ブ
ライアン・コックス、イライアス・コーティーズらが共演。
撮影には、高感度のHDヴィデオカメラが使用され、その特
性を活かした映像が作られている。元々フィンチャーはスタ
イリッシュな映像で評価が高いが、本作では、さらにそれが
リアルな映像の中で展開され、彼の最高作とも言える。
なお、ゾディアックの最後の暗号は未解読で、グレイスミス
からは、「暗号が解けたら、ぜひ知らせてほしい」というメ
ッセージが添えられている。また綿密なリサーチを行ったフ
ィンチャーは、その中で新たな証拠を発見し、捜査本部に提
出したそうだ。
つまり事件はまだ終っていないのだ。

『インビジブル・ウェーブ』(タイ映画)
タイのペンエーグ・ラッタナルアーン監督が、日本の浅野忠
信と三石研、韓国のカン・ヘジョン、それに香港のエリック
・ツァンを招いて制作された作品。浅野は、監督の前作『地
球で最後のふたり』に続いてのコラボレーションのようだ。
主人公は香港のレストランで働く日本人料理人キョウジ。店
主であるボスの命令でボスの妻を殺害し、ほとぼりが冷める
までとタイのプーケットに身を隠すことを指示される。
そのプーケットに向かうクルーズ船の船室は、いろいろなも
のが勝手に動き始める謎の部屋だった。そしてその船内で、
キョウジは不思議な雰囲気を漂わせる子連れの女性ノイと出
会う。やがてプーケットに着いたキョウジは、安宿に居所を
定めるが…
この女性ノイを、『トンマッコルへようこそ』などのカン・
へジョンが演じて、いつものように不思議な雰囲気を醸し出
す。また、監督は、血の流れないフィルムノアールを目指し
たと言っているようだが、その物語もまた不思議な雰囲気の
中で綴られて行く。
英語、タイ語、広東語、日本語が何の障害なく交わされる。
特に浅野は、いかにも日本人らしい英語で、その辺の演出の
付け方もこの不思議な物語に見事にマッチしていた。
撮影監督のクリストファー・ドイルや、脚本、美術などのス
タッフも前作と同じということで、全てが監督の意志の下に
が統一されて、破綻のない映像が造り出されている感じがす
る。そんな安定感のある作品だ。
殺人が背景にあってこの雰囲気の展開だから、間違いなくフ
ィルムのアールということになるのだろうが、映画はそれ以
上に浅野が演じる主人公の孤独感や、その中でも人との繋が
りを求める焦燥感のようなものが描き出される。
その点では極めて現代を感じさせてくれる作品でもある。そ
の孤独感、焦燥感が、多国籍の人々の中で暮らしているとい
う主人公の設定で増幅され、見事に描き出されていた。

『ジェイムズ聖地へ行く』“James'Journey to Jerusalem”
1月に紹介した『パラダイス・ナウ』にイスラエル側製作者
として参加したアミール・ハレルが手掛けた2003年の作品。
とあるアフリカの村で次期司祭に任命された青年が、村人た
ちの期待を背負って聖地エルサレムへの巡礼に出る。ところ
が、青年はイスラエルに到着するなり逮捕され、何故か不法
労働者として働かされることになる。しかし青年は、それを
試練と受けとめる。
一方、純朴な青年はいろいろな人に気に入られ、また、青年
にはちょっとした能力があって、それらがいろいろ作用して
徐々に頭角を現して行く。そして、イスラエルのユダヤ人社
会の中で純朴なズールーの青年が見たものは…
聖書で「約束の地」と呼ばれるエルサレムのイメージは、緑
の草原が広がり、ミルクと蜂蜜の香りに溢れているというも
のだそうだ。でもそんなものが現実のエルサレムにあるはず
もなく、その現実は青年にも突きつけられるのだが、それを
青年は自分なりに解釈してしまう。
そんな純朴な現代のおとぎ話のような作品だが、そこに、い
ろいろ現代人が抱える問題点が描かれているのも面白いとこ
ろだ。
ただし映画は、中東イスラエルを舞台にしていながら不思議
なほどに危機感がない。確かにテレビで「爆弾テロがありま
した」というような報道がされていはいるが、主人公たちが
それに巻き込まれるようなこともなく、その危機感も全くな
いものだ。
『パラダイス・ナウ』のときも、物語は爆弾テロを描いてい
るが、主人公たちの生活には危機感もなく、平穏な風景が描
かれていた。実は以前に映画祭で観た作品では、もっと徹底
して全く平和な世界が描かれていたものもあり、それは不思
議な感じだった。
もちろん、イスラエルやパレスチナの映画だからといって紛
争を描かなければいけないものでもないし、それを素直に受
け取れない自分の方が間違っているのかも知れないが…
そして本作は、その点を除けば全くの普通に寓意に満ちた物
語であって、普通に観て面白く描かれた作品と言っていいも
のだ。なお、映画ではキーワードとして「フライヤー」とい
う言葉が登場するが、これは「搾取される人」の意味のヘブ
ライ語だそうだ。

『寂しい時は抱きしめて』“Lie with Me”
カナダ在住の官能小説家タマラ・フェイス・バーガーの原作
を、夫で映画監督のクレメント・ヴァーゴと共同で脚色し、
ヴァーゴが監督、テレビシリーズ『ミュータントX』などで
知られるローレン・リー・スミス主演で映画化した作品。
主人公のライラは、肉体的なsexでは絶頂感を知っている
が、本当の愛は知らない女性。関係の冷え切った両親や、結
婚が間近なのに元彼との関係を切れない従姉妹などもいて、
本当の愛情というものがますます判らなくなっている。
そんな彼女が、ある日、立ち寄ったクラブでデイヴィッドに
目に留める。しかし彼は女性連れで、2人は互いに見つめ合
いながら、別の肉体とsexを行うことになる。それでも忘
れられない2人は、偶然を装いまた出会うことになるが…
こんな物語が、スミスの体当たりの演技で描かれて行く。
日本での上映はR−18指定になっている。それだけ際どい映
像が綴られるものだが、実際これだけボカシが掛けられた作
品も久しぶりという感じだった。
ただし、映画はsexを描いていても、そこにはいわゆるポ
ルノグラフィとは違う視線が感じられた。実は映画を観てい
る間中、僕はこの作品を女性監督によるものだと思い込んで
いた。それほどに、自分の視線とは異なる感覚があった。
実際、作品はヴァーゴ監督の名義になっているが、撮影には
原作者のバーガーが付きっ切りだったようで、それを考える
と、事実上バーガーの監督作品なのではないかとも思ってし
まうところだ。
特にライラの心理面の描写は、いくら完璧な脚本があったと
しても、ここまで見事に描けるものかどうか。これはスミス
の役作りとバーガーが傍に居た賜物と言えそうだ。
ただし、自分が男性としては、どうしてもデイヴィッドの立
場が気になって観てしまうものだが、これはかなりきつい。
結局二股を掛けているような印象にもなってしまうし、辛い
ところだ。純粋に女性映画と呼べる作品なのだろう。
なおデイヴィッド役は、ミュージシャンで、『ハート・オブ
・ウーマン』や『ウォルター少年の夏の日』などに出演のエ
リック・パルフォーが演じている。

『毛皮のエロス』
     “Fur-An Imaginary Portrait of Diane Arbus”
1960年代にフリークスの写真で注目された女性写真家ディア
ン(映画の中でこう発音すると説明がある)・アーバスが、
フリークスの存在に目を開いて行く過程を描いた作品。
原作には彼女の伝記が揚げられ、その原作者が製作者にも名
を連ねているが、映画の巻頭には「本作は史実に基づいたも
のではない」というクレジットが表示される。その物語は、
「不思議の国のアリス」をモティーフにした不思議な感覚の
ものだ。
1958年、ニューヨークのアーバス・ファミリー写真スタジオ
には、多くの裕福な顧客たちが集まっていた。そこでは、デ
ィアンの両親が経営する5番街の高級毛皮店ラセックスの最
新毛皮ショウが開かれていたのだ。
ディアンはその会場で、写真家の夫アランのアシスタントを
したり、舞台裏ではモデルのスタイリストを務めたり、両親
を出迎えたりの神経をすり減らす作業を続けていた。
その同じ日に、スタジオが入居するアパートの階上に、引っ
越し荷物が運び込まれる。そしてその入居者は、顔をすっぽ
りと目出しマスクで覆った謎めいた人物だった。その姿に興
味を覚えたディアンは、夫からもらったカメラを手にその部
屋を訪ねるが…
脚本と監督は、2002年『セクレタリー』を手掛けたエリン・
クレシダ・ウィルスンと、スティーヴン・シャインバーグ。
この前作も相当に変だと感じたものだが、本作はそれに輪を
掛けたような作品だ。
なお、監督のシャインバーグは、叔父がディアンの友人だっ
たということで、幼い頃の彼が育った家には彼女の撮った写
真が飾られていたそうだ。それは彼女の代表作ともいわれる
大男のフリークスを写したものだったということだ。
写真家との面識はないそうだが、その写真を観て育った監督
が、満を持して描いた作品とも言えそうだ。しかも彼は、ウ
ィルスンに協力を仰ぎ、妄想を逞しくしてディアンの目覚を
描き切る。まさに究極の作品とも言えるものだ。
主演はニコール・キッドマン、相手役にロバート・ダウニー
Jr.。なお、フリークスのスペシャルメイクをスタン・ウィ
ンストンが担当している。白いウサギがいたり、天井からい
ろいろなフリークスが登場したり、現実の中にいろいろな要
素が詰まった作品だ。

『鉄板英雄伝説』“Epic Movie”
『最終絶叫計画』のチームが描いたパロディ作品。『最終』
はホラー映画を材料にしたパロディだったが、次に彼らは、
“Date Movie”(日本未公開)という恋愛映画のパロディを
手掛けており、今回は“Epic Movie”つまり大作映画のパロ
ディというものだ。
材料にされるのは、主に『ナルニア国物語』と『チャーリー
とチョコレート工場』だが、これに『パイレーツ・オブ・カ
リビアン』から『ボラット』まで、あらゆるパロディが所狭
しと登場する。
アメリカでは公開第1週に第1位を記録したそうだ。しかし
正直なところは、日本人の感覚とはかなり違う部分もある。
でもまあ、馬鹿馬鹿しいのは馬鹿馬鹿しいなりに楽しめば良
いもので、ただ笑って済ましてしまえばそれで良いのだろう
という感じもする。
それに、例えば巻頭に登場する『ダヴィンチ・コード』のパ
ロディでは、それなりに納得して笑ってしまったところもあ
った。
また、本作では、音楽やダンスシーンにはいろいろと気に入
ったところもあったもので、特に『チャーリー…』の工場内
のシーンでは、本物の小さい俳優たちの大量動員で、音楽も
含めてなかなかのものだった。
物語は、世界各所にいた4人の孤児が、チョコレートに同封
されたゴールデンティケットを手に入れチョコレート工場を
訪れる。が、そこには大きな洋服ダンスがあって…となる。
因に、訪れる国はGnarniaというところで、発音は最初のG
はサイレントだそうだ。
それにしても、ここに登場するのは基本的にアメリカでの大
ヒット作となる訳だが、そんな中に、『もしも昨日が選べた
ら』が比較的重要なポイントで登場すると、日本とアメリカ
のヒットの違いを感じてしまう。そんなことを考えられるの
も、面白い作品だった。
なお、ジョニー・デップの2つの役柄は、海賊には『サタデ
ー・ナイト・ライヴ』のダレル・ハモンドが扮し、ウィリー
・ウォンカを『チャーリーズ・エンジェル』などの怪優クリ
スピン・グローヴァーが演じている。

『ストレンジャー・コール』“When a Stranger Calls”
1978年に公開された同名ホラー作品のリメイク。物語は、ベ
ビーシッターを頼まれた女性の許に、謎の電話が掛かってく
るというものだが、オリジナルの公開当時とでは電話の状況
が大幅に変化しており、その変化を巧妙に捉えた作品とも言
えそうだ。
主人公のジルは女子高生だが、携帯は使い過ぎで両親に取り
上げられてしまい、さらに学校で篝火の祭りが開かれる日の
夜にベビーシッターを命じられてしまう。でもそれは仕方が
ないと納得のジルは、父親運転の車でその家に向かう。
その家は医師が所有するもので、郊外の湖に面して建つ豪邸
だった。そしてセキュリティも万全なその家では、風邪をひ
いた子供たちはすでに子供部屋で休んでおり、そのままなら
静かな夜が過ごせるはずだったが…そこに、謎めいた電話が
掛かってくる。
監督は、『トゥームレイダー』や『コン・エアー』、それに
『将軍の娘』のサイモン・ウェスト。それぞれスター俳優を
相手に大作をものにしてきた監督に、1時間27分の本作はも
ったいない感じもしたが、さすがにきっちりと決めてきてく
れた作品だ。
しかも、脚本の上手さもあるのだろうが、それぞれのシーン
が緻密に作られているのも魅力的で、特に前半ではただのい
たずら電話と思っていたものが、徐々に深刻な状況に変化し
て行く展開の良さにも納得した。
また、プロローグで前の事件が紹介され、観客は状況を予め
知っているものだが、それでも主人公の行動が納得できるよ
うに描かれているのだから、その脚本はかなりのものだ。こ
の脚本はジェイク・ウェイド・ウォールという新人が手掛け
たが、早くも次回作も決定しているとのことだ。
主演は、1998年スティーヴン・セガール主演『沈黙の陰謀』
でセガールの娘を演じていたカミーラ・ベル。他に、『ジュ
ラシックパーク2』や『リトル・プリンセス』などにも出て
いるようだが、本作ではほとんどのシーンが出突っ張りとい
う唯一無二のヒロインを見事に演じている。

『ボラット』“Borat”
すでに映画公開されたアリ・Gのキャラクターでも知られる
サシャ・バロン・コーエンが、自身のテレビ番組“Da Ali G
Show”の中で演じる別のキャラクター=カザフスタン国営テ
レビのリポーター=ブラットに扮して炙り出すアメリカ合衆
国の真実の姿。
アメリカでは昨年11月に873館で公開され、1000館以下の封
切りでは新記録となる2650万ドルの興行を上げて第1位。翌
週も1位となって、年末までの1億2600万ドルは年間14位に
輝いたものだ。
という大ヒットの作品で、その内容については噂には多少聞
いていたものだが、それにしてもこんなに過激なものとは思
わなかった。実際の話、その内容はここで書くことも憚られ
る様なものばかりなのだ。
基本的に差別主義者で、反ユダヤ、女性蔑視、しかも母国に
対する盲目的な愛国者というブラットが、ニューヨーク、ワ
シントンDC、さらに南部のジョージア、ヴァージニア、ア
ラバマ、テキサスなどで騒動を巻き起こす。
特に、女性やユダヤ人に関する差別発言は、アメリカで認知
されたことが信じられないくらいのものだ。他に、宗教絡み
の発言も、これがすんなり受け入れられるほどアメリカが成
長したのだろうかというところだ。
そしてその時々の人々の反応や、怒ったり呆れたりの様子を
カメラで追い続けたという設定の作品だが、それがまた、ど
こまでが真実でどこからがヤラセなのか。中にはプロデュー
サーが逮捕されたなどという情報もあるようだが、それもど
こまで真実やら…
もっとも、内容は確かに聞く人が聞いたら怒って告発しかね
ないような過激なものばかりだから、まあ命懸けの作品であ
ることは間違いないだろう。
監督は、テレビで『となりのサインフェルド』などを手掛け
るラリー・チャールズ、脚本はバロン・コーエン以下4人の
連名になっていて、彼らは撮影の状況に合せて脚本をどんど
ん書き替えたということだ。
また、製作を『オースチン・パワーズ』や『ミート・ザ・ペ
アレンツ』、『銀河ヒッチハイクガイド』のジェイ・ローチ
が担当しているのも、注目されるところだ。
なお日本での宣伝は、「!祝! オクラ入りから急転!」と
打たれるようだ。


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