井口健二のOn the Production
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2007年03月20日(火) ボンボン、女帝、フランドル、キャラウェイ、それでも生きる子供たちへ、300、ルオマの初恋、イノセント・ワールド

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ボンボン』“BOMBON-El Perro”
日本での登録は数10頭だけというドゴ・アルヘンティーナと
いう種類の犬を巡って、その犬種の原産地アルゼンチンを舞
台にした作品。
不況下のアルゼンチンで、主人公は最近ツイていない初老の
男性。長年ガソリンスタンドに勤めていたが、経営者が変っ
てあっさり馘になってしまったのを切っ掛けに、やることな
すこと上手く行かなくなってしまう。
そんな男が、ふとしたことから1頭の犬を飼うことになる。
しかし家族は猛反対。そこで止むなく車に乗せて放浪するこ
とになるが、その内、その犬が幸運をもたらし始める。それ
は倉庫の見張りに始まり、やがてドッグショウで評判になっ
て、種付けの依頼も舞い込むが…
アルゼンチンの不況もかなり深刻なようだが、そんな中で人
の情と信頼が次々に幸運を呼び集める。他愛もない話だし、
幸運が次々にやってくるというのも、言ってみれば甘い話だ
が、今の時代にそんな夢物語でも良いじゃないかという感じ
の作品だ。
ドゴ・アルヘンティーナという犬種は、マスティフ、ブルド
ッグ、ブルテリアを交配させて作り出され、元は闘犬用に育
成され、ピューマ狩りの狩猟犬としても使われているという
ことだが、ウェブで調べると性格はかなり獰猛とも紹介され
ていた。
ところが映画に登場する犬は、実は世界各地のドッグショウ
で受賞歴多数の名犬だそうだが、これが何と言うか動きや表
情が如何にも朴訥という感じで、幸運をもたらす犬というイ
メージにピッタリな感じだった。
一方、人間の出演者は、子役の1人を除いては全員が素人だ
そうで、本業は、監督が車を置く駐車場の係員だったり、映
画用の動物のトレーナーや映画配給業者、さらに学校の先生
だったりもするようだが、いずれもその自然な演技が実に素
晴らしい。
実は監督は、一種のドキュメンタリー的な手法で演出を行っ
ているそうだが、特に主人公が賞賛を受けたときの表情は、
実際に彼に賞賛を浴びせてその瞬間を捉えたものということ
で、これにはプロの俳優も適わないだろう。
映画の演出の手法もいろいろあるが、こんな撮り方もあると
いう見本のような作品だ。

『女帝』“夜宴”
シェークスピアの『ハムレット』を基に、古代中国の五代十
国の時代を舞台に物語を再構築して描いた中国映画。
皇帝の地位を巡って、夫婦や兄弟が殺し合った戦乱の時代。
ある国の皇帝が宮廷内で蠍に刺されて崩御する。そのとき皇
太子は、遠い国に隠遁生活を送っていたが、彼の許にも刺客
が迫り、からくも難を逃れた彼は都へと馬を走らせる。
実は、彼には若い頃に愛し合った女性ワンがいたが、彼女が
父皇帝の後妻になったために宮廷を離れ、隠遁を送っていた
のだ。しかしそのワンは、父皇帝を暗殺したと見られる新皇
帝リーの王妃となることを表明する。
一方、皇太子には宰相の娘シンチーが想いを寄せていたが…
この物語を、王妃ワンにチャン・ツィイー、皇太子にダニエ
ル・ウー、新皇帝リーにグォ・ヨウ、チンシーにジョウ・シ
ュン。その他、マー・チンウー、ホァン・シャオミンらの共
演で描き出す。
しかもアクション監督として『マトリックス』などのユエン
・ウーピンが参加、要所にはワイアーアクションが満載され
ているという作品。そしてこのアクションを、ツィイーと、
2004年に紹介した『レディ・ウェポン』などのウーが華麗に
決めている。
監督は、2003年に『ハッピー・フューネラル』という作品を
紹介しているフォン・シャオガン。それに、『グリーン・デ
ィスティニー』で共にオスカーを受賞した美術のティム・イ
ップと音楽のタン・ドゥンが協力して作り上げた。
『ハムレット』は、昔のソ連版を見た記憶がある程度だが、
シェイクスピアの原作がこんなにアクション満載になってし
まうとは…人の頭上を飛び越えたり、屋根から屋根へ飛び移
ったり、よくぞやってくれたという感じの作品だ。
一方、映画の中には、ウーやシュンによるちょっと不思議な
仮面舞踊も挿入され、その振り付け師の名前などの紹介はプ
レス資料になかったが、それぞれ興味深かった。また壮大な
宮廷の外観などの風景にはCGIも使われていたようだが、
それも見事だった。
ただし、『ハムレット』と言われると、ファンタシー好きの
僕などは父王の幽霊のシーンを期待してしまうものだが、そ
れは今回は登場しなかったようで、それだけがちょっと残念
だったかなという感じの作品だ。

『フランドル』“Flandres”
フランス映画祭上映作品。
本作は昨年のカンヌで審査員グランプリを受賞している。
フランス北部の農村地帯フランドル。人影もまばらで寒々と
した風景の中、性に奔放な女と男たちの繋がりが綴られて行
く。ところが、そんな村の若者たちに召集令状が届き始め、
彼らは戦地へと駆り出されて行く。そして彼らは、そこで地
獄を見ることになる。
一方、それは彼らを待つ女にも、悲劇をもたらす。
戦場に駆り出される若者と、故郷に残された女性という構図
は、アンソニーミンゲラ監督の『コールド・マウンテン』に
も似ている。しかし、ミンゲラ作品でも描かれた戦争の愚か
しさは、現代の戦争を描くこの作品ではさらに狂気を伴った
悲劇を描き出す。
フランスが参戦しているその戦争がどこで行われているかは
明示されないが、砂漠とジャングルのある国で、ゲリラとの
戦いに巻き込まれているようだ。そこで彼らはゲリラ掃討作
戦に従事するが、それは男と見れば銃殺し、女は輪姦すると
いう凄絶なものだ。
ミンゲラの作品では、戦争は愚かしく描いても、人間の尊厳
は保たれていたと思う。しかし現代の戦争を描くとき、人間
の尊厳の欠片もそこには描かれない。イラク戦での捕虜虐待
などがそれを現実として報じているものだ。
戦時でもジュネーブ条約などは遵守されると信じていたが、
それが反故にされたのは何時ごろからなのだろう。戦争が国
の威信をかけた戦いであった時代から、主義や教義を旗印に
したものに変ったとき、戦争の意味も変ってしまった。
なおこの作品では赦しも描かれる。だがそれは、戦争の狂気
が起こした罪に対するものではないことは確認しておくべき
だろう。この映画の制作者は、戦争犯罪は赦してはいない。
むしろそこでの微かな善を描こうとしているかのようだ。
監督のブリュノ・デュモンは、1999年発表の『ユマニテ』で
もカンヌで審査員グランプリを受賞しているが、メッセージ
性の強い作家として論議を呼ぶことが多いようだ。しかし本
作のメッセージは、僕には素直に受け取れるものだった。

『キャラウェイ』
Webなどで作品を発表している日高尚人という監督による
プロローグ+10作品の短編集。
プロローグは、デートに出かける男女をマルチスクリーンで
描いた実験的作品。本編の1本目は最近男と別れた女性に架
かってくる電話の話。2本目はSF映画を話題にする若者た
ちの話。3本目は25歳童貞男の焦りを描いた作品。
4本目は両親のいない兄弟の機微を描いた作品。5本目は女
の殺し屋を主人公にした物語。6本目はカップルの日常会話
を描いた作品。7本目は昼休みの公園で1輪の花を巡る2人
の男の物語。
8本目は新聞配達と投入口に挟まった手紙の話。9本目はド
ラゴ★ボールに奇跡を願う男の話。10本目は別れた男女の最
後の一瞬を描く物語。
という11本だが、何と言うかテーマも何もばらばらな11本の
寄せ集めというような作品。しかも、それぞれの話は何か当
り前すぎるというか、一応の落ちはあるが捻りはあまりなく
て、正直なところは、見ていて物足りなさを感じ続けた。
ところが、実はこの作品にはちょっとした仕掛けがあって、
この仕掛けが過去に類例のあるものかどうかは判らないが、
これはちょっとやられたという感じがしたものだ。
でもこれは、短編集としてはルール違反な感じもするところ
で、ショートフィルムの鬼才という冠が付いている監督の作
品としては、その辺でちょっと引っ掛かりもした。
まあ、若い人にはこれで受けるのかも知れないが、ここから
何かが生み出されてくるものとも思えない。特に今回の仕掛
けは、一度目は良いが、二番煎じを見たら多分腹を立てるこ
とになりそうな代物だ。
ただし、今回の仕掛けも含めた作品全体の感性みたいなもの
にはちょっと注目したいところもあるので、次の作品(でき
たら長編)を見てみたい。そして仕掛けに関しては、取り敢
えずしばらくは封印してもらいたいものだ。
なお、脚本は雫高徳という名義になっているが、この人の紹
介がプレス資料になかった。仕掛けの部分との関係も含めて
この脚本家のことも気になった。

『それでも生きる子供たちへ』
            “All the Invisible Children”
イタリアの女優の呼びかけから、ユニセフとWFPの協賛で
製作された世界中の過酷な境遇の中で切らす子供たちを描い
たオムニバスドラマ。この呼びかけに、スパイク・リー、リ
ドリー・スコット、それにジョン・ウーらが共鳴して、それ
ぞれの国を舞台にした7本の作品が作られた。
その1本目は、アフリカを舞台に、12歳の少年兵の姿が描か
れる。2本目は、セルビア・モンテネグロを舞台にした刑務
所を出所したばかりの15歳の少年と子供を使った窃盗団の物
語。3本目は、アメリカを舞台に両親が麻薬常習者でエイズ
の10代の少女の物語。
4本目は、ブラジルを舞台に、空缶や段ボールを集めて小銭
を稼ぎ暮らしている兄と妹の物語。5本目は、戦場での体験
による幻覚におびえるイギリス人カメラマンの物語。彼は故
郷の森で出会った子供たちに導きで、戦時下の子供たちのし
たたかな姿を知る。
6本目は、イタリアを舞台に、ナポリの窃盗団の下っ端とし
て働く少年の物語。そして7本目は、中国を舞台に裕福だが
両親が離婚した家の少女と、道端に捨てられ貧しい老人に拾
われた少女の物語。
これらの物語が、それぞれの国の監督の下、それぞれの現地
で撮影されている。ただし、アフリカ編はアルジェリア出身
のフランス人監督によってブルキナ・ファソで撮影されたも
のだが、内容は監督の実体験に基づいているようだ。
7本の中では、リドリー・スコット(娘のジョーダンとの共
同監督)の作品が、ちょっとファンタスティックな描き方で
他とは違った雰囲気になるが、他の作品はそれぞれ現実に則
した出来事を描いている。
一方、セルビア・モンテネグロとイタリア、ブラジルの作品
は多少似た感じになっているが、結局子供の不幸の裏には、
大人の思惑が絡んでいるというのは、共通の認識になるよう
だ。それはアフリカの物語にも共通するかも知れない。
それに対して、アメリカと中国の物語は、他の作品とは違っ
たそれぞれの国の深刻な現状を描いている。そしてドラマと
しての作品の質も高く、さすがにスパイク・リー、ジョン・
ウーの作品という感じがした。
因に、この作品の収益金は、ユニセフとWFPに寄付される
ということだ。

『300』“300”
100万のペルシャ軍に戦いを挑んだ300人のスパルタ精鋭部隊
の物語。『シン・シティ』の映画化では共同監督問題で物議
を醸したフランク・ミラーが、1998年に発表した自作の歴史
グラフィックノヴェルを自らの製作総指揮で映画化した。
古代ギリシャの王国スパルタ。そこでは、数々の掟に基づい
て子供たちを訓練し、勇猛果敢な兵士に育てる伝統が守られ
ていた。そして現王レオニダスは美しい妻と共に、その国を
治めていた。
そこに、東方アジアの国々を支配するペルシャが、その矛先
をギリシャに向けたとの報が届く。それを聞いたレオニダス
は、スパルタ軍を率いて迎え撃つ作戦を立てるのだが、折悪
しくスパルタは神々への感謝を表わす祭礼の時期に在り、そ
の出兵は神官たちに禁じられてしまう。
しかしレオニダスはその禁を破り、王の身辺警護の名目で集
められた300人のスパルタの精鋭を率い、ペルシャ軍の進撃
を食い止めるべく出撃するのだが…
西暦紀元前480年8月。圧倒的な数的優位に立つペルシャの
進撃を、3日間に渡って食い止め、さらに敵に甚大な被害を
及ぼし、結果その後に続いたギリシャ全土の蜂起によってペ
ルシャの野望を打ち砕いたというテルモピュライの戦いを、
グラフィックノヴェルの雰囲気そのままにCGI技術を駆使
して再現している。
圧倒的な敵軍を山間の隘路に誘い込み、大軍の利点を削いで
迎え撃つという作戦は、この他の戦いでも時々見かけるが、
その作戦を最初に編み出したのがこのレオニダスだったとい
うことだ。そしてこのテルモピュラスの戦いは、現在もアメ
リカ陸軍士官学校で、作戦研究のテーマの一つとして使われ
ているとも言われている。
またミラーはこの原作の執筆に当っては現地テルモピュライ
にも足を運び、作者自身が渾身の1作と称している作品とい
うことだ。なお、この原作は5月に翻訳が出るそうだ。
監督は、『ドーン・オブ・ザ・デッド』のザック・スナイダ
ー。CMやMTV出身のスナイダーは、本作を野外撮影は1
カットのみという徹底したCGI優先で映像化し、ミラーの
原作の雰囲気を忠実に再現している。
出演は、レオニダス王に『ドラキュリア』『サラマンダー』
『タイムライン』、そしてロイド=ウェバーが製作した映画
版『オペラ座の怪人』ではタイトルロールに扮したジェラル
ド・バトラー。他に、『地獄の変異』のレナ・ヘディーが王
妃を演じている。

『ルオマの初恋』“婼玛的十七歳”
中国南部雲南省を舞台に、その地に暮らすハニ族の少女と、
都会からやってきたカメラマン志望の青年との交流を描く。
雲南は、平地では亜熱帯気候でバナナやパイナップルもなる
という土地だが、映画の舞台となるのは標高1500〜2000mの
山岳地帯。その山頂まで築かれた棚田は、全長数100kmに及
び、その景観はユネスコの世界自然遺産にも登録されている
というものだ。
確か日本の棚田(千枚田)もユネスコに申請していたと思う
が、その規模の違いはちょっと言葉を失うくらいだ。しかも
ここでは常に水が張られているということで、その美しさは
いつか本物を見に行きたいと思わされるほどのものだった。
そんな風景を背景に、17歳の少女ルオマの初恋が描かれる。
少女は、祖母と2人暮らし、祖母が茹でるトウモロコシを露
天で焼いて観光客などに売っているが、はかばかしい稼ぎが
有るわけではない。
そんなある日、都会からやってきて現地で写真館を営む青年
がトウモロコシの纏め買いをするが、実は現金の持合せがな
く、変わりにヘッドフォンステレオを置いて行く。これで初
めて外国の音楽に触れた少女は、ちょうど帰省した幼馴染み
の少女の言葉などから、都会への憧れを持つようになる。
一方、民族衣装に纏った少女が、外国人観光客の格好の被写
体になっていることに目を着けた青年は、金を取って彼女を
モデルにすることを思いつく。そして2人は、観光スポット
で商売を始めるが…
純朴な少女と都会の青年という構図では有るが、少女だって
全く無知という訳ではない。だから物語としては、まあ我々
が見ていてもその経緯は納得もできるし、普通に初恋物語と
して見ることのできるものだった。
そしてその合間に、ハニ族のいろいろな風習や伝統の歌声な
ども登場して、それも楽しめる作品になっている。さらに雄
大な棚田の景観も楽しめるというものだ。
なお、主人公ルオマを演じたリー・ミンは、監督がこの作品
のために現地で見つけ出した実際のハニ族の少女ということ
で、その後に別の作品にも出演しているが、現在は大学に通
っていて女優を続けるかどうかは決めていないそうだ。

『イノセント・ワールド』“天下無賊”
『女帝』のフォン・ガオシャン監督による2004年作品。本作
は2005年の正月映画として公開され、同時期の『カンフー・
ハッスル』を押さえてナンバー1を記録したそうだ。
主演は、アンディ・ラウと、台湾出身の歌手でもあるレネ・
リウ。『女帝』では新皇帝役のグォ・ヨウ。さらに『シルバ
ーホーク』などのリー・ビンビン。他にワン・バオチアン、
チャン・ハンユーらが共演している。
ワン・ポーとワン・リーは、スリや詐欺などをしている男女
2人組。しかし、女性のリーはそろそろ稼業から足を洗いた
いと考えている。そして、詐欺で手に入れたBMWでラサを
訪れたとき、彼女は寺院の修復現場で働いていた純朴な青年
と出会う。
その青年は5年の年季を終えて故郷に帰ろうとしていたが、
純朴な彼は泥棒などいないと信じて5年分の給金を現金で持
ち歩いていることを広言してしまう。これを見たポーはその
金を奪うことを考え、リーはそれを守ることを決意して同じ
列車に乗り込む。
しかしその列車には、彼らの他に、組織された大人数の窃盗
団も乗り込んでいた。こうしてポーとリー、それに窃盗団の
三つ巴の戦いが始まるが…果たしてリーは青年の金を守り切
れるのか。
手品のようなスリのテクニックやかなり乱暴な強盗の手口。
またトリックなども次々に登場し、さらに列車の屋根の上で
のアクションなども満載の娯楽作品。物語上での多少のハプ
ニングは発生するが、全体の流れは緻密に計算されていて、
見応えも在った。
ラウのちょい悪ぶりも魅力的だし、リウの成熟した女性と、
対照的にコケティッシュさを発揮するビンビンも魅力的だっ
た。さらにヨウの窃盗団のリーダーと、バオチアンの純朴な
青年などのキャラクターも魅力的に描かれている。正月映画
ナンバー1の記録も頷ける作品だ。
なお、映画のオープニングを、サンパウロ生まれの日系人歌
手小野リサが歌う『ラヴィアン・ローズ』が飾っている。


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井口健二