井口健二のOn the Production
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2007年03月10日(土) スパイダーマン3(特)、きみにしか聞…、こわれゆく世…、心配しないで、逃げろ!いつか戻れ、待つ女、ストーン…、CALL ME ELISABETH

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『スパイダーマン3(特別映像)』
4月16日に日本でワールドプレミアが開催され、5月1日に
世界最速公開される新作の約30分の特別映像が披露された。
前作『2』のときにも特別映像が披露されたものだが、前回
の時はワイアフレームの映像などもあってメイキングに近い
感じのものだった。
しかし今回は、多分本編の前半部分の抜粋で、高層クレーン
がビルを襲うアクションや、親友ハリーの化身ゴブリンとの
闘い、サンドマンとの闘いなどが次々に紹介された。特に、
サンドマンには彼の背景なども含めて編集されていた。
ただし、今回のメインの敵はヴェノムになるはずだが、その
部分は巧妙に隠されていた感じで、さらに興味をそそられる
感じがしたものだ。
他に、メリー・ジェーンとの恋の行方なども登場はしたが、
ここにも隠されている部分はたっぷりとありそうで、本当に
公開を待ち切れなくさせるようなものだった。
その一方で、今回出演しているはずのブライス・ダラス・ハ
ワードに関しては、映像も、プレス資料の紹介も一切なし。
情報によるとコミックスでのパーカーの恋人の役ということ
だが、ここにハワードクラスの配役なら、それなりに重要な
役柄となるはずだし、この辺も気になったところだ。
それにしても、ゴブリンとの闘いはビルの谷間を飛び回るス
ピード感も見事で、撮影から映像の完成までに2年間が掛け
られたというのは、掛け値なしに信じられる映像だった。
さらにこの闘いでは、ハリーとピーターの立場の違いが微妙
に反映される演出も見事で、これは本当に期待が高まったも
のだ。

『きみにしか聞こえない』
以前に『ZOO』という作品の映画化を紹介している乙一原
作の映画化。
乙一は短編の名手と呼ばれているようで、『ZOO』の映画
化も短編集だったものだ。本作は長編だが、原作には『きみ
にしか…』と共に『失はれる物語』という作品名も挙がって
おり、複数の短編を組み合わせて脚色が行われたようだ。
その脚色は、昨年『スキトモ』という作品を紹介している金
杉弘子が担当しているが、プレス資料では乙一本人が、「原
作でもこういうふうにすればよかったと、くやしい思いをし
たところがたくさんあった」と記しており、かなり独自な脚
本になっているようだ。
主人公は、校内で携帯電話を持っていないのは自分だけだろ
うと思っている女子高校生。でも気にはしていない。何故な
ら対人関係が上手く出来ず、携帯で話すような相手もいない
からだ。
そんな彼女が、ある日、公園で携帯電話を拾う。それは実は
通話などできない玩具の携帯だったのだが…その携帯に男性
から電話が掛かってくる。彼女は最初、自分の頭の中で作り
上げた空想だと思うが、ある方法でそれが実在の男性だと証
明される。
一方、その男性は、リサイクルショップで壊れた器具の修理
をしている青年だったが、実は彼は聾だった。そんな彼が、
頭の中の携帯では他人の声を聞き、普通にと話すことができ
る。こうして、普段は人と話すことのできない2人の交流が
始まる。
ここに、実は2人の時間に時差があるということや、第2の
女性との通話などが絡んで、物語は進んで行く。そしてクラ
イマックスでは、その時差の問題が見事に使いこなされてい
るものだ。特に最後の畳み掛けるような展開は素晴らしかっ
た。
それに、何しろ主人公たちが頭が良い。いろいろな状況を即
座に判断して次々に対処して行く。その展開が心地良くさえ
感じられたものだ。
時間を越えた男女の交流を描いた物語は、SF映画ファンの
目から見ると『イルマーレ』から想を得たのではないかと思
われる部分もあるが、そこからは違えられている部分が見事
に機能して、素敵な物語に仕上げられている。

出演は、『神童』の成海璃子と、『リンダ リンダ リンダ』
の小出恵介。監督は、テレビや映画の助監督を長く務めて、
これがデビュー作の荻島達也。なお、本編中に成海がピアノ
を弾くシーンがあり、『神童』を見た後ではちょっと微笑ま
しかった。

『こわれゆく世界の中で』“Breaking and Entering”
アンソニー・ミンゲラ監督による『コールド・マウンテン』
以来の監督作品。オリジナルの脚本もミンゲラが執筆したも
のだ。
主人公は、ロンドンの中心街で再開発プロジェクトを進める
建築家。彼の私生活にはパートナーの女性がいたが、彼女の
連れ子の娘のことで関係は破綻しかけている。一方、彼のオ
フィスが窃盗団に襲われ、その犯人を追った主人公は、犯人
の母親に目を留める。
そして最初は、犯人の確証を得るためにその母親に近づいて
行くのだが、親密になった彼女からは、ボスニアの戦時下で
英雄と呼ばれた夫を失い、息子だけ連れて逃れてきたという
境遇を聞くことになってしまう。
こうして、2人の女性への愛の狭間に立たされた主人公は、
やがてその2つとも失うかも知れない事態へと直面して行く
ことになる。
この主人公を、『コールド…』に続いてジュウド・ロウが演
じ、ボスニア難民の女性を、ミンゲラ監督の『インプリッシ
ュ・ペイシェント』でオスカー助演賞受賞のジュリエット・
ビノシェ。また、パートナーの女性をロビン・ライト・ペン
が演じている。
他に、『銀河ヒッチハイクガイド』のマーティン・フリーマ
ン、共に『デパーテッド』に出演のレイ・ウィンストン、ヴ
ェラ・ファーミガが共演。さらに、ラフィ・ガヴロン、ポピ
ー・ロジャースの2人の若手が素晴らしい演技を見せる。
因に、本作は2003年にイギリスで公開されているが、ワイン
スタイン兄弟のディズニーからの離脱などのトラブルの巻き
込まれて、アメリカでもようやく昨年になって公開された。
従って、共演の3人はそれぞれ記載の作品より前に出演して
いたものだ。
物語的には、2人の女性の間で自らの行動の結果に悩み苦し
む男を描いたものだが、最初の切っ掛けがどうであれ、主人
公の行動は軽率だし、男性である僕の目で観ていてこの主人
公の行動は、一概に許していいものかどうか悩むところだ。
しかも、物語は結果として、女性の理解の大きさに救われる
面も大きく、僕が観ている分にはほっとできるのだが、女性
の目にはどのように映るのだろうか?男性としては気になる
ところだ。

物語の展開は、巨大プロジェクトのプロモーションのCG映
像や、一方でガヴロンが演じる窃盗団の若者のアクロバティ
ックなアクションなど、いろいろな要素が満載され、約2時
間の上映時間は短くも感じられた。
それにしても、ロンドンのキングズクロス界隈があんな場所
とは知らなかった。

『心配しないで』“Je vais bien ne t'en fais pas”
19歳の少女がバカンスから帰ってくる。その家では、双子の
兄が父親との口論の末に家出をしたと言われる。しかし、そ
の口論の原因などははっきりしない。しかも平静を保とうと
する両親に少女は苛立ち、それが高じて彼女は拒食症になっ
てしまう。
そして、入院してもどんどん痩せ細って行く彼女に、病院側
は両手をベッドに縛り付け、強制的に栄養を供給しようとす
るが、それもなかなか上手く行かない。そして彼女の体力も
限界に来たとき、兄からの手紙が届いて一転、彼女は回復に
向かい始める。
その後も兄からの手紙は届くが、住所は転々として会いに行
くことはできない。しかもその手紙には父親への悪口が綴り
続けられる。それでも落ち着きを取り戻した彼女は、そんな
状況の中で恋人を見付けられるまでになるが…
予備知識なしで見ていて、物語の進展の仕方には驚かされ続
けた。途中ではそれなりに予測のできた部分もあったが、か
なりの部分は予想外の進展だった。特に結末には、最初はな
ぜ?と疑問符も付いたが、よく考えると、これもあるかなと
いう物語だ。

正直に言って作り過ぎの物語かも知れない。でも、もし自分
がこの立場だったら、自分ならどうするだろうかと、考えて
しまうところだ。その意味では、自分が今まで考えてもみな
かったことを提示されているような感じの物語でもあった。
脚本監督のフィリップ・リオレは、スピルバーグ監督の2004
年作品『ターミナル』の下敷きとなった『パリ空港の人々』
を1993年に発表していることでも知られるが、かなり異常な
状況を物語にするのが得意のようだ。
また本作では、主演のメラニー・ロランが、拒食症のシーン
ではかなり迫真の演じ方で、その姿にも感心させられたもの
だ。それにしても、このときの病院側のかなり酷い対応が描
かれていて、最初はその面の告発も意図しているかと思って
しまったものだ。
実際に、こんなものなのだろうとも思えるが。

『逃げろ!いつか戻れ』“Pars vite et reviens tard”
フランスで新潮流ミステリーの旗手と呼ばれるフレッド・ヴ
ァルガス原作の映画化。
舞台は2000年のパリ。いくつものアパルトマンの扉に裏文字
の4の印が多数発見される。一方、中心街の街角で、料金を
取って大声で広告文を読み上げることを商売にしている男の
許に、現金と共に謎めいたメッセージが届き始める。
そして、この2つの出来事が結びついたとき、連続殺人事件
が起こり始める。しかもその被害者の遺体は斑に黒ずんでお
り、黒死病=ペストを思わせるものだった。
裏文字の4というのはペスト避けのまじないなのだそうだ。
他にも、CLTという言葉が出てきて、これはラテン語の
Cilo,Longe,Tarde(直ちに、遠くへ、長時間)の頭文字で、
ペストに罹らないための唯一の手段と言われていたとも紹介
される。
因に、題名はこのラテン語から来たものと思われるが、映画
の字幕では「すぐに遠くへ逃げろ、ゆっくり戻れ」となって
いた。邦題の「いつか戻れ」ではちょっとニュアンスが違う
ようにも感じたものだ。
物語は、事件を追うパリ警察の警視が主人公。本来は直感で
犯人を突き止める彼が、現在は私生活の男女間系がトラブっ
ていて、勘が冴えないという状況も描かれる。その他にも、
いろいろな状況がばらばら描かれていて、そのどこが本筋か
判らないような中から、徐々に本筋に近づいて行く手法は、
なかなか見応えがあった。
ただし、殺人の背景が過去の経緯に遡って語られるのだが、
その部分がちょっと唐突な感じがして、こういう話なら、プ
ロローグの辺りで多少の前振りがあれば、もっと了解しやす
かったような気もしたところだ。

なお、原作者は考古学者で中世の専門家だそうで、18世紀に
起きたペスト(遺体が黒ずむことはないそうだ)の大流行に
関する言及などは、さすがになるほどと思わせる。
また、警察がぺストのことを極力隠そうとする経緯などは、
日本人にはちょっと判りにくいところだが、情報が漏れた後
のパニックの様子などからは、過去の大流行の恐怖が染みつ
いているという雰囲気が伝わってきた。
アクションも適度にあって、サスペンス映画としても面白い
作品だった。

『待つ女』“7 ans”
夫が7年の刑期で服役し、妻はその7年を、毎週2回の面会
日に洗濯物を届けながら待ち続ける。夫婦でありながらその
間は、夫婦の関係も閉ざされる。
監督はドキュメンタリーの出身で、過去にこのような囚人の
妻たちに取材して作品を作ったことがあるそうだ。その際に
生で聞いた声や証言などを基に、この物語を作り上げたとし
ている。
主人公の女性は、毎週2回の面会日は欠かすことなく洗濯物
を届け続ける。その洗濯物には、夫に贈られた香水が振り掛
けてある。そして彼女も、夫から渡された汚れ物の匂いを慈
しむように嗅いでしまう。
そんなある日、刑務所からの帰り道で彼女は1人の男に声を
掛けられる。男は最初は兄が収監されていると言い、後では
自分は看守だと告白して彼女に近づいてくる。そして2人は
徐々に男女の関係へと進んで行くのだが、実は男には別の目
的もあった。
物語はもちろんフィクションということだが、こんな物語を
想起するような現実もあるということなのだろう。7年の刑
期というのがどのような罪によるものかは不明だが、報道な
どで聞くと短くも感じてしまうものかも知れない。しかし現
実の7年というのは決して短いものではない。
そんな中で、お互いの心が徐々に歪んでしまうのも、有り得
ない話とは言えないものだ。そんな男女の心理を巧みに描い
た作品といえる。
出演は、妻役にヴァレリー・ドンゼッリ、夫役には『情痴ア
ヴァンチュール』にも出ているブリュノ・トデスキーニ、そ
して看守役にシリル・トロレイ。なお監督は、シリルを起用
するために看守の役柄を大幅に書き替えたそうだ。
なおこの作品は、2006年9月のヴェネチアとトロント映画祭
で上映されているが、一般公開はフランスでも2月21日に封
切られたばかりの作品ということだ。

『ストーン・カウンシル』“Le Concile de Pierre”
それぞれ映画化された『クリムゾン・リバー』『エンパイア
・オブ・ザ・ウルフ』の原作者として知られるジャン=クリ
ストフ・グランジェが2000年に発表した作品の映画化。
先に映画化された2作は共に男性が主人公だったが、本作の
主人公は女性、その主人公にモニカ・ベルッチが扮し、共演
はカトリーヌ・ドヌーヴ。しかも、物語はヨーロッパを遠く
離れてシベリアのイルクーツクで始まる。
その町の孤児院に1人の女性が訪ねてきて、モンゴル人の男
の子の赤ん坊を里子として引き取って行く。そして数年が経
って、舞台はパリ。フランス語とロシア語の通訳をしている
女性のもとで、少年は7歳の誕生日を迎えようとしていた。
その誕生日を数日後に控えたある日、少年の胸の上部に不思
議なマークが現れる。そして2人は同じ悪夢に悩まされるよ
うになる。それは森の中で何かに襲われるというものだった
が…医者に相談しても、そのマークも悪夢も心配ないと言わ
れてしまう。
ところがその診察の後、医者はどこかに電話を掛けている。
そして、その少年の存在を巡って国際的な秘密結社の暗躍が
始まっていた。
同じ原作者の前の2本の映画化も、宗教やオカルトなどがい
ろいろ関ってくるものだったが、本作ではさらにモンゴルの
伝説と、旧ソ連の秘密研究というもので、そのアイデアは結
構面白く感じられたものだ。
しかも、物語のキーとなるイルクーツクのシーンには、多分
現地にロケ撮影も行われたようで、その異国情緒というか、
ちょっと不思議な雰囲気が映画の展開に活かされていた。
脚色監督のギョーム・ニクルーは、日本での紹介は初めての
ようだが、フィルム・ノアール、特にジャン=ピエール・メ
ルビルなどのジャンル映画の大ファンということで、その雰
囲気をよく伝える見事な演出を見せている。
また、監督を支えるスタッフとして、クローネンバーグ作品
の撮影監督ピーター・サシツキーや、ポランスキー映画の音
響を手掛けるジャン=マリー・ブロンデルなどが参加。幻想
的なグランジュ・ワールドを見事に描き出していた。
さらにベルッチは、2004年に長女を出産した後の本作では、
子供を思う母親の姿を迫真の演技で表現しており、ほとんど
ノーメイクでの登場は、過去の作品で見せた妖艶さとは全く
違って、最初は別人かと思うほどだった。

『CALL ME ELISABETH』
              “Je m'appelle Elisabeth”
少女の成長を描いたドラマ。
主人公のベティは10歳。父親が院長を務める精神病院に隣接
する屋敷で、姉と両親と共に暮らしていた。ところが、姉妹
というより親友同士だった姉のアニエスが寄宿学校に行って
しまい、母親も父親と仲違いして家を出てしまう。
楽しかった生活が一転して暗いものに。しかも新学期の始ま
った学校では、親しくしようとした転校生から思わぬいじめ
を受け、また、近くの野犬収容所で処分を待っている一頭の
犬を引き取ろうとするが、父親に反対される。
そんな周囲の裏切りを受け続けたある日、ベティは通学用の
自転車を入れる納屋のそばで病院を逃げ出してきた青年を発
見する。とっさに父親の眼から彼を隠したベティは、そのま
ま彼を納屋に匿ってしまうのだが…
父親から患者の話を聞いて、いつか自分も気が変になってし
まうのではないかと不安を感じてしまうような繊細な少女。
そんな少女の試練の先に待っていたものは…
アンヌ・ヴィアゼムスキーという人の同名の原作があるよう
だが、物語は思春期の少女の揺れ動く心を巧みに描き出して
いる。ちょっと特殊な環境が背景にありはするが、未来への
漠然とした不安など少女の心理は普遍的なものだ。
匿った青年に食事を運ぶままごとのような雰囲気や、かいが
いしく青年の世話をする様子など、描かれる少女の姿はいと
おしくも感じられる。その撮り方や演出には、監督の優しさ
が伝わってくるような作品だった。
ベティ役のアルバ・ガイアは、昨年3月に紹介したフランソ
ワ・オゾン監督の『ぼくを葬る』に出ていたようだが、本格
的な映画出演は初めてとのことだ。しかし、堂々とした主演
ぶりで、将来が楽しみな女優になりそうだ。
なお、試写会では英語字幕のみのDVDだったが、元々が子
供の台詞なので英語字幕でもあまり支障はなかった。でも、
後日、日本語字幕のコピーは貰えるようなので、確認して誤
りがあったら訂正することにする。
それから、映画に登場する幽霊屋敷のステンドグラスが見事
で、これはもう一度、画質の良いフィルムの上映で見てみた
いと思ったものだ。

なお、今回紹介した『心配しないで』、『逃げろ!いつか戻
れ』、『待つ女』、『ストーン・カウンシル』、『CALL
 ME ELISABETH』は、3月15日開催のフランス
映画祭で上映される作品。また、この内、『心配しないで』
『逃げろ!いつか戻れ』と、前回紹介の『暗黒街の男たち』
の3本は、日本公開未定ということだ。


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井口健二