井口健二のOn the Production
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2007年02月28日(水) ボルベール、ラブソングができるまで、石の微笑、チャーリーとパパの飛行機、ルネッサンス、暗黒街の男たち、輝ける女たち

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ボルベール<帰郷>』“Volver”
『トーク・トゥ・ハー』のペドロ・アルモドバル監督が、昨
年のカンヌ映画祭で脚本賞に輝いたスペイン映画。主演のペ
ネロペ・クルスは、アメリカ映画アカデミーの主演女優賞に
もノミネートされた。
監督の生地でもあるラ・マンチャ地方。強い風が吹き、死者
の甦りの話も普通に語られる。そして、精神病患者の発生率
も国内一という。そんな土地柄を背景に、女性たちの数奇な
物語が展開する。
主人公は、幼い頃に両親の許から離れて育った女性。だから
彼女には自分の娘への思いが人一倍だった。その娘が殺人を
犯してしまう。その罪を隠すために奔走する母親。しかしそ
れが思わぬ事態を引き起こす。
一方、彼女には幼い自分を手放した両親との間に確執があっ
たが、その両親もすでに亡くなって久しい。ところが、その
母親が甦ったらしいという噂が近所で立ち始める。幽霊は現
世に残した思いを遂げるために甦るというのだが…
アルモドバルは、今、最も自由に映画を撮れる監督と言われ
ているそうだ。そういう監督だからこそ自由自在に描けた故
郷への想い、そんな感じのする作品だ。
幽霊が普通に語られる何てことは、それ自体が変な話なのだ
が、その変な話を見事に物語にして、母子3代にわたる愛憎
が語られていく。そこには誤解や不知やいろいろなものが介
在するが、それが和解に向けて見事に作用して行く。
しかも、物語全体はコメディタッチでユーモラスに描かれて
いる。まあ中心に殺人という重い題材があるから、コメディ
にしないと描き切れなかったのだろうが、それを実に軽やか
に描いているのにはさすがという感じがした。脚本賞も納得
できる作品だ。
共演者は、母親役にカルメン・マウラ、娘役にヨアンナ・コ
バ。他に、ロラ・ドゥニヤス、ブランカ・ポルティージョ。
主要な登場人物が全部女性というのも素敵なところだ。
なお、原題は「帰郷」の意味とのことだが、1930年代に発表
されたタンゴの名曲から採られたものだそうで、その歌も劇
中で重要な意味を持って歌われている。

『ラブソングができるまで』“Music and Lyrics”
ヒュー・グラントとドリュー・バリモア共演のロマンティッ
クコメディ。
主人公は、1980年代に大ヒットを飛ばしたポップグループで
セカンドヴォーカルだった男。トップヴォーカルがソロ活動
で人気が出たためにグループは解散し、彼もソロデビューは
するが失敗した。
そんな彼に、昔の彼のファンだったという人気女性歌手から
新曲の依頼が来る。だがそれは、6日後にレコーディングす
るアルバムに入れたいという無茶な注文。しかも、作詞は出
来ないとする彼に用意された作詞家は、ちょっと使えそうに
ない奴だった。
そんな時、彼の部屋の観葉植物の手入れをしにきた女性が、
彼の口ずさんだ出だしの詩に、独言で続きを付けてみせる。
それを聞いた主人公は彼女に続きの作詞を依頼するのだが…
彼女にはそういうことをしたくない理由があった。
人生の黄昏時に再び栄光を取り戻したい男性と、過去の過ち
に囚われて前に進めない女性。そんな2人がお互いを見つめ
あって、新たな世界へ1歩を踏み出そうとする。映画が人生
の応援歌であるとするなら、その見本のような作品だ。
脚本監督は、サンドラ・ブロック主演の『トゥー・ウィーク
ス・ノーティス』を手掛けたマーク・ローレンス。同作に出
演したグラントともう一度組みたいと考えてこの脚本を執筆
したとのことだ。
しかし、出演依頼をしたとき、今まで楽器も歌も経験がない
グラントは出演を渋ったそうだ。ところが、その様子に脈が
あると踏んだ監督は、さらに歌と演奏の場面を増やしてしま
ったと言うのだから、グラントも大変な監督に捕まったとい
うところだろう。
一方、バリモアはちょうどコロムビアからワーナーへプロダ
クションを移したところで、その第1作に選んだものだが、
彼女も今まで歌声を披露したことはない。でもそんな2人に
見事なデュエットまでさせてしまうのだから…監督の手腕に
脱帽というところだ。
なお映画では、巻頭に主人公のアイドル時代のPVという設
定の映像があって、これが、映像から歌の内容から、ダンス
の振り付けや挿入される寸劇に至るまで、実に当時の雰囲気
で作られていて面白い。当時を懐かしむ意味でも良くできた
作品だった。
また、グラントは1小節ずつ指の動きをマスターして行くと
いう手法の特訓で、見事なピアノの弾き語りを披露してくれ
る。その他の歌のシーンや人気女性歌手のコンサートの場面
など、音楽映画としても見事に成立しているものだ。
他の出演者では、『キャプテン・ウルフ』のブラッド・ギャ
レット、『オースティン・パワーズ』のクリスティン・ジョ
ンストン。また、女性歌手の役でヘイリー・ベネットという
新人が幸運なデビューを飾っている。

『石の微笑』“La Demoiselle d'honneur”
1930年ロンドン生まれの女流ミステリー作家ルース・レンデ
ルの原作“The Bridesmaid”を、同じ1930年パリ生まれの映
画監督クロード・シャブロルが映画化した2004年の作品。
単純に計算して監督74歳のときの作品だが、主演に1974年生
まれのブノア・マジメルと、1983年生まれのローラ・スメッ
トを据えて、若々しいというか、瑞々しいというか、見事な
感性に溢れた作品を作り上げている。
母子家庭に育ち、真面目に生きてきた青年が、妹の結婚式で
運命的な出会いをする。その女性もまた、彼に運命的な繋が
りを感じると言う。しかし、その女性の発言にはどこか尋常
でないものがある。そして彼女は、愛の証として彼に殺人を
犯すことを求める。
青年は、真面目とは言っても決して初だった訳ではない。し
かしそんな彼が彼女には翻弄され、どんどん深みに填って行
く。もちろんミステリー小説の映画化ではあるのだけれど、
全くの虚構とは言い切れないような、不思議な感覚の作品だ
った。
実際、虚言癖ともつかないこの女性の発言は、最近の若者で
は「ない」とは言い切れない感じもする。また、最近報道さ
れる若者の無軌道さなども聞くと、こんなことは実際に起き
ていても不思議ではないという感じもする物語だ。
原作は1998年に発表されたもののようだが、実に今風の物語
だし、またそれを見事に今風の感覚で映画化した作品と言え
る。しかもそれを、1930年生まれの原作者と監督の2人がや
ってのけているのだ。
なお主演のマジメルは、『クリムゾン・リバー2』や『スズ
メバチ』を過去に紹介しているが、その前の『ピアニスト』
ではカンヌの最優秀男優賞も受賞している実力派。一方、ス
メットはジョニー・アリディの娘だそうだが、ちょっと古典
的な風貌の裏に異常さを秘めた演技は見事なものだった。
因に監督は、ミステリーではヒッチコックと比較されること
が多いようだが、それは「迷惑ではないが嬉しくもない」そ
うだ。ただし、「ヒッチコックを思い出すと言われるのは良
い。でも、アラン・スミシーを思い出すと言われる方がもっ
と良い」のだそうで、この発言にも若々しい洒落っ気を感じ
るものだ。

『チャーリーとパパの飛行機』“L'Avion”
主人公のシャルリーは自転車が欲しかった。でも、久しぶり
に帰宅したパパが持ってきたのは、大きな白い模型飛行機。
だから喜んではくれない息子の態度に、パパは「徹夜で作っ
たのに」と呟きながら、飛行機を息子の手の届かないタンス
の上に置く。
そして、「次は必ず自転車を持って帰ってくる」と書き置き
して、仕事に戻って行ったパパだったが、そのパパが事故で
亡くなってしまう。ところがその夜、パパの模型飛行機が勝
手に動き始める。しかもそれはシャルリーと意思が通じてい
るかのように…
少年と白い模型飛行機=空を飛ぶものという連想で、僕はこ
の映画を見ながらアルベール・ラモリス監督の“Le Ballon
Rouge”(赤い風船)を思い出していた。孤独な少年と赤い
風船の心の交流を描いた1956年の作品は、当時ジャン・コク
トーも絶賛した名作だ。
本作は、中編のラモリス作品より物語も複雑だし、エピソー
ドも盛り沢山で、ラモリス作品の詩情のようなものは、現代
的な物語の中では希薄になってしまうが、大空への憧れのよ
うな部分など、何となく似た感じが嬉しかった。
因に本作は、コミックスを原作にしているそうだが、その原
作も読んでみたくなったものだ。
監督のセドリック・カーンは、過去には、A・モラヴィアの
『倦怠』やシムノンのサスペンスなども手掛けているという
ことで、そこから考えるとかなり思い切った作品と言える。
でも子供を主人公に据えて、しっかりとそれを描いているの
には感心した。
ただし、邦題はチョコレート工場の影響か『チャーリー…』
だが、これは当然英語読みな訳で、フランス人の少年は、僕
が見たときは字幕でも「シャルリー」と呼ばれていた。しか
しこれでは混乱が生じてしまいそうで、やるなら字幕も統一
して欲しいものだ。
確かフィンランド映画の『ヘイフラワーとキルトシュー』の
ときは、お母さんが「ヘイナハットゥ」と呼んでいても、字
幕は「ヘイフラワー」だったはずで、それくらいはやっても
問題ないと思うが。
なお、音楽の担当はガブリエル・ヤレドという人だが、これ
にちょっと『ドラゴンクエスト』のダンジョン風の曲があっ
て、それがまたそういう雰囲気のシーンで流されるので、そ
れも嬉しくなった。

『ルネッサンス』“Renaissance”
1998年に“Maaz”という短編作品で高い評価を受けたという
クリスチャン・ヴォルクマン監督の初長編作品。モーション
・キャプチャーを利用したアニメーションで、墨と空白の木
版画のような映像の中、近未来のアクションドラマが展開す
る。
時は2054年。舞台はパリ。街角には巨大企業アヴァロン社の
ヴィジュアル広告が氾濫し、人々を健康的な理想の世界へと
誘っている。そのアヴァロン社でトップクラスの女性研究員
が誘拐される。その捜査が始められるが、そこには謎の影が
付き纏う。
その女性研究員は、先にアヴァロン社を引退した研究者の身
辺を洗っていたらしい。そしてそこから人類の未来を揺るが
す陰謀が明らかにされて行く。
この捜査官の声を新007のダニエル・クレイグが演じ、他
に『ブレイブハート』のキャサリン・マコーミック、『エイ
リアン』のイアン・ホルム、『ブラジル』のジョナサン・プ
ライスらが声の共演をしている。
因に本作では、モーション・キャプチャーを利用したという
ことだが、『モンスター・ハウス』等のように声優が演技も
しているものではなく、演技は他の俳優が担当して、声だけ
を彼らが吹き込んでいるものだ。
50年後のパリの風景などはCGIで描かれ、そこに俳優の動
きをキャプチャーしたキャラクターが填め込まれる。そこを
カメラ(視点)が自在に移動して映像が演出されており、こ
れはモーション・キャプチャーの威力と呼べる。
床が透通しの空中回廊に設けられた会社幹部の部屋など、現
実には不可能な背景も登場してアニメーションの楽しさも満
喫させてくれる。このモーション・キャプチャーやその後の
映像処理には、IBMが全面協力してコンピュータ等の機材
を提供したとクレジットされていた。
『シン・シティ』や『スキャナー・ダークリー』など、実写
かアニメーションか区別の付き難いものが増えてきたが、そ
の中では間違いなくアニメーションと言える作品。でも、今
後この手の作品が増加すると、そろそろ線引きをしっかりし
てもらいたくなる。
なお本作は、昨年アヌシー国際アニメーション映画祭でグラ
ンプリを受賞。アメリカではアカデミー賞長編アニメーショ
ン部門の選出リストにも入っていた。北米地区はディズニー
が配給権を獲得し、ミラマックス名義で公開されたようだ。

『暗黒街の男たち』“Truands”
フランスの暗黒街を舞台に、アラブ系やイタリア系などの組
織が交錯する中、男たちのドラマが展開する。
フィルム・ノアールというのはフランス映画の伝統的なジャ
ンルだったが、最近では香港などを舞台にしたアジア系のノ
アールが台頭してきた。でもそこには、アンディ・ラウも良
いけれど、やはりアラン・ドロンがいて欲しかった訳で、そ
の跡を継ぐのが本作のブノア・マジメルのようだ。
マジメルは『石の微笑』にも出ているが、実は映画を見てい
る間、僕は全然それに気付かなかった。確かにスチールを見
比べると同じ人物なのだが、そのくらい見事に演じ分けてい
たという感じのものだ。
物語は、何かの刑期を終え出獄した若者が、暗黒街のボスに
取り入ってその道を歩み出すところから始まる。そして多少
の事件は起きるものの、それなりに順調にことは進んで行く
のだが…。ある日些細なことでボスが逮捕され、一気に物事
が流動化する。
こうして、血で血を洗う抗争が勃発するのだが、これがかな
り強烈な演出で描かれる。
正直に言ってフィルム・ノアールをそれほど見ているわけで
はないが、昔の映画ではここまで強烈な描写は出来なかった
だろうと思われる作品ではある。それほどにどぎついと言う
か、これが現代なのだろうという感じはしてしまう作品だ。
監督は、猟奇的な犯罪映画などを撮ってきたようだが、ブラ
イアン・デ・パルマを敬愛しているということで、なるほど
なという感じはしてしまう。ただ、デ・パルマのようにトリ
ッキーな感じではなく、もっとストレートに物事を追求する
人のようだ。
マジメルの他には、『プロヴァンス物語』などのフィリップ
・コベールがボス役で登場して重厚な演技で他を圧倒する。
作品的にはコベールが主演だと思うが、宣伝はマジメル中心
でというところだろう。でも彼らの演技はまた見たいと思え
るものだ。

『輝ける女たち』“Le Heros de la Famille”
カトリーヌ・ドヌーヴ、エマニュエル・ベアール、ミュウミ
ュウの共演で、ニースの街に建つ「青いオウム」というキャ
バレーを舞台にした愛憎ドラマ。
主人公のニッキー(ジェラール・ランヴァン)は、昔はテレ
ビのレギュラー番組も持っていたマジシャン。幼い頃にアル
ジェリアから亡命し、「青いオウム」のオーナー(クロード
・ブラッスール)を父親のように思って来た。
その彼には、今は疎遠の元妻アリス(ドヌーヴ)との間にニ
ノという息子がおり、一方、幼馴染みで芸人仲間のシモーヌ
(ミュウミュウ)とは一夜の情事で生まれたマリアンヌとい
う娘がいた。そして今は「青いオウム」でのショウが唯一の
仕事だったが…突然そのオーナーが死去してしまう。
この事態に主人公は、店は息子同然の自分が引き継ぐものと
思うのだが、オーナーの遺言は彼ではなく、ニノとマリアン
ヌに店を譲るというものだった。しかも堅気の2人は店を閉
めると言い出す。そこにアリスも現れて、主人公は二進も三
進も行かなくなってしまう。
人生の大転換期、しかも過去には経緯が五万とある。そんな
過去を徐々に紐解きながら、登場人物たちは自らの進むべき
道を見付けて行く。
もちろん描かれる世界がかなり特殊だから、一概に参考にな
るものではないが、でも人は常に前に進んでいなければなら
ないという人生観は見事に描かれている。
キャバレーのショウシーンなども、華やかに再現されている
し、歌姫を演じたベアールが吹き替えなしで歌う名曲の数々
も楽しめる。なおべアールは、『8人の女たち』でも歌声を
披露しているが、歌手という役柄で本格的に歌うのは本作が
初めてだそうだ。
ドヌーヴのちょっと嫌みな元妻の演技も迫力満点で面白かっ
たし、ミュウミュウのちょっと引き気味の素朴な演技も素晴
らしかった。因にミュウミュウは、フランス映画のセザール
賞主演賞の受賞を1回辞退した他、9回のノミネートを誇っ
ている人だ。

なお、今回紹介した『石の微笑』、『チャーリーとパパの飛
行機』、『ルネッサンス』、『暗黒街の男たち』、『輝ける
女たち』は、3月15日開催のフランス映画祭で上映される作
品。またフランス映画祭では、以前に紹介した『情痴アヴァ
ンチュール』と『恋愛睡眠のすすめ』も上映される。


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井口健二