井口健二のOn the Production
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2007年01月19日(金) キトキト!、モンスターハウス3D、NARA、Saru、ボッスン・ナップ、幸せのちから、クロッシング・ブリッジ、パラダイス・ナウ

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『キトキト!』
題名の「キトキト」とは、富山弁で「生きがいい」という意
味だそうだ。
富山県高岡市。日本3大大仏の一つと呼ばれる高岡大仏が見
下ろすこの町で、夫に先立たれた斎藤智子は、女手一つで娘
と息子を育ててきた。そのため彼女は、ヤクルトレディから
タクシー運転手まであらゆる職につき、付いた仇名はスーパ
ー智子ちゃん。
しかし、親の心子知らずで、娘は3年前の高校生の時に家出
・駆け落ちし、息子も高校をドロップアウト→暴走族、そし
て、一と旗揚げに東京へ出て行ってしまう。その息子は、新
宿歌舞伎町でホストの道を歩み始めるが…
ちょうど同じ年頃の娘と息子のいる身としては、いろいろ想
いを巡らしてしまう作品で、その点では納得もできたし、幸
い自分はまだ健在だから一概に比較は出来ないが、こんなこ
ともあるかなあ、という感じの作品だ。
息子がホストになってしまうというのは、意外と言えば意外
な展開だが、これも昨年紹介した『ウォーターズ』などを観
ていれば、最近の若者文化としては半ば定着しているように
も思えるものだし、彼がそれなりに自覚を持っている点には
好感も持てた。
それに、そんな娘や息子の立場を尊重して、それをしっかり
と受けとめようとする母親の姿には…これがかなり過激なと
ころが映画の見所にもなるのだが…結構填って観てしまった
ところもあるものだ。
出演は、ナレーターでもある息子役に、『夜のピクニック』
の石田卓也、娘役に『バックダンサーズ』の平山あや、そし
て母親役を大竹しのぶ。他に、井川比佐志、尾上寛之、伊藤
歩、光石研、鈴木蘭々らが共演している。
実は、物語に登場する一つのエピソードが、我が家でも家内
がしょっちゅう言っていることと同じで、しかもそれが物語
の締めにもなっている。そんなところにも、共感を持ってし
まったかもしれない。僕にとって、新年最初に観る映画には
適当な作品だったようだ。

『モンスターハウス3D』“Monster House”
去年10月に一度紹介しているし、すでに13日から公開も始ま
っているが、公開直前に3D版の試写が行われたので改めて
紹介する。
ドルビー社開発のリアルDシステムによる3D上映は、一昨
年の『チキン・リトル』、昨年の『ナイトメア・ビフォア・
クリスマス』に続いて3本目となるが、ソニー=コロムビア
製作の本作は、初めてディズニー以外の作品となるものだ。
ただし、本作の映像製作と3D化を行ったソニー・イメージ
ワークスは、ワーナー配給でImax3Dによる公開の行われた
『ポーラー・エクスプレス』にも関っており、僕は『ポーラ
ー…』の3D版は見逃してしまったが、その評判は高いもの
だった。
それで本作について言えば、恐らく最初から3D化を考慮し
て映像も計算されていたのだろうが、巻頭の落ち葉の舞う描
写から、後半の暴れ回る木立ちやモンスター化した家まで、
その迫力は満点以上だったと言える。
『ナイトメア…』に関しては、僕はオリジナルを観ていた時
から3Dを認識していた感じがあって、それが3D化されて
もある意味予想通りという感じがしたものだった。しかし本
作の3Dは、2D版とは一味も二味も違う感じがした。
内容については前回紹介したので繰り返さないが、2度目を
観ていると、物語前半での微妙なキャラクターの表現なども
良く判り、それも良い感じがしたものだ。

『NARA:奈良美智との旅の記録』
画家の奈良美智が、昨年故郷の弘前で行った大規模な展覧会
「AtoZ」を開くまでの軌跡を追ったドキュメンタリー。
奈良の絵は以前から知っていたが、実は彼の描く、おかっぱ
頭で三白眼、唇をぎゅっと結んだ女子のキャラクターはちょ
っと陰険そうで、僕は正直に言ってあまり好きなものではな
かった。しかし一般的には、作者自身も驚くほどの評価をこ
の作品で得ている。
画家というのは、作家以上に孤独な芸術家のように思える。
しかも文章ならそこにいろいろな言い訳を添えることが出来
るが、画家は1枚の絵の中で全てを描き尽くさなければなら
ない。その緊張感は、並大抵のものではないだろう。
だから画家は、ほとんどの場合一人で製作を続けてきたはず
だ。そんな画家が、他人とのコラボレーションを模索する。
その発端がどこにあったかは、このドキュメンタリーでは明
らかにはされないが、その結果がどうなったかは、克明に記
録されているものだ。
映画の中では、思いも掛けず売れっ子になってしまった奈良
が、売れる前の孤独な自分を再現したかったという発言が出
てくるが、それは作品に対するイメージであって、今回の展
覧会の目的ではない。
しかしそのイメージである小屋を造るという作業を通じて、
奈良はgrafというクリエイターグループと共同し、その共同
作業の中で彼自身の作品までもが変化して行く。
そしてそれは、奈良自身が「過去には描けなかったものが描
けるようになったし、過去に描けたものが描けなくなった」
とも語っているものだ。このドキュメンタリーは、そんな1
人の画家が劇的に変化する瞬間を捉えた希有な作品にもなっ
ていた。
それにしても、弘前での展覧会は3カ月で8万人を動員し、
昨年10月に閉幕したということだが、このドキュメンタリー
を観ていると、その達成感がひしひしと感じられ、それを観
られなかったことが残念にも感じられた。
今回の93分の作品では、展覧会の様子はごく触りだけの紹介
だったが、600巻撮影されたというオリジナルには当然その
展覧会の制作からの様子も取材されているはず、できたらそ
の記録も、何らかの形でまとめて見せてもらいたいものだ。
なお、映画の中で紹介される奈良の最近の作品には、ちょっ
と好ましい感じも持てた。

『Saru phase three』
2003年に『サル』という作品を発表している葉山陽一郎監督
の新作。
前作は、監督自身がアルバイトでした治験体験に基づくドキ
ュメンタリータッチの作品ということだが僕は観ていない。
監督はその後『死霊波』などの作品を撮っており、今回は、
現実に起きた事件を踏まえてデビュー作のテーマに再挑戦し
たというものだ。
主人公は、アメリカ横断ツーリングを夢見るバイクショップ
の整備士。彼の肺に腺ガンが見つかり、それは初期の小さな
もので手術によって切除されるが、すでにリンパ節に転移が
生じていた。そこで、抗ガン剤による治療が始まるのだが…
治験には、フェーズ1からフェーズ3まであり、フェーズ1
では健康な青年男子に薬剤が投与されて安全性が確認され、
フェーズ2では少数の患者に投与されてその有効性などが検
証され、フェーズ3でより多くの患者に投与されて副作用な
どが調べられるそうだ。
しかし、緊急を要する抗ガン剤の開発では、フェーズ3を飛
ばして直接医療現場で治験を行うことが認められているとい
う。この映画では、そんな抗ガン剤を治験と知らせずに投与
している医療現場の実態が描かれる。
といっても、映画は、エロありグロありの娯楽作品で、監督
の意識がどの辺にあるのかは判らないが、好き者の目で観て
いればそれなりに楽しめる作品にもなっていた。まあ、正直
に言ってこの問題は、いくら問題提起しても壁は分厚いし、
こんな風な作品を継続して作って行く方が、草の根の効果は
あるのではないかとも思えるところだ。
題名は、もちろん動物実験に使われるサルのことで、劇中の
「サルに効いたのに、何故お前に効かないんだ」という台詞
は、ちょっと気に入ってしまった。
出演は、主演に、『ウルトラマンガイア』『仮面ライダー龍
騎』の高野八誠、ヒロイン役はNHK「中国語講座」の清水
ゆみ、さらに『龍騎』に出ていた弓削智久が共演している。
以前に10日間ほど手術入院した経験がある。確か8人部屋だ
ったと思うが、同室には、予後不良で長期化している人や、
手術後数日で再手術、そのまま戻ってこなかった人もいて…
この作品では相当に戯画化されてはいるが、その雰囲気は納
得できる感じだった。

『ボッスン・ナップ』“Boss'n Up”
『スタスキー&ハッチ』のリメイク版などにも出演している
ラッパーのスヌープ・ドッグが、自らの製作総指揮、音楽、
主演で2005年に発表した作品。
当時の彼の最新アルバムから楽曲が収録され、巻頭にはゲフ
ェンレコードのロゴマークも出ていたからプロモーション用
に製作された作品と思われる。因に、アメリカで劇場公開さ
れる作品にはお決まりのMPAAのレーティングはなかった
ようだ。
しかし、映画的にはちゃんとしたドラマも作られているし、
上映時間は90分で劇場公開も可能な作品にも見えるものだ。
と言ってもこの内容では、MPAAのレーティングはかなり
厳しいものになりそうだが。
主人公の職業はPimp。簡単に言ってしまえば売春の元締め。
非合法な職業だし、そんな主人公を描いた映画はあまり誉め
られた内容とも言えない。が、アメリカで黒人低所得者層の
若者が成り上がるには、NBA選手かラッパー、後はドラッ
グ・ディーラーにPimpが一番の近道なのだそうで、その意味
ではアメリカ文化を描いた作品とも言えそうだ。
そして主人公は、スーパーマーケットのレジ係から、Pimpの
元締めに誘われ、その教えに従って成り上がって行く姿が描
かれる。その中では、Pimpのルールや女性の扱い方などの指
南も含まれ、正に文化の伝承といった感じもする作品だ。
もちろん実際には、ギャングやマフィアの後ろ楯があるのだ
ろうが、映画ではその辺は無視され、ひたすら正しいPimpの
あり方のようなものが描かれて行く。一部パロディのような
部分もあって、一瞬そうかなとも思ったが、全体はいたって
真面目なものだ。
まあ、こういうアメリカ文化もあるのだということを知ると
いう意味では、それなりに考えさせられるところはある作品
と言えそうだ。だからといって、何か得るところがあるかと
いわれると、日本の中では答えに窮するところはあるが…。
取り敢えず、スヌープ・ドッグを始めとするこの種の音楽が
好きな人には、2年前の作品ではあるが彼の楽曲は存分に聞
かれるし、その意味での価値は認められるものだ。

『幸せのちから』“The Pursuit of Happyness”
ウィル・スミス製作、主演による実話に基づくアメリカンド
リームの物語。因に原題のスペルにはちゃんと意味がある。
主人公は、高校での数学の成績は優秀だったが、家庭の事情
で大学には行けず、そういう黒人青年のその後の生活は社会
の底辺に近いものだ。
そんな彼には妻と一人息子の家族があったが、一攫千金を夢
見て全財産をはたいて手に入れた医療器具の独占販売権は、
性能は素晴らしいがそこまでは要らないという代物。その在
庫も抱えて、家賃も滞納、税金も払えない。そしてついに妻
が家を出て行ってしまう。
しかし彼には、子供の頃に施設に預けられていたという経験
があり、息子だけは絶対に手放さないと心に決めている。こ
うして、幼い息子の手を引きながらの奮闘が始まるが…
もちろん、最終的に成功を納めた人物の物語だが、それが嫌
みに感じられないのは、彼の努力の様子が具体的に描かれて
いるからだろう。そこには彼の天賦の才能も係るし、幸運に
も恵まれるが、でも努力が報われるという基本的な部分が見
事に描かれている。
製作したコロムビア映画には、1979年度のアカデミー賞で作
品、監督、脚色、主演男優、助演女優賞を独占した『クレイ
マー、クレイマー』があるが、前作の背景となる1970年代と
本作の80年代とでは、その困難さが桁違いなっていることも
興味深かった。
そんな中で、主人公は子連れで、野宿やホームレスの施設に
泊まりながら一縷の望みを賭けた目標に向かって努力を続け
て行くのだ。
時代背景的には、多分バブルに向かって行く直前の、彼にと
ってはいい状況だったのかも知れない。だから、彼の成功が
今の時代に当てはまるのかどうかは判らないが、それでも今
の時代にも何か通じるような、そんな希望も抱かせてくれる
作品だった。
なお、監督はイタリア人のガブリエレ・ムッチーノ。2002年
サンダンス映画祭で観客賞を受賞した監督の初アメリカ進出
作品となっている。また、主人公の息子役にはスミスの実の
息子が扮しているが、これは縁故で決まったものではなく、
100人を超すオーディションの結果だそうだ。

『クロッシング・ザ・ブリッジ』“Crossing the Bridge”
アレキサンダー・ハッケというドイツ人の前衛ギタリストを
案内役に、イスタンブールとトルコの音楽シーンを辿るドイ
ツ・トルコ合作のドキュメンタリー作品。なお、製作国はい
ずも英語圏ではないが、原題は上記の英語のものが正式のよ
うだ。
イスタンブールの若者たちによる超早口のラップやブレイク
ダンスに始まり、ジプシーを含む民俗音楽、さらにようやく
演奏が解禁されたクルド系住民の音楽、1930年代、60年代、
70年代にトルコで活躍したポップシンガーの当時の映像から
現在の歌声まで、極めて網羅的に記録されている。
監督は、ハンブルグ生まれで、2005年のカンヌ映画祭審査委
員長も務めたトルコ系のファティ・アキン。彼の前作『愛よ
り強く』で音楽を担当したハッケが、その際に耳にしたイス
タンブールの音楽シーンに感銘を受け、この作品が生まれた
ということのようだ。
それにしても、色とりどりというか、次々に異なる音楽が提
示される。全体的にはアラブ系の音楽とジプシー系の音楽に
基づくようだが、特に哀愁を帯びたジプシー系の曲調には何
となく懐かしさと言うか心地良さも感じられ、気持ち良く音
楽に浸れる感じがした。
ただ、映画は基本的な部分で反社会的な姿勢が感じられ、そ
れが映画製作者の意図によるものかどうかが多少気になると
ころだった。確かにクルド問題なども出てくれば、それは意
図的とも取れるが、トルコの歴史的な背景は、それだけとも
言えないようだ。
でもその一方で、最初の方に出てくるラップをやっている若
者たちまでが、古典的なトルコ音楽を尊重していることや、
そのトルコ音楽が西欧的な音楽とは明らかに異なっているこ
となどが、いろいろなことを考えさせる。
しかしその点に関して、映画の中では何ら回答が与えられて
いないのにも、観ていて混乱を感じてしまった。まあ、作品
の目的は音楽シーンを辿ることで、そこに他の意図はないの
かも知れないが、何か違和感というか落ち着かない気持ちが
残ったことも確かだ。
聞こえてくる音楽の心地良さと、この落ち着かない気分が、
ちょっと不思議な感じを与えられる作品だった。

『パラダイス・ナウ』“Paradise Now”
昨年のアカデミー賞で外国語映画賞部門にノミネートされた
パレスチナ映画。
アメリカ映画アカデミーはパレスチナを国として認めていな
いため、これまで話題となったパレスチナ映画はあっても、
それが候補に選ばれることはなかった。しかし本作は、フラ
ンス・ドイツ・オランダが参加して、ヨーロッパ映画として
製作されたため、ノミネートが実現したということだ。
ところが、本作の内容がテルアビブを標的とした自爆テロを
描いたものであったために、自爆攻撃の犠牲者の遺族たちか
ら抗議の声が挙がり、受賞式の前には本作をノミネートから
外すことを求める署名運動まで行われたということだ。
しかしこの年は、他方でイスラエルによるアラブゲリラへの
復讐作戦を描いたスティーヴン・スピルバーグ監督の『ミュ
ンヘン』も作品賞候補になっており、その意味ではバランス
が取れていたとも言えるところだ。結果は、両者とも受賞は
しなかったが…
ヨルダン川西岸のイスラエル占領地ナブルス。人々は貧困に
苦しみ、時折ロケット砲も打ち込まれる。そんな町で主人公
となる2人の若者は自動車修理工場に勤めていた。しかし仕
事はあまり無く、貧しい家族を助けることもできない。
2人は幼馴染みだが性格は正反対で、一方は比較的穏和で思
慮深いが、他方は直情的で過激な行動に走りがちだ。そんな
彼らの前に1人の女性が現れる。彼女はパレスチナの殉教者
の娘だが、ヨーロッパで教育を受けた彼女はパレスチナに馴
染めないでいる。
そんな彼女と一方の若者は惹かれ合うが、ちょうどその頃、
パレスチナ人組織は自爆テロを計画し、2人はその実行犯に
指名される。そして2人は髭を剃り、髪も短くして、身体に
爆弾を巻き付けるが…
当然のことながら、物語は自爆テロを肯定しているものでは
なく、若者が付き合う女性を中心にその無意味さが主張され
る。さらに、自爆を強制するための爆弾そのものの非人間的
な仕組みなども紹介されているものだ。
しかし、それは映画を見なければ分からないものだし、自爆
テロという言葉だけが独り歩きすれば、それを拒否する署名
運動が起きるのも仕方のないところだろう。映画を見れば、
自爆テロという行為自体の愚かさはよく判るのだが…
それにしても、このような非人間的な行為が今も行われてい
ることには腹立たしい気持ちも湧くものだが、これを映画に
して訴えなければならないパレスチナの人たちの心情にも、
あまりに辛い思いが感じられる作品だった。
なお、撮影は現地ナブルスで敢行されたが、撮影途中で戦火
が激しくなって後半はナザレスに移して行われたようだ。そ
の間、ドイツ人のスタッフが脅しを受けて帰国を余儀なくさ
れるなど困難を極めたと紹介されていた。しかし撮影は、そ
のような状況でも全編を35ミリで行うなど、映画であること
に忠実なものだ。
イスラエル在住パレスチナ人の監督は、討論の切っ掛けとな
る映画を作ろうとしたと言い、映画の製作者の1人はイスラ
エル人だそうだ。
因に、日本版字幕監修を、昨年10月に紹介した『日本心中』
に出演の重信メイが行っている。


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井口健二