井口健二のOn the Production
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2007年01月10日(水) Movies−High 7

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※このページでは、毎年招待を受けているNWC(ニュー※
※シネマワークショップ)の新作発表会に今回も出席させ※
※てもらったので、その感想を述べさせていただきます。※
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今回のMovies−High 7では、12月29日に紹介し
た『棚の隅』が特別プログラムとして完成披露上映された。
また、発表会では前回から始まったアクタークラスの作品も
3作品が上映されたが、今回は時間の関係で、クリエイター
のAプログラムと、アクター富樫クラスの作品、それにクリ
エイターBプログラムの3番組を見させてもらった。
以下、見させてもらった順番に感想を述べさせていただきま
す。

<クリエイターAプログラム>
『ドラッグストアへようこそ』
ドラッグストアでアルバイトを始めた主人公。そこには万引
きを捕まえることに執念を燃やす先輩がいて…
モニタを見ていた先輩が、怪しい動きを見つけると出動して
行く。そのパターンの繰り返しだが、そこには一定の様式が
ある。しかもその行動様式や、万引きの手口も徐々にエスカ
レートして行く。そして最後は室内劇から突然に野外に展開
するなど、その構成も良くできていた。面白いし、短編映画
としても、纏まりのある作品に感じられた。

『でーと』
ある女性がデートに出かけるまでを描いた作品。
最初の暗転から始まり、そこから洗面や化粧など女性の外出
までの行動が描かれるが、何か全体に普通ではない雰囲気が
ある。それは、本当に微妙なもので、その理由が判った瞬間
に、何とも言えない感覚に襲われた。どういう状況でこの作
品を作るに至ったのかは判らないが、作り手の強い意志が感
じられる作品だった。決して興味本位で扱ってはいけない内
容だが、この作品にはそこへの理解も感じられた。特に、真
相が判る瞬間が、ある種の感動に繋がっていたのは見事と言
える。

『LOST』
バーチャル・リアリティを応用した老人の終末介護を描いた
近未来SFストーリー。
主人公の母親は死期が迫っている。主人公と母親にはいろい
ろ確執があったようだが、その最後の時を迎えて、主人公は
母親の知覚しているバーチャル世界にアクセスする。という
物語のようだが、15分の上映時間でそれを全部説明するのは
かなり無理があったようだ。映像も凝っていて感覚で見せよ
うという意欲は判るが、やはり物語を語り切れていない感じ
がした。このテーマを核にして、もっと大きな作品を構築し
てもらいたいとも思った。
なお、前の作品が暗転で終わり、この作品が暗転から始まっ
た。NCWの名前が出て切れ目は判るものだが、プログラム
の構成上、この繋ぎはちょっと不適切のように感じられた。

『蹉跌』
小さなカウンターバーを舞台に、劇団を辞めた役者と、その
劇団のリーダーとが対峙する。その双方の言い分が激突する
会話劇。
お互いに理想論をぶつけあったり、現実論をぶつけたり、23
分の比較的長めの作品にはそれなりの迫力も感じられた。監
督には実体験としてこれに似たことがあったのかも知れない
し、あるいはこれに似たことを見聞きした経験があるのかも
しれない。そんな現実的な物語を、わざと演劇調にしている
面白さも感じられた。出来たら一度生の舞台にして、そこで
脚本を練り上げると、さらに上の作品になって行く、そんな
ことも考えた。これだけで長編が描き切れたら見事だろう。

『風船天国』
何事にも奥手というか、優柔不断な主人公が、駄菓子屋の娘
に恋をして、一念発起の行動に出る。
全体的にそつなくまとめらている感じで、それはそれで良い
のだが、何となく印象に残るものがなかった感じだ。実際、
鑑賞から1カ月ほど経ってこの記事を書いているが、最後の
風船を飛ばすシーン以外に、あまり思い出せるものがない。
それも、普通に膨らした風船は飛ばないはず、と思った記憶
がある程度だ。何か、一つ思い切りの良いパンチが欲しい感
じがした。多分それは、主人公がゴム風船を買ってしまう辺
りで、何か事件が一つ欲しかったという感じがした。

『すきやき』
帰省した娘をすき焼きで歓待する一家だが、何か心に行き違
いがあるようだ。
監督は帰省というものに、何か特別な思いがあるのかな? 
僕は現在東京に住んでいるが、両親も湘南に住んでいてあま
り離れてはいない。家内の実家はそれなりに離れているが、
その帰省に同行してもこの作品に出てくるような親子の関係
を感じた記憶はない。従って、見ていてあまり実感は湧かな
かったのだが、作品は最後のシーンでちょっとした親子の情
愛を感じられて心地よかった。最近の親子の関係は、こんな
ものなのかなあという感じもした。

<アクター富樫クラス>
『サヨナラのうら』
元泥棒だった男が、最後の仕事を引き受けさせられる。それ
は、あるスタジオに忍び込んで1枚のCDを盗み出すという
簡単なものだった…
前回のアクタークラスの作品もさすがプロの監督という感じ
の面白いものばかりだったが、今回は62分の上映時間を得て
さらに完成された作品を見せてもらえた。物語は、何と言う
かよく作られそうな発端から始まるが、そこからの展開がい
ろいろ面白く、特に結末の付け方は嬉しくなるものだった。
脚本は、出演者に当て書きで書かれたのだろうが、主演の男
優のキャラクターは充分に活かされていたし、その他の俳優
のキャラクターもそれぞれ良い感じのものだった。また、キ
ーとなる音楽も良い出来だったと思う。
ただ、脚本は、いろいろな事象を展開して最後に成程と思わ
せる形式のものだが、それが判って即座にすべてが明確に思
えるほどには、物語が整理されて描かれていなかったように
感じた。
作り手は、結末まで了解しているからこれでも良かったのか
も知れないが、予備知識のない観客としては、どこか辻褄が
合っていないような、何か釈然としないものが残る感じだっ
た。見ている間は満足しているのだが…

<クリエイターBプログラム>
『はんだ』
作り損いの、手作り?パンダ人形。しかもパンダの丸が取れ
て「はんだ」になってしまっている。その丸を探す物語。
人形劇というほどでもないし、子供の手遊びを撮影したよう
な感じの作品。でも、テーマと言うか、何かそんなものに纏
まりが感じられて、それなりに見ていられる作品になってい
た。プロの作品とは言えないかも知れないが、NHKの「み
んなの歌」になら出てきそうな、それくらいのレベルには達
していると思う。悪い作品でもないし、敢えて批判をする感
じでもない。これはこれで良として認めるものだ。

『退部届』
バスケットボールを題材に、長年部活を続けて行き詰まって
いる男子と、最近部活を始めたばかりで楽しくてしょうがな
い男子。そんな2人があることを賭けて勝負を始めるが…
判るようで判らない作品だった。結局青春の一場面というこ
となのだろうが、ただそれを見せられても、そこから何か生
まれてくるものでもない。これでは、本当にただ勝負を描い
ているだけで、ああそうですかで終ってしまう。結末の付け
方には作者の感性が関わるから他人は何も言えないが、僕は
敢えて逆の方が何かが伝わったような気がした。

『孤独の人』
死期を迎えた老人の横たわる病室。そこに20年前にその男に
棄てられた妻子がやってる。しかしそこには、介護を続ける
愛人がいて…
最近、日本の家族関係も欧米並に複雑になってきたとも言わ
れるが、こんな風景も、それなりにありそうな感じもすると
ころだ。その意味では着眼点は良い線を突いている。ただ、
交わされる会話があまりに普通でドラマティックでない。も
ちろん観客も他人事として見てしまう物語だが、出来たら現
実味を無視してでも、もっと観客の胸を抉るような発言が欲
しかったところだ。何か観客を驚かすような発言が一つ二つ
あると、作品がもっと締まったのではないかと思えた。

『恋慕』
3月3日に雛人形の前で自殺することを決めた女性の物語。
テーマ自体が誉められたものではなく、多少構えて見てしま
ったが、雛段の緋毛氈とその前にいる豪華な和装の女性とい
うヴィジュアルは強烈な作品だった。ただ、その映像の強烈
さの中で、ドラマがそれに対抗し切れていない感じがした。
その自殺志願者を説得する会話劇が進むものだが、劇として
はもっと強烈なものが必要だったのではないか。特に豪華な
その衣装を乱れさすような修羅場がもっと強烈にあったら、
それなりの評価が出来たと思う。映像の強烈さが見事なだけ
に、劇がおとなしく感じられてしまった気がする。逆に、こ
のヴィジュアルを除いて、ドラマだけで見てみたかった感じ
もした。

『愛してブラディマリー』
人を愛すると、その相手の身体に裂傷が生じるという女性を
主人公にしたスプラッター・コメディ。
今回ホラー系の作品はこれ1本のようだが、かまいたちテー
マはそれほど珍しい物ではないし、それを乗り越えて愛し合
うということでも、それだけでは新奇な感じはしなかった。
ただ、これをSMにしてしまうと見るに耐えなくなってしま
う訳で、それをその手前で留めているのは常識の持ち主と感
じる。でも、アマチュアの内なら。もう一歩踏み越えてしま
うのも可能性として認められるのではないかという感じだ。
今、僕が日本のジャンル映画の監督で一番認めているのは、
園子温と松尾スズキなのだが、この2人の強烈さを継げる作
家の誕生が見てみたいものだ。

『ゴーゴー☆TOILET』
その小学校の男子学童の間にはトイレで大便をしてはいけな
いというルールがある。しかし、平然と大便をする同級生が
現れて…
最近何かと話題のいじめの問題を見事に描いた作品という感
じがした。しかもそれが極めて前向きに描かれているところ
に好感が持てる作品だった。撮影は、すでに廃校になってい
た学校を借りて、それを再生して行ったということだが、そ
の美術的なセンスも見事だった。すでにコンテストなどで、
優秀賞やグランプリも受賞している作品のようだが、全く異
論をはさむ余地がないものだ。子役たちの演技も自然で良か
ったし、言うことなしの作品だろう。

『黄昏モメント』
恋人からプロポーズされた女性。しかし彼女には母親との関
係にトラウマがあり…。そんな彼女の前にママと呼ぶ少女が
現れる。
母親との確執を描き、女性の成長を促すファンタシーという
感じの作品だが、全体的に印象が弱い。多分物語も整理され
ていなくて、監督の思いばかりが先走っているのだろうが、
途中の主人公の妊娠などの問題も明確に語られていないし、
見ていて混乱ばかりしてしまった。資料を見ると脚本が表記
されていないようで、そういう作品は他にも何本かあるが、
結局どの作品も纏まりのなさを感じたものだ。最近、プロで
もそういう造り方をして持て囃されている監督がいることは
確かだが、それを編集だけでまとめるのは至難の技。やはり
映画は、脚本をしっかり作ってから製作してもらいたいもの
だ。

以上、13+1作品への感想とします。
なお、今回、クリエイターコースのプログラムは、Aが男性
監督とBが女性監督に分けられていたようだが、そうする意
味があったのかどうか疑問に感じた。
また、この記事を書きながら一昨年の9月29日付で掲載した
前回の記事を読み返してしまったが、前回に比べて、今回は
全体的に監督のやりたいことが伝わってこなかった感じがし
た。もちろん制約はいろいろあるだろうが、やはりやりたい
ことの目標点はしっかりと持っていないと、ただ作るだけで
は思いが観客に届かない。というか、その届けたい思いが正
確に感じ取れない、良く言って未完成な、宙ぶらりんの作品
が多かった気がしたものだ。
その中では、すでに賞を取っている評価の後追いになるが、
『ゴーゴー☆TOILET』『ドラッグストアへようこそ』
『蹉跌』の3本は、一頭地を抜けていると感じられた。他の
作品では、一番短い『でーと』と『はんだ』の2本が、何か
心に残るものが感じられて良かった。その他の作品もそれぞ
れの感性は伝わってくるもので、それをさらに伸ばして完成
させることを望みたい。
Movie-Highも、何回か見させてもらって、最初の頃は本当に
アマチュアという感じの作品が多かったが、最近は作品とし
ての纏まりは感じられる。ただそれが小さく纏まり過ぎてい
る感じも否めない。もっとプロには出来ない半分アマチュア
の破天荒さや、過激さみたいなものもちょっと見たいと思い
始めた。
次回はさらなる作品を期待します。


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井口健二