井口健二のOn the Production
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2007年01月09日(火) 東京国際映画祭2006「アジア風」+「ニッポン・シネマ・クラシック」

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※このページでは、東京国際映画祭で上映された「アジア※
※風」および「ニッポン・シネマ・クラシック」の作品か※
※ら紹介します。                  ※
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<アジアの風>
『私たちがまた恋に落ちる前に』(マレーシア)
突然妻に家出された男の前に、その妻の愛人だったと自称す
る男が現れる。そして2人は女性の過去を調べ始めるが…
監督のジェームズ・リーは、一昨年に『美しい洗濯機』とい
う作品を紹介しているが、どうもボクには感覚が掴めない。
今回も、結末で男女3人の後ろ姿は出てくるが、その意味も
はっきりしないし、そこに至る展開が唐突すぎて釈然としな
い。まあ、そこまでの展開を楽しめば良いというつもりの作
品かも知れないが、貞淑と思われた妻が不倫していたなどと
いう展開は、最近の映画では驚きもしないし…。映画の後半
で、主人公が突然日本人に間違われるシーン(しかも2人は
日本語が判るらしい?)には多少面食らったが、それも他の
話との関係はほとんど無く、一体何が言いたいのか?結局よ
く判らない作品だった。

『愛は一切に勝つ』(マレーシア)
主人公は地方出身者の女性。夜の街で出会った男が優しく彼
女に近付いてくるが、実は男には別の目的があった。
日本に置き換えてもありそうな話で、それなりに世情を描い
た作品とも言えそうだ。しかし、日本人の感覚だといまさら
と言うか、ずいぶん昔にこんな話の映画は見たような気がす
るものだ。そんな話を、現代を背景に再話する価値があるの
かと言うことになるが、もしかするとあるのかも知れないと
いう感じは持った。脚本監督編集のタン・チュイムイは女性
だから、若い女性たちに警鐘を鳴らす目的の作品と言えるの
かも知れない。ただし、それにしても本作は演出などがかな
り古典的な感じで、どうもその辺でいまさら感が出てきてし
まうような感じもするものだ。それにこの内容でこの題名は
違うように感じるが…

『鳥屋』(マレーシア)
マラッカ海峡沿岸の湊町で、古い歴史の感じさせる家屋。そ
の家の利用法を巡って兄弟が対立する。兄はそこでアンティ
ークショップを開こうとし、弟は屋根裏に燕を呼び入れて、
中国向けの燕の巣を作らせる「鳥屋」を考えている。
この鳥屋という発想は面白かったが、アンティークショップ
にしても、一攫千金を夢見ているような節があり、どちらも
詐欺商法に騙されているようなところもあって、お手軽に生
きようとする現代の若者の風俗を描いている感じもした。そ
の意味ではなかなか面白かったのだが、映画の終わりの方に
なって、突然、錫鉱山が閉鎖になったという話や、父と弟は
中国に帰ったとか、家が廃虚になっている風景が出てきて、
頭が混乱してしまった。この結末は本当に謎としか言いよう
が無く、それで結局、何が言いたいのか訳が判らなかった。

『セランピ』(インドネシア)
2004年の大津波で大きな被害を受けたアチェの街を中心に、
偶然に難を逃れた大学生、孤児の少女、人力車のドライバー
らの2年間を追ったドキュメンタリー。
大津波に襲われたときの記録映像に始まり、その後の様子が
描かれるが、いつまでたっても復興の兆しさえ見えないとい
う状況は信じられないほどだ。実際、現地に大企業がある訳
でもなく、市民だけとなると、援助の手もほとんど届かず、
これが現実ということだろう。そこに、孤児たちにイスラム
原理主義を教え込もうとする学校が描かれたりすると、かな
り危険な感じにも受け取れるが、元々がイスラム教国だから
それも仕方がない。一方で革命を望む大学生なども登場する
が、一番の市民である人力車ドライバーは、民俗舞踊に興じ
ながら自宅の再建を目指している。それが現実なのだ。

『Love Story』(シンガポール)
小説家が描く物語と、現実の世界が交錯する。作家は現実を
ヒントに小説を書くが、現実の世界もそれに微妙にシンクロ
して行く。
小説家の書いた3つの物語。それらはそれぞれタイトルも付
されてオムニバスのように提示されるが、実はそれぞれ作家
の体験に基づくもので、実体験では連携しているものだ。そ
こにベッドの下に死体があったり、いろいろの出来事が起こ
り始める。その現実と虚構が映画の中でも入り混じり始め…
確かに面白い発想だが、映画としては整理されていなくて、
物語以上に混乱しているように感じられた。禁書を暗記して
いるために人との会話を失った女性の話など、それなりに面
白い話もあるし、もっと虚構と現実にメリハリつけて描いて
くれれば、それなりの作品にもなったのだろうが…

『サイゴン・ラブ・ストーリー』(ヴェトナム)
1988年のサイゴンを舞台に、歌手を目指す女性と、家具工場
で働く若者の交流を描いた作品。若者は工場の経営者の娘と
結婚することになるが…
ヴェトナム初の民間資本によって製作された映画ということ
だ。その物語は、ドイモイの始まった頃を背景にしている。
経済が自由化されて人々にも自由が訪れたとき、町には物資
も溢れているが、貧富の差も大きくなり始めている。そんな
中で歌手を夢見る少女は、一歩一歩階段を昇って行く。主演
の少女役はヴェトナムで現役の人気アイドルだそうで、クラ
ブで歌うシーンなどは良い雰囲気だった。演出は古典的で、
昭和30年代の日本映画を思わせる作品だが、物語の内容も何
となく日本の戦後と呼ばれた時代とも重なる感じで、好き嫌
いはありそうだが、僕は悪い感じではなかった。

『バイ・オブ・ラブ』(タイ)
バンコクの街角に棄てられた犬と、その町の親戚に預けられ
た少女の交流を描く。しかし、飼うことを禁じられた犬はど
こかに連れて行かれ、少女もその後を追って家を出て行くこ
とになる。
動物と子供を使った映画はずるいとしか言いようがないが、
まさにそんな感じの作品だ。でも、物語も後半は意外な展開
となって、かなり楽しめる作品だった。少女役の子役も達者
な演技だし、彼女につきあう年長の少年がまた良い感じだっ
た。監督は、2005年の映画祭で上映された『ミッドナイト・
マイ・ラブ』のプロデューサーということで、その作品も気
に入っていた僕としては嬉しい作品だ。物語は全く違うが、
弱者に優しい、そんな感じが共通している。でも、2年前の
作品はハッピーエンドだったが…ちょっとショックだった。

『エクソダス/魔法の王国』(フィリピン)
フィリピンでは、クリスマス前後は外国映画が上映禁止だそ
うで、その期間向けに作られたVFXファンタシー作品。
大昔に封じられた悪霊が復活し、それを倒すために四代元素
の精霊を探したり、古文書を解読したり、これに主人公の妻
の献身があったりと、いたって有り勝ちなファンタシー・ア
ドヴェンチャーが繰り広げられる。いろいろとVFXも登場
するが、レベルはかなり低く、良く言って日曜朝の戦隊シリ
ーズ程度という感じのもの。それを割り切って観るのも多少
努力が要る感じだった。物語も、かなり行き当たりばったり
で、これはと言うような展開も観られない。でもまあ、香港
のファンタシー映画も、カンフーを抜くと以前はこんなもん
だったし、ここから1歩が踏み出されることを期待したい。
撮影はCineAltaで行われ、最後にロゴが表示されていた。

『多細胞少女』(韓国)
『情事 an affair』や『スキャンダル』のイ・ジェヨン監督
によるファンタスティック・コメディ・ミュージカル。
風紀の乱れ切った高校を舞台に、貧乏神を背負った少女や、
一つ目、それにスイスからの帰国学生などが繰り広げるどた
ばたコメディ。巻頭から、仏経、キリスト教、ヒンズー、イ
スラム、儒教など役立たずと歌い上げるシーンから始まり、
HIVが出たというと、生徒のほぼ全員と教師までもが検査
に走るという、とんでもない学園生活が描かれる。これに切
ない恋物語などが織り込まれるのだが…裏では風紀を正そう
とする校長の怪しい動きや、最後にはご丁寧に巨大怪物まで
登場するという代物。
原作はインターネット上に公開された漫画シリーズなのだそ
うで、その過激ぶりは相当のものらしいが、映画化も負けず
劣らずの作品だ。韓国では8月に公開され、『グエムル』の
陰で惨敗したそうだが、監督自身上映後のQ&Aでは、「韓
国の映画ファンには早すぎたようだ」と自嘲気味に語ってい
た。しかしこの後、3月開催のベルリン映画祭への正式招待
が決まったもので、そこでの評価が楽しみなところだ。
実はこの作品、上映スケジュールにはタイトルのみの掲載さ
れていて、公式プログラムにも解説などは一切載せられてい
ない。一種のサプライズ上映として登場したものだが、本国
では公開済の作品に対して、この扱いは解せないところだ。
お陰で上映会場も観客はまばらという状況だったが、監督の
過去のタイトルから見れば、それもおかしな話だった。
僕はタイトルだけに魅かれて見に行ったが、見落とさなくて
本当に良かったと思っている。今回の映画祭は、この作品を
見られただけでも価値があったと言える作品で、ぜひとも日
本での公開を期待したい。

『ヌーヒン』(タイ)
タイで人気のコミックスの映画化。
飛行機と都会に憧れていた田舎の少女が、バンコクのお屋敷
にメイドとして勤めることになるが…ちび丸子も顔負けの傍
若無人で、田舎を出て行くときには村人全員がほっとした顔
をするほどの主人公。その子が、大都会でスーパーモデル・
コンテストに絡む誘拐事件や、強制的に働かされている工場
の少女たちを救出するなど大活躍を繰り広げる。
巻頭には、タイ映画では初めてというアニメーションと実写
の合成でどたばたアクションが描かれたり、かなり力の入っ
た作品で、物語の展開も卒なく楽しめる作品だった。特に、
1000人の応募者から選ばれたという主人公ヌーヒンを演じる
子役の演技が見事だったし、主人公の名前を連呼する主題歌
も軽快で良い感じだった。

『八月的故事』(香港)
九月からの大学予科への進学を控えた少女が、学費を得るた
め叔父の経営するクリーニング屋に住み込みを始める。そこ
には地方出身者の若者がいて…また、その店に仕事を頼みに
来たお金持ちの少女も出入りするようになる。
何となくどこにでもありそうな物語だが、お粥を食べたり麻
雀をしたりという、如何にも中華系の風物の中で綴られると
それなりの趣になる。取り立てて何か見えてくるというよう
な作品ではないが、映画に漂う雰囲気が何となく心を引かれ
るところだった。女性の監督は、2004年の作品が東京国際映
画祭に出品されているそうだが、かなり際どい作品だったら
しい前作の解説に比べると、本作は落ち着いた青春の一面が
描かれている。なお、撮影はヴィデオで行われていて、元々
はテレビ用だったものを長編化した作品のようだ。

『My Mother Is a Belly Dancer』(香港)
若さや美貌、情熱も失って、緊張感のない生活を送っている
主婦を「See-Lai」と呼ぶのだそうだ。この映画の主婦たち
がそこまで落ち込んでいたとは思えないが、そんな主婦たち
が、べリー・ダンスに目覚めたことから始まる騒動を描いた
作品。と言っても、ユーモラスなシーンはあってもコメディ
ではなく、かなりシリアスな物語が展開する。
とある団地の一角。そこの集会所で開かれていたダンス教室
が閉鎖の危機を迎える。それは生徒が集まらなかったせいだ
が、それを聞いた主人公たちは誘い合って教室に参加する。
それはやがて大人気となるが…おへそを出して踊るべリーダ
ンスには、周囲の抵抗も大きかった。かなりシビアな現実も
描かれている作品で、そんな抵抗にもめげずダンスを続ける
女性たちの力強さを感じる作品だった。

<ニッポン・シネマ・クラシック>
『座頭市物語』
1962年製作。この後11年続く人気シリーズの第1作。勝新太
郎の当たり役となる座頭市と、天知茂扮する平手造酒の交流
と対決が描かれる。ユーモアも交えた展開と、壮絶な死闘。
トリックも使った居合抜きのシーンなど、娯楽作品として今
観ても大満足が得られる作品だった。江戸を離れた地方を舞
台に、対立する2つの組にそれぞれ雇われた用心棒。2人は
互いの存在を認めあい、闘うことを避けようとするが、柵は
2人を対決の場へと引き摺り出す。いろいろな伏線もしっか
りと敷かれているし、物語の展開が素晴らしい。そして主演
2人の演技も、まさに入魂と言う感じだった。また、脇役の
俳優たちも今は懐かしい人たちばかりで、自分がぎりぎりこ
の世代にいることも嬉しく感じられた。

『鴛鴦歌合戦』
1939年製作。片岡千恵蔵、ディック・ミネ共演の侍ミュージ
カル。浪人ものと町娘の恋物語に、その町娘を見初めた大名
が絡むお話。レコード会社のテイチクの協賛作品で、ミネの
他にも女性歌手が出演していた。元々は『東海道中膝栗毛』
が企画されたが、片岡の体調不良で急遽作られた作品だそう
だ。その割りにはしっかりした作品で、当時の映画づくりの
実力が感じられた。もちろんお話自体は軽いものだが、大き
なセットや、歌や踊りも、現代映画と比べてはいけないが、
それぞれ楽しめる作品だった。なお、共演に志村喬がいて、
コミカルな歌を聞かせてくれる。前説でMCの人が「志村さ
んが歌うんですよ。あの『七人の侍』や『生きる』の…」と
言ったところで、場内の観客の半数が「あっ」と言ったよう
だ。仕込にしても良い反応だった。


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井口健二