井口健二のOn the Production
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2006年12月29日(金) マリー・アントワネット、Life、ユメ十夜、神童、情痴、オール・ザ・キングスメン

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『マリー・アントワネット』“Marie Antoinette”
『ロスト・イン・トランスレーション』のソフィア・コッポ
ラ監督と、キルスティン・ダンストの主演で、『ベルサイユ
のバラ』でお馴染みのフランス王妃を描いた作品。
オーストリア皇女アントワーヌは、フランスとの同盟強化を
狙う母親の意向により14歳でフランス王太子に嫁ぎベルサイ
ユ宮へとやって来る。しかしそこに待ち構えていたのは、王
太子妃として万事が衆人監視の許に置かれる境遇。しかも、
15歳の夫は狩りなどの遊びに夢中で、ベッドに入っても身体
に触ろうともしない。
そんなストレスを解消するため、彼女は贅沢三昧の享楽的な
生活を繰り広げて行く。そして先王の崩御で、彼女は国王妃
となるが、その時の年齢18歳、載冠の時に夫の新国王自らが
「私たちは、統治するには若すぎます」と言ったという悲劇
が開幕する。
しかし、彼女はようやく子供にも恵まれ、取り巻きに囲まれ
た生活からも脱却することが出来るのだが…そこにフェルゼ
ン伯爵が現れる。
有名な「パンがないならお菓子を食べればいい」という台詞
には、「そんなことは、言ってはいない」という本人の発言
が加えられるが、そのお菓子の数々は映画の中に見事に再現
される。その他にも髪型や靴のコレクションなど、かなりの
拘わりで作られた作品だ。
また、2005年に生誕250年を迎えたアントワネットを記念し
て、映画の撮影にはベルサイユ宮の略全域に亘って許可が下
り、結婚式の聖堂から、民衆に頭を下げたバルコニーまでの
ほとんどのシーンが、実際に行われた場所で撮影されたとい
うことだ。
究極のセレブと言われるマリー・アントワネットを現代に甦
らせるという計画だが、実は監督も主演も幼い頃から芸能界
に身を置いてきた経験の持ち主で、アントワネットの境遇に
は共感して映画に臨んだというものだそうだ。
従って、主人公の苦しみの描き方などには、かなり現代に通
じるものが感じられるし、確かに、上記の台詞などで誤解さ
れている面の多い王妃の姿を見直すには、絶好の映画製作体
制だったと言える。
華やかだけれど儚い、そんな王妃の姿はそれなりに現実的に
描かれていたように感じられた。

『Life』
多分現実を逃避して生きようとしている若者が、同窓会に向
かう1日を描いた作品。そこには過去の柵があり、その前に
立ち寄った場所でも別の柵を持った人物と出会ってしまう。
そしてその人物と一時的に行動を共にすることになるが…
主人公はいろいろな模様のロウソクを自作するキャンドルア
ーティスト。地方都市の若い芸術家たちのグループに所属し
て日々を暮らしている。身近には中国人の少女や、多少エキ
セントリックな芸術家などもいて、それなりに充実した生活
のつもりのようだ。
そんな彼が、東京で開かれる高校の同窓会に出席するため上
京する。実はその前日、彼は知らない女性の声で待ち合わせ
の時間を変えてくれという留守番電話を受け取り、少し早め
に出発した彼は、その待ち合わせの場所を訪れるが…
現代の若者の生活が、かなり的確に捉えられている作品に見
える。主人公の雰囲気も良いし、特に、そこで起きる事件の
顛末が実に丁寧に描かれていて、それは気持ち良く見ること
が出来る作品だった。
それに撮影はディジタルヴィデオで行われているようだが、
解像度は仕方ないとして、色の再現や、水族館などの照明を
使えない撮影場所でもヴィデオ撮影の特性が良く活かされた
作品になっていた。
芸術家たちのグループでの騒動や、中国人少女の存在、駅で
の出来事や、難病に苦しむ友人や、不慮の事故、通り魔事件
など、何の脈絡もない出来事をこれだけうまくまとめられる
手腕は相当のもののように感じた。
同じような作品では、数年前に東京国際映画祭で上映された
『きょうの出来事』を思い出したが、何かピンと外れのよう
な感じのした商業監督の作品より、本作の方が内容的にもし
っかりしているし、纏まりも良いし、何よりずっと瑞々しく
て良い感じがしたものだ。
監督・脚本はぴあフィルムフェスティバル・技術賞受賞者の
佐々木紳。
主演は『仮面ライダー555』などの綾野剛で、音楽も担当
している。同じく『555』の泉政行、村上幸平の他、岡本
奈月、今宿麻美、忍成修吾らが共演。

『ユメ十夜』
1906年に夏目漱石が発表した「こんな夢を見た」で始まる10
篇の短編集を、実相寺昭雄、市川崑、清水崇、清水厚、豊島
圭介、松尾スズキ、天野喜孝+河原真明、山下敦弘、西川美
和、山口雄大監督で映画化したオムニバス。
出演は、小泉今日子、うじきつよし、香椎由宇、石原良純、
藤岡弘、緒川たまき、松山ケンイチ、本上まなみ、戸田恵梨
香、石坂浩二。
この原作について、漱石本人が「余は吾文を以て百代の後に
伝えんと欲する野心家なり」と友人に書き送っているそうだ
が、それを100年後の今年に映画化したものだ。
僕は原作は読んでいないが、一応原作に則ったお話にはなっ
ているのかな? それなりに理路整然としたものもあるが、
かなり支離滅裂なものもあり、それぞれ面白かった。
基本的には、100年前の風景の中で展開するものが多いが、
中には平然と現代を取り入れている監督もいるし、CGI作
品もありで、その辺はまた監督の個性も良く反映されている
感じのものだ。
監督の個性ということでは、監督の名前と作品をランダムに
見せられても、多分その組み合わせは判ってしまうのではな
いか、それくらいに各監督の個性が明瞭に発揮されている感
じがした。
個人的な好みでは、ホラー調の第三夜清水崇作品、怪物が登
場する第十夜山口作品辺りは話の纏まりも良いし、映画とし
ても面白く感じられた。でも、第六夜の松尾作品のハイテン
ションな凄さには、ちょっと唖然とさせられた。
松尾監督の作品は、『恋の門』と、オムニバス『フィーメイ
ル』の1篇を見ているが、この映画を根本から破壊しようと
するような勢いは、既成の監督にはかなり困難だろう。それ
を平然とやってのけるところが松尾監督の凄さだ。
その他の監督も、それぞれの個性が豊かに作品を作り出して
いる。実相寺のレトロ調や、市川の侍の描き方も、実にそれ
ぞれの個性という感じがした。なお、第一夜の脚本は久世光
彦で、監督共々これが遺作となったものだ。

『神童』
1999年の手塚治虫文化賞及び文化庁メディア芸術祭マンガ部
門優秀賞を受賞した、さそうあきら原作の映画化。
神童と呼ばれる少女ピアニストを主人公に、神童であるが故
に、人々から注目される中で生きることの悩みや苦しさを描
いた作品。
喋るより前に譜面を読みピアノを弾いていたという13歳の少
女と、ピアノが好きというだけで音大ピアノ課を目指してい
る19歳の青年との出会い。それは、周囲の期待が重荷になり
かけていた少女に、再びピアノを弾くことの楽しさを呼び戻
すが…
これに、彼女の父親の死の謎や、彼女自身の病や、巨匠との
出会いなどのエピソードを絡めて物語は進んで行く。
テレビでも音大を舞台にしたマンガ原作のドラマが放送され
ていたが、本作の原作はそのクラシック漫画ブームの先駆け
となった作品のようだ。その原作が、ブームの中で映画化さ
れたものだ。
主演は、『ウォーターズ』の成海璃子と『DEATH NO
TE』の松山ケンイチ。
ピアノ演奏がテーマの作品だけに、演奏シーンはふんだんに
登場する。そこで、成海は以前にピアノを習っていたことが
あるようだが、松山は2カ月の特訓の成果ということだ。音
楽は、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ショパン、シュ
ーベルト、モーツァルトなど8曲が演奏される。
と言っても、実際の演奏は当然吹き替えだが、その吹き替え
の担当は、松山は、テレビドラマでも主人公を担当したとい
う清塚信也。そして成海は、5歳でウィーンに渡りウィーン
国立音楽大学予備課に入学したという、まさに神童と呼べる
12歳の和久井冬麦が担当している。年齢も近いピアニストに
よる吹き替えは、見事に違和感のないものだった。
また、清塚は大学の講師の役で出演している他、ピアニスト
の三浦友理枝、指揮者の竹本泰三、オルガニストのモーガン
・フィッシャーら実際の演奏家が出演、演奏も聞かせ、テク
ニックも見せてくれる。他には、手塚理美、吉田日出子、柄
本明らが共演。
脚本は、『リンダ、リンダ、リンダ』の向井康介。物語的に
は、主人公の病気の状況が、今一つ判り難いなど多少問題を
感じたが、演奏シーンを中心に据えなければならない作品だ
し、病気がメインテーマの話でもないから、これはこれでも
仕方ないところだろう。
ただし、これは技術的な問題だが、映画の中の声楽課学生の
歌唱シーンで、歌い出しのリップシンクが取れていないよう
な気がした。歌い出しを合せるのが難しいことは判るが、音
に合せて映像をずらせば良いだけの、テクニック的な問題の
ようにも思える。ちょっと気になったところだ。

『情痴』“Une Aventure”
短編やドキュメンタリー映画でカンヌやセザール賞を受賞し
てきたグザヴィエ・ジャノリ監督が2005年に発表した長編第
2作。夢遊病の女性と、彼女に興味を持った男性の姿を描い
たドラマ。
パリのとあるアパルトマンで恋人セシルと同棲生活を始めた
ジュリアンは、深夜勤務から帰宅したある日、激しい雨の中
を、アパルトマンの玄関口に裸足でずぶ濡れになって佇む若
い女性の姿を認める。
彼女は、向かいのアパルトマンに住むガブリエルという名の
子持ちの女性だったが、翌日街で買い物中の彼女と目が合っ
ても、憶えている様子もない。しかし再び深夜に遭遇したジ
ュリアンは、思わず彼女の家まで後を付けてしまう。
そんな深夜の行動は全く憶えていないガブリエルだったが、
やがて2人は昼間に言葉を交わすようになり、ある日ガブリ
エルは、ジュリアンをセシル共々自分の部屋に招く。そこに
は彼女の恋人のルイも一緒だったが…
映画は、最初のシーンで重大事件の起きたことが示唆され、
そこからはセシルのナレーションによる倒叙形式で話は進ん
で行く。その中で、ガブリエルとルイの関係や、どんどん深
みに填って行くジュリアンの行動が明らかにされて行くもの
だ。
物語の中でジュリアンは映像を集めたヴィデオテークの技術
者という設定になっており、映画の初めの方では、F・W・
ムルナウの『ノスフェラトゥ』の夢遊病のシーンが挿入され
たり、彼が参考として見る夢遊病の記録映像なども紹介され
る。
ただし、プレス資料に寄せられていた精神科医の解説による
と、描かれている症状は夢遊病よりも、むしろ解離性の人格
障害を示しているのだそうで、監督が意図したかどうかは別
として、その表現としては良く描かれているとのことだ。
実は原題の言葉のイメージと、本作がR−15指定になってい
ることなどから、事前には興味本位の作品を予想していたの
だが、映画は学術的とまでは言わないもののかなり真剣な物
語で、現代人の抱える不安やストレスを夢遊病に準えて見事
に描き出している。
その点では、現代人なら誰にでも当てはまる物語が描かれて
いるものだ。
主演は、『8人の女たち』などのリュディヴィーヌ・サニエ
とニコラ・デュヴォシェル。2人は共演後、一緒になったこ
とでも話題になった。
また映画の巻頭には、実験映画監督のビル・モリソンによる
“DECASIA”という実験映像作品の抜粋も挿入されていて、
これも興味深いものだった。

『オール・ザ・キングスメン』“All the King's Men”
1949年のアカデミー賞で、作品、主演男優、助演女優賞に輝
いたロベルト・ロッセン監督による日本未公開作品のリメイ
ク。
1920年代のルイジアナ州で、政治の腐敗を訴えて民間から当
選し、民衆からの絶大な人気を誇ったヒューイ・P・ロング
州知事の実話を基に、3度のピュリッツァー賞に輝く詩人の
ロバート・ベン・ウォーレンが1946年に発表した長編小説の
映画化。
主人公のウィリー・スタークは、田舎町の出納係だったが、
学校の校舎建築に係る不正を追求して職を追われる。しかし
その校舎が手抜き工事で崩壊し、3人の子供が亡くなったこ
とから注目を浴びるようになる。
そんな彼に、州知事選への出馬の働きかけがあり、理想主義
者の彼はそれに応諾するが、実はそれは別の思惑の絡むもの
だった。ところがその事実を知った彼は、選挙の作法を無視
した民衆に直接語りかける作戦を展開、地滑り的な勝利を納
めてしまう。
こうして州のトップの座に付いたスタークだったが、議会に
も味方のいない彼の政策は、ことごとく議会の反対に遭い、
それでも強権を発動し続ける彼に対して、ついに弾劾の動議
が出されるが…
この物語が、彼の側近として行動した1人のジャーナリスト
の目を通して語られて行く。
スタークの基本的な政策は、州の経済を支える電力会社と石
油会社の利益を民間に還元させること。実際この2社は、州
を流れる川の水力と、州の地下に埋蔵された資源を元手に稼
いでいるのだから、それは州の財産だと言うのはごく当たり
前の話に聞こえる。
しかしそこには、利権に絡んで腐敗し切った州の役人や政治
家たちが巣くっている。そんな彼らに鉄槌を下し続けるのだ
から、こんなに胸の透く話はない。だから、彼のちょっとし
た過ちが大きく取り沙汰されてしまうのも成り行きというと
ころだ。
だがそれにも敢然と立ち向かって行くのだから、それも胸の
透く話だ。
今回のリメイクの企画は、クリントンの大統領選挙を率いた
ことでも知られる政治コンサルタントのジェームズ・カーヴ
ィルが長年温めてきた。彼は、「この企画の話をすると、誰
もが『今ほどピッタリな時代はない』と賛同してくれる。で
もこの物語はいつの時代にも当てはまるものだ」と、映画製
作の意図を語っている。
確かに、ここに描かれる政治と金の話は、今の日本にも、い
やいつの時代の日本の政治にも当てはまるものだ。つまり時
代と国を違えても、所詮は同じ政治の話ということだ。ただ
し日本には、この主人公のように胸の透くような行動をする
理想主義者の政治家はいないということだけだろう。
主演は、ショーン・ペンとジュード・ロウ。ブッシュ政権の
批判を続けるペンには、まさに当たり役というところだ。ま
たロウも、良い家柄に育ちながら彼の人柄に惚れ込み行動を
共にするジャーナリストを好演している。
他には、ケイト・ウィンスレット、ジェームズ・ガンドルフ
ィーニ、マーク・ラファロ、パトリシア・クラークソン、そ
してアンソニー・ホプキンス。
また、州知事のボディガード役で、1976年の『がんばれ!ベ
アーズ』でテイタム・オニールに対抗する不良少年ケリーを
演じ、続編の2作にも主演したジャッキー・アール・ヘイリ
ーが、ハリウッドを離れてから20年以上を経て再登場してい
る。
        *         *
以上で、2006年度分の映画紹介を終わります。実はニュー・
シネマ・ワークショップの皆さんの作品と、東京国際映画祭
の「アジアの風」部門のまとめがまだ出来ていませんが、こ
れらもできるできるだけ早く載せるように努力していますの
で、今しばらくお待ちください。
ということで、今年の僕のベスト10は以下のようになりまし
た。なお、対象は一応2006年中に公開された洋画作品で区切
っております。また、例年通りSFと一般映画とを分けて選
んでいますが、正直に言って、今年はピンと来る作品があま
りなくて、選ぶのにかなり苦労しました。

一般映画
1.カジノ・ロワイヤル
2.トンマッコルへようこそ
3.カポーティ
4.ローズ・イン・タイドランド
5.POTCデッド・マンズ・チェスト
6.メルキダス・エストラーダの三度の埋葬
7.ナルニア国物語/ライオンと魔女
8.スーパーマン・リターンズ
9.クラッシュ
10.母たちの村

SF/ファンタシー映画
1.カジノ・ロワイヤル
2.トンマッコルへようこそ
3.ローズ・イン・タイドランド
4.POTCデッド・マンズ・チェスト
5.ナルニア国物語/ライオンと魔女
6.スーパーマン・リターンズ
7.サイレント・ヒル
8.天軍
9.サウンド・オブ・サンダー
10.ジャケット


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