井口健二のOn the Production
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2006年11月09日(木) 東京国際映画祭2006コンペティションその2

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※このページでは、東京国際映画祭のコンペティションで※
※上映された作品から紹介します。          ※
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『チェンジ・オブ・アドレス』
今年の審査委員長をジャン=ピエール・ジュネが務める関係
からか、コンペティションにはここ数年選ばれていなかった
フランス映画が2本選出されている。その内の1本。
舞台は現代のパリ。楽団に入るために上京したホルン奏者の
ダヴィッドが部屋を探している。そこに声を掛けたアナは、
友人のものとして部屋を紹介するが、実はその部屋は彼女の
もので、2人はルームメイトとなる。
ダヴィッドの引っ越しが完了した晩、2人はワインで乾杯し
ベッドを共にするが、アナは他に恋人がいると宣言。一方、
ダヴィッドも資産家の娘ジュリアにホルンを個人教授するこ
とになり、彼女に好意を寄せて行く。
そしてジュリアの本心を知りたいダヴィッドは、アナの助言
で、ジュリアを誘ってアナの所有する海辺の別荘に週末旅行
に出掛けるが…
まあ、何とも古典的な恋愛ドラマを見事に現代に甦らせたと
いう感じの作品。でもそこに展開する物語は、巧みに現代を
反映させているし、その手腕はなかなかなものだ。
脚本監督と主人公のダヴィッドも演じるエマニュエル・ムレ
は本作が第3作。前作がセンチメンタルな作品だったから、
本作では陽気な作品を目指したということだが、見事に納ま
って行く物語には思わず笑みがこぼれた。
それにしても女性2人を相手にするこのような物語は、下手
をすると願望充足に陥ってしまうものだが、この作品はそう
いうところにも落ちておらず、最後まで洒落た感じのドラマ
に仕上げていることにも感心した。

『十三の桐』
町中をラクダが歩く中国西部の小都市に暮らす10代の少年少
女たちの物語。
主人公の少女は、腕の立つボーイフレンドと共に、校内でも
一目置かれる存在だ。そんな彼女達のクラスに、2人の転入
生がやってくる。その1人は兄が死んで保険が下りたという
金持ちの息子で、もう1人は西域からやってきたちょっと粗
暴な少年。
その西域から来た少年は、顔繋ぎに昼飯に学校近くの屋台で
バーベキューを奢ると言い出すが、その実は金持ちの息子に
たかる魂胆だった。ところがそれに文句を言った主人公に少
年は好意を寄せるようになり、一方、元からのボーイフレン
ドは女性教師の寵愛を受けて疎遠になって行く。
そんな状況の変化の中で、主人公と少年関係は深くなって行
くが、ある日2人が揃って試験に遅刻したことから、学校は
2人の行動を問題にし始める。そして暴力行為を働いた少年
に学校は停学処分を課し、それに反発した少女は…
物語の背景は1999年となっているが、10代の少年少女の行動
というは、国の体制がどうであれ、あまり変わらないものだ
と再認識される作品だ。恐らく同じようなことは日本でも起
きているのだろうし、アメリカでもあるのかも知れない。
監督はこの物語を驚きの目を持って描いたようだが、日本人
の感覚というか、日本で描かれているドラマからするとさほ
どの驚きは感じられない。その点では、この作品は甘いよう
にも感じられた。今の時代には、もっと厳しい現実が待ち構
えているものだと思う。

『リトル・ミス・サンシャイン』
今年のサンダンス映画祭でも話題になったアメリカ映画。
成功のためのアクションプログラムを講演で唱えながらも、
自身は全く成功していない父親と、ニーチェに心酔し空軍の
テストパイロットを目指して無言の行を続けている長男。そ
れに、ドラッグ漬けのグランパ。
そこに転がり込んできた全米1のプルースト学者を自認しな
がらも2位の学者に嫉妬して自殺を図ったゲイの叔父さん。
その叔父の妹でもある母親。
そんな一家と共に暮らすオリーブは、全米美少女コンテスト
「リトル・ミス・サンシャイン」の座を目指す健康的な少女
だ。そして、惜しくも2位になった地区予選で、1位が辞退
したために転がり込んできた全国大会出場に向けて、一家総
出の旅が始まる。
何しろ長男は筆談でしか会話しないし、父親は自分の本の出
版で頭が一杯、そんな訳で各自ばらばらの一家が、末娘の晴
れ舞台のために旅を続けるのだが、使い古しの車は、途中で
クラッチが故障し、押し掛けでしかエンジンが掛からなくな
るなど波乱万丈。
そんなこんなで、最初は不承不承だった長男も徐々に心を入
れ替えて、最後は家族一丸となって行く。そんな家族再生の
物語だ。しかも、グレッグ・キニアやトニ・コレット、アラ
ン・アーキンといった芸達者に交じって、オリーヴ役のアビ
ゲイル・ブレスリンが溌溂とした演技を見せる。
きっちりと計算された脚本も見事だし、多分今年のコンペテ
ィションの中では一番完成された作品と言えるものだ。

『クロイツェル・ソナタ』
ロシアの文豪トルストイが1889年の発表した中編小説を、現
代のスイスを舞台に、イタリアの監督が映画化した作品。
資産家の息子がピアニストの女性に恋をし結婚する。女性は
家庭に入り、子供を生んで音楽からは離れるが、やがて子供
が成長すると、再び音楽への情熱が甦り始める。そして妻は
奔放に芸術家としての生活を始めるが、そんな妻に夫は嫉妬
し、それは夫婦の間に深い溝を造り出して行く。
そんな物語が、天候不順で飛ばなくなった飛行機を待つ一晩
を掛けて語られて行く。しかも、最初に「僕は妻を殺した」
と言う発言から始まるのものだ。
原作は、出版禁止の処分を受けたということだが、この映画
ではそれほど過激な描写ない。逆に、流麗とも言える映像で
魅了して行く作品でもある。監督は、ドキュメンタリー出身
ということだが、しっかりしたスタッフの支えられて存分に
物語を語っているという感じの作品だ。
なお、妻役はヴァネッサ・インコントラーダという女優が演
じているものだが、ピアノの演奏シーンは見事だった。
そして、その妻が弾き語りで“Beyond the Sea”を歌うシー
ンが終盤に登場する。この曲は元歌がフランスのシャンソン
だが、何故かここでは英語で歌われる。映画のせりふはイタ
リア語だったから、これがイタリア語で歌われても判らない
ところだが、敢えて英語で歌われたことが、夫婦の溝を見事
に描き出しているようにも感じられて出色な感じだった。
しっかりした物語で、映画的には破綻のない作品。ただそれ
がちょっと物足りなくもある。
        *         *
 以上で今年のコンペティション部門の15本を紹介したが、
今年は昨年に比べて作品の粒は揃っていた感じだ。しかし、
全体的にはどれもが小粒で、どんぐりの背比べという感じの
コンペティションでもあった。
 その中では、『リトル・ミス・サンシャイン』が頭一つ抜
け出ている感じだったものだが、ただしこの作品は、すでに
サンダンス映画祭でも絶賛を浴びていたもので、それなりの
評価は定まっている。それを敢えてコンペティションに選出
する理由が判らなかった。実際、この作品は日本での公開も
決まっているものだし、上映するなら特別招待作品でもおか
しくはないものだ。
 それがコンペティション部門で上映されて、しかも審査委
員会からは監督賞と主演女優賞を贈られた訳だが、審査員の
一人が元某アメリカ映画会社の重役で、この作品がその会社
の作品であることには疑問を感じてしまう。特に7歳の子役
に与えられた主演女優賞に関しては、確かにその愛くるしさ
は好感を呼ぶが、これが果たして演技なものかどうか。その
意味では監督賞の方は納得できるが、その両方が与えられる
のは矛盾しているようにも感じた。
 ただし、今年の15作品の中で純粋に女優が主演と言えるの
は、『魂燃え!』『考試』『十三の桐』と、この4作品しか
ないもので、この中から選ぶことになる訳だが、素人と子供
相手は不利とは言うものの、僕は唯一真面に演技をしていた
風吹ジュンに取ってもらいたかったところだ。
 でも今回一番意外だったのは、やはりグランプリの受賞作
『OSS117 カイロ、スパイの巣窟』だろう。もらった
本人が一番驚いていたという話も伝わっているが、確かに国
際映画祭でコメディがグランプリというのはあまり聞かない
ことだ。ただし作品としては、悪いものではないし、コメデ
ィを受賞作に選ぶのも、それなりに勇気のある選択ではある
から、その意味で、この選出は素直に称えたい。
 ただし僕は、そのコメディを外して『ロケット』を選びた
かった。これは多分に自分の好みの問題もあると思うが、普
段スポーツチームの応援などもしていると、この作品に描か
れているチームの様子などは、応援しているチームの姿とも
重なっていとおしく感じられたものだ。したがって、この作
品からの主演男優賞の選出は嬉しかった。
 審査員特別賞に関しては、作品紹介にも書いたように、こ
の作品の内容には納得していない。確かにこの作品も社会問
題を扱ってはいるが、これに比べたら『グラフィティー』の
ほうがその意味は強かったと思える。
 芸術貢献賞に関しては、この作品を見ていないので何とも
言えないが、コンペティション作品以外から選ばれるのは、
やはり奇異に感じられた。


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井口健二