井口健二のOn the Production
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2006年10月10日(火) バタリアン5、日本心中、オープン・シーズン、ファースト・ディセント、Brothers of the Head、氷の微笑2、あるいは裏切りという名の犬

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『バタリアン5』
   “Return of the Living Dead: Rave to the Grave”
春に『4』を紹介した時にも書いたように、本作は2本撮り
で製作されたもので、言ってみれば本作はその後編のような
ものだ。ただし、流れは一応つながっているものの、前作か
ら継続した展開はほとんどなく、前作を見ていなくても問題
はない。
また、前作は化学研究所を舞台にして、ちょっと『バイオハ
ザード』の亜流のような感じの部分もあったが、今回は学園
が舞台で、前作以上にティーンズホラーの様相を呈してきて
いるものだ。
物語の発端は、いつものように薬品の入ったドラム缶の移動
から始まる。それを組織に売りつけようとした科学者は失敗
し、その間に別のドラム缶が学園に運び込まれる。そしてゾ
ンビの大量生産。こうして生み出されたゾンビの群れが若者
たちを襲い始める。
『4』の紹介では、オリジナルに比べてパロディの要素が少
ないと書いたものだが、本作に至っては、もはや本格的にゾ
ンビ物と作ろうという意志が感じられてきたものだ。その点
では前作よりホラーとして良い感じになってきている。
実際、本作のクライマックスで、若者たちが集まるハロウィ
ンパーティをゾンビの群れが襲うという展開は、定番だが規
模が大きくて、それなりに面白いものにも感じられた。
なお物語の舞台はアメリカだが、撮影はルーマニアで行われ
たもので、このパーティシーンの撮影は、ロケハン中に見つ
けたというチャウシェスク時代に建てられた野外劇場で行わ
れている。この半ば廃虚と化した劇場の雰囲気はなかなか良
い感じだった。
正直に言って、前作は多少評価に窮するところもあったが、
今回はB級ホラーとしてはそれなりに見られる作品になって
いるようにも感じた。映画の終わり方は『6』も期待させる
感じだったが、この調子で続けてくれるならそれも良しとい
うところだろう。
なお出演は、前作に引き続いてのピーター・コヨーテ、ジョ
ン・キーフ、コリー・ハードリクトらだが、考えてみたらこ
の連中、特に若い2人は前作で同じ目に逢っているはずで、
本作で全くその経験が活かされていないのは、多少解せない
感じだ。

『9.11-8.15 日本心中』
1994年に昭和天皇を主題とした版画シリーズを発表して物議
を醸した画家・大浦信行が、美術評論家・針生一郎を主役と
して2001年に発表した映画『日本心中』を再構築し、新たに
重信メイ(重信房子の娘)を加えて戦後日本の一側面を描い
たドキュメンタリー。
監督は過去の作品から見て左翼系の人と思われるが、この作
品では、針生と重信の2人の目を通して、日本の左翼運動の
あり方を問うているようにも思える。
しかも、それが意図的かどうかは判らないが、針生と鶴見俊
輔ら左翼の論客と呼ばれる人たちとの恥ずかしいまでに薄っ
ぺらで実のない対話と、重信と韓国の反戦詩人・金芝河との
見事な対話を対比させることで、日本の左翼の現状が見えて
くる感じもするものだ。
実際、この映画に出てくる日本側の大半の連中が、到底民衆
の心など捕えられないような空論を繰り広げているのに対し
て、重信や金の真摯に現在を捉え、未来を展望しようとする
姿は、日本の左翼運動に絶望している者にとってはわずかな
光明のようにも見えた。
2時間25分の上映時間は、最初はかなりしんどくなりそうな
感じで始まったが、重信の登場から後半の金との対話のシー
ンは、その内容の深さに思わず身を乗り出してしまうような
見事なものだった。
中でも、金が「実は若い頃には爆弾製造で手配されていた」
と言い出した辺りは、単純に反戦詩人=無抵抗と思っていた
僕にはちょっと衝撃でもあった。
さらに映画は、画家でもある監督の目を通して、藤田嗣治の
「アッツ島玉砕」に始まる反体制絵画の流れを追うなど、戦
中・戦後の反体制運動の流れを、今まで僕が知らなかった側
面からも描いており、それもまた興味深く見られた。
なお、映画に登場する重信メイは、父親がパレスチナ人とい
うことだが、一見モデルかと思うような美貌で、これでもう
少し日本語が滑らかになったら、左翼運動のシンボルにもな
りそうな感じもした。
それと、彼女の思い出話しに添えて出てくる母子のスナップ
写真では、重信房子が全くの母親の笑顔を見せている1枚が
あり、この人にもこんな一面があったのだと、改めて思って
しまったものだ。

『オープン・シーズン』“Open Season”
ソニー・ピクチャーズが新たに設立したアニメーション部門
ソニー・ピクチャーズ・アニメーションの第1回作品。
アニメーションの制作は、『スパイダーマン』などのVFX
を手掛けるソニー・イメージワークスで、同社はすでに『ポ
ーラー・エクスプレス』のアニメーション制作を行っている
が、同作はワーナーが配給したものだ。
全米250紙に連載を持つという漫画作家スティーヴ・モーア
の原作を、原作者自身が製作総指揮にも入ってアニメーショ
ン化した作品で、狩猟解禁日(Open Season)の北米の森林
で起きる大騒動が描かれる。
主人公は、グリズリーベアのブーグ。子供のときから森林レ
ンジャーのベスの手で育てられたブーグは、ベスと共にステ
ージで芸をするなど、丸っ切りの甘えん坊のペット熊だった
が、今では身体も大きくなり、そろそろ森に帰す時期だと考
えられていた。
そして狩猟解禁の前日、レンジャーに反抗的な猟師のショウ
が、「車の前に飛び出してきた」と称してヘラジカのエリオ
ットをボンネットに縛り付けて現れる。ブーグはそのエリオ
ットの逃亡に手を貸すが、その夜、ブーグの暮らすガレージ
にエリオットが現れて…
結局、森に帰すことになったブーグは、ヘリコプターで森の
奥深くの、猟師も簡単には現れないところで放される。そこ
にはエリオットや、その他の森の住人たちがいて、ブーグは
早速森の掟に戸惑わされることになる。そして、森に猟師の
銃声が響き始める。
声優は、ブーグ役をマーティン・ローレンス(石塚英彦)、
エリオットがアシュトン・カッチャー(八嶋智人)、ベスに
デブラ・メッシング(木村佳乃)。試写は日本語吹き替え版
だったが、それぞれ自然な感じで悪くはなかった。
他は、大体プロの声優が担当しているが、パフィーやケミス
トリーといったミュージシャンのゲストもある。またケミス
トリーは日本版の挿入歌と主題歌も担当しているものだ。
なお台詞は、動物同士では会話が通じるが、人間と動物の間
は通じていないもので、特にベスとブーグの間では、お互い
通じあっているようにも見えるが、微妙に食い違っていると
ころが絶妙に演出されている感じがした。
映像はCGIによるいわゆる3Dアニメーションだが、背景
などには2Dの雰囲気が残されていて、ちょっとほっとする
絵柄の感じだった。他にもキャラクターの動きを手書きアニ
メーションのように変形する新技術なども採用されているよ
うだ。そのせいか、全体的に今までのCGアニメーションと
はちょっと違う感覚を覚えた。
物語的には、夏公開の『森のリトル・ギャング』と同じく、
人間界との境界近くに暮らす動物たちの話だが、『森の…』
よりももっと山奥を舞台にしたもので、自然回帰への志向が
より強く感じられた。それにしても、アニメーションの製作
本数は、実写作品に比べて当然桁違いに少ないものだが、そ
の割りにテーマが重なるのは妙な感じだ。

『ファースト・ディセント』“First Descent”
「初めての滑降」。アラスカの前人未踏の斜面に挑むプロス
ノーボーダーの雄姿を記録しながら、スノーボードの歴史を
描いたドキュメンタリー。
アラスカでの滑降に参加するのは、40代から18歳までの4世
代に渡る面々。基本的にはヘリコプターで山頂に降り立ち、
切り立った斜面を滑走するまでのことだが、ゲレンデしか知
らない若者2人に対する雪崩発生時の人命救助の訓練など、
山中ならではの準備も描かれている。
その一方で、最近の25年間で急激に人気の高まったスノーボ
ードを取り巻く状況の変化などが、東京ドームで行われた競
技会の様子や、初の正式採用となった長野オリンピックなど
の記録映像も含めて、判りやすく解説されている。
それにしても、特に自然界を良く知る年長のボーダーたちの
山に対する真摯な態度が、この作品の味わいを見事なものに
している。それに対するトリノオリンピック金メダリストの
若い2人が、先輩たちの物凄い滑りを目の当りにして純粋に
感激しているシーンなども素晴らしいものだ。
映像の中にも出てくるが、初期には他のXスポーツなどと同
じく、スノーボードも若者カルチャーとして突っ張った部分
が強調されて紹介された時期もあったようだ。しかし、ゲレ
ンデは別として、実際の山での滑りには、そんな浮ついたも
のは介在できないことも明らかだ。
そんな中で、「こんな作業をするのは何年ぶりだ」とブツブ
ツ言いながらも、人手の少ない山中で各世代のチャンピオン
たちが並んで、キッカーと呼ぶ踏み切り台を作り、新雪の斜
面で雄大なジャンプを繰り広げる映像なども見事だった。
そして最後は、天候の問題などで一度は諦めた最強の斜面へ
の挑戦。その初めての滑降が作品を締め括っている。
出演は、トリノ金メダリストのショーン・ホワイトとハナ・
テーター、国家対抗のオリンピックに反対して長野を辞退し
たティリエ・ハーコンセン、本作の撮影まで長く消息不明だ
ったという伝説のボーダー=ショーン・ファーマー。他にニ
ック・ペラタ、トラビス・ライスなど、ボーダー界では名の
知れたトップスターが結集しているようだ。

『ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッド』
               “Brothers of the Head”
ブライアン・オールディスが1977年に発表した同名の中編小
説の映画化。
この原作から、テリー・ギリアムの未完作品“The Man Who
Killed Don Quixote”にも参加した脚本家のトニー・グリゾ
ーニが脚色、同作の製作中断までを追ったドキュメンタリー
『ロスト・イン・ラ・マンチャ』を手掛けたキース・フルト
ン&ルイス・ペペ監督が2人の共同では初めての劇映画とし
て撮った作品。
1970年代のイギリスで活躍したと称する結合体双生児のギタ
リストとリードヴォーカルによるバンドThe Bang Bangの栄
光と挫折の物語を、監督らが過去の作品で培ったドキュメン
タリーの手法を駆使して映画化した。
映画は巻頭で、当時兄弟の映画を作ろうとしたが未完に終っ
たと称するケン・ラッセル監督や、原作者のオールディスが
登場して、思い出を語る場面から始まっており、特に映画が
未完に終ったという辺りは、ギリアム作品のことを思い出し
てしまうところだ。
そして兄弟の生い立ちから、父親によってプロモーターに売
られ、そのプロモーターの指図で、ギターを一から練習して
バンドを作り上げて行く過程が描かれる。そしてその過程で
近づいてくる女性や、その女性を巡る2人の関係の微妙な変
化が描かれて行く。
結合体双生児を描いた作品は、1999年の東京国際映画祭のコ
ンペティションに出品された“Twin Falls Idaho”や、ファ
レーリ兄弟監督の『ふたりにクギづけ』などいろいろ作られ
ているが、大抵はコメディタッチにして、深刻な部分を緩和
している感じだ。
しかし今回は、ドキュメンタリータッチでかなり深刻に描い
ており、特に女性を巡る問題はどの作品も扱ってはいるが、
今回はその切実さが種々の問題の原因になって行く人間模様
も描き出している。
ただし、ドキュメンタリータッチを通しているために、その
辺の心理描写があまり克明でないのは、痛し痒しというとこ
ろだ。
また、劇中で演奏される音楽の大半は、1974年当時から現役
という作曲家クライヴ・ランガーが手掛けたもので、当時の
音楽シーンを再現した楽曲が挿入されている。従ってサウン
ドトラックの音楽は全て新曲な訳で、そのCDにRemastered
と表記するのは、ちょっと悪乗りが過ぎるような気もするの
だが…
因に、オールディスの原作は未訳のようだが、柳下毅一郎さ
んの未訳作品紹介のサイトに詳細な解説が掲載されている。
できればこの機会に原作の翻訳も出てほしいものだ。

『氷の微笑2』“Basic Instinct 2”
1992年に、ポール・ヴァーホーヴェン監督、マイクル・ダグ
ラス、シャロン・ストーン共演で映画化されたサスペンス・
ミステリーの続編。
ストーン扮する美貌のミステリー作家キャサリン・トラメル
が、今回はイギリスロンドンで新たな事件に巻き込まれる。
物語の発端は、夜の町を高速で疾走する黒いスポーツカー。
運転しているのはトラメル。彼女は助手席の男の手を股間に
誘い、運転中にエクスタシーに達しようとしている。そして
その瞬間、車は河にダイヴ、その車から彼女は苛くも脱出す
るが…
助手席の男性がサッカーのスター選手であったために事故は
スキャンダルとなり、彼女の過去の事件の報告を受けた刑事
は、彼女の有罪立証に躍起となる。そして、裁判所は彼女の
精神鑑定を決定し、鑑定を精神科医のマイクル・グラスに依
頼する。
その鑑定結果として精神科医は、「彼女には非常に危険な性
癖があり、放免しないことが望ましい」と証言するのだが…
それでも優秀な弁護士の手で無罪放免となった彼女は、精神
科医を訪ね、彼に「危険な性癖」を治療してくれるように申
し入れる。
一方、精神科医は、過去に行った鑑定で「問題なし」とした
男が、その後に殺人を犯したことに苦しんでいた。しかも、
彼の離婚した妻の現恋人で雑誌記者の男が、その過去を暴こ
うとしていることを知らされる。その記事は、学内での昇進
を狙う彼の障害になるものだ。
そんなある日、元妻からの緊急の呼び出しで彼女の許に赴い
た精神科医は、そこで雑誌記者の惨殺死体を発見、その家に
はトラメルも出入りしていたことを知るが…
今回のストーンの相手役は、『コレリ大尉のマンドリン』な
どの英国俳優デイヴィッド・モリッシー。14年前は老練なダ
グラスにストーンが挑む感じだが、今回は年下の俳優を手玉
にとるという感じだ。それにしてもこの精神科医の役名には
笑った。
他には、刑事役に『ニュー・ワールド』などのデイヴィッド
・シューリス。また、精神科医の同僚役でシャーロット・ラ
ンプリングが共演している。
ジョー・エスターハスの創造した主人公を、14年ぶりに見事
に再生させた脚本は、『マドンナのスーザンを探して』のレ
オラ・パリッシュと、『背徳の囁き』のヘンリー・ビーン夫
妻。続編の計画は8年前に立上げられたが、以来一貫して関
与しているものだ。
監督は、スコットランド出身で、『メンフィス・ベル』のマ
イクル・ケイトン=ジョーンズ。スタイリッシュで手堅い演
出を見せている。
製作は、元のカロルコで前作も手掛けたマリオ・カサールと
アンドリュー・ヴァイナ。本作はMGMとの提携作品だが、
そろそろ本格的に活動再開という感じだろうか。

『あるいは裏切りという名の犬』“36 Quai des Orfevres”
パリ警視庁で次期長官の座を争う2人の警視。1人は人望も
厚く正義漢のレオ・ヴリンクス、もう1人は権力志向の野心
家ドニ・クラン。昔は親友だった2人は、1人の女性を愛し
たために道を分けた。その2人が、連続現金強奪犯を追って
危険な捜査を繰り広げる。
実話に基づくと言われる脚本は、自身が元警官でもある監督
のオリヴィエ・マルシャルが執筆し、その執筆には本作の主
人公と同様に、警察内の秩序維持のために不当に投獄された
経験を持つ元刑事のドミニク・ロワゾーが協力したというも
のだ。
パリ警視庁には、探索出動班(BRI)と強盗鎮圧班(BR
B)という2つの組織があり、両者は対立しながら事件の解
決に当っているという図式のようだ。そして実話では、BR
Bに問題が多発し、それを隠蔽するためBRIの刑事だった
ロワゾーが汚職で摘発された。
そのロワゾーは、服役中に家族も友も、警官の職や自尊心も
失ってしまったと言っているようだが、映画はその状況を丁
寧に追って行く。また、この作品は強盗事件の捜査中に殉職
した2人の刑事にも捧げられており、物語にはそれを思わせ
る人物も登場しているものだ。
正義漢と野心家の戦いというのはどんな社会にもあるものだ
ろうが、特に投獄などの権限を持つ警察では、一歩間違えば
大変なことにもなる。しかも、正義漢と言われている刑事の
方も、情報屋などの扱いでは多分に正義を逸脱していること
もある。そんな微妙かつ過激な物語が展開する。
ノアールと呼ばれた時代から、警察内部の闇の部分の物語は
フランス映画の定番の一つだが、本作はド派手な強盗団の襲
撃シーンに始まって猛烈な銃撃戦など、昔以上に過激な現実
が描かれているようにも感じた。もちろん全てが実話に基づ
くものではないだろうが。
出演は、レオ役に『隠された記憶』のダニエル・オートゥイ
ユと、ドニ役にジェラール・ドパルデュー。他にも現代フラ
ンス映画界を代表する俳優たちが登場する。また、『レイン
マン』などのヴァレリア・ゴリノや、先日『ファントマ』を
再見したばかりのミレーヌ・ドモンジョらが共演。
なお本作は、ロバート・デ=ニーロがアメリカ版のリメイク
権を取得しており、レオ役デ=ニーロ、ドニ役ジョージ・ク
ルーニー、脚色を『クラシス・オブ・アメリカ』のディーン
・シーガリス、監督を『チョコレート』『ネバーランド』の
マーク・フォスターで、来年にも製作の予定とのことだ。


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