井口健二のOn the Production
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2006年09月30日(土) アンノウン、とかげの可愛い嘘、スネーク・フライト、カオス、エレクション、アジアンタムブルー、イカとクジラ

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『アンノウン』“Unknown”
脱出不能の建物に閉じ込められた5人の男。彼らは全員が記
憶を失っている。しかし、彼らの内、2人は人質で3人は誘
拐犯らしい。ところが、記憶喪失のために自分が被害者なの
か犯人なのかも判らない。こんなシチュエーションで繰り広
げられる心理ドラマ。
映画を観るまでは、この設定自体が如何にして成立するか疑
問だった。しかし観ると実に納得できる展開で、その辺から
嬉しくなる作品だった。しかも、それぞれの記憶は徐々に蘇
ってくるのだが、それがまたお互い嘘を付いているのか真実
を喋っているのか…
つまり彼らは、お互いに誰を信用して良いかも判らず、疑心
暗鬼のままそれでも協力して状況を打開しようとするのだが
…その上、蘇り始めた記憶は細部が曖昧で、それが一層混乱
を招いて行く。なお映画では、蘇った記憶の描写もあるが、
それも実に上手かった。
設定を聞いたときには『SAW』の亜流かと思ったが、ちゃ
んと理詰めで進んで行く物語には感心させられ通しだった。
もちろん『SAW』とは全く違う展開だから、一概に比較で
きるものではないが、一面では『SAW』よりも興奮させら
れた感じだ。
という素晴らしい脚本を書いたのは、マシュー・ウィニー。
初めて聞く名前だが、インターネットのデータベースによる
と、この前には8分の短編を脚本監督した記録があり、その
短編は10人の投票者ではあるが10点満点の平均9点という高
い評価を得ていた。
因にその短編は、24時間で映画を作るコンテストに応募され
た作品ということで、撮影開始から編集、音入れまで23.2時
間で完成されたということだが、その評価の高さと今回の作
品の出来を考えると、この名前はちゃんと記憶して置いた方
が良さそうだ。
監督は、トヨタやベンツのCM、それにミュージックヴィデ
オなどで国際的な賞をいくつも獲っているというサイモン・
ブランド。ただし、インターネットのデータベースでは、フ
ォード・ノースという共同監督の名前が挙がっており、その
経緯は不明。
出演は、ジム・カヴィーゼル、バリー・ペッパー、グレッグ
・キニア、ジョー・パントリアーノ、ジェレミー・シスト。
他に、『アイ,ロボット』のブリジット・モイナハンらが共
演している。
なお本作はアメリカ映画だが、本国は公開待機中で、日本で
の公開が先行するようだ。

『とかげの可愛い嘘』(韓国映画)
小学生の主人公の前に現れた黄色い合羽を着た女子転校生。
主人公は一目で彼女を好きになるが、その子は、「自分は呪
われた子で、触ると呪いが罹る。合羽はその防護服だ」と言
い出す。そして実際に、彼女に触れた先生が自転車で転んだ
りもしてしまう。
しかもその子は、「自分は宇宙人で、大きくなったら宇宙へ
帰る」などと、真実とは思えないことを言い続ける。でも、
主人公は彼女のことを思い続けるが…ある日、偶然彼女に触
れた後で病気になり、その間に彼女は消えてしまう。
そして10年後、再び彼女と巡り会う。彼女は学業も優秀で、
一緒に大学受験の勉強をするが、急接近した彼が再び病気に
なり、「自分は銀行員と結婚する」と言い残して、また行方
不明になる。そして主人公は大学を卒業して銀行員となり、
彼女を待ち続けるが…
こんな一途な主人公と、不思議な嘘をつき続ける少女の、ち
ょっとファンタスティックなラヴストーリー。
主演は、『マラソン』のチョ・スンウと『トンマッコルへよ
うこそ』のカン・ヘジョン。2人とも、美男美女のカップル
とは違うかも知れないが、その分親しみやすくて良い感じの
キャラクターだ。特にヘジョンは、『トンマッコル…』で受
賞も果たし、韓国映画の次代を担う2人とも言える。
それに加えて、2人の幼年時代を演じるのが、パク・コンテ
とピョン・ジョヨン。特にヘジョンの子供時代を演じるジョ
ヨンの愛くるしい笑顔は、すでに受賞経験もある小さな名優
たちと言えそうだ。
監督は、『シルミド』などの助監督を務め、本作が監督デビ
ューのカン・ジウン。本人は男性映画でデビューするつもり
だったようだが、この一風変わったラヴストーリーの脚本が
気に入り、実に丁寧に、そしてファンタスティックに撮り上
げている。特に、後半の物語が急展開し始めてからのテンポ
に緩急を付けた演出は、見事だった。
なお、韓国語の原題は「トカゲ」ということだが、これは幼
少のヒロインがペットとして飼っているもので、さらに尻尾
を残して消えて行くヒロインも表しているものだそうだ。

『スネーク・フライト』“Snakes on a Plane”
ホノルル発L.A.行きのジャンボジェット機が、毒蛇の大群
に襲われるというパニック映画。パニック映画という言葉は
久しぶりに使ったが、正にそういう感じの作品だ。
物語の発端は殺人事件。休暇でホノルルを訪れていたロスの
地方検事が殺されたものだが、その犯人は、検事局が総力を
上げて起訴に持ち込もうとしている犯罪組織のボスだった。
そしてそれを1人のサーファーが目撃する。
そこで、FBIでは目撃者を保護し、ロサンゼルスへ警護移
送することを決定。その任務を、サミュエル・L・ジャクス
ン扮するベテラン捜査官とその同僚が遂行することになるが
…そのフライトには壮絶な罠が仕掛けられていた。
深夜便がホノルルを発って、ロスとの中間点に達した頃、貨
物室に隠された荷物が開封され、そこからフェロモンで発情
し攻撃性を増した大量の毒蛇が放たれたのだ。その毒蛇の大
群は、最初に電気系統を襲い、その後は客席や操縦席にもに
雪崩れ込んでくる。
次々に襲われて絶命して行く乗客やパイロット。この緊急事
態の中で、果たしてフライトは完遂され、目撃者は無事ロサ
ンゼルスに辿り着けるのか…
映画で一番嬉しくなるのが、集められた蛇の多様なこと。実
際、物語的にも、蛇の多様性によって血清をどのように準備
するかなどのエピソードも織り込まれるものだが、ガラガラ
蛇からまむし、マンバなど、一方、巨大なニシキ蛇なども含
めていろいろな蛇が登場する。
大量の蛇というと、僕らの年代では『レイダース/失われた
聖櫃』を思い出すものだ。このことは、実はプレス資料には
言及がなかったが、映画の中ではちゃんとオマージュが捧げ
られているのも嬉しかった。
本来、貨物室は暖房がないので、蛇は冬眠してしまうという
意見もあるようだが、それはお話として、ちょっとエッチな
部分も含めて、これでもかのパニック演出は、久しぶりに堪
能できる作品だ。
なお共演者では、『ER』のハサウェイ看護士ことジュリア
ナ・マーグリーズが、『ゴーストシップ』以来久々にスクリ
ーンで観られる。監督は、『セルラー』のデイヴィッド・エ
リス。

『カオス』“Chaos”
ローレンツの「バタフライ効果」などでも知られるカオス理
論に基づくと称する銀行強盗計画を描いた作品。単純な銀行
強盗に見えた事件が、謎が謎を呼んで、全く違う様相を見せ
るまでが描かれる。
物語の主人公は、ジェイスン・ステイサム扮するシアトル市
警のコナーズ刑事。彼はその前に担当した人質事件で被害者
を殺してしまい、世論の総攻撃を受けて相棒は免職、彼も停
職の身にあった。
しかし、銀行強盗団が人質立て籠り事件を起し、犯人は彼を
交渉人に指名。このため警察幹部は彼の復職を認め、彼が現
場に乗り込んでくるが…周囲との軋轢は大きく、彼の指示を
無視したSWAT隊の突入で現場は混乱、それに乗じて犯人
は逃亡してしまう。
ところが、立て籠り中に貸金庫を爆破したりした犯人は、結
局、金品は何も盗らずに逃げ出したことが判明。では犯人の
目的は何だったのか、コナーズ刑事は、新たに起用された若
い刑事(ライアン・フィリップ)を相棒に、ローレンツと名
告る犯人(ウィズリー・スナイプス)を追うが…
防犯カメラが巧妙に避けられていることが判明すると、直ち
に報道の映像を押収して逃亡した犯人を特定するなど、刑事
たちが知恵を絞って犯人を追いつめて行く様が見事に描かれ
る。しかも、犯人の知性がかなり高い設定なので、その対決
は正に知能戦という感じのものだ。
それでも着実に犯人を追いつめ、また犯人がそれを巧みにか
わして行くという展開も、爆破などのアクションも絡めてな
かなか上手く描かれていた感じだ。脚本監督は、『Uボート
・最後の決断』などのトニー・ギグリオ。
犯人側が手の内を晒し過ぎで、自分の首を絞めているような
面もあるが、全体は緊迫感も充分だし、フラッシュバックに
よる種明かしも、あまりわざとらしい感じではなかった。全
体としては佳作という感じで、特にがっぷり組んだ3人の男
優の演技は楽しめた。
それにしてもステイサムは見事な主役ぶりで、『トランスポ
ーター』でファンになった僕としては嬉しい限りだ。他に、
『ドラキュリア』『リーグ・オブ・レジェンド』などのジャ
スティン・ワデルが共演している。

『エレクション』“黒社會”
17世紀に中国本土が満州民族の清王朝に征服された際、漢民
族王朝の復活を目指して結成された三つの漢民族秘密結社、
その一つ洪門会は、戦前の抗日運動や戦後は中国共産党とも
対抗し、1960年当時には300万香港市民の内、6人に1人が
何かの関係を持つとさえ言われた。
しかしその存在意義は徐々に変質し、今では黒社会と呼ばれ
るいわゆる組織暴力団と見なされている。その中でも和連勝
会は、構成員50000人を数える香港最大の組織だった。
その和連勝会で2年に1度の会長選挙が行われる。候補者は
2人、その一方は沈着冷静で誰の目にも会長の器と考えられ
ているロク。他方は短気で暴力的だが、会の勢力拡大にも熱
心なディー。そのディーは大金をばらまいて自分への支援を
取り付けようとしていた。
ところが、選挙の趨勢を握る幹部会は、秘密会を開いてロク
の会長を決めてしまう。だが実際に会長となるためには、前
会長から「竜頭棍」と呼ばれる代々会長職に受け継がれてき
た彫刻を受け取らなくてはならない。ディーはただちにその
奪取を狙うが…
この選挙の裏取り引きや竜頭棍の争奪戦。それに、選挙結果
が内部抗争に発展することを恐れる警察の動きなどが絡み合
って、事態は緊迫の度を高めて行く。
基本的にはやくざものだが、描かれている人間関係は、多分
どこかの国の政党の総裁選挙も同じなのだろうな…何てこと
を思わせる、そんな面白さがあった。まあ香港の特殊性で、
本土との関係なども描かれるが、それも常に人間を中心に置
いて描いているものだ。
そして勝者は、負けた側の陣営にも配慮して次代を構築して
行かなければならない、その辺のシビアな描き方も納得する
ところだった。また、勝者が行う洪門会伝統の儀式の様子な
ども紹介されていて、それも面白かった。
監督は、『ターンレフト・ターンライト』などのジョニー・
トー。出演は、ロク役に『トゥームレイダー2』などのサイ
モン・ヤム、ディー役を『愛人/ラマン』などのレオン・カ
ーファイ。
なお、映画の全体はドキュメンタリータッチで統一され、特
に、その雰囲気を醸し出すカメラワークや色彩を含む映像に
は出色のものがあった。撮影は『男経ちの挽歌』などのチェ
ン・シウケン。本作は、カンヌ映画祭のコンペティションに
出品された。

『アジアンタムブルー』
大崎喜生原作によるラヴストーリーの映画化。
エロ雑誌の編集者が巡り逢った一人の女性カメラマン。水溜
りに写る映像ばかりを追い続ける彼女に心引かれた編集者は
…物語は、東京からニース近郊のジャン・コクトーが愛した
町ヴィルフランシュ・シュル・メールへと拡がって行く。
多分、今の日本の女性にはこういうのが一番受けるのだろう
なあという作品。主演の阿部寛、松下奈緒は共にテレビのそ
の手のドラマで人気があるようだし、まさに狙い撃ちという
感じの作品だ。その狙いが的中することを祈りたい。
エロ雑誌だの、その現場に登場する清純な女性カメラマンだ
のと言われると、僕には話を作り過ぎのようにも感じてしま
うが、原作本は映画化されるほどに売れたのだから、その辺
のもの珍しさが評価されたのかな。正直に言ってその感覚は
よく判らない。ただこんなファンタシーも、たまにならあっ
ても良いかなという感じの作品ではあった。
なお、映画には女性の主人公が写したとされる水溜りの写真
が多数挿入されるが、これがなかなかの雰囲気を作り上げて
いた。これらの写真は矢部志保という人が映画のために撮り
下ろしたもののようだが、テーマの捉え方の面白さもあって
かなり生きている感じがした。
できたら上映館で写真展でも開いてもらって、近くでじっく
り見たい気もした。
後は、映画の後半を締めるフランスのシーンも良い感じだっ
た。コクトーと言われても、今の日本の若い世代にどれだけ
通用するものか判らないが、『オルフェ』に驚嘆した世代と
しては素敵なプレゼントをもらった感じだ。
また、港町の前の小さな入り江を大きな水溜りと見なす、空
撮も含めた撮らえ方は、この作品に対する製作者たちの愛情
も感じられて素晴らしいものだった。
監督の藤田明二は1948年生まれ、脚本の神山由美子は1958年
生まれ、共に今まではテレビで主に仕事をしてきた人たちの
ようだが、安定したストーリー展開や演出の巧みさはさすが
ベテランという感じがした。
共演は、小島聖、佐々木蔵之介、村田雄浩、小日向文世、高
島礼子。この顔ぶれも見慣れてきた感じだ。また、劇中音楽
のピアノ演奏は、現役音大生でもある松下が行っているそう
だが、その演奏場面は登場しない。

『イカとクジラ』“The Squid and the Whale”
ウェス・アンダースン監督が2004年に発表した『ライフ・ア
クアティック』で共同脚本を担当したノア・バームバックの
脚本・監督による作品。製作はアンダースン。なお、本作の
脚本は今年のアカデミー賞脚本賞にノミネートされた。
両親が作家という家庭。しかも父親の作品は高尚でなかなか
売れないが、母親は人気作家になりつつある。そんな家庭環
境は当然危うさに満ちている。そんな家庭に暮らす2人の息
子の物語。そしてある日、父親が家を出ると宣言する。
この両親の離婚によって、子供の養育は共同監護で行うこと
になるが、それは曜日ごとに2つの家を行き来するという子
供の人権を全く無視した制度。そんな環境の下で兄弟は共に
問題を起してセラピー通いとなるが、それでも本当の悩みに
は誰も気づいてくれない。
実は、バームバック監督自身が両親ともに映画評論家という
家庭に育っており、この作品は多分に実体験に基づいている
ようだ。とは言うものの、描かれている物語は、多かれ少な
かれどんな家庭にも起こりそうなものであり、アメリカほど
ではないにしても離婚が増加している日本でも共感を呼ぶ内
容といえる。
特に、子供の意向を無視した共同監護というシステムは、日
本では認められているものかどうか知らないが、かなり非人
間的なシステムで、アメリカでこのようなことが通常行われ
ているということには驚かされた。
出演は、両親役にジェフ・ダニエルスとローラ・リニー。2
人息子をジェス・アイゼンバーグとオーウェン・クライン。
なおクラインは、ケヴィン・クライン、フィービー・ケイツ
夫妻の子供だそうだ。他に、アンナ・パキン、ウィリアム・
ボールドウィンが共演。
なおバームバックは、アンダースン監督の次回作で、ロアル
ド・ダールの原作を映画化する“Fantastic Mr.Fox”の共同
脚本も手掛けている。因に、本作の製作はアンダースンが行
っているもので、2人の関係はかなり良好のようだ。
ただし、本作の字幕で、家を出た父親の引っ越し先が「公園
の向こう側」というのは、確かに原語の台詞もparkだったよ
うだが、ニューヨークでパークと言うとセントラルパークを
指すもので、そこらの町中の公園とは訳が違う。その辺のニ
ュアンスがちょっと気になった。
それにoysterを、単純に「貝」と訳しているのも気になる。
貝の「蠣」は果物の「柿」と混同されるので難しいところだ
が、何か工夫が欲しい感じだ。その他のカルチャーの部分は
いろいろ気を使っているようだが、もっと基本的な部分にも
気を使って欲しかった感じだ。


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井口健二