井口健二のOn the Production
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2006年08月10日(木) 奇跡の朝、ルイーズに訪れた恋は…、海と夕陽と…、バックダンサーズ、46億年の恋、サンクチュアリ、エリー・パーカー、16ブロック

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『奇跡の朝』“Les Revenants”
死者の甦りを描いた2004年のフランス映画。
ある朝、町の共同墓地からここ10年以内に死んだ人々が甦っ
て出てくる。その人々は、健康状態も良好で、普通の生活を
送れる状態だったが、行動のリズムが少しずれており、夜も
あまり眠らないようだった。そしてそれは、世界中で起きて
いる出来事だった。
こんな異常な状況を、とある町を舞台に描いた作品。
映画の中では甦りの原因は何も説明されず、ただあるが儘の
状況として描かれる。しかもそれへの対応が、国連や赤十字
が難民としての支援を行っていたり、科学者が行動様式の研
究を行ったりと、かなり現実的に描かれている。
そんな中で、主に描かれる3つの家族では、老いて亡くなっ
た妻や、若くして亡くなった恋人、そして幼くして亡くなっ
た子供などの甦りを迎える人々の、戸惑いやいろいろな思い
が描かれて行く。
実は、僕はここ10年間に自分に近い家族を亡くしていないの
で、その意味では冷静に見ることができたが、終映後話しか
けてくれた宣伝担当の方は現実的に見てしまう状況だったよ
うで、その立場からはまた違った感想にもなるようだ。
とは言え、映画のテーマは死者の甦り、その点では、日本映
画からゾンビまでいろいろあるが、本作では、妙な情に流さ
れたりスプラッターにもせず、真摯にテーマを捉えていると
いうことでは画期的な作品と言える。
特に、甦った人々が未練や怨念を持たず客観的に描かれてい
ることから、物語はそれを迎える人々の側だけで明確に描か
れるが、中には、甦っていることを知りながら迎えに行けな
い人もいて、そんな心情も考えさせられるところだ。
しかし本作は、そういった生者の側にもあまり深入りせず、
距離をおいて描いており、その点では題材だけを提示して、
後は観客に考えさせようという意図も感じられる。
スプラッターのゾンビものは別として、死者の甦りを個人的
な感情だけでべたべたと描かれるのは食傷気味だ。しかし、
本作のような形で冷静に描かれると、人の生と死について改
めて考えさせられる思いがした。
そう言えば、ロメロは『ゾンビ』を死者への思い遣りで描い
たと言い、作品の中でも、ゾンビ化した知人を抹殺できず保
護してしまうエピソードもあった気がするが、そんなところ
にも通じる作品だ。

『ルイーズに訪れた恋は…』“P.S.”
主人公は、東海岸の名門コロムビア大学で入学審査部の部長
を務める女性。年齢39歳で、天文学の教授との12年間の結婚
生活に最近終止符を打ったところだ。でもその教授とは、今
も友人としてつきあっている。
そんな主人公の許に1通の入学願書が届けられる。ところが
その志願者の名前は、高校時代に交通事故で死んだ初恋の相
手と同じ名前だった。しかも、その志望先は初恋の相手が目
指していたかも知れない絵画科…
このような状況下で、主人公はその志願者に個人面接を設定
するのだが、果たして現れたのは、初恋の相手の面影を持つ
15歳年下の青年だった。
これだけ書くと、何か超自然的なものを感じさせるが、物語
の主眼はそこではなく、純粋に新しい恋に迷っている女性の
心理を描いたものだ。しかも、新しい恋を始めたことによる
彼女自身と、彼女の周囲のいろいろな変化が描かれて行く。

主演は、『ミスティック・リバー』などのローラ・リニー、
相手役に、来春“Spider-Man 3”での新悪役が控えるトファ
ー・グレイス。他に、ガブリエル・バーン、マーシャ・ゲイ
・ハーディンなど。
脚本監督は、テレビ出身で2002年に監督デビュー作“Roger
Dodger”がヴェネチア映画祭の新人監督賞などを受賞したデ
ィラン・キッドの第2作。原作は、書評家でもあるヘレン・
シュルマンの同名の作品で、彼女は監督と共に共同脚本も手
掛けている。
主人公の周囲のいろいろな登場人物も魅力的で、特に、高校
時代の親友という設定のリニーとハーディン(『ミスティッ
ク…』で共演)による歯に衣着せぬ強烈な言い合いは、見て
いて気持ち良さも感じさせてくれた。
ジャンルとしてはロマンティック・コメディなのだろうが、
結構毒のある会話もあって一筋縄では行かない。僕の見た試
写会ではかなり笑い声も上がったが、生真面目になりすぎる
と内容を見誤ることにもなる。
不真面目ではないが、こんなこともあるのだと思いつつ、心
豊かに楽しみたい作品と言えそうだ。

『海と夕陽と彼女の涙』
交通事故で同級生を失った女子生徒の前に、亡くなった3人
の同級生の幽霊が現れる。しかしその姿を見られるのは主人
公だけ、しかも、幽霊が地上にいられるのは死後48時間と限
定され、その刻限を過ぎると死神が迎えに来る。
そんな条件のもとで、幽霊となった3人が現世に残した思い
が語られる。
実は、主人公と3人は同級生ではあるが友人という訳ではな
く、ただ偶然居合わせて一緒に事故に遭い、3人が死んでし
まった。だから幽霊として現れても、思いが互いにすぐ通じ
合える訳でもなく、うろうろしている間に時間はどんどん過
ぎて行く。
それに残した思いと言っても、死んだのは普通の女子高生だ
から、特別な恨みとかがある訳でもなく、ただちょっとした
思いがあるだけなのだが…

正直に言って、最初はなかなか映画に入って行けなかった。
今の自分からすると、女子高生というのは、多分対極の存在
のように思えるし、そんな彼女たちの現世に残した思いと言
われても、自分からは遠く離れたもののように思えた。
それに最初の内は、いじめなどステレオタイプな展開でもあ
ったのだが…
ところが、映画を見ているうちに、描いている内容がもっと
普遍的な部分にあるように感じ始めた。それは脚本も手掛け
た監督が意図したものであるかどうかは分からないが、この
映画には、そんなささやかではあるが重要なものが描かれて
いる感じがした。
死者が見えるという映画は、『シックス・センス』以降大量
に作られているが、そんな中にあってもこの作品は一歩違っ
た方向性を描いている感じがする。監督はテレビ出身の人の
ようだが、この感覚を大事にして欲しいとも思った。
出演は、佐津川愛美、芳賀優里亜、東亜優、谷村美月。この
内、谷村と芳賀は、それぞれ先に『カナリア』と『マスター
・オブ・サンダー』を見ているが、外の2人もテレビなどで
活躍中のようだ。特に、谷村は『カナリア』でも注目してい
たので嬉しくなった。
なお、撮影には和歌山県熊野古道のフィルムコミッションが
協力しており、大自然の中でオールロケーションされた画面
も美しかった。

『バックダンサーズ』
元スピードのhiroと、平山あや、ソニン、サエコの4人
が主演するダンスムーヴィ。
ダンスが好きでストリートで踊っていた少女が、アイドル歌
手のバックダンサーとなって芸能界に出る。しかし、メイン
の歌手が突然引退を表明。残されたバックダンサーズたちに
は芸能界で生き残る術はほとんどなかった。
そんな、芸能界ではよくありそうなシチュエーションで、そ
れでも頑張り続ける少女たちの姿を描いた作品。
一応、プロダクションと契約しているのでマネージャはつい
ているが、入社2年目の新米マネージャは親父バンドとの掛
け持ちで思うように動けない。しかし、売れないバンドにも
肩入れしてしまうような性格が、やがて彼女たちのファイナ
ルステージを企画するまでになるが…
まあ、ステレオタイプの悪役上司はいるが、ほとんどは善人
で、彼女たちを盛り上げて行く。もちろん夢物語だし、騙さ
れちゃ駄目だよと言いたくもなるが、最近の行き場のない青
少年の姿を見ていると、こんな夢でも持って欲しいとも思っ
てしまう。
目標を持って、それが夢の彼方であっても、それに向かって
努力して行く姿は美しい。特に本作の場合は、ダンスという
肉体パフォーマンスがその目標だから、努力している姿も描
かれるし、実際主演の4人の演じるに当っての頑張りも伝え
られると、その評価もしやすい作品だ。
しかも、脚本監督がテレビで、俗に言う「月9」のトレンデ
ィードラマを多数手掛けてきた人ということでは、演出のつ
ぼも心得ているし、見ていて大船に乗ったような安定感のあ
る作品だった。
テレビ出身の監督も当たり外れがあるが、この辺のクラスに
なるとさすがという感じだ。特に、日本のトップダンスパフ
ォーマーたちを多数動員したダンスシーンはなかなか見事な
もので、そこに主演の彼女たちのダンスを織り込むテクニッ
クも上手いと感じた。
正直に言って、彼女たちのダンスは、頑張った成果はあって
も他のプロダンサーには叶わないものだが、そこを見事に上
手く見せている感じで、その辺でもはらはらもせずに充分に
楽しめる構成になっていた。
70年代がキーワードの一つになっていたりして、団塊世代の
いい年になった大人が、過去の自分の青春時代を振り返って
観るのにも、良い感じの作品に思えた。ただし、若い女性ば
かりが主人公の作品には、気恥ずかしさも伴うが…

『46億年の恋』
正木亜都(梶原一騎/真木日佐夫)による原作『少年Aえれ
じぃ』から、NAKA雅MURAが脚色、三池崇史が監督し
た作品。
同じ日に、共に殺人の罪で収監された2人の若者。一人はゲ
イでひ弱な感じだが、もう一人は粗暴で手当り次第に他人に
襲い掛かる。ところがその粗暴な男が、監房の中ではゲイの
男を守り続ける。しかし、ある日ゲイの男が粗暴な男の首を
絞めているところが発見される。
なぜゲイの男は、自分の保護者であった男を殺さなければな
らなかったのか、警察の捜査が始まるが、周囲の人間たちの
証言は2転3転して行く。果たして監獄の中で何が起きてい
たのか…
という原作はミステリーだったと思われるが、描き出された
映画は全く予想もつかないものだった。例えば監獄の屋上か
らは、一方に巨大なピラミッド、他方に宇宙ロケットの発射
場が見えるなど、シュールとしか言いようのない映像が次々
に展開して行く。
さらに背景となるゲイの世界の描き方も、ダンスがフィーチ
ャーされたり、また舞台となる監房のデザインや、衣装デザ
インなども、とにかく全てが尋常ではない。
しかしそれらが全体として統一感があり、どれとして浮いた
感じがしないのは、さすが監督の手腕というところなのだろ
うか。三池作品は、どちらかというと当たり外れを感じる方
だが、今回は当たりの作品だと思う。といっても、描かれた
世界は普通ではない。
脚本家の名前は記憶にあるものではないが、この世界のどこ
までが彼の執筆によるものかも気になる。監督自身は極めて
多作だから、普通の脚本から一気にこれを作り出せたとも思
えないが、この映像感覚が脚本の指示だとしたらそれも大し
たものだ。
もちろんここには、セット:佐々木尚、衣装:北村道子とい
う2人のデザイナーの仕事も重要なポイントになりそうだ。
三池作品は、いわゆる芸術映画ではないのだから、普通に見
ればいいものだが、本作は観客に向かって挑戦を仕掛けられ
た感じだ。でもこれを芸術と観るのは絶対に間違いだろう。
監督たちは、いい意味の悪ふざけで作っていると考えたい。
そう見ると楽しい作品だ。

『サンクチュアリ』
息子が行方不明になっている女性と、その子供を誘拐し殺し
たのではないかと疑われている女性。そんな2人の女性の関
係を、時間軸を遡りながら描く構成の作品。
監督の瀬々敬久は、元々がピンク映画の監督であり、今まで
にもピンク系で上映された後に、一般映画として公開される
作品の試写を観たことがある。
しかし今回は、最初から一般映画として公開される作品のよ
うだ。といっても、描かれる2人の女性の行動にはかなり際
どい描写もあるし、作品自体もR−15に指定されたものだ。
従って本作も、基本はピンク映画と考えて良いと思われる。
瀬々作品に限らず、最近、何本かピンク映画の試写は観てい
るが、ただ女性の裸さえ出ていればいいものから、それなり
の意識を持ったものまで、この系統の作品もいろいろあるよ
うだ。そんな中で、この作品は作劇にもいろいろ工夫が凝ら
されている。
物語は、現代に始まって現代で終わるが、その間にいくつか
の出来事が時間軸を遡って描かれる。その構成自体は、さほ
ど目新しいものではないが、本作ではそれがかなり丁寧に構
成されている感じがした。
最初に提示されたいくつかのキーワードが、時間軸を遡って
いくことで徐々に真相が明らかになって行く。この構成は、
SFの時間ものと同じで、その間にパラドックスが生じると
おかしなことになる。しかし、その点でこの作品はよく神経
が行き届いている感じがした。
もちろん、事件の真相自体は最初に割れているが、それでも
なおその裏に存在する別の真相が描かれて行く。それは、現
代社会の一種の病巣のような部分でもあるかも知れないし、
今、それを意識して描けるのは、もしかするとピンク系の人
たちだけかも知れないとも思った。
その意味では、普段見慣れている一般映画とは異なるし、こ
んな作品が海外に出て行けば、それなりに観客を驚かせるこ
ともできるのではないかと思ってしまうところだ。

『ナオミ・ワッツ プレイズ エリー・パーカー』
                   “Ellie Parker”
オスカー候補にもなり、大作『キング・コング』のヒロイン
にも上り詰めたナオミ・ワッツ。彼女が最初に注目されたの
は2001年公開の『マルホランド・ドライブ』だが、その同じ
2001年1月のサンダンス映画祭に出品された短編映画がこの
作品の原形になっている。
製作、脚本、監督、撮影(出演も)は、『タンク・ガール』
と『マルホランド…』でワッツと共演しているスコット・コ
フィ。2人はその後も作品を発展させてさらに4本の短編を
製作、それらを繋ぎ合わせて2005年に完成させたのが本作と
いうことだ。
物語は、ハリウッドに暮らす若い女優の卵が、毎日のように
オーディションに挑戦し、挫折を繰り返しながらも、夢を抱
いて進んで行く姿が描かれる。ワッツもオーストラリアから
ハリウッドに夢を抱いてやってきた一人、実際の彼女はかな
り恵まれていたようだが、それでもこの作品には彼女の実体
験に基づく部分もあるようだ。
最初のエピソードでは、一つのオーディション会場から次の
会場までフリーウェイの道中で、車を運転しながら次の役柄
に合わせて化粧を変え着替えもしてしまう。そんなアクロバ
ティックな様子が微笑ましくもあり、これが映画祭で好評を
博した理由もよく判る。
その後も、同棲中の男性の浮気や、女性セラピストとの怪し
げな関係、また「こんなことメリル・ストリープがやったと
思う?」と言いながらも続けるこれまた怪しげな演技の講習
会など、ハリウッドの真実(?)がここに綴られて行く。
もちろん誇張もあるのだろうが、動物園の類人猿の檻の前で
行動を観察しているシーンには『キング・コング』の参考か
と思わせたり、怪しげなホラーのオーディションのシーンに
は『ザ・リング』を想像させるなど、実話とのつながりも上
手く感じさせてくれる。
その一方で、R指定は免れたようだが、かなり際どいシーン
も出てくるし、またキアヌ・リーヴスのカメオ出演や、久し
ぶりのチェビー・チェイスがエージェント会社の幹部を演じ
て、軽妙な演技を見せてくれるなど。いろいろ楽しめる作品
でもある。
作品自体はSDのディタルヴィデオで撮影されたものであり
ながら、内容はかなり凝っているし、それでいてインディー
ズの匂いをたっぷり感じさせてくれる。ワッツは製作も担当
しており、自らのハリウッドへの思いをここに描き込んでい
るようだ。

『16ブロック』“16 Blocks”
『リーサル・ウェポン』のリチャード・ドナー監督、『ダイ
・ハード』のブルース・ウィリス主演によるアクションドラ
マ。
ウィリスは製作も担当し、他に製作者には、アクション専門
のエメット/ファーラも名を連ねている。また、製作会社は
ミレニアム=ヌ・イメージスという、B級映画ファンには堪
えられない名前が並んでいる作品だ。
主人公はニューヨーク市警に勤務する初老の刑事。脚が少し
悪くて出世街道からは外れ、酒浸りで勤務中も飲んでしまう
ような、傍から観てもあまり善良とは言えない男だ。
そんな彼が夜勤明けで帰ろうとしたとき、一人の囚人を16ブ
ロック先の裁判所まで護送する任務が命令される。それは、
本来は別の刑事の仕事だったが、その刑事が渋滞に巻き込ま
れて署に現れず、彼は渋々その任務を引き受けるが…
数ブロック先で謎の男たちが囚人を襲ってくる。そこでは機
転を利かせ、近くの酒場に逃げ込んで応援を呼ぶ主人公だっ
たが、現れた元相棒の刑事からは意外な話を聞かされる。そ
してその任務が、警察組織を敵に回した超ハードなものであ
ることが判り始める。
主人公は、自分の担当地域を熟知しており、追いつめられる
度に抜道や隠れ家などを駆使して、追手を捲いて行く。しか
しそれも、目的地が近づと困難になって行くが…果たして主
人公は、裁判所での証言時間に間に合うように、囚人を送り
届けることができるか。
アクションと言っても、銃撃戦以外は、格闘技系の派手なも
のではない。しかし、主人公が手傷を負いながらも証人の囚
人を守り通そうとする姿には、男のロマンや哀愁のようなも
のも漂わせて、さすが監督主演のベテラン2人のタッグとい
う感じの作品だ。
なお、映画のメインテーマは、人生最悪の日を迎えた警官だ
が、サブテーマとして犯罪者の更正プログラムについて語ら
れる。犯罪者の激増するアメリカでは、刑務所での更正プロ
グラムというのは殆ど行われていないのが実情のようだ。そ
んなアメリカの現実も描いた作品ということだ。


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井口健二