井口健二のOn the Production
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2006年07月31日(月) クリムト、西瓜、ミラクルバナナ、愛と死の間で、サラバンド、夢遊ハワイ、マイアミ・バイス

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『クリムト』
“KLIMT
    A Viennese Fantasy a la Maniere de Schnitzler”
1900年のウィーンとパリを舞台に、画家グスタフ・クリムト
の奔放な生き方をジョン・マルコヴィッチの主演で描いたド
ラマ。R−15指定映画。
19世紀末のこの年、パリでは万国博覧会が開かれ、そこでは
クリムトの出品した絵画が好評に迎えられている。一方、ウ
ィーンでは、クリムトは旧態依然としたアカデミーに反旗を
翻し、分離派を旗揚げしていた。
そんなクリムトの前に、フランスで映画興行を成功させたジ
ョルジュ・メリエスが現れ、クリムトの創作風景を写したと
称する映画を上映する。それはクリムトもモデルも俳優が演
じているものだったが、そのモデルの女性に魅せられたクリ
ムトは…
この謎の女性レア・デ・カストロとクリムト、それに彼の生
涯のパートナーだったエミーリエ・フレーゲ(ミディ)、ク
リムトの弟子で最後を看取ったエゴン・シーレら、虚実の人
物を縦横に配して、退廃的な世紀末の風景が描かれる。
マルコヴィッチは、数年前に「あなたはクリムトといろいろ
な面で似ている」と言われ、この映画の企画が始まったのだ
そうだ。しかし良い脚本がなかなか得られなかった。そこに
過去に2度マルコヴィッチと組んだことのあるチリ出身のラ
ウル・ルイス監督が参加、彼の脚本により映画は完成された
というものだ。
その脚本は、クリムトの作品や生き方に論評を加えることな
く、ありのままを描いたと言うことだが、そこに架空の女性
や、『ビューティフル・マインド』からヒントを得たのでは
ないかと思われる謎めいた人物を配することで、クリムトの
実像を見事にファンタスティックに描き出している。
特に、監督自身が『不思議の国のアリス』と称するこの作品
では、ウサギに相当する大使館の書記官と自称する謎の人物
に、クリムトの歴史的価値や心情なども語らせることで、美
術史を知らない観客にも判りやすく物語を描いている。
その一方で、映画は当時のパリ、ウィーンの室内装飾から衣
装までも細かく再現して行くが、それが必ずしも当時のその
ままではなく、特に衣装には、当時の思想を受け継ぐ現代の
デザイナーの作品も採用しているのだそうで、その辺が映画
に古臭さを感じさせない独自の雰囲気を出しているようだ。
その他、鏡やシルエットを使った映像演出にも、全体として
懐かしさや新しさが混在している感じで、R−15指定を受け
る様な作品でありながら、何か見ていて気持ちの安まる思い
のする作品だった。

『西瓜』“天邊一朶雲”
昨年の東京国際映画祭「アジアの風」部門では『浮気雲』の
題名で上映されたツァイ・ミンリャン監督による台湾映画。
なお、本作はベルリン国際映画祭で銀熊賞(芸術貢献賞)を
受賞している。
形式的には、同監督の2001年の作品『ふたつの時、ふたりの
時間』の続編ということで、前作に登場した2人のその後が
描かれているものだが、物語自体はほとんど関係はなく、僕
も前作は見ていなかったが、単独で鑑賞しても全く支障は感
じなかった。
そして物語は、主人公の女性が5年ぶりにパリから帰国する
ところから始まる。その時、台湾は猛烈な水飢饉に襲われて
おり、水道は断水、人々にはスイカで水分を取ることが奨励
されている。そんな中で彼女はトランクの鍵を無くし、途方
に暮れている。
一方、前作では路上の腕時計売りだったという男性の主人公
は、本作ではAV男優となって日々セックスシーンの撮影に
明け暮れている。因に、日本での上映指定がどうなっている
か知らないが、映画は巻頭からかなり強烈なシーンが登場す
るものだ。
そんな2人が再会し、彼女はトランクの鍵を開けてもらうた
めに、彼を自分のアパートに招くのだが…そのアパートが、
実はAV撮影のスタジオと同じ建物だったことから、男は自
分の正体を隠そうとしてすったもんだの展開となる。
これに、主人公2人の心情を歌い上げる、極めてカラフルな
ミュージカルシーンが随所に挿入されて、映画はコミカルか
つ華やかに進んで行く。
上にも書いたように本作はベルリンで受賞しているが、描写
されるセックスシーンは、芸術と猥褻のかなり際どいところ
を突いている。それが芸術として捉えられたのならそれでよ
しとするが、かなり強烈なものであることは確かだ。
因に本作は、台湾、香港ではノーカット上映されたと報告さ
れているが、ということはそれ以外の国では駄目だったとい
うことなのだろう。しかも本国の台湾では、この作品で上映
基準が変更されたとも伝えられ、好奇心も手伝って台湾映画
の年間興行第1位を記録したそうだ。
日本ではもちろんノーカットの上映が実現するが、日本人の
観客には、ちょっとあれれ?と思ってしまうところもありそ
うだ。というのも、実は映画に登場するAV撮影の相手役の
女優を日本人が演じているのだ。
確か去年の東京映画祭では、他にも日本のAV女優の登場す
る作品があり、日本製AVが東南アジアにはかなり輸出配給
されて、注目もされていることが紹介されていた。僕として
は「何を輸出しているんだか」という感じにもなったが、そ
れが現実のようだ。
ただし、本作はその方面の話題だけでなく、描かれた物語に
もちゃんとした内容が備わっている。その辺を真摯に捉える
ことが出来れば、他にも面白いシーンはいろいろある作品だ
と考えるが…

『ミラクルバナナ』
2002年に『白い船』という作品が公開されている錦織良成監
督作品。前作は、小さな漁村の小学生と、沖合を航行する白
い大型フェリー船との交流を描いたもので、小さな出来事が
生み出す感動を見事に描いた作品だった。
本作もそれに通じた作品と言える。バナナから紙を作る、聞
いただけなら「ああそんなことも出来るだろうな」と思うだ
けで済んでしまうことが、本当はものすごく大きな物語につ
ながっている。そんなことを考えさせてくれる作品だ。
物語の主人公は、愛知県の出身で外務省の派遣員に応募して
ハイチにやってくる。政情も安定せず、西半球で最も貧困な
国と言われるハイチ。インフラの整備も遅れ、首都でも停電
は日常という生活環境だが、そこに暮らす人々の笑顔は底抜
けに明るかった。
しかし、幼い子供が風邪を引いただけで死んでしまうという
現実や、何よりノートを取る紙も無くて識字率が上がらない
という現実を彼女は目の当りにする。そんなとき、実家から
送られてきたヴィデオの消し残りに、バナナから紙を作るこ
とが紹介されていて…
映画の物語はフィクションだと言うことだが、実際にバナナ
から紙を作る事業は、名古屋市立大学大学院教授・森島氏の
提唱でハイチ共和国から始まり、カリブ諸国やアフリカでも
行われているということだ。そんな実話を背景に、主人公の
女性の活躍が描かれる。
主演は小山田サユリ。『アカルイミライ』など、主に日本の
インディーズ作品で活躍する女優さんで、僕も過去に何本か
見ているが、今までは何か印象に残らないというか、逆に印
象に残った作品では映画の出来が今一つだったりで、いつも
ちょっと…という感じだった。
しかし今回は、何にでもチャレンジして行こうという雰囲気
が、この作品にはピッタリという感じで、多少オーバーアク
ションの笑顔も映画に合っている感じがした。
また、彼女を囲む緒方拳、山本耕史、現地職員役のアドゴニ
ー(さんまのTV番組などに出演)や、現地でオーディショ
ンされた子役などのアンサンブルも良く描けていた。
なお撮影は、ハイチでは治安が悪いために隣国ドミニカでの
ロケーションが中心になっているが、それでもハイチの現地
ロケも敢行され、見事な映像が捉えられている。この撮影に
は、ハイチで取材する日本人フォトジャーナリストの協力も
得ているようだ。
ハイチと言われても、映画の中に出てくるようにヴードゥー
教ぐらいのイメージしか湧かない。そんな地球の裏側で日本
人が起こした小さな奇跡を現地にまで行って映画にする。そ
れ自体が必要かとも問われてしまいそうな作品だが、この作
品が日本で上映され、これを見た人の心に何かが残れば、そ
こからまた何かの奇跡が起こりそうな感じもする作品だ。
因に、主人公の出身地が愛知県なのは、ハイチがフランス語
圏で、発音ではHが消えてアイチに聞こえることからの親父
ギャグなのだそうだ。そんなセンスもうれしい作品だった。

『愛と死の間で』“再説一次我愛你”
アンディ・ラウ主演で、優秀な外科医の主人公とその妻の心
臓を巡る数奇なドラマ。
主人公は総合病院の外科医だったが、優秀であるために帰宅
時間も儘ならず、新婚の妻との約束も翌日に延ばしてばかり
いる。そんなある日、彼を自家用車で迎えに来ていた妻が事
故で帰らぬ人となってしまう。
それから5年後、主人公は、亡くなった妻の父親が隊長を務
める救急隊の隊員となっている。そして出動の帰途、事故を
目撃した彼は、事故の被害者の女性が5年前に彼の妻の心臓
を移植された患者であったことを知る。しかもその時、彼女
は夫との仲に苦しんでいた。
ここまでで変なことを想像した人は、ここから後の捻りの利
いた物語の展開に嬉しくなるに違いない。香港映画界を代表
するラウは、かなりトリッキーな設定を見事に消化して、素
晴らしい物語を見せてくれる。
しかもそれを、観客には手の内を全て曝しながら描いて行く
のだから、この構成は見事なものだ。脚本監督は、ラウと共
に香港の製作会社フォーカスを主宰するダニエル・ユー。ま
た、テレビ出身のリー・コンロッが共同脚本と共同監督を務
めている。
因にラウは、『インファナル・アフェア/終極無間』直後の
出演で、極めて複雑な役柄の後にはストレートな人物を演じ
たかったということだ。その点で言うと、本作の人物像は確
かにストレートだが、物語は実にうまく捻られたものだ。
共演は、『セブンソード』のチャーリー・ヤンと、『ドラゴ
ン・プロジェクト』に出演していたツインズのシャーリン・
チョイ。他に、日本を舞台にした『頭文字D』に主演して昨
年の台湾金馬奨と香港電影金像賞のW受賞に輝いたアンソニ
ー・ウォン。
心臓移植に絡めて精神的な葛藤を描くドラマというのは、普
通なら患者が中心に描かれそうなものだが、それを心臓提供
者の夫の立場から描くというのは面白いアイデアだ。しかも
そこにうまい捻りが入ることで、ドラマが巧妙に展開してい
る。
もちろん、万に一つも起きないであろう物語ではあるが、ア
ンディ・ラウの魅力でうまく見せられてしまうという感じの
作品だ。それもまた映画というところだろう。

『サラバンド』“Saraband”
イングマール・ベルイマン監督による2003年作品。ベルイマ
ンは1918年の生まれというから、本作は85歳の時の作品。こ
の前の映画作品は、1985年の『ファニーとアレクサンデル』
だそうだから、20年ぶりの映画作品ということになる。
ただし、1985年以降もテレビ作品や脚本は何本か手掛けてお
り、引退していた訳ではない。そして本作も、撮影はHDで
行われていて、その点ではテレビ作品の延長とも言えるが、
がっちりした骨格の内容は、さすがに巨匠と呼ばれる監督の
作品だ。
作品は、1974年製作の『ある結婚の風景』の続編とも言える
もので、同作に主演したリヴ・ウルマンとエルランド・ヨセ
フソンが、離婚後30年を迎えた元夫婦を演じる。そして物語
は、元妻が隠遁生活を送っている元夫を訪ねようと思い立つ
ところから始まる。
その元夫は、大自然の中に建つ別荘で暮らしているが、その
近くに所有するロッジには、音楽家の息子が音楽院への受験
を控えた愛娘のチェロの特訓のため、2人だけの生活を続け
ている。そんな状況の中で各家族のさまざまな葛藤が描かれ
て行く。
因に、題名の「サラバンド」というのは、古典音楽のジャン
ル名だそうだが、映画ではその代表的な作品としてバッハの
「無伴奏チェロ組曲第5番」が紹介され、父娘のチェロの練
習を巡る葛藤にもつながっている。
それにしても、見事な台詞に満ち溢れた作品で、1時間52分
の中に、一度では聞き切れないほどの珠玉とも言える台詞の
数々が登場する。80歳過ぎの監督がこれだけの素晴らしい台
詞を脚本にしたというエネルギーにも敬服してしまう。
しかも、老元夫婦と音楽家の親子という、それぞれ普通では
ない家族の話だから、語られる台詞は全て創作のはずなのだ
が、その台詞がそれぞれの状況を見事に描き出すと共に、そ
の一方で普遍的な家族をも描く台詞になっているのだから、
これは本当に素晴らしい。
正に、台詞の宝箱と言えるような作品。一度ならず鑑賞して
流れるような台詞を何度も堪能したくなる。
なお公開は、ベルイマンの要望によりHD上映のみで行われ
ることになっており、出来れば既存の映画館より、HD設備
の整ったホールなどでの上映を期待したいものだ。

『夢遊ハワイ』“夢遊夏威夷”
2004年の東京国際映画祭「アジアの風」部門で上映された台
湾作品。
最近、映画祭を含め台湾の作品を見る機会が増えているが、
どの作品も非常に雰囲気が似通っている。元々台湾映画は、
本国ではほとんど興行的に成立していなかったようだが、こ
こ数年、少しずつ改善が見られているのだそうだ。
その切っ掛けとなったのが、2002年の東京国際映画祭のコン
ペティション部門に出品された“藍色大門”(日本公開題名
『藍色夏恋』)なのだそうだ。僕は当時この作品を見ている
が、実はその時にはあまり評価することが出来なかった。
というのも、その作品が1970年代のATG作品を思わせ、全
体に古臭いというか、現代映画の感覚から遊離している感じ
がしたものだ。ところが、その作品の雰囲気が、その後の台
湾映画に共通しているのだから、その影響力の大きさを感じ
てしまう。
本作も、そんな流れの中にある台湾作品と呼べるものだ。
物語の主人公は、兵役が終了間際の若者。ある日、彼は初恋
の女性が浜辺で死んでいる夢を見る。そんな主人公が、特別
休暇と称して脱走兵を連れ戻すための極秘任務を与えられ、
同僚と共に脱走兵の故郷へと向かうが…
その前に主人公は初恋の女性の安否を確認したりして、いろ
いろな出来事が生じて行く。
兵役という辺りで、日本の現実とは違ってしまうが、それは
韓国映画やアメリカ映画でも登場するシチュエーションだか
ら理解はできるつもりだ。でも、その他の点でも何か全体の
雰囲気が現実離れしている。
それは題名にもある「夢遊」の世界の話なのだから、全体を
ファンタシーとして見ればいいのだろうが、逆に、「こんな
ファンタシーばかり描いてて良いの?」と言いたくなってし
まう感じだ。それが最近の台湾映画に共通した感覚かも知れ
ない。
でも、まあファンタシーと割り切ってしまえば、映画自体に
はATG作品を思わせる懐かしさもあるし、そしてそれが自
分の青春時代でもあった訳だから…。それで、この映画の主
人公たちにはちょっと共感してしまうところもあった。
兵役以外にもいろいろと特殊なシチュエーションは登場する
が、それぞれは理解できる範囲であったりもするし…そんな
感じの作品だ。

『マイアミ・バイス』“Miami Vice”
1984〜89年に米NBCで放送された同名テレビシリーズの映
画版。
中南米などの犯罪コネクションが集まるマイアミを舞台に、
マイアミ警察特捜課(Vice)の潜入捜査官ソニーとリコが、
本作では、FBIのなど連邦機関による合同捜査で漏洩した
捜査情報の漏洩元を探るべく、特別任務に従事する。
実はテレビシリーズは見ていないのだが、当時はMTV Copな
どとも呼ばれ、最新のヒット曲に彩られたハードなアクショ
ンが大人気を得ていたということだ。そして今回は、その映
画版を、シリーズも手掛けたマイクル・マンが念願の企画と
して実現したものだ。
物語は、FBIへの捜査協力のために紹介した情報屋が緊急
連絡を寄越し、合同捜査が失敗したことを知ったソニーたち
が立ち上がるところから始まる。この動きにFBIの幹部の
一人が単独で協力を約束し、その情報からソニーらはハイチ
に飛ぶが…
その捜査によって、中南米の麻薬組織からロシア・マフィア
にまで繋がる巨大犯罪組織の存在が浮かび上がる。そして、
北米への物資の運び屋として組織に乗り込んだソニーとリコ
の前に、アジア系の謎の美女イザベラが現れる。
このソニー役をコリン・ファレル、リコ役をジェイミー・フ
ォックスが演じ、イザベラにはコン・リーが扮する。他に、
『パイレーツ・オブ・カリビアン2、3』のナオミ・ハリス
らが出演。
何しろ、スタイリッシュという言葉がピッタリの作品。元の
テレビシリーズもそう言われていたようだが、映画版もそれ
を踏襲している。小型ジェット機で雲海の中を縫うように飛
ぶシーンや、特別仕様のフェラーリ、パワーボートの疾走な
ど、目を楽しませるシーンが次々に登場する。
また、HDでの撮影が威力を発揮する夜間のシーンなど、本
当に見せるための演出が全てのシーンで周到に準備されてい
る。しかも2時間12分がアクションの連続で、その意味では
『パイレーツ・オブ・カリビアン』のRレイト版という感じ
もする。サーヴィス精神ではこの夏の双璧をなすとも言える
作品だ。
チームプレーの素晴らしさを見せつけるシーンや人間味のあ
るシーン、その一方でリアルな銃撃シーンなど、本当に映画
の魅力を堪能させてくれた。
因に、マン監督によるディレクターズ・カットは2時間26分
あったと伝えられ、両方を見た人からは物語が判り難くなっ
たという指摘もあるようだが、僕は本作のみでも気にならな
かった。でも、その内にオリジナル版も見てみたいものだ。


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井口健二