井口健二のOn the Production
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2006年01月14日(土) 刺青、かもめ食堂、B型の彼氏、ルート225、トム・ダウド

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『刺青』
谷崎潤一郎原作の3度目の映画化。同じ原作からは1966年に
増村保造×若尾文子と1984年に曾根中生×伊藤咲子という映
画化があり、今回はこの原作を、ピンク映画監督の佐藤寿保
監督と、グラビアアイドルの吉井怜の主演で映画化した。
僕は過去の映画化を見てはいない。しかし、それぞれが当時
の社会状況の中でそれなりに頑張った作品であると評価され
たことは記憶しているものだ。そこで今回の映画化だが、今
の時代にこの表現内容ではいくらなんでも納得できないと言
うところだろう。
僕は原作も読んではいないが、谷崎文学と言うとエロティシ
ズムという連想を持つ。そんな心積もりで見に行った観客に
とって、この作品の期待外れの度合いは余りに大きすぎるの
ではないかと思われる。
少なくとも今の時代に、女優がバストも露にできないのなら
この映画化への主演は断るべきだし、製作者もそのような女
優を起用するべきではない。監督もそれくらいの説得もでき
なかったのかというところだ。それに見え見えの吹き替えも
やめるべきだろう。
それにもう一つ納得できないのは、この映画化の製作の意図
だ。実は映画のプロローグとエピローグ近くに刺青をした人
物が襲われるシーン登場する。ここでは暗視鏡で衣服の下の
刺青を確認するなど、それなりの描き方がされていた。
これを見ると、この映画の物語の裏では連続猟奇殺人のよう
なものが起きているらしい。そこでこの殺人を契機として物
語が語られたのなら、それなりにこの程度の描写でも許され
るのではないかという気もしたものだ。
つまりこの映画化を、ポルノグラフィーにするかミステリー
にするかというところだが、現在72分の上映時間にあと20分
ぐらい事件捜査などの描写を足して、90分前後のサスペンス
ドラマにすれば、結末も含めてまずまずの作品になったと思
えるのだが…
それにしても、ヴィデオ製作の画質の悪さには今回も辟易し
た。だいたい本作は『刺青』という題名で、女体に描かれた
刺青を売り物にする作品だと思うが、そのシーンが画素不足
のモザイク状態では作品の価値自体が存在しないことになっ
てしまう。
製作者はこんな劣悪な画質になるとは予想していなかったの
かも知れないが、素人映画ではあるまいし、これくらいはち
ゃんとした製作体制を採ってもらいたかったものだ。
(この作品は、今年1本目の試写で見た作品であり、また製
作体制に改良の余地はあると思えるので、批判的ではありま
すが掲載することにします)


『かもめ食堂』
2003年ベルリン映画祭の児童映画部門で特別賞を受賞してい
る荻上直子監督の第3作。
その受賞した第1作の『バーバー吉野』は見逃しているが、
実は監督の第2作は去年の同じ1月14日付の映画紹介でかな
り手厳しく批判したものだ。でも今回の作品を見ると、この
監督の良さが何となく判るような気がしてきた。
舞台はフィンランドの首都ヘルシンキ。湊町でもあるこの都
市の片隅に、フィン語でruokala lokkiとその下に日本語で
「かもめ食堂」と書かれたカフェがあった。その店は1人の
日本女性によって営業されていたが、通りかかる人はただ覗
くだけでなかなか入っては来ない。
しかし女性経営者は、毎日コップを磨き、何時の日か客が訪
れるのを待っていた。そしてその店に、ニャロメのTシャツ
を着た日本かぶれの学生が入ってきたことから物語が動き始
める。さらにその店に、その学生の要望を叶えるために町で
話し掛けた日本人旅行者が加わって…
この女性経営者を小林聡美が演じ、日本人旅行者の役に片桐
はいりと、そしてもう1人の旅行者役にもたいまさこ。この
3人だけが日本人で、他はアキ・カウリスマキ監督の『過去
のない男』に主演したマルック・ペルトラなど全てフィンラ
ンド人俳優という作品だ。
そして映画では、日本人3人がいろいろな事情を抱えるフィ
ンランド人と拘り、いろいろな物語が展開して行く。それは
メルヒェンのようでもあり、また現実を反映しているようで
もある。そんな物語が、異国情緒豊かにゆったりとしたペー
スで描かれる。
フィンランド映画は、昨年『ヘイフラワーとキルトシュー』
を紹介しているが、あの作品でも、何か静かでのんびりとし
た泰然自若という言葉がピッタリの雰囲気が気に入ったもの
だ。本作は日本人の手になるものではあるけれど、同じよう
な雰囲気が感じられた。
その感じは、写し出される風景がそうさせるのか、フィンラ
ンド人俳優の演技がそうさせるのか、そこは謎だけれど、そ
の雰囲気が堪らなく心地良いものであることは確かだ。この
映画はそんな心地良さを満喫できる作品だった。
それと特筆されるべきは、小林が喋る見事に流暢に聞こえる
フィン語。女優が演じているのだから、それは覚え込んだ台
詞なのかも知れないが、僕には『ヘイフラワー…』で聞いた
フィン語の心地良さを思い出させてくれた。
群ようこが、映画の企画に共鳴して書き下ろした原作に基づ
く。実は、物語としては大したことが起こる訳ではないのだ
けれど、素敵にファンタスティックで、その後の生活に何か
の糧になる、そんな感じのする作品だ。

『B型の彼氏』(韓国映画)
2004年の後半に韓国では社会問題にもなったと言われる血液
型ブームを背景にした作品。韓国では2005年2月に公開され
て大ヒットを記録したそうだ。
日本でも血液型による相性占いは行われていると思うが、韓
国でのそれはB型男性の問題点だけを挙げつらったかなり過
激なものだったらしい。そしてこの作品は、何事にも慎重な
A型女性と奔放なB型男性という最悪の組み合わせの男女の
恋を巡るものだ。
まあ、血液型相性占い自体が馬鹿々々しいものだと言ってし
まえばそれまでだが、とは言えそれを信じている人も多い訳
で、そのような題材を映画化する場合には、そこをどのよう
に料理するかが映画制作者の腕の見せ所だろう。
この映画では、血液型による性格判断を一面で肯定するよう
でもあり、他面では否定して微妙に擦り抜けている感じだ。
もっともその中途半端さが、映画の全体を温いものにしてし
まっている面はあるが、まあ若年向けのロマンティックコメ
ディとはこんなものだ。
主演のB型男性を演じるのは、深田恭子、ウォンビン共演の
日韓合作ドラマ『フレンズ』に出演していたイ・ドンゴン。
A型女性をハン・ジヘ。さらにA型で血液型信者の従姉をシ
ン・イが演じて、3人は揃って昨年の韓国大鐘賞にノミネー
トされたそうだ。
なお韓国での血液型ブームは、1999年に能見俊賢の「血液型
人間学」が翻訳出版されてからのものだそうで、日本人とし
ては何か申し訳ない感じもした。

『ルート225』
芥川賞作家の藤野千夜が受賞後初書き下ろしで発表した原作
を、『エコエコアザラク』などの林民夫が脚色、崔洋一監督
の『クイール』などの脚本家の中村義洋が監督、『HINO
KIO』の多部未華子の主演で映画化した作品。
ある日、学校からなかなか帰ってこない弟を迎えに行った少
女が、ふと道に迷って両親の居ない世界に紛れ込み、弟と共
に両親の居る世界への帰還路を探す物語。
自宅からは225号線の向こう側にある公園で弟を見つけた
14歳の少女は、帰り道の曲り角で存在しないはずの浜辺を目
撃し、それによって両親の居ない異世界に迷い込む。そこで
は死んだはずの人が生きていたり、疎遠になった友が親友だ
ったりする。
そしてその世界から両親へは、たった一つの連絡手段があっ
たが…
この物語なら確かにファンタシーだと思うのだが、この作品
は典型的にSFとは呼べない作品だろう。恐らくは原作者も
SFを書くつもりはなくて、単純に少女の14歳から15歳への
旅立ちを描いたのだろうし、その意味では余韻もあっていい
と思う。
以下ネタばれがあります。
ところが映画というのは、小説以上に現実的であるところが
問題で、多分小説ではさらりと描かれているであろう姉弟の
帰還路を探す頑張りが、観客にはその望みを叶えてあげたい
という思いを起こさせてしまう。しかし…というところが微
妙に感じられるものだ。
確かに望みが絶たれると判るシーンの描写は、多部と弟役の
岩田力の好演もあって見事だし、この後に解決策が出てきて
はお話が台無しになってしまうから、この結末は了解するべ
きものであることは間違いないのだが…
この映画は、少なくとも僕の中ではSF映画と呼ぶことはで
きないものだ。


『トム・ダウド/いとしのレイラをミックスした男』
         “Tom Dowd & The Language of Music”
1949年のアトランティックレコードを皮切りに、レコード音
楽の録音技術に幾多の革新をもたらし、バイノーラル(ステ
レオ)録音から、マルチトラックのミキシングコンソールの
デザインなども行った録音技術者トム・ダウドの生涯を追っ
たドキュメンタリー作品。
なお撮影はダウドの生前に行われたものだが、作品は2002年
の彼に死後に完成された。
言ってみれば、偉大な功績を残した男の栄光の足跡を辿った
もので、作品自体には文句の付けようもない。特に音楽関係
者のはずの彼がマンハッタン計画にも関わり、ビキニ環礁の
水爆実験にも加わっていたという話は、どうでも良いけど凄
いという感じのものだ。
また、いろいろなテクニックを披露したり、その他ミュージ
シャンたちが彼の偉大さを証言するのも、おそらく音楽関係
者が見たら恐れ入ってしまうものなのだろう。しかもそれを
部外者である僕らが見ても理解できるように描いているのだ
から見事なものだ。
同様のインタヴュー中心のドキュメンタリー作品では、一昨
年11月に日本映画の照明技術者についての作品を紹介してい
るが、日本の作品が今一つ乗り切れなかったのは、やはり対
象人物の人間性の描き方が希薄だったせいもありそうだ。
その点でこの作品は、出身大学を訪ねたり、手掛けた歌手に
直接会わせるなどの演出で、人間性を前面に描き出す。この
辺もテクニックかなと感じたものだ。この種の技術絡みのド
キュメンタリーは今後も作られるだろうが、良い手本を見る
感じの作品だった。


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井口健二