井口健二のOn the Production
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2005年12月29日(木) リバティーン、転がれ!たま子、ウォレスとグルミット、沈黙の追撃、アブノーマル・ビューティ、僕の彼女を知らないとスパイ、ジャケット

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『リバティーン』“The Libertine”
王政復古期の英国の放蕩詩人、第2代ロチェスター伯爵こと
ジョン・ウィルモットの生涯を描いた舞台劇の映画化。
オリジナルの舞台ではジョン・マルコヴィッチが主演したよ
うだが、自身で製作も手掛けた映画化では、彼は国王の役に
下がって、主人公はジョニー・デップが演じている。
1660年代のイギリス、王政復古の時代。ウィルモットは国王
とのいさかいから地方に追放されていたが、3カ月でその罪
を解かれてロンドンに戻ってくる。そこで久しぶりに舞台小
屋を訪れたウィルモットは、実力を発揮できない一人の女優
バリーに目を止める。
観客のブーイングの中、楽屋に戻ったバリーを訪ねたウィル
モットは、彼女に演技指導を申し出る。これに対して、最初
はウィルモットの放蕩の噂に及び腰だった女優も、次第に彼
の熱意を感じて演技論を闘わせる。そして彼の指導が実を結
び、彼女の演技が開花して行く。
一方、ウィルモットの放蕩ぶりには手を焼きながらも、その
才能は認めている国王は、フランス大使を迎える重要な会で
上演される芝居の脚本を彼に依頼する。そしてバリーには彼
の見張り役を命じる。
ところが彼が書き上げた戯曲はとんでもない代物で、舞台稽
古では主演俳優が次々に離脱を表明。それでも芝居は何とか
完成して、フランス大使を招いた会が催されるが…
アメリカではRレイトで公開され、映画自体も巻頭で主人公
が画面に向かって「諸君は私を好きになるまい」と語りかけ
るなど、かなり奇を衒った始まり方をする。しかし、物語は
至って真面で、放蕩の烙印を押された男の切ない生涯が見事
に描かれている。
また舞台劇らしく台詞も多彩で、シェークスピアの引用など
も含めたいろいろな警句や名台詞が次々に登場する。それを
デップや、相手の女優役のサマンサ・モートンが見事な芝居
で見せてくれる作品だ。実際エンディングでは涙を拭う人も
いるような作品だった。
ただし、Rレイトにせざるを得ない卑猥な台詞や際どい描写
も満載の作品で、まあそれが最近のデップを目当ての観客に
どう受け取られるかというのが興味津々のところだろう。
後は、ロウソクの灯りだけだった当時の芝居小屋を忠実に再
現しようとした映像はかなり暗めで、それなりに映像は捉え
られてはいるが、多少気になった。また後半のデップのメイ
クは多分舞台ならこれでも良いのだろうが、映画では…とい
う感じのものだった。
以下ちょっとネタばれです。
実はエンドクレジットで、「思い出に」というようなテロッ
プが出て、どうせ製作者か監督の思い出だろうと気にせず眺
めていたら、その2枚目にマーロン・ブランド、3枚目にハ
ンター・S・トムプスンの名前がそれぞれ1画面1人ずつの
名前で表示された。
1枚目は見過ごして誰だか判らないが、この2人は何れもデ
ップの関係者と言える。特にトムプスンに関しては、今回の
役柄は同じように飲んだくれの作家の役でもあった訳で、デ
ップがどのような気持ちでこの役を演じたか考えてジンと来
てしまった。
デップの人柄も感じさせるクレジットだった。


『転がれ!たま子』                  
新藤兼人監督の孫で、2000年に『LOVE/JUICE』と
いう作品でベルリン映画祭のフォーラム部門新人賞を受賞し
ている新藤風監督の第2作。
24歳になっても世間に出て行くことのできない女性が、ある
切っ掛けで外に出て行くまでを描いた作品。これにかなり寓
話的なエピソードや現代風俗のようなものも織り込んで、多
分若い人には納得できるのではないかという作品に仕上げて
いる。
主人公のたま子は24歳。母親は美容院を営み、高校3年生の
弟がいて就職活動も始めているが、彼女自身は自分の部屋に
閉じ込もって甘食さえあれば満足という生活。そして彼女の
頭には、彼女が幼い頃に家出した父親の作った鉄兜が被せら
れている。
そんな彼女に手を焼いた母親は、自分の甘食代ぐらい自分で
稼げと宣言し、彼女の幼馴染みの住職の世話で配送会社に勤
めるが、仕事はできずお荷物になるばかり。
ところがいつも甘食を買っていたパン屋の主人が入院し、好
物の甘食が手に入らなくなったことから、彼女は行動を起こ
さざるを得なくなる。そして…
鉄兜に重ね着という主人公のファッションがちょっと奇を衒
い過ぎで、最初はなかなか乗れなかったが、他にもいろいろ
ドぎついキャラクターが登場してくると、だんだん気になら
なくなった。演じている山田麻衣子の個性が親しみ易く、そ
れに救われている面もあるかもしれない。
ただ後から考えると、この鉄兜がいろいろ象徴している感じ
で、特に鉄兜から連想されるRPGにのめり込んだニートの
姿が浮かんできたのは考え過ぎだろうか。結局、その辺の監
督の思い入れがストレートに理解できないことが、本作の問
題のようにも感じられた。
ただし見ている間は、全体的にメルヘンチックな雰囲気が、
若い(と言っても1976年生まれ)女性監督の感性なのかなと
いう感じもして、自分とは違う感覚が珍しくもあり、面白く
もあって、それなりに楽しめた作品だった。

『ウォレスとグルミット/野菜畑で大ピンチ!』
“Wallace and Gromit in The Curse of the Were-Rabbit”
1989年に第1作が作られた「ウォレスとグルミット」シリー
ズの第4作にして、初めての長編作品。ちょっとお惚けの天
才発明家ウォレスと、彼の忠実な愛犬グルミットは、今回は
恐ろしい巨大ウサギとの闘いを繰り広げることになる。
年に1度、トッティントン家のお屋敷で開催される巨大野菜
コンテスト。そのコンテストに出品するため、人々は丹精込
めて巨大野菜を作っている。ところがその野菜を狙うウサギ
たちが現れ、その被害から守るためウォレスとグルミットが
立ち上がる。
まずウォレスは、電子的な監視装置を作って各畑に設置し、
ウサギが現れると彼の家の警報装置が働いて、直ちにグルミ
ットと共にウサギの捕獲に向かうシステムを作り上げる。し
かしウサギは増え続け、それだけでは埒が開かなくなる。
次にウォレスが考案したのはウサギ吸引装置。折しもトッテ
ィントン家の庭を荒らすウサギをこの装置で一網打尽にした
ウォレスは、当主レディ・トッティントンの信用を勝ち得る
が、そこに婚約者と自称する男が現れ、ウサギ退治には猟銃
が一番と主張する。
そしてもう一つ、ウォレスの新発明が登場するのだが、実は
これがとんでもない事態を引き起こしてしまう。そして誕生
した巨大変身ウサギから巨大野菜は守り切れるのか…お屋敷
でのフェスタを舞台に大騒動が巻き起こる。
映画は巻頭で、警報装置が働いてからウォレスとグルミット
が出動するまでの機械仕掛けが登場し、いつもの起床装置に
も増して手の込んだ装置が見事に描かれる。これだけでも彼
らの世界に引き摺り込まれてしまう感覚だ。
正直に言って、物語もテンポも短編映画そのまま、特に長編
だから何かしているということもなく、短編のままの世界が
1時間25分に亙って展開しているという感じのものだ。その
雰囲気がファンには堪らなく嬉しい。
ドリームワークスがアードマン作品を配給するのは、2000年
の『チキンラン』に続いて2作目だが、前作が力の入った作
品であることは認めるものの、やはり今回の普段着という感
じの作品の方が魅力的だ。
ただし、このすでに人気のキャラクターを長編にする方が、
よっぽど勇気の要ることだったのは容易に想像できる。その
勇気が見事に実を結んだ作品。これならファンも納得して見
ていられるというものだ。
なお、製作では一部にCGIも使用されたようだが、全体の
クレイアニメーションの味わいはしっかりと保たれている。
映画の完成後スタジオが焼失するという事態になったが、幸
い人的被害はないようで、次の作品もぜひとも楽しみたいと
思ったものだ。

『沈黙の追撃』“Submerged”
スティーヴン・セガール主演のアクション映画。セガールの
アクション映画は、10月末にかなりの珍品を紹介したばかり
が、今回はやや真面目な物語だ。
舞台は南米のウルグアイ。奥地のダムに隠された秘密がスパ
イヘリからアメリカ大使館に送られた映像で明かされようと
した瞬間、3人のシークレットサーヴィスが大使を射殺、自
分たちも互いに銃を向け同時に発射して果てるという事件が
起きる。
この事態を重く見たCIAは、過去の作戦での命令違反を問
われて服役中だったコーディを復帰させ、彼の仲間に秘密の
暴露と事態の収拾を命じるのだが、現地に向かった彼らは最
初から作戦を変更し、独自の作戦を展開し始める。
このコーディをセガールが演じ、一癖も二癖もありそうな部
下たちと猛烈なアクションを展開するという物語だ。
実は背景には、高度な洗脳技術を開発した博士がいて、その
博士が大企業の資本の許、ウルグアイ政府の転覆計画や諸々
の事件を引き起こしているのだが、それをコーディ達が見事
に粉砕するというお話になる。
そしてこのお話に、ジャングルからダムサイト、研究所、潜
水艦からオペラ劇場など様々なシチュエーションを使って、
銃撃戦から格闘技までの多彩なアクションが展開する。結局
のところセガール映画の観客はそれが期待だし、その期待に
は充分に応えている作品だ。
とは言うものの、巻頭などに登場する洗脳のシーンのVFX
はそれなりに凝っていたし、他にもおやと思わせるシーンも
あって、以前のセガール映画からみると、多少はいろいろな
ことをし始めた感じはしてきた。
なお、宣伝はアメリカ映画となっているが、エンドクレジッ
トではUKとブルガリアの共同製作となっていた。ウルグア
イが舞台なのに、撮影はブルガリアとは…それ自体ファンタ
スティックな感じがしたものだ。

『アブノーマル・ビューティ』“死亡冩真”
『the EYE』などで香港・タイを股に掛けて活躍するパン兄
弟の製作、兄オキサイド・パンの脚本監督によるサスペンス
作品。
主人公は大学で美術を専攻する女子学生。生活環境にも才能
にも恵まれた彼女の作品は、学校の内外で高い評価を受けて
いたが、彼女自身は物足りないものを感じていた。
そんなある日、彼女は起きたばかりの交通事故の現場に遭遇
し、そこで死んで行く女性の姿を夢中になって撮影してしま
う。これにより彼女は、自分の作品に足りなかったものが死
であったことに気づくことになる。
そして彼女は、大量に購入した死を撮影した写真集に共感を
覚え、自ら同様の作品の撮影にのめり込んで行く。ところが
その頃から、彼女の回りに不穏なものが届き始め、彼女自身
が異常な世界を彷徨うことになる。
この物語に、背景となる親子の断絶や子供の頃の性的なトラ
ウマなどを盛り込んで、普段見慣れた香港映画とはちょっと
違ったテイストの作品が生み出されている。ただしパン兄弟
の作品は、相当複雑な物語でも結末をうやむやにせず、ちゃ
んと終わらせるところが見終ってすっきりするものだ。
特に日本映画では、たまに妙な感じを映画館の外まで引き摺
ってしまうような作品も見掛ける。その善し悪しは見る人間
の精神状態にも拠りそうだが、娯楽映画である以上は、僕は
パン兄弟のようにすっきりする作品の方が好きだ。それによ
り多少テーマ性が希薄になるのは仕方がないと考える。
なお、主演はシンガポール出身で香港で活躍する人気姉妹デ
ュオ2Rの妹のレース・ウォン。姉のロザンヌもクラスメー
トの役で重要な役どころを演じている。基本的には人気アイ
ドルという2Rだと思われるが、それにしてはかなり際どい
作品だ。特に後半のアブノーマルな世界に入ってからの体当
たりの演技はよく頑張っている。
他にはアンソン・リョン、ミシェル・ライらが共演、2004年
の作品で香港での公開時には初登場第1位に輝いたそうだ。

『僕の彼女を知らないとスパイ』(韓国映画)
略して『僕かの』ということで、ちょっとパクリ気味の題名
から想像されるように、韓国の若者を主人公にしたラヴ・コ
メディ。元祖の『紹介します』は一種のファンタシーだった
が、本作はそうではない。でも、実は見ていていろいろ考え
させられる作品だった。
主人公は、大学受験に2年連続で失敗した若者と、彼が通う
予備校の近くのハンバーガーショップで働くちょっと訳あり
な感じの女性。女性は彗星のごとく現れ、その美貌で一躍シ
ョップの顔になったものだ。
そんな彼女に一目惚れした若者がいろいろ接近の手立てを講
じ、ついにデートに漕ぎ着けるのだが…その時、彼には義務
兵役の入隊の日が近付いていた。そして彼女にも、その町か
ら消えなくてはならない理由があった。
ちょっとネタばれになるけれど、実は彼女は北朝鮮から潜入
したスパイで、先に潜入して軍資金を持ち逃げしたスパイの
捜索に来ていたのだ。そしてそんな行き違いがいろいろな笑
いを生み出して行く。
ここで登場する兵役とスパイというシチュエーション。この
状況は日本ではとうてい考えられないお話だ。しかもこれが
コメディになっている。その上、北朝鮮がコケにされるのは
当然としても、兵役もかなり笑いにネタにされているのは驚
きだった。
そんな近くてもあまり理解できていない隣国=韓国を見事に
教えてくれる作品とも言えそうだ。しかもその結末には、な
んとなく南北間に架かる夢が感じられるのも素敵な作品だっ
た。と言っても、それが平和ぼけの日本人にどれだけ伝わる
かは疑問だが。
大体題名にしても、この意味が果たして現代の日本人に理解
できるものかどうか。実は、これは北からのスパイの発見法
で、最近有名になっている物を知らなければ、それは潜入し
たばかりスパイかも知れないということなのだ。
昔、大島渚の日本海側を舞台にした映画の中で、主人公の一
人が値上がりしたばかりのタバコを旧値段で買おうとしてス
パイに疑われるシーンがあったが、韓国では今もそれが生き
ているということなのだろう。そんなこともいろいろ考えて
しまう作品だった。
とは言っても、本作の基本がコメディであることに変りはな
い。また、本作ではスパイの彼女が演じるアクションもかな
り見事に決まっていて、その面でも充分に楽しめるものだ。
だから笑って見てくれればそれでいいという作品ではある。
ただ、上記のこともちょっと頭の隅に置いて見て欲しい。そ
んな感じもしたものだ。

『ジャケット』“The Jacket”
エイドリアン・ブロディ、キーラ・ナイトレイの共演で、と
ある実験により1992年の現在と2007年の未来を行き来できる
ようになった男の姿を描いた物語。
主人公は1991年の湾岸戦争で負傷。そのため記憶が徐々に失
われる症状が現れるが、他には異状もないことから退院は許
可される。そして雪道でエンジンの停止した車と酔い潰れた
母親と幼い少女に遭遇し、エンジンを修理した彼は少女に請
われて認識票を与える。
ところが、その後、若い男性の車にヒッチハイクした彼は、
警官殺しに巻き込まれ、記憶が曖昧な彼はその罪を負ってし
まう。そして収容された精神病院で、ありもしない彼の犯罪
性向を矯正するための秘密の実験が施される。
その実験は、被験者に精神安定剤を投与し、拘束衣(ジャケ
ット)を着せて死体安置所のような引き出しに閉じ込めると
いうもの。その実験により、彼の脳裏にはいろいろな記憶が
甦り始めるが、その最中、ふと彼は自分が寒空の下、小さな
ドライブインの前に立っていることに気づく。そして中から
出てきた女性の車に同乗させてもらうが…
マンダレイとセクション8の製作で、アメリカではワーナー
が配給した作品だが、見ていて1980年のケン・ラッセル監督
作品『アルタード・ステーツ』を思い出した。25年前の作品
は瞑想タンクを使って人類の新たな進化を求めるものだった
が、今回は正反対の拘束衣を使用。しかし、副次的に時空を
超えた作用が起きるという点では共通点を持つ物語だ。
そして主人公は、訪れた未来の世界で、自分の運命と幼かっ
た少女の悲惨な未来を知ってしまうが…ということで、以下
は典型的なタイムトラヴェル物の物語が展開する。
タイムトラヴェルものでは、先月『サウンド・オブ・サンダ
ー』を紹介したばかりだが、本作はあのような大掛かりな話
ではない。もっと個人的なレヴェルでのタイムパラドックス
に挑戦する物語だ。
そのパラドックスは、かなり早くにネタは割れてくるが、そ
の中でしっとりとした素敵な物語が展開するのは、タイムト
ラヴェル物の魅力の一つでもある。そしてその物語を、MT
Vでも活躍するイギリスのジョン・メイブリー監督が見事に
描き出している。
若い主演2人を囲んで、クリス・クリストファースン、ジェ
ニファ・ジェイスン=リー、ケリー・リンチ、ブラッド・レ
ンフロ、それに次期007のダニエル・クレイグらが共演。
また、『アメリカン・グラフィティ』のマッケジー・フィリ
ップスも出演していた。

ということで、今年も最後にベスト10。例年通り試写で見た
2005年度公開の洋画作品から一般映画とSF/ファンタシー
映画に別けて選んでみました。なお選考の基準は、単純に面
白かった作品と、自分の中に何かが残った作品です。

<一般>
1.エレニの旅
2.世界
3.輝ける青春
4.ナショナル・トレジャー
5.シンデレラマン
6.皇帝ペンギン
7.ランド・オブ・プレンティ
8.ディア・ウェンディ
9.セブンソード
10.50回目のファーストキス

<SF/ファンタシー>
1.ナショナル・トレジャー
2.銀河ヒッチハイクガイド
3.バタフライ・エフェクト
4.コープス・ブライド
5.チャーリーとチョコレート工場
6.レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語
7.サスペクト・ゼロ
8.エターナル・サンシャイン
9.ザスーラ
10.エコーズ


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井口健二