井口健二のOn the Production
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2005年12月14日(水) シリアナ、ロード・オブ・ウォー、エミリー・ローズ、ルー・サロメ、メルキアデス・エストラーダ、ディック&ジェーン、チキン・リトル

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『シリアナ』“Syriana”
麻薬取り引きの実態を描いた2000年の『トラフィック』で、
アカデミー賞脚本賞を受賞したスティーヴン・ギャガンの脚
本、監督による中東情勢を巡って暗躍するCIAの姿を描い
た作品。映画は、元CIA職員のロバート・ベアの著作に基
づくが、物語はフィクションとされている。
『トラフィック』のスティーヴン・ソダーバーグ監督が主宰
するセクション8の製作で、同プロダクションの共同主宰者
のジョージ・クルーニーが主演と、ソダーバーグと共に製作
総指揮も務めている。
物語の舞台は中東のとある小国。そこでの諜報活動に従事し
ていたバーンズは、指令された武器商人の暗殺には成功する
ものの、売り渡した小形ミサイルの行方が判らなくなり、そ
の報告のため本部に戻ってくる。しかし、そこで彼には別の
任務が与えられる。
一方、スイスに本社を置くエネルギー商社に務めるブライア
ンは、とあるきっかけで中東の小国の王族に近付き、その伝
で大きな利権を得ようとしていた。そしてアメリカでは、大
規模な石油企業の合併を巡ってその間に不正がないか調査が
始まっていた。
この3つの物語と、他に地元のテロリストの動きなどが、互
いにほとんど接触することもなく進んで行く。従って相互の
関係はよく判らないし、本当は何が行われていたのかは、映
画だけではほとんど判然としないものだ。
つまり、その判断は観客の想像に委ねられるのだが、アメリ
カの国益を守ると称して張り巡らされた非情な陰謀の存在は
明白に描かれている。しかもその是非は、最後の主人公の行
動が明らかにしているという作品だ。
因に題名のSyrianaとは、ワシントンのシンクタンクなどで
「中東再建のための仮説」という意味合いで実際に使われて
いた用語だそうだ。
しかしこの言葉は、Siria→Syrian→Sirianaと語尾変化した
ものと考えられるもので、その言葉で考えるとこの用語は、
「シリア化する」というような意味にも取れる。ところが実
際は、シリアという国は親米の国ではない。
従ってこの言葉が使われる理由も判然とはしないものだが、
ただし最近になって、シリアの反米の指導者的存在だった人
物が、突然執務室で自殺したというような報道を見ると、か
なり深い意味合いを感じるのは僕だけではないだろう。
なお、本作はシリアを舞台にしたものではなく、劇中シリア
という国名は出てこなかったと思われる。
また本作は、アメリカでは12月第1週に全米6館だけの限定
公開で封切られたが、その興行成績が1館当り11万ドル以上
という驚異的な数字となったもので、アメリカ人の関心の高
さも伺わせたものだ。

『ロード・オブ・ウォー』“Lord of War”
国際的な武器商人の暗躍を描いた作品。『ガタカ』『シモー
ネ』のアンドリュー・ニコルの脚本監督作品で、ニコラス・
ケイジが主演している。
主人公は、旧ソ連のウクライナで生まれ、幼い頃にユダヤ人
に偽装して一家でアメリカへ移住。その後、父親はユダヤ教
にはまり地道な生活をしていたが、ある日、銃器の売買で自
分の商才に気付いた主人公はイスラエルに飛び、放棄された
兵器の転売で富を得る。
やがてソ連邦の崩壊により、故郷ウクライナでは軍用ヘリコ
プターを含む大部隊を組織できるほどの兵器を手に入れ、富
を膨らませて行く。そして、その富に飽かして美しい妻も娶
り家族にも恵まれる。一方、彼を執拗に追い続ける取り締ま
り官の追求もあるが…
そして彼の行動の過程には、もちろん危険なことも数知れず
あるが、彼の使命は、現在全世界の人口12人に1丁と言われ
る銃器の数を、1人1丁にすることだ!!
上で紹介した『シリアナ』に続けて国際政治の裏で暗躍する
人物たちの物語だが、本作ではそれをかなり戲画化して描い
ている。特にプロローグで、鉄板から製造された銃弾が輸送
され、最後に撃ち出されて…までを描いたシークェンスは見
事だった。
実は、僕は続けて見てしまったせいで、衝撃の度合いは少な
く感じてしまったが、逆に戲画化して描かれた分、観客には
判りやすいし、その意味を考えるには丁度良い作品になって
いたようにも感じる。その意味では好一対という感じの2作
品とも言えそうだ。
脚本監督のニコルは、前作2作はどちらもSFと呼べるもの
で、その意味での興味はあったが、その分この題材には多少
不安も感じていた。しかし、プロローグのシークェンスから
面目躍如という感じで、何しろ全体をテンポよく描き切った
ことは見事だった。
しかもその間にテーマを見失うこともなく、特に結末の付け
方は問題提起の仕方としても明白で良い感じだった。まあ、
見ている間はアクションも適度にあって、『ナショナル・ト
レジャー』のケイジだし、その線で見てもらって…後でじっ
くり考えてもらいたい、という作品だ。         
なお本作は、国際的なNGOのアムネスティ・インターナシ
ョナルと、国際小型武器行動ネットワーク(IANSA)が
提唱する「コントロール・アームズ」のキャンペーンにも協
賛が決まったということだ。

『エミリー・ローズ』“The Exorcism of Emily Rose”
1976年にドイツで行われた実際の裁判に基づく映画化。
ある大学の女子学生が悪魔に憑かれて悪魔祓いの儀式中に死
亡。その事件で過失致死の罪に問われた司祭が裁判に掛けら
れる。しかし、キリスト教会からの依頼で弁護に立った女性
弁護士には、教会の権威を守るため悪魔祓いの事実は争わな
いように要請される。
ところが裁判では、精神医学に基づく治療を怠ったことが争
われ、その裁判に勝つためには、悪魔祓いに言及し悪魔が憑
いていたことを実証するしかなくなってくる。そして被告の
司祭には、この裁判でやり遂げなければならない一つの使命
があった。
描かれた1976年の裁判は、悪魔の存在が裁判所で認められた
近年では初めてのケースとされているもののようだが、最近
では1999年にローマ教皇庁が悪魔祓いの教本を400年ぶりに
改訂するなど、悪魔祓いの需要は高まっているようだ。
実際イタリアでは、悪魔祓いの儀式がここ10年間で10倍以上
に急増、またニューヨークでは、1995年以降40件の悪魔憑き
の事例がカソリック教会によって公式に調査されているとい
う。さらにシカゴ大司教区では公認のエクソシストが任命さ
れたそうだ。
そして、本作の真の主役である女子大生(実話ではAnnelies
Michel)の墓には、今も花が絶えないということだ。
まあ物語としては、いくら実話の映画化だと言われても、僕
らには異世界の話のようなもので、その中でどう考えるかと
いうことになる訳だが、映画ではショックシーンもそこそこ
に織り込まれて、見た目の恐怖感も充分に味わえる。
ただ、映画のテーマとしてそれがどうなのかと言うことでは
問題になるが、まあ、先に紹介したような国際問題を扱った
ものでもでもないし、これはこれでいいという作品だろう。
出演は、女性弁護士役に『キンゼイ』のローラ・リニーと、
司祭役に『イン・ザ・ベッドルーム』のトム・ウィルキンス
ン、また死亡した女子学生役を舞台女優のジェニファー・カ
ーペンターが演じて鬼気迫る演技を見せてくれる。
他に検事役でジョージ・C・スコットの息子のキャムベル・
スコットが出演しているが、彼は『リトル・ランナー』では
コーチの神父役を演じていて、今回は宗教に理解のある検事
役というのはちょっと面白かった。

『ルー・サロメ』“Al di la del bene e del male”
『愛の嵐』のリリアーナ・カヴァーニ監督により、ドミニク
・サンダの主演で1977年に公開された『善悪の彼岸』という
作品の、以前に公開された英語版ではカットされた部分など
が修復されたオリジナル・イタリア語版による再上映。
以前の公開では見られなかった映像や、ぼかされた映像が初
公開されるということだが、僕は当時の上映を見ていないの
でそれに関する判断は出来ない。しかし、今回の上映でもぼ
かしが複数箇所入るのだからまあ相当の作品ということだ。
と言っても、物語は19世紀末のヨーロッパを舞台にした極め
て文学的なもので、特に自由に生きることを望む女性ルー・
サロメと、彼女に振り回されるニーチェ、パウル・レーらの
男性たちの構図は現代にも通用して面白いものだった。
また、後半に登場するほぼ全裸の男性2人による神と悪魔の
ダンスや、その他の映像にも注目できるシーンは数多くあっ
たように感じられた。さらにローマ、ヴェネツィアなどの遺
跡や町の風景も美しく捉えられていたものだ。
ただし音響は、大時代的な音楽や口元の合わない音声など、
1977年と言えばアメリカでは『スター・ウォーズ』の年に、
イタリアではまだこんなものだったのかと意外な感じもした
が、それも歴史として捉えておきたいところだ。
なお、サンダは1951年のパリの生まれで、ヴォーグ誌のモデ
ルなどを経て1968年に映画デビュー。この作品の当時はイタ
リアに住んでイタリア映画に出演していたが、前年にはカン
ヌで女優賞も受賞している。
一方、本作と同じ1977年にはロジャー・ゼラズニー原作の終
末SF『地獄のハイウェイ』を映画化した『世界が燃えつき
る日』にも出演。本作は、その頃の作品ということだ。
因に、最近のサンダは舞台に専念しているということだが、
今回の作品は26歳の時のもので美しさも絶頂の頃とは言え、
見ていてまた映画にも出てもらいたいと感じられたものだ。
2000年の『クリムゾン・リバー』には尼僧の役でゲスト出演
していたようだが、本格的な復帰を期待したい。
 
『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』
      “The Three Burials of MELQUIADES ESTRADA”
『アモーレス・ペロス』のギジェルモ・アリアガの脚本を、
トミー・リー・ジョーンズの監督・主演で映画化した作品。
不慮の死を遂げた友人のメキシコ人の遺体を彼の故郷に埋葬
するため、遺体を乗せた馬を引いて国境を渡る老カウボーイ
の物語。
舞台は現代。初老のカウボーイ=ピートは、ふと知り合った
エストラーダを不法入国者と知りつつ友として付き合ってい
た。そんなピートにエストラーダは家族の写真を見せ、自分
が死んだら遺体を故郷に埋葬してくれるように約束させる。
自分の方が年上だからそんなことにはならないと言いつつ、
その約束に応じたピートだったが、その数日後エストラーダ
は何者かによる射殺体で発見される。そしてその犯人は割り
出されるが、保安官はそれ以上の追求をしようとしない。
その事態にピートは、犯人を拉致し、犯人にエストラーダの
遺体を掘り起こさせて、犯人と共に国境を越え故郷として教
えられたメキシコの村を訪ねることにするが…
この物語を、最初にエストラーダの遺体が発見されるところ
から始めて、その後に犯人が町に引っ越してくるところ描く
など、時間軸を交錯させて描いて行く。しかしその展開は、
理路整然として混乱がない。
確かに最初は多少戸惑う感じもするが、判り始めると、その
時間軸を入れ替えた意味がいろいろな点で活かされているよ
うにも感じられる。特に犯人の行動が、エストラーダを殺し
た後なのか、それとも前なのかといった辺りが、物語に実に
微妙な陰影を与えている。
この構成の巧みさは、脚本家アリエガの特徴とも言われてい
るようだが、トリッキーでありながらそれが自然に感じられ
る上手さには脱帽させられた感じだ。そしてそれをジョーン
ズの演出が見事にフォローしている感じの作品だ。
ジョーンズは、映画は初監督のはずだが、その前にTVムー
ヴィは1作手掛けているということで、演出自体はかなり手
堅い感じのものになっている。またこの作品は、今年のカン
ヌ映画祭で男優賞と脚本賞に輝いたものだ。
背景は現代だが、友情のために全てをなげうつ主人公の生き
様などは、正に西部劇という感じのもので、久しぶりに男の
ドラマを見せられた感じがした。
それから、旅を共にするエストラーダの遺体が、あるときは
無気味であったり、あるときは切ない感じがしたり、そんな
造形になっているのも見事な感じだった。

『ディック&ジェーン/復讐は最高!』
              “Fun with Dick and Jane”
1977年にジョージ・シーガル、ジェーン・フォンダの主演で
映画化された『おかしな泥棒/ディック&ジェーン』のリメ
イクを、当代きっての人気コメディアン、ジム・キャリーが
自らの製作、主演で実現した作品。
しかもこのリメイクでは、監督には『ギャラクシー・クエス
ト』のディーン・パリソット、脚本を、初監督の“40 Year
Old Virgin”が全米で大ヒットを記録したばかりのジャド・
アパトゥと、テレビ出身の新鋭ニコラス・ストーラーなど、
最高の布陣が揃えられた。
さらに演技陣では、相手役に『ディープインパクト』などの
実力派ティア・レオーニ、またアレック・ボールドウィン、
ハリウッド版『Shall we Dance?』のリチャード・ジェンキ
ンスなどが脇を固めている。
主人公は、とある企業の広報担当者、郊外の1軒家に住み車
はBMW、しかしお隣さんが特注のメルセデスを買ったのが
羨ましい。そんな彼に広報担当重役への昇進が舞い込む。サ
ラリーマンでは最高の地位に有頂天になる主人公だったが…
CEOの家に招かれ、最初に与えられた指示はテレビの経済
番組への出演。これも大喜びでスタジオに向かうが、待ち構
えいたのは辛辣な質問の数々。そして株価は見る見る下落し
て、会社に戻るとそこは倒産整理の真っ最中。
つまり天国から地獄を1日で味わった主人公だったが、その
間CEOは会社の資産の大半を確保したまま逃亡。しかも倒
産の責任は部下に押しつけ、数10億ドルの資産は誰も手の付
けられない個人のものとなっていた。
最近の研究によると、CEOの平均的な収入は一般従業員の
平均の約400倍。これは10年前の比率の10倍というから、富
の集中、貧富の差の拡大は現実のものになっている。しかも
エンロン、ワールドコムなどのように詐欺まがいの事例も相
次いでいる。
そして、倒産、リストラ、失業など、それに巻き込まれた従
業員の悲哀は、アメリカも日本も同じことだろう。そんな裏
返しのアメリカンドリームを見事に描いているのがこの作品
と言える。
そして主人公は、就職活動もままならないまま失業保険の期
間も満了し、それでも見栄を張って生活を維持していたが、
ついに自宅の差し押さえ令状が送付された日、彼に残された
道は、これしかなかった…
ということで、手っ取り早く夫唱婦随の泥棒稼業に走ってし
まった主人公だが、ここからの描き方が実に上手い。しかも
その結末は見事な大団円という感じで、こんなことは夢のま
た夢と判っていても、最後は思わず拍手喝采したくなってし
まった。
キャリー、レオーニの絶妙のやりとりや、ジェンキンスの日
本映画でも出てきそうなベタな人情味。この辺には普段のハ
リウッドコメディとはちょっと違う味わいがあった。それは
オリジナルの味なのかも知れないが、ちょっと懐かしさも感
じたものだ。
その一方で、途中でキャリー、レオーニに施されるスペシャ
ルメイクは、これが現代ハリウッドの実力という感じで、見
事なものだった。
日米同時公開で、宣伝もキャンペーンもままならなかった作
品だが、描かれているテーマは日米共通のものでもあるし、
特に日本人の大半を占めるサラリーマンには、久々に溜飲の
下がる作品だ。

『チキン・リトル』“Chicken Little”
ディズニーがピクサーとは別に初めて独自に作り上げたオー
ルCGIによるアニメーション作品。しかもそれにILMが
協力して3D化を実現し、一部の劇場では3Dで上映が行わ
れる。ということでその3Dによる上映を見せてもらった。
物語は、落ちこぼれのニワトリの子供が主人公。ある日、彼
は空の欠片が落ちてくるのを目撃し大騒ぎをするが、肝心の
欠片が見つからない。こうして一種の狼少年となってしまっ
た主人公だが、父親は適当な言い訳でその場を凌ぎ、子供の
言い分には耳を貸してくれない。
とは言え、何とか立ち直って、ちょっとしたことでヒーロー
にもなった主人公だったが、ある日、再び空の欠片を見つけ
てしまう。しかも落ちこぼれ仲間の一人がその欠片に乗って
空の彼方に飛んでいってしまう。そして…
まあお話はそんなところだが、これにディズニーの自社作品
から他社作品までのパロディが満載で、それもおおいに楽し
める作品だった。中でも3つ目の****は、事前に情報は
聞いていたが、実際に見るとちょっと唖然の感じがしたもの
だ。まあお子様向けだが、大人も楽しめる。
ということで、2D版の紹介はここまでで、ここからは舞浜
まで出向いて見せてもらった3D版についてだが、その実力
は予想以上のものだった。
方式は、基本的には偏光フィルターを用いているが、従来の
直線偏光板を90度に置いたものとは違って、円偏光の右回り
と左回りで分離を行っており、このため従来は頭を傾けると
左右が混じってしまったものが、そうはならないことも見て
いて楽だった。
また、プロジェクターは毎秒144フィールドのディジタル方
式で、ここから左右の映像が毎秒72フィールドずつ交互に映
写されており、ちらつきも全くない上に、左右が同じ光学系
なのでバランスもよく、81分間連続の3Dでも疲れを感じる
ことがなかった。
それに今回の作品は、元々が2Dで製作された作品を後から
3Dにしているもので、このため従来のこれ見よがしの3D
演出などもなく、自然に3Dが楽しめるのも良い感じだった
と言える。この点は怪我の功名でもあるが…
今後この方式では、ディズニー作品は元より、ソニーやウォ
ルデンメディアからも新作が予定され、さらに『スター・ウ
ォーズ』のエピソードIV〜VIの3D化も計画されているもの
で、これは大いに期待したくなったものだ。


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井口健二