井口健二のOn the Production
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2005年11月14日(月) レジェンド・オブ・ゾロ、ザスーラ、クラッシュ、好きだ、プルーフ、ロード・オブ・ドッグタウン、エンパイア・オブ・ザ・ウルフ

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『レジェンド・オブ・ゾロ』“The Legend of Zorro”   
1998年に公開された『マスク・オブ・ゾロ』の続編が、アン
トニオ・バンデラス、キャサリン・ゼタ=ジョーンズ共演、
マーティン・キャンベル監督の前作の顔ぶれそのままに実現
された。                       
前作の時は、ゼタ=ジョーンズはまだイギリスから渡ってき
たばかりの新人。バンデラスもヒスパニック系俳優として人
気は出始めていたが、確か本格的に英語で演技をするのは初
めてで大変だったとインタヴューに答えていた記憶がある。
そんな2人が、アンソニー・ホプキンスの共演なども得て、
一躍飛躍のきっかけとなったのが前作だった。特にゼタ=ジ
ョーンズは、前作を試写で見たマイクル・ダグラスが「絶対
に彼女と結婚する」と宣言して、今に至ったというのも有名
な話だ。                       
それから7年。続編の計画は前作の公開直後からずっとあっ
たものだが、それが期を熟したというか、映画の内容のタイ
ミングにも合わせての本作となったもので、義理堅くもそれ
に出演した2人にも拍手を贈りたい作品だ。       
物語は前作の数年後。2人の間には一人息子のホアキンが生
まれ、その子は多分6、7歳という感じだ。そしてカリフォ
ルニアは、アメリカの31番目の州として合衆国への併合の是
非を問う住民投票の真っ只中。しかしそれに反対する勢力も
存在し、投票の妨害も起きていた。           
それに対して主人公アレハンドロ・デ・ラ・ヴェガは、人々
からの教会の鐘を打ち鳴らす呼び出しがあれば、黒マスクを
付けゾロとなってそこに馳せ参じていたが、危険に満ちたそ
の暮らしは、妻エレナにも、息子にも負担となっていた。特
に父親の正体を知らない息子には…そしてその陰では、合衆
国の未来を決定付ける大きな陰謀が進み始めていた。   
時代背景は1850年。大陸横断鉄道完成を目前にする一方で、
南北戦争の匂いも漂い始めている。またヨーロッパでは、予
言書に書かれた西の大国の誕生が懸念され、その阻止のため
には、戦争での南部連合の勝利が近道と考えられていた。 
そんな裏の流れがしっかりと押さえられ、その設定の上に立
って、ゾロとエレナ、それに息子ホアキンの家族愛の物語が
描かれる。さらにそこには、鉄道架橋での剣戟や暴走列車上
での闘いなど、身体を張ったアクションが描かれるというも
のだ。                        
2時間を超える作品で、多少テンポが緩いかなと思う部分は
あるが、歴史を背景にしたいろいろな謎解きも含めて、連続
活劇の味わいをしっかりと出した作品と言える。     
またバンデラスの魅力はいつも通りだが、特にゼタ=ジョー
ンズの円熟味を増した美しさが抜群で、さすがに前作で彼女
の最高の美しさを引き出させたキャンベル監督の腕は今も健
在というところだ。                  
それに、ホアキンを演じた10歳のメキシコ人の子役エイドリ
アン・アロンゾの演技も見事で、これこそが映画…という感
じのする作品だった。                 
                           
『ザスーラ』“Zathura”                
1995年にロビン・ウィリアムス、キルスティン・ダンストの
主演で映画化された『ジュマンジ』と同じクリス・ヴァン=
オールズバーグ原作によるリアルボードゲーム(RBG?)
アドヴェンチャーの第2弾。              
実は、映画会社では『ジュマンジ』の続編も計画されていた
のだが、その前に原作者からこの原作が発表され、急遽その
映画化が進められたものだ。              
今回のボードゲームの名前は、題名の通りのザスーラ。原作
ではジュマンジの裏側にあったという設定だったようだが、
映画化では別個のゲームとして描かれている。そして、その
ゲームの舞台は、前作のジャングルに替って大宇宙での冒険
が繰り広げられるものだ。               
発端は前作同様、大人のいない屋敷で留守番をしていた兄弟
が、ふと見つけ出したゲーム盤を作動させると、彼らは否応
なしにゲームの世界に連れて行かれるというもの。そして家
(地球)に帰るためには、ゲームを最後まで進めなければい
けないのだが…                    
そこには、流星雨の襲来や暴走するロボット、異星人の襲撃
など、飛んでもない危険が待ち構えている。しかも遊び方を
間違えると、2度と地球に戻れないかも知れないのだ。  
前作も相当にお子様向けの作品だったが、今回も前作以上に
お子様向けという感じのものだ。でも、そのお子様向けを、
ここまで丁寧に、そしてお金を掛けて作っているところが、
この作品の価値というものだろう。           
何しろ上記の流星雨やロボット、異星人などが次から次に襲
いかかってくる。しかも1時間40分足らずの上映時間の中で
それが全部起きるのだから、これはどんなに飽きっぽい子供
でも最後まで目を離せないという感じのものだ。     
しかもその異星人やロボットの造形をスタン・ウィンストン
が手掛けていたり、大人のファンにも充分に満足が得られる
水準のものになっている。もっとも、異星人などはちょっと
グロテスクで、幼い子供には刺激が強い過ぎるのではないか
と心配する位のものだ。                
一方、ブリキのおもちゃという感じのゲーム盤のレトロさも
よく描かれていて、中で歯車が動いている様子や、チェーン
によって駒を移動させる仕組みなども、手抜きなく本当に良
く考えられているという感じのものになっていた。    
なお、監督のジョン・ファヴローには、パラマウントで進め
られているE・R・バローズ原作『火星』シリーズの映画化
に起用の情報もあるが、この水準で作れるのなら期待したく
なる。子供は子供らしく、大人は童心に帰って、存分に楽し
みたいと思える作品だ。                
                           
『クラッシュ』“Crash”                
初冬のロサンゼルスを舞台に、交通事故が引き起こす様々な
出来事を描いたアンサンブルドラマ。『ミリオンダラー・ベ
イビー』の脚色でオスカーノミネートを果たしたポール・ハ
ギスの原案・脚本・製作による自身の監督デビュー作だ。 
深夜フリーウェーで起きた接触事故。その事故に巻き込まれ
たロサンゼルス市警の黒人刑事グラハム(ドン・チードル)
は、その現場で偶然発見された若者の死体に目を奪われる。
そこには、前日の午前から始まる長い連鎖の物語があった。
登場人物は、黒人刑事の他には、ブレンダン・フレーザーと
サンドラ・ブロックが演じる地方検事夫妻。テレンス・ハワ
ードとサンディ・ニュートンが演じる黒人TVディレクター
の夫妻。マット・ディロン演じる人種差別主義者の白人ベテ
ラン警官とその相棒の若い巡査。            
その他、ウェストウッドを徘徊する若い黒人の2人組や、ア
ラブ人と間違われて店を荒らされ続けているペルシャ人の親
子、その店の錠の修理に来た黒人の錠前屋の一家など…いろ
いろな人物が交錯して、最後の物語へと進んで行く。   
映画では、白人警官による黒人ディレクターの妻への暴行な
ど、アメリカの抱える病巣とも言える姿が次々に描かれる。
その描き方は、これがアメリカの現実だと主張しているよう
なリアルさで辟易するほどだが、その現実から目を逸らすこ
とは到底できない。                  
そんなアメリカの真実の姿が曝け出された作品だ。    
しかし映画の製作者はそんな中にも僅かな希望を見出そうと
し、無理を承知の夢を語りかける。勿論それが偽善であるこ
とは観客は百も承知だが、それを言わずにはいられない。そ
んなぎりぎりのアメリカが描かれた作品とも言えそうだ。 
主演のチードルは製作にも名を連ねていて、その意味では黒
人主導で作られた作品の可能性はある。しかし映画は、黒人
の立場に偏って作られたものではなく、あえて黒人社会の悪
い面も描いている。でも、結局のところはそれも描かなくて
はならないような混沌とした現実が、真にこの映画の描きた
かったところかも知れない。              
結末の曖昧さが、それを象徴しているようにも見えた。  
                           
『好きだ、』                     
CF監督で、2002年に映画作品『tokyo sora』を発表してい
る石川寛の第2作。17歳の高校生の恋愛と、その17年後の再
会が描かれる。                    
高校3年生のユウは、野球部を辞め音楽で生きると宣言して
ギターを始めたヨースケが気になっている。ユウはヨースケ
が弾くギターのフレーズを口ずさむが、その曲はまだ完成し
ていないようだ。                   
しかしヨースケは、ユウよりも最近恋人を事故でなくした彼
女の姉に好意を持っており、ユウの引き合わせでヨースケと
会った姉もまた、そのフレーズを口ずさみながら家事をする
ようになる。そしてある出来事がきっかけでユウとヨースケ
は会わなくなる。                   
17年後、音楽業界の片隅で仕事をしているヨースケは、自分
の続けている仕事や生活に疑問を持ち始めている。そんなあ
る日、レコーディングスタジオに入ってきた女性が、ギター
で聞き覚えのあるフレーズを爪弾く。          
17年間に変わってしまったことと変わらなかったこと。17年
前にしたかったことと出来なかったこと。青春ってこんなも
のだったのだろうと思いながら、こんな偶然にも憧れてしま
う。そんな青春と夢を、石川監督は端正な映像と、落ち着い
た演出で描き出す。                  
作品は、今年9月のモントリオール映画祭に出品されて、審
査委員長のクロード・ルルーシュから「グランプリに匹敵す
る監督賞」と絶賛されたということだが、正にルルーシュの
『男と女』や『パリのめぐりあい』を髣髴とさせる作品だ。
ただし、物語を高校時代から始めなければならない辺りが、
この作品の弱点とも言えるところで、これを大人だけの物語
で描き切れたときが、本当のルルーシュの後継者と認められ
るときだろう。1963年生まれの石川監督にはそんな脱皮も期
待したい。                      
こういう作品は、観客の好き嫌いが激しく分かれるものと思
われる。だからといって観客に迎合する必要はないが、何か
観客を唸らせるような、そんな作品を期待したいものだ。 
出演は、若いときの2人を演じる宮崎あおいと瑛太、大人の
2人を演じる永作博美と西島秀俊。他に姉役の小田切サユリ
など。いずれも嫌みのない演じ方で好感が持てた。    
                           
『プルーフ・オブ・マイ・ライフ』“Proof”       
1998年の『恋に落ちたシェークスピア』でオスカー主演女優
賞受賞のグウィネス・パルトローと、同作で監督賞の候補に
なったジョン・マッデンが再度手を組んだ作品。     
劇作家のデイヴィッド・オーバーンが、ピュリツァー賞、ト
ニー賞を受賞した自らの原作を脚色し、アンソニー・ホプキ
ンス、ジェイク・ギレンホール、ホープ・デイヴィスの共演
で映画化された。                   
偉大な業績を残した数学者、しかしその晩年は精神を病んだ
悲惨なものだった。そんな父親を5年に渡って介護した娘。
彼女もまた数学では天分を発揮していたが、父親の介護のた
めにその道を閉ざしていた。そして彼女には、自分も父親と
同じようになってしまうのではないかという不安がつきまと
っていた。                      
そんな数学者の書斎に出入りし、その業績を検証しようとし
ている弟子の青年。彼は数学者が残した100冊以上のノート
に目を通し続けたが…ある日、彼は数学者の娘から別にしま
われていた1冊のノートを渡される。そこには新たな大発見
と言える証明が記述されていた。            
2001年の『ビューティフル・マインド』に続いて、最近では
日本映画の『博士の愛した数式』でも数学者が扱われていた
が、どの作品もちょっと異常に描かれるのは、数学という学
問が醸し出す特殊な雰囲気にあるのだろうか。      
たった1ページの証明に国際的な賞が贈られたり、その一方
で、ゲーム理論などという怪しげな名称の研究が話題を呼ん
だり…確かに数学には一般には容易に理解できない部分があ
って、それが作家たちの興味を引くところでもあるようだ。
そんな背景で作られた本作だが、作品自体は数学というより
も愛と信頼の物語であり、父子、姉妹、男女、さらに自分自
身との関係でその物語が描かれている。         
しかも、そのいずれもが一人の女性を中心にしたものであっ
て、これはハリウッド中の女優がこぞって出演を希望したこ
とも判るという作品だ。そして、監督の信頼の許その役を勝
ち取ったパルトローは、見事にその女性を演じ切っている。
さらに、ホプキンスはそんなパルトローの演技を絶妙に支え
るし、ギレンホール、デイヴィスも彼女の演技を見事に受け
とめているという感じだ。特にギレンホールは、今まで注目
はされても、さして印象に残らない俳優だったが、本作では
かなり良い感じに見えた。               
                           
『ロード・オブ・ドッグタウン』“Lords of Dogtown”  
1970年代半ばの頃。サーフィンに端を発して、陸上の道路や
空っぽのプールに進出したスケートボード、そのムーヴメン
トの中で中心的な役割を果たしたZ-BOYSたちの栄光と挫折を
追った青春ドラマ。                  
ステイシーとトニー、そしてジョー。彼らはサーフショップ
のゼファーを溜まり場とした若者たちで、海では先輩たちの
後でしか波に乗させて貰えなかったが、陸では流行り始めた
スケートボードを巧みに操り、もはや他の追随を許さない存
在となっていた。                   
そんな彼らに目をつけたショップの共同経営者スキップは、
彼らを中心としたチームZ-BOYSを結成し、スケートボードの
全国大会へと進出する。そして、その大会で彼らが演じたス
ケーティングの技は一躍センセーションを巻き起こし、彼ら
を人気の頂点に押し上げるが…             
やがて、ただ滑ることだけでなく、栄光のもたらす蜜の味も
知った彼らは、それぞれの夢見る方向に向かって離れ離れの
道を進んで行くことになる。              
物語は、Z-BOYSの一人でもあったステイシー・ペラルタが自
ら監督して2001年のサンダンス映画祭に出品されたドキュメ
ンタリー“Dogtown & Z-BOYS”に基づき、ペラルタ自身が執
筆した脚本を映画化したもので、『サーティーン あの頃欲
しかった愛のこと』のキャサリン・ハードウィックが監督し
ている。                       
実話に基づいているせいもあるのだろうが、物語はあまりド
ラマティクではない。それがこの作品の良さでもあり、物足
りなく感じるところでもあるのだが、事実関係を知っている
ボーダーの人たちやそのファンにとっては、おそらく感銘を
受ける作品なのだろう。                
残念ながら僕は、そのような感銘は得られなかったが、それ
は別にしても、映画は1970年代の西海岸の風景や生活を正確
に再現したもので、その部分では充分に楽しめる作品になっ
ていた。特に、渇水で各所に空っぽのプールの出現したこと
が、彼らの技に磨きをかけたというエピソードなどは納得し
て見ていたものだ。                  
Z-BOYSたちの離別から再会までの展開は、もっとドラマティ
ックに描けるようにも感じたが、事実へのこだわりがそのよ
うな歪曲を拒んだと言うところだろうか。それはそれで仕方
がないとも言えるが、ちょっともったいなくも感じられたと
ころだ。なお映画の製作には、ステイシーは元より、トニー
・アルヴァ、ジェイ・アダムスらも直接参加して、物語の再
現に協力したということだ。              
                           
『エンパイア・オブ・ザ・ウルフ』“L'Empire des loups”
2000年に公開された『クリムゾン・リバー』の原作者ジャン
=クリストフ・グランジェが2003年に発表した長編小説の映
画化。原作者自らの脚色により、CF監督のクリス・ナオン
が監督した作品で、主人公は『クリムゾン…』と同じジャン
・レノが演じている。                 
映画の宣伝には『クリムゾン…』が引き合いに出されるだろ
うが、本作も2つの事件が絡み合い、その陰に潜む大きな謎
に挑むという点では、シリーズと呼んでも良い作品だ。ただ
しレノが演じる主人公の設定はかなり違うものだが。   
トルコからの不法移民の女性が連続して惨殺される事件が発
生する。その事件を追う刑事ポールはトルコ移民に詳しい引
退した刑事シフェール(レノ)に協力を求めるが…    
一方、内務省の高級官僚の妻アンナは、記憶喪失の症状に悩
まされていた。それは、歴史的な出来事などは鮮明に覚えて
いるのに、夫の顔だけが思い出せなくなるというもの。その
治療に夫が紹介した精神科医は、脳の断片を取り出す検査が
必要と言い始める。                  
その恐怖におののく彼女は夫の許を逃げ出すが、その捜査に
は異様とも言える体制がとられる。そして彼女の存在が、シ
フェールの捜査と絡み合ったとき、恐怖の事件の全貌が浮か
び上がってくる。                   
かなりトリッキーな展開で、観客によっては呆れてしまう人
も出るかも知れない。しかし僕は、物語はこれくらいに大胆
な方が面白く感じられるもので、その辺も『クリムゾン…』
に共通する作品と言える。お好きな人はこちらもどうぞとい
う感じのものだ。                   
ずっと降り続く雨の描写も良かったし、パリのトルコ人街の
雰囲気も初めて見た感じのもので、何か良いエキゾチズムを
感じさせてくれた。またかなり大仕掛けのセットもいくつか
登場してそれも楽しめるものだった。          
ただし、脚本には何点か勇み足と言うか、辻褄の合わないと
ころもあって、もう少し気を使って欲しかった感じもする。
それから、原作を読んでいないので何とも言えないが、結末
は本当は違うのではないかという感じもした。僕の想像通り
なら…まあ、事情は察せられるところだが。       


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井口健二