井口健二のOn the Production
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2005年11月12日(土) 東京国際映画祭2005(アジアの風・日本映画ある視点)

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※このページでは、東京国際映画祭のコンペティション、※
※アジアの風および日本映画・ある視点部門で上映された※
※作品から紹介します。なお紹介する作品は、コンペティ※
※ション部門の作品が14本と、その他の作品が14本です。※
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<アジアの風>
『月光の下、我思う』
1960年代の台湾で離婚した母親と、教師になったばかりの娘
を巡るドラマ。厳格な母親は娘の恋愛にも口を出すが、やが
て娘宛の恋人からの手紙を盗み読むようになり…
親子は東京からの帰国者という設定で、身の回りの世話をす
る福さんと呼ばれる日本人女性がいたり、娘は「黄色いサク
ランボ」の中国語盤のレコードを聴いていたり、何とも不思
議なムードが漂う作品だった。そんな中で、外省人と呼ばれ
る本土からの亡命者の存在や、政府を批判したために終身刑
になったものが送られるという離島の監獄の話など、日本で
は中々聞こえてこない台湾の現実が垣間見えて、それだけで
も興味深く見ることができた。
と言っても、物語の主眼はそこにあるのではなく、母親と娘
の異常な確執が描かれるのだが、それもまたちょっと驚かさ
れる展開となるもので、何かいろいろな意味で教えられるこ
との多い作品のように感じられた。物語には原作があるよう
だが、少し注目してみたくなるような作品だった。

『チョコレート・ラップ』
台湾映画初のヒップ・ホップムーヴィと称せられた作品。ブ
レイクダンスに興じる若者たちの生態が描かれる。
日本でも、ヒップ・ホップムーヴィと称する作品を最近見た
ように思うが、つまりは最近の流行に乗せられた作品という
ところだろう。演じられるブレイクダンス自体は、かなりト
リッキーでそれなりに面白かったが、手をついて足を振り上
げるような仕種は、何となく鞍馬な何かの体操競技を見てい
るようで、これがダンスかという感じもしたものだ。
正直なところ、激しいダンスと言われても、つい最近『RI
ZE』を見せられた後では…というところもある。もっとも
この映画はドラマであって、お芝居のなのだし、その中で完
結していればそれでいいのだが、でもしばらくはあの衝撃か
ら抜け出せそうにない。
ついでに言えば、映画の中でブレイクダンスのルーツが太極
拳にあると言わんばかりの展開になった辺りで、多少ずっこ
けた部分もあるのだが。

『飛び魚を待ちながら』
台湾の南海の離島を舞台に、都会から来たOLと島の青年の
交流を描いた物語。
主人公の青年は、年長の兄弟は皆都会に出て行った中で、島
に残って観光客相手のその日暮らしような生活をしている。
一方、都会から来たOLは島で携帯電話の受信状態の調査を
すると言っているが、彼女が離島に来た理由はそれだけでは
ないようだ。そして青年は、島で1台だけのオープンカーを
彼女に貸したり、島の案内をして彼女に接近して行くが…
素朴な離島の風景を背景にした青春映画という感じの作品だ
が、台湾本土に戻るためには身分証明を要求されたり、ちょ
っと日本人では思いつかないような現実も描かれている。
と言っても物語自体は、本当に美しい南海の海を背景にした
青春ドラマで、自分が主人公のどちらかだったらどうするだ
ろうと思いつつも、まあそんなことはないだろうという感じ
の作品だ。結局のところ、それだけの作品ではあるが、見て
いる間だけは、美しい海に心洗われるような気分になれる。
それだけでも良いのではないかとも思える作品だった。

『おまえの勝手にしやがれ』
ゴダール作品にインスパイアされたと言う1991年製作の韓国
映画。何故かアメコミのThe Silver Surferがフィーチャー
されていて、スーパーヒーローに心酔するチンピラの主人公
が、日本人留学生なども巻き込んで騒動を引き起こす。
アメコミ風のイラストやアニメーションなどもちりばめて実
験的な映像が展開され、多分当時は斬新だったのだろうが、
今の時点で見るとかなり古くさい感じは否めない。まあそれ
も時代の流れだから仕方ないことではあるが、出来ればその
時代に見て置きたかった作品と言うところだろう。
なお、日本人留学生はイ・ヘジンという韓国人女優が演じて
いるが、ちょっと有森也実に似た感じで、韓国人にとっての
日本人女性のイメージがこういうものと判ったことは面白か
った。

『愛と卵について』
ジャカルタ市街のマーケットで暮らす人々の姿を、3人の子
供を中心に描いた物語。
3人の子供の一人は水害の混乱で兄と別れ別れになり、一人
は母親が家出し、一人は孤児だがマーケットに引っ越してき
た女性を母のように慕ったことからトラブルが発生する。そ
んな3人の子供と、イスラム最大の祝日ラマダンでの出来事
が描かれる。
インドネシア映画では、以前の映画祭で国旗を巡って子供た
ちが大冒険をする作品を見たことがあるが、今回の作品も子
供たちが主人公で、何か特別なメリットでもあるのかと思っ
てしまうところだ。特に本作では、最後のシーンの子供表情
には、何か特別な仕掛けでもあるのではないかとも思えた。
配られた資料には特別なインフォメーションはなかったよう
だが、何かありそうな気がしてならない作品だった。
それは別にして、子供たちが生き生きと描かれていることに
は、それだけで嬉しいものも感じてしまうところで、それは
それで良かった。

『バージン』
結婚するまでバージンでいることを誓った16歳の少女を中心
に、大都会ジャカルタに住む少女たちの生態を描いた作品。
主人公は、同級生3人組の一人。他の一人は政府高官の娘で
タレント志望の発展家の少女と、もう一人は母子家庭で必死
に生きている感じの少女。3人はいろいろな悩みも分かち合
う間柄だったが、ライヴァルの同級生が人気タレントの共演
者として映画デビューをすることになった辺りから、焦りと
共にいろいろな出来事が起こり始める。
自分にも娘がいて、同じような年代を通り過ぎてきたことを
考えると、まあこういうことが起きていても不思議ではない
し、実際に起こっているのだろうと思われる作品だ。それが
不幸なことなのか、幸運なことなのかも判らないし、それで
もこの物語の少女たちのように強かに生き残って行く。それ
が若者ということなのだろう。
少し前だったら、こんな不謹慎な映画と言ってしまいそうな
作品だが、これが現実と認識しなければいけない世の中でも
あるようだ。

『愛シテ、イマス。1941』
太平洋戦争勃発前後のフィリピンの村を舞台にしたドラマ。
物語の発端は現代、村の英雄を讃える碑を建立するために、
当時のことをよく知る年配の女性が担当者の許に招かれる。
そこには、彼女自身も含め数奇な運命に翻弄された昔の仲間
たちの名前が並んでいた。中でも彼女と一つ名前を分け合っ
た青年には、裏切り者という説もあったが…彼こそが最高の
英雄だったと彼女は主張する。その青年は、女装した姿で日
本軍将校と生活を伴にしていたのだ。
単純にはオカマものの作品ではあるのだが、故意と偶然が重
なって歴史の陰に翻弄された人々の悲しくも毅然とした物語
が綴られて行く。実際にあったことかどうかは別として、実
にうまく作られた物語で、あってもおかしくないという感じ
にはできあがっていた。
日本人将校役のフィリピン人俳優の怪しげな日本語は、最初
の内こそ失笑が起きたが、物語が進むに連れてそんなことは
どうでも良くなってしまう。勿論日本軍は悪役の物語だが、
それすらも超越した人間ドラマという感じの作品だった。

『ミッドナイト、マイラブ』
『マッハ!!』にも出ていたペットターイ・ウォンカムラオの
主演作。深夜の都会を流すタクシーの運転手と風俗で働く女
性の交流を描いたドラマ。
中年の運転手は時代遅れのAMラジオを愛し、懐メロ番組を
聞き続けている。そしてふと乗り込んできた女性は、都会で
の生活に疲れ、そんな運転手に親しみを覚え、毎夜同じ場所
に迎えに来てくれるように頼むのだが…
ウォンカムラオは、タイではもっとも人気のあるコメディア
ンということで、その彼が比較的シリアスな演技に挑戦した
ということでも話題になった作品だそうだ。そしてその演技
力は、コメディの技量に裏打ちされた見事なもので、哀愁漂
う中年男の姿を見事に演じ切っていた。
僕も仲間入りする中年男にとっては、ファンタシーのような
お話で、その意味でも見ていて心地よかった。なお結末は、
本当はもっと大規模なものをやりたかったが、予算の都合で
断念したのだそうで、それを聞いて、ちょっと弱い結末も納
得した。

『長恨歌』
1990年代に、中国でもっとも影響力のある小説に選ばれた王
安憶の原作の映画化。ジャッキー・チェンがチーフ・プロデ
ューサーを務めている。
1947年から81年までの激動の上海を舞台に、激変する社会に
翻弄されながらも、力強く生き抜いた女性の物語。特に文化
大革命の時代には、香港や海外に逃亡する人々を見ながらも
上海に残り、いろいろな男にだまされたりしながらも、信念
を貫き通した一人の女性の生涯が描かれる。
共産主義の台頭や、さらに文革など、日本では計り知れない
辛苦に襲われる。それは中国という特殊な事情によるところ
も大きいが、その中を生き抜いて行った主人公の姿には、国
や社会を超えて尊敬の念を持たざるを得ない。
なお、以前に見たドキュメンタリーで、ジャッキー・チェン
の父親が本土に家族を残して香港にやってきたという話が紹
介されていたが、チェンがこの映画に関わったことには何か
意味があったのだろうか、その辺の事情も知りたくなった。

『呪い』
女流監督の李虹による「恐怖映画ジャンルに挑戦した」と称
される作品。しかし映画の内容は多少のショックシーンはあ
るが恐怖映画と言うほどのものではない。
第一に原題(詛咒)にもある呪いというものが、映画の物語
にはほとんど出てこない。むしろ映画は、照明師の男性を巡
るラヴストーリーに絡むサスペンスといった感じのものだ。
その点について監督は、上映後のQ&Aで、「実は自分では
『秘密』という題名にしたかったが、配給会社の意向でこう
なった」と発言しており、いろいろ事情はあるのだろうが、
僕としてはちょっと期待外れになってしまった感じだ。
その点を除くと、監督の演出も俳優の演技もしっかりしたも
のだし、特にヒロインのティエンを演じたティエン・ユアン
のダンスシーンなども素晴らしかっただけに、姑息なことを
した配給会社を呪いたくなる作品だった。

『この一刻』
『世界』のジャ・ジャンクー監督や、『呪い』の李虹監督も
含む中国第六世代の男女8人の監督による短編集。と言って
も全体で29分だから、それぞれは3分強のシュートショート
集という感じの作品だ。
3分強と言うと本当に短くて、ほとんど物語も描けないくら
いだが、監督それぞれに、情景をただ写しているだけのもの
や、それなりに起承転結のある物語に構成されているものま
で様々だった。
その中では李虹監督の卵を温める少年の話と、チアン・リフ
ェン監督の花嫁を巡る話が個人的には好きだが、意味不明の
作品や、あまり感心できない作品もあり、正直に言って、全
体的にはまとまりに欠ける感じで、ちょっと物足りない感じ
もした。

『恋愛は狂気の沙汰だ』
『おまえの勝手にしやがれ』のオ・ソックン監督の今年製作
の新作で、監督にとっては12年ぶりの第3作ということだ。
監督の出身地釜山を舞台に、2人の子供を抱えて離婚し、ホ
ステスとして働きながら子育てをしている女性の姿を描いた
作品。主演は『殺人の追憶』で主人公の恋人役を演じていた
チョン・ミソンの初主演作。
ホステスと言っても、ほとんど娼婦に近い仕事で、そん中で
の男との出会いやホステス同士の確執などが描かれて行く。
監督の12年前の第2作は『101回目のプロポーズ』の韓国
版だそうで、男女の関係を描くのは得意な監督のようだ。他
にも子育ての問題などもうまく織り込まれていて、中々良い
感じの作品だった。
ただこの作品も邦題はちょっと変な感じで、ハングルの原題
に添えられた漢字はただ『恋愛』だけのように見えたが、内
容も邦題から想像するような軽薄なものではないし、英語題
名は邦題と同じになっているが…一体誰がこの邦題をつけた
のだろうか。

<日本映画・ある視点>
『ベルナのしっぽ』
1981年をスタート点として、バリアフリーなど言葉もなかっ
た時代に盲導犬との生活を実践した女性の物語。
20代になってから失明し、盲人の男性と結婚、生きた証とし
て誰の助けも借りずに子育てすることを目指し、そのために
盲導犬を使うことにするが、彼女は大の犬嫌いだった。
盲導犬と一緒では電車に乗ることも、区役所の喫茶室に入る
こともままならなかった時代。そんな時代を一歩一歩個人の
力で改革して行く。それは本当に大変なこと。そんな芯の強
い女性の姿を白石美帆が中々の好演で描いている。
実際、彼女の行動は傍から見てもやり過ぎという部分もない
訳ではないが、その時代にこうした人たちがいたからこそ、
今ようやくバリアフリーという言葉が一般的になってきた。
そんなことも考えさせられた。
犬の健気さや人間より先に老いてしまう盲導犬の現実なども
丁寧に描かれ、もちろん感動的な話ではあるが、敢えてお涙
頂戴に持っていっていないことも、すがすがしく感じられる
作品だった。

『ベロニカは死ぬことにした』
主人公は、自殺を試みて大量の薬物を飲む。しかし一命を取
り留め、ちょっと異様なサナトリウムで目を覚ますが、彼女
は薬物の影響で死期が迫っていると宣告されてしまう。
一方、そのサナトリウムには、精神病の患者が多く収容され
ているのだが、中には治療は済んでいるのに退院を希望しな
い患者や、芸術的な才能を発揮している患者もいた。
そして彼女は、そんな患者たちと共に最後の時を過ごすこと
になるのだが…
パウロ・コエーリョ原作のベストセラーの映画化。海外の原
作を日本を舞台に翻案したもので、登場人物は皆日本名、従
ってベロニカは登場しないのだが、敢えて原作の題名のまま
と言うのも面白いところだ。
映像もCGIやVFXも織り込むなど、いろいろ凝ったもの
で、原作を知っている人の目にどう映るかは判らないが、原
作を知らない僕は楽しむことが出来た。
主演は真木よう子だが、脇役の風吹ジュン、中島朋子らの怪
演ぶりも楽しかった。

ということで、今年はコンペティション部門全作品15本と、
アジアの風部門12本、日本映画・ある視点部門2本を見るこ
とが出来た。ある視点部門に関しては事前に2本を試写で見
ているので、映画祭のコンテストに関連した部門の作品は、
全部で31本見たことになる。
因に、今年の映画祭ではアジアの風部門は37本、ある視点部
門は11作品が上映されているから、この両部門に関しては3
分の1しか見られなかった訳だが、僕はコンペティションを
優先して見ているので、これは仕方がないところだ。
しかし、アジアの風部門ではチケットの手配に失敗して見る
ことが出来なかった作品もあり、その点では少し残念にも思
っている。と言うのも、昨年までは前日に申し込めたチケッ
トが、今年は当日分のみとなって、このため手配がままなら
なかったこともあるもので、この点の改善というか、昨年ま
でのやり方に戻してもらいたいと思っているのは、僕だけで
はないだろう。
それはさておき、今年のコンペティションは日本映画初のグ
ランプリ受賞で幕を閉じた訳だが、僕は先に書いたように、
中国作品2本の方を買っていた。と言っても受賞作の完成度
の高さが群を抜いていたことは確かなことで、この受賞に文
句を付けるつもりはない。
ただし、主演男優賞については、受賞した本人も驚いていた
ようだが、主演者でない人に贈られたのはどうしたものか、
一昨年にも同様のことが起きたが、この辺の主演者の規定は
もう少し明確にしてもらいたいところだ。とは言っても、今
年は主演男優賞を選べなかったのも事実で、全体を見ても、
この人はと言える男優はいなかったような気がする。なお、
受賞対象をアジアの風部門まで範囲を広げて良ければ、僕は
『ミッドナイト、マイラブ』のペットターイ・ウォンカムラ
オに贈りたいと思ったものだ。
と言うことで、僕が選んだ各賞は
作品賞:ドジョウも魚である
監督賞:ヤン・ヤーチョウ(ドジョウも魚である)
男優賞:該当者なし
女優賞:ジン・ヤーチン(私たち)
芸術貢献賞:女たちとの会話
としておきたい。選んだ作品は、いずれも今回受賞の対象に
なったものばかりだが、僕自身は審査結果の発表以前に決め
ていたものだ。
実は、例年滅多に当らなかった受賞作を、今年は日本映画の
1本を除いてかなり当てることが出来たものだが、それだけ
コンペティションに選ばれた作品に優劣があったようにも感
じている。作品の選出が難しいことは承知の上だが、今年は
選出されたこと自体に疑問を感じる作品も何本かあったもの
で、その辺はなんとか改善してほしいと思うところだ。


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井口健二