2005年11月07日(月) |
東京国際映画祭2005(コンペティション) |
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ※このページでは、東京国際映画祭のコンペティション、※ ※アジアの風および日本映画・ある視点部門で上映された※ ※作品から紹介します。なお紹介する作品は、コンペティ※ ※ション部門の作品が14本と、その他の作品が13本です。※ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ <コンペティション部門> 『バイ・バイ・ブラックバード』 フランスでフォトグラファーとして活躍するロバソン・サヴ ァリ監督の長編第1作。ヴィム・ヴェンダースが絶賛したと も伝えられる。 高所享楽症とでも言うのかな、高いところが大好きな男が、 サーカス団の空中ブランコ乗りの女性に憧れ、そのサーカス に入団して彼女を空中で受けとめることを夢見るが… 巻頭、雪の降り頻る川の上空、多分架橋の工事現場で、ワイ アーに吊るされた鋼鉄材の上でくつろぐ主人公が描かれる。 このシーンはCGIの合成で作られているものだが、これが 物凄い高さの感じを出しており、下の凍結しかけた川を進む 船の描写などが見事に美しかった。それ以降も、夜のサーカ ステントの上で花火を見上げるシーンなど、背景にCGIを 配したり、暗い画面でも背景をちゃんと写し込んだり、とに かく画像の美しさはさすがフォトグラファーの作品という感 じのものだ。 でも、如何せんお話ができていない。結局のところ物語は、 すでに恋人のいるブランコ乗りの女性に勝手に片思いした主 人公が、振られて精神に異常を来すというだけのもので、こ れではドラマも何もあったものではない。 出演した俳優、特にヒロインを演じたイザベラ・マイコは、 2000年公開の『コヨーテ・アグリー』にも出演していたよう だが、それなりのサーカス芸なども演じて見せてがんばって いただけに、ちょっともったいない感じの作品だった。
『女たちとの会話』 ハンス・カノーサ監督の長編第1作。ほぼ全編が左右2分割 画面という思い切った構成で、映画祭では審査員特別賞と、 主演のヘレナ・ボナム=カーターが女優賞を受賞した。 物語は、元夫婦の2人が、元夫の妹の結婚式で花嫁の介添え 役として招かれた元妻と再会し、思い出話をしている内に、 行き掛かりで一夜を伴にしてしまうが… 左右の画面に男女の一人ずつが配され、横並びで話すシーン ではあえてその間隔が分からないようにしたり、向かい合う シーンではそれぞれがほぼ正面を向くなど、トリッキーな画 面が連続する。さらに、その一方の画面が登場人物の想像に なったり、思い出になったり、とにかく2分割画面が最大限 有効に使われた作品と言えそうだ。 主演2人(相手役は『ザ・コア』のアーロン・エッカート) は、終始2台以上のカメラで撮影されていたということで、 その緊張感も普通ではなかったと思われるが、観る方もかな り緊張を要求される作品。幸い英語の作品なので映画祭では お決まりの英語字幕が付かなかったのは救われたが、日本語 の字幕を追いながらの鑑賞には体力も要求される。ただし、 物語自体はあえて他愛ないものに作られているし、その点は 計算された作品と言えそうだ。 なお、最初にほぼ全編と書いたが、実は最後に一瞬だけ画面 が一つになる。これは俳優だけ観ていると気が付かないが、 背景で確認できるもので、その意味は…?というところだ。
『ダラス地区』 ルーマニア生まれだが、幼い頃からオーストリアで育ったと いうアドリアーン・ローベルト・ベヨー監督の作品。今やゴ ミの集積場と化したジプシー村を再訪した元ジプシーの教師 を巡る物語。 映画の題名は、その村の中心に置かれたバスを改造したカフ ェの店主が、テレビシリーズ『ダラス』のビデオを所有して いて、それがその店及び地区の呼び名になっているというも の。村といっても一面がゴミの集積場で、住民たちはその中 からペットボトルなどを回収して現金収入を得ているが、そ の価格は地元の顔役に搾取されている。また、回収には子供 も動員されるが、そこにはいろいろな危険も潜んでいる。 主人公は、子供の頃に母親と共にその村を脱出し、外部で教 育を受け成功したが、その村には子供の頃に将来を誓いあっ た女性もいた。そして主人公は、村に残って生涯を閉じた父 親の葬儀を行うために戻ってきたが、村の現状を目の当りに してしまう。 ジャーナリストの評価はかなり高かったようだが、僕として は3年前の映画祭で上映された『シティ・オブ・ゴッド』の 衝撃が大きかっただけに、この程度ではという感じもした。
『ヒトラー・カンタータ』 ドキュメンタリー作品などで多くの受賞歴を持つという女性 監督ユッタ・ブルックナーの作品。 ナチス華やかな頃のドイツを舞台に、ユダヤ人の妻を持ちな がら作曲家として認められ、忠誠を試す意味でもある総統の 誕生日に演奏されるカンタータを依頼された作曲家と、親衛 隊々員の婚約者の依頼で助手としてその作曲家に付き添い、 監視をすることになったヒトラーに心酔する女性音楽家を巡 るドラマ。 これにベルリンの撮影所でのナチス宣伝映画の製作の話や、 その裏で行われているポルノ映画の制作の話、さらに人種の 証明を巡る話なども交錯するが、正直に言ってどの話も中途 半端というか、全体のまとまりがない。特に、ポルノに出演 する女性音楽家に瓜二つの女優の話などは、これだけでは何 のためにあるのかよく判らないほどだ。 もっとも当時のドイツの状況などは、戦後生まれの日本人の 僕には判らなくて当然なのかも知れないが、それにしてもピ ンと来ない作品だった。ただし、劇中で宣伝映画の残りフィ ルムで作られたとされるパロディ映画は上出来で、そこだけ は感心して見ていた。
『レター・オブ・ファイアー』 スリランカで1992年から活動している映画監督アソカ・ハダ ガマの作品。 父親は元検事、母親も判事という名門一家の一人息子が犯し た殺人事件を巡る物語。母親は、判事として警察に逮捕を指 示する一方、偶然息子を保護してしまった警備員には、隠し 続けることを依頼する。しかしこの不自然な行動の陰には、 一家に隠された大きな秘密があった。 実は、上映の際に配られた資料の中の監督のコメントに飛ん でもないspoilerがあって、僕はそれが原因となる民族的な 因習のようなものが描かれるものと思い込んでいた。ところ が映画の内容は、そのコメントで語られた内容そのものが映 画の結論というかオチになるもので、ちょっと映画の内容を 見間違えてしまった感じがするものだ。 従って、それを知らずに見たらもっと衝撃があったのかも知 れないが、それを除くと、ただのエキゾチックな物語という 感じだけのものになってしまった。もっともそれがオチだと 知った瞬間の衝撃は多少あったが… スリランカの作品では、3年前の『風の中の鳥』の印象が強 かっただけに、社会性を伴わない作品にはそれ以上のものは 感じられなかった。後半の母親の狂乱ぶりなども唐突で、映 画としてのまとまりも今一つの感じがした。
『ドジョウも魚である』 中国の庶民派監督として知られるヤン・チャーヨウの最新作 で、映画祭での上映がワールドプレミアとなった作品。映画 祭では最優秀芸術貢献賞を受賞した。 北京での紫禁城修復工事に従事する農村からの出稼ぎ労働者 の生活を描いた作品。ドジョウ(泥鰍)は、離婚して双子の 幼い娘を連れて出稼ぎに来た女性の名前であり、彼女と同じ 姓を持つ出稼ぎ手配師との交流を中心に物語は進められる。 無賃乗車なのか貨物列車で到着し、暗闇の中を逃げるように 移動する人々。そんな不正も厭わず首都を目指し、そこでの 生活が夢。しかし首都での生活も一朝一夕にうまく行くもの ではない。でも人々には夢があり、その夢に向かって突き進 んで行く勇気も持ち合わせている。 僕の両親も、戦後に農村から上京し、闇相場を利用してそれ なりの成功は納めたことや、いろいろな苦労話なども聞かさ れて来たから、この物語の内容にはそれなりの共感を持つ。 だから評価が甘いのかも知れないが、僕としてはこの作品が 今年のグランプリだったと思っているものだ。 僕の両親の時代の日本も、多分この映画のように貧しかった が、それでも人々は夢を追って活気に溢れていた時代だった のだろうと思う。そんな時代を見事に歌い挙げた作品で、特 に結末のシーンでは、久しぶりにスクリーンの前で落涙させ られてしまったものだ。 また映画の自体も、シーンを描き切らずにその直前で止める 手法だが、それでいて独り善がりになっていない構成の巧み さや、2人のドジョウを演じた男優女優の駆け引きの演技の うまさにも心を奪われた。なお、撮影は実際の紫禁城修復工 事の現場でも行われているということだ。
『落第』 チリでMTVのナヴィゲーターなども務める22歳の新人監督 ニコラス・ロペスの作品。僕は参加しなかったが、一般上映 後のQ&Aでは、『スターシップ・トゥルーパーズ』のバッ ヂや『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』のネクタイを付 けて登場するなど、オタクぶりを発揮していたそうだ。 厳しい現実からの逃避のためだけにコミックスを読みふける 若者が、転校してきた美女の同級生を巡って一躍奮闘を始め る。そこに彼自身の夢やいろいろな思いが渾然一体となって シュールでスラップスティックな世界が展開する。 三池崇史や宮崎駿、大友克洋、鳥山明が好きという日本びい きの監督だそうで、そんな監督が日本に招待されただけでも 大変ということになるが、映画の出来は正直に言って大した ことはない。勿論、僕みたいな人間は彼の言いたかったこと は理解するし、そういう評価はできるのだが、いくらなんで も映画としての完成度は低いものだった。
『恋愛の目的』 2002年の韓国製SF映画『ナチュラル・シティ』で助監督を 務めたハン・ジェリムの作品。03年に本作の脚本が受賞し、 今年その映画化で監督デビューしたということだ。 遊びのセックスの方が本当の恋より良いとうそぶく高校教師 と、彼の助手となったちょっと訳ありの教育実習生の恋の駆 け引きを描いた作品。 韓国という国は、不倫に関して厳しい罰則があったり、儒教 国として性に関しては厳格な社会だと思っていたが、数年前 に映画祭で見た『オー!スジョン』以来、そのイメージはが らがらと崩れてしまった。この作品もそんな最近の韓国の風 俗を描いたもののようだが、正直に言って映画の前半は話の 展開もいい加減だし、ちょっといらいらしたものだ。 しかし結末に至って何と言うか、ちょっと不思議な感覚にも されたもので、その意味では映画の全体として納得はできた のだが、やはり前半の展開は途中で見る気を失せさせる感じ もしたものだ。それが狙いなのかも知れないが、だとしたら ちょっとやり過ぎというところだろう。映画はもう少し観客 のことも考えて作ってほしいものだ。
『サングレ』 2002年にロサンゼルス市立大学映画科卒というアマ・エスカ ランテ監督作品。テレビを見るのとセックスをするのが日々 の生活という男女の姿を描いた作品。監督は、ドラマを描く のではなく、ただ人々を観察するだけで面白い、という感覚 で撮った作品ということだが… 主人公は前妻と別れ、別の女と同棲しているが、その生活ぶ りは、仕事の後はテレビを見るかセックスをするかという何 とも非生産的なもの。そこに、前妻との間に生まれた娘から 助けを求める電話が掛かってくる。しかし嫉妬深い同棲者と の間のトラブルを嫌う主人公は、娘をひとまずホテルに住ま わせることにするが… はっきり言って、上記の監督のコメント通りなら、そんなも のは映画でもなんでもなくて、素人にヴィデオカメラでも与 えればできてしまうものだろう。それを敢えて映画にするの だから、それなりの何かがあると期待したが、何も得られな い作品だった。特に後半が突然不条理劇になってしまうのだ が、僕には理解できない宗教的な暗示でもあるのかどうか、 そうでないなら全く無意味な作品としか言いようがない。 今年はちょっとこの手の作品が目立つようにも感じた。
『シレンティウム』 1991年の東京国際映画祭のヤングシネマ部門でブロンズ賞を 受賞したウォルフガング・ムルンベルガー監督の新作。ザル ツブルグを舞台に、音楽祭を主催するカソリック教会のスキ ャンダルを巡る物語。 監督脚本のムルンベルガーと原作脚本のウォルフ・ハース、 脚本主演のヨセフ・ハダーのトリオはすでにヒット作もある 顔ぶれということで、本作はその続編という位置付けかも知 れないが、いずれにしても手慣れたサスペンススリラーとい う感じの作品だ。 映画で言うとジャン・レノ主演の『クリムゾン・リバー』に も似た感じで、古びた町での教会の権力に隠された秘密が暴 露されるという展開。そこにはアクションもあり、ユーモア もありで完成度は高い。日本で一般公開できるかというと、 俳優その他の知名度から難しいところはあるが、こういう作 品を映画祭で見せてもらえるのが、僕にとっては一番うれし いことと言える。普通に楽しめる作品だった。
『13人のテーブル』 1946年生まれで、1984年には監督デビューをしているエンリ コ・オルドイーニの作品。トスカーナ地方の古びた別荘を舞 台に、その別荘で青春時代を過ごした主人公がその思い出を 語る物語。 時代は1960年代。3人兄弟の末っ子の主人公はちょっと遅手 で、周囲からはゲイかも知れないと疑われている。勿論そん なことはないのだが、ある日、彼らが暮らすトスカーナの家 に母親の友人の娘が休暇を過ごしにやってきたことから、い ろいろな出来事が起こり始める。3兄弟は彼女と寝ることで 賭けをし、一方、同居している従兄妹がそれに絡んで… 現在の主人公をジャンカルロ・ジャンニーニが演じていて、 物語自体は多分監督自身の青春時代を描いたものだと思われ るが、僕はもう少し年下とは言えほぼ同世代で、その物語は 僕にとっても心地よいものだった。 また、映画のテクニックも、現代の風景からカメラがパンす るとそのまま過去になったり、現代と過去の会話が微妙にシ ンクロしたりと、いろいろなことをしてくれて楽しめた。さ すがにベテランの仕事という感じの作品だった。
『3日間のアナーキー』 1953年生まれで大学の映画化で教鞭も取っているというヴィ ート・ザッカリオ監督の作品。1943年7月のアメリカ軍のシ チリア上陸から、実際にアメリカ軍が人々の前にやってくる までの無政府状態の3日間を描いたドラマ。 日本の終戦は、上層部が勝手に白旗を揚げてしまったものだ から、この映画のような混乱はなかったと思われるが、アメ リカ軍が侵攻したイタリアでは、ファシズムからの開放と未 来への希望で、人々の間にいろいろな夢が渦巻いたようだ。 この映画はそうした時代を描いている。 この映画では上映後のQ&Aにも参加したが、監督の説明で は3日間というのは象徴的なもので、実際は戦後の1950年代 頃までに起きたことが凝縮して描かれているということだっ た。そうしてみるとこの映画には、共産主義への憧れやアメ リカ軍への幻滅、また農地開放やそれに対する闘争なども描 かれ、実に判りやすく戦後の混乱が描かれているという感じ だった。 そこに性の開放までも盛り込まれたのは、ちょっと日本人の 感覚と違うかなとも思えるが、まあ日本でももっと後までの 歴史で考えればこうなのかも知れない。その辺も理解しない と多少混乱する物語だが、戦後を戯画化した作品としては、 中々良くできているという感じの映画ではあった。
『雪に願うこと』 北海道ばんえい競馬を背景にした根岸吉太郎監督作品。映画 祭ではグランプリ、監督、主演男優と観客賞も受賞した。な お、日本映画の大賞受賞は、第1回の相米慎二監督『台風ク ラブ』以来となるが、当時はヤングシネマ賞だったもので、 グランプリ受賞は今回が初めてとなる。 東京に出てIT関連の事業で成功した弟。しかし詐欺まがい の被害にあって事業も家族も失い、北海道で地道にばんえい 競馬の厩舎を経営する兄の元へ帰ってくる。そんな兄弟には 確執もあるが、もの言わぬ馬を相手にした作業を続ける内に 心も解け行く。 根岸作品は、昨年『透光の樹』で感激したばかりだし、この 作品が今回のコンペティション作品の中でも、その完成度で 群を抜いていたことは確かと言える。ただ僕としては、もっ と粗削りで未完成な作品が好みなもので、その点でだけ多少 不満が残るものだ。しかし、だからと言ってこの受賞が素晴 らしいものであることに変わりはなく、またこの受賞によっ て監督が海外でも認められれば、さらにそれは素晴らしいこ とと言える。おめでとうございます。
『私たち』 一昨年の本映画祭でアジア映画賞の特別賞を受賞したマー・ リーウェン監督の新作。老婦人役のジン・ヤーチンが主演女 優賞を受賞した。 地方から上京してきた女子学生と、町中に古家を構える老婦 人。その古家の一角に半ば強引に引っ越した女子学生は、現 代っ子ぶりを発揮してことごとく老婦人と衝突するが…傍若 無人な若者と強かな老人。その対立の図式は今までにもいろ いろの映画で描かれたと思うが、そんな中でこの作品はどち らの言い分もそれなりに納得できて良い作品だったと思う。 それに2人の生活をいろいろな角度から、ほぼ1年に渡って 描いているのも良い感じの作品だった。 実は僕はこの作品がグランプリでも良いと思ったものだが、 確かに映像のインパクトなどは受賞作ほどではないし、演技 から受ける感銘はこちらが勝ると思うが、映画全体の完成度 では受賞作に譲るのは仕方ないという感じだろう。まあ、そ の意味で主演女優賞というのは妥当なところかも知れない。 老若女性2人のやり取りは、間違いなく見ごたえがあった。
なお、コンペティションにはもう1本出品されているが、こ の作品に関して僕は言葉を持たないし、監督も「分かりあえ ない他者」がいることは想定しているようだから、これ以上 は何も言わない。
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