井口健二のOn the Production
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2005年09月29日(木) ミート・ザ・ペアレンツ2、欲望、もっこす元気な愛、ダウン・イン・ザ・バレー、ベルベット・レイン、シルバーホーク、デッドライン

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ミート・ザ・ペアレンツ2』“Meet the Fockers” 
ジェイ・ローチ監督、ベン・スティラー、ロバート・デ=ニ
ーロの共演で、2000年に大ヒットを記録したコメディ“Meet
the Parents”の続編。
前作で、元CIA尋問官で超堅物の彼女の父親を懐柔し、結
婚の許可を取り付けることに成功した主人公だったが、次な
る難問は超自然派の自分の両親に堅物親父を引き合わせるこ
とだった。
前作の最後で、デ=ニーロ扮する彼女の父親が「自分の子供
にGaylord(主人公の本名)なんて付ける親はどんな奴なん
だ」とつぶやくシーンがあり、今回はその名付けの主との対
面の話となったものだ。
出演は、デ=ニーロ、スティラー、ブライス・ダナー、テリ
ー・ポロの前作のメムバーに加えて、主人公の両親役にダス
ティン・ホフマンと、これが8年ぶりの映画出演となったバ
ーブラ・ストレイサンド。
因に監督のローチは、本作のために『銀河ヒッチハイク・ガ
イド』を降板したものだが、この顔ぶれを演出できるならそ
れも仕方がないというところだろう。特にホフマンとストレ
イサンドの名演技ぶりは、デ=ニーロもたじたじという感じ
だった。
物語の中で主人公は、両親を弁護士と医者と紹介しているの
だが、実は父親は元弁護士だが、主人公が生まれたときに仕
事を辞めて現在は自然農園を営みながらの主夫業に徹し、一
方の母親は、高齢者向けのセックスカウンセリングを本業と
しているというもの。
この柔軟な両親と堅物親父とが、どうやって融和して行くか
が今回のメインテーマとなるものだ。そしてこれに、いわく
ありげな彼の家の元メイドとその一人息子や、堅物親父が厳
格教育中の幼児、それに両家の犬猫までもが加わって、大混
乱が勃発する。
前作では、デ=ニーロとスティラーが、裏を掻いたり掻かれ
たりの虚々実々駆け引きが面白かった記憶があるが、本作は
もっとストレートに、ちょっとした行き違いが生じさせる普
遍的なコメディという感じのものだ。
その普遍的な分で、アメリカでは‘大’ヒットという感じに
はならなかったようだが、お陰で日本人にも判りやすいコメ
ディにはなっている。
また、ストレイサンドの役柄の関係で、艶笑コメディと呼び
たくなるほどのかなりきわどい台詞や演技も頻出するが、そ
れでもアメリカでR−13指定で済んでいるのは、演じている
人たちの人徳の成せる技というところだろうか。
以下、ネタばれがあります。 
なお、試写会の後で、デ=ニーロの後半の心変りの説明がい
い加減だと怒っている人がいたが、これだけのことで自分を
正せる人物には、僕は男のロマンのようなものを感じて逆に
憧れを持つものだ。でも、それを理解できない人もいること
には、気を留める必要がありそうだ。


『欲望』
小池真理子原作の映画化。同じ原作者の映画化は、今年2月
に紹介した短編集『フィーメイル』の一篇を見ているが、長
編映画化は今回が初めてのようだ。
『知的悪女のすすめ』が有名な小池は、確か創作の第1作が
ミステリーだった筈で、今回の映画化に対してはその方向の
期待も持って見に行ったのだが、何と言うか男性の僕にはち
ょっと判りにくい作品だった。
主人公は妻子ある男性との不倫関係に甘んじている学校図書
館司書の女性。
彼女には学生時代に仲の良かった男女の仲間がいて、その1
人でピアニストを目指していた女性が年の離れた資産家の精
神科医と結婚することになる。そしてその自宅で催されたパ
ーティで男性とも再会する。
その男性はピアニストの女性に恋心を持っていたように見え
るが、実は交通事故で男性機能が不全となり、その時、見舞
いに来た主人公を襲ったものの何もできなかった思い出があ
る。そして3人はその時から疎遠になっていったのだった。
一方、ピアニストの女性も、今は何不自由の無い生活ではあ
るものの、老齢の夫は彼女の肉体を求めることはなく、不能
かとも思っているのだが…しかし夫の身の回りの世話をする
住み込みの女性との関係に不信なものも感じている。
これだけの材料が揃えば、いろいろと「火曜サスペンス」ば
りのミステリーが想像できるところだが、この映画では、謎
はあってもサスペンスやミステリーには向かわない。あくま
でも、主人公の女性の心の襞を描く作品だ。
ところがこの主人公の心の襞が、正直に言って男性の僕には
感情移入を拒否されたような感じで、見ている間は疎外感す
ら感じたものだ。実際の女性の観客がどう感じるかは判らな
いが、僕が見る限りでは、見事に女性映画と呼ぶ他はないこ
とになりそうだ。
原作が発表されたのは1998年ということで、最近問題にされ
ている男性の機能不全の問題がほぼ無視されているのが、残
念というか多少疑問にも感じてしまうところだが、それも女
性映画だから…というところだろうか。
なお、ピアニストの夫が求めなかった理由は、最後にそのヒ
ントがあるように思えるが、そのヒントの通りなら、それは
哀しいものだった。

『もっこす元気な愛』
脳性マヒのために両腕と言語に障害のある男性と、健常者の
女性との結婚にいたる道を描いたドキュメンタリー作品。 
主人公は生後すぐに原因不明の高熱に犯され、両腕と言語に
障害を持ったまま成長した。しかし自立心の強い彼は、学業
を終えると仲間と共に独立の作業所を創設し、もちろん周囲
の人の協力もあるのだろうが、それなりに生活の基盤を築い
ている。
そんな彼が健常者の女性と出会い、一緒に暮らすようになる
が、ひとり娘の行く末を案じる母親は彼らの結婚には大反対
だ。これに対して彼は、運転免許を取得して自分が独立した
人間であることを証明しようとする。
脳性マヒの人を描いた作品は、一昨年の『ジョゼ』や昨年の
『オアシス』などドラマで描かれたものは見ているが、ドラ
マであれば演出によって描けるものがドキュメンタリーでは
逆に制約によって描きづらいことはあると思う。
しかしこの作品は、テーマを最小限に絞ることによって、見
事に現代が抱える問題点を浮き彫りにしてくる。それも、社
会性の強いテーマを一旦個人レベルに落として、そこから主
人公と共に観客も見つめられるようにする、その描き方が実
にうまい。
また、この手のドキュメンタリーではよくあることかも知れ
ないが、登場人物たちが普段の生活では実に屈託なく描かれ
ている。しかしその陰に潜む彼らの苦しみは計り知れないも
のがある訳で、その彼らが感情を露にするシーンの感動はこ
の上無いものになる。
健常者である自分には、多分見る目に奢りがあると思う。し
かしそんな目を通しても、彼らの気持ちを感じ取れるのは、
この作品の制作者(監督)の丁寧な仕事によるところが大き
いのだろう。何にしても感動を共有できることは素晴らしい
ことだ。
監督の作品リストから見ると、この作品にはそれほどの製作
時間は掛けられていないように見える。しかしその中で、こ
こまで登場人物の中に入り込んで、その主張を映像化してみ
せることは並大抵のことではないだろう。それを実現してい
ることにも感心した。

『ダウン・イン・ザ・バレー』“Down in the Valley”
ロサンゼルス郊外のサンフェルナンド・バレーを舞台に、そ
の町で父親と共に暮らす姉弟と、そこにふらりと現れた謎の
男との交流を描いたドラマ。
典型的な郊外住宅地、町の中央には12車線のフリーウェイが
通り、人々の生活は中流を絵に書いたようなもの。主人公の
17歳の少女トーブはそんな生活に飽き足らないが、だからと
言って何をする目的もない。
そんな彼女がガソリンスタンドで働くカウボーイスタイルの
男を目に留める。彼をビーチに誘った彼女は、初めて海を見
たと言ってはしゃぐ男に憧れの男性像を感じ、瞬くうちに親
密な関係となる。そして男もそんな彼女の想いに応えようと
する。
しかし彼女には、刑務官を務める厳格な父親がいて、彼女が
そのような男とつきあうことには大反対だ。これに対して男
は、父親にも誠意を持って接しようとするのだが…いろいろ
な行き違いが起こり、大きな事件へと発展して行く。
この謎の男をエドワード・ノートンが演じ、脚本に惚れ込ん
で製作も買って出たという彼は、時代に取り残されたように
カウボーイとして生きる男性を、見事な手綱捌きや拳銃の早
打ちなど織り込みながら丁寧に描き上げている。
映画の中ではジョン・フォード監督へのオマージュ的なシー
ンも見られ、現代の西部劇という意味合いの強い作品に見え
る。しかし西部劇が現代に通用し辛くなったのと同様に、こ
の映画の主人公のカウボーイも現代からは疎外されている。
ただしそこには、そんなカウボーイにも憧れを持ってくれる
子供たちがいて、そこに活路を見いだしたいのだが、結局は
それも現実という壁に阻まれてしまう。
見事に現代の西部劇の立場に準えることのできる作品とも言
えそうだが、実はそれは西部劇(カウボーイ)だけの問題で
はなく、現代人の、現代社会のあらゆるところに存在する問
題でもあるようにも感じられる。
確かに12車線のフリーウェイは立派だが、それはただ人や物
資が通り過ぎて行くだけのもので、地元には大した恩恵もも
たらしてはいない。多分そんなところからも人々の疎外感は
生まれるのだろう。血の通わない現代文明を見事に描いた作
品とも言えそうだ。

『ベルベット・レイン』“紅湖”
原題は、香港の裏社会を指す言葉だそうだ。その原題の指す
通り、香港の裏社会にうごめく男たちの生き様を、ベテラン
のアンディ・ラウ、ジャッキー・チュンと、若手のショーン
・ユー、エディソン・チャンの共演で描いた作品。
香港の裏社会に君臨するラウ扮するホンと、その用心棒のチ
ュン扮するレフティ。2人はチンピラ時代から一緒で、以来
レフティはホンに陰のように付き添い、邪魔になる奴らを始
末してきた。そしてそのレフティの耳に、ホンへの刺客が放
たれたとの情報が入る。
一方、ユー扮するイックと、チャン扮するターボは裏社会の
底辺で暮らすチンピラ。一発大きな仕事で名を上げようとす
るイックは、ターボの手引きで鉄砲玉を選ぶ抽選で当りを引
き、その副賞の娼婦ヨーヨーと一夜を過ごしながら殺しの秘
策を練る。
そんな時に、ホンの妻に赤ん坊が生まれ、病院を見舞ったレ
フティはホンに海外へ身を隠すことを進言する。しかしそれ
を聞き入れないホンに代って、レフティは配下の中で怪しい
と睨んだ3人のボスの一家皆殺しを命令し、ホンの身の安全
を図ろうとする。
こうして血で血を洗う抗争が勃発するが…
チンピラものは基本的に好きではないが、この映画ではさす
がに四天王と呼ばれたラウ、チュンと、新四天王と呼ばれる
ユー、チャンの演技でぐいぐいと引っ張られて、最後まで見
せられてしまった感じだ。
特にラウは、自ら製作総指揮も手掛ける力の入れようで、こ
の映画の完成に大いに貢献している。因にタイトル及びポス
ターに書かれた「紅湖」の毛筆の題字や、エンディングの歌
曲の作詞作曲も、ラウが手掛けたものだそうだ。
監督のウォン・ジンホーは、ヴィデオ監督の出身でこれが初
映画作品ということだが、映像的には、ちょっと凝り過ぎと
いう感じの部分もないではないが、いろいろなテクニックを
使って面白く見せてくれた。
以下ネタばれがあります。 
なお、物語は最後にちょっと仕掛けがあって、途中で何とな
く変だなと感じていた部分が最後にどんぴしゃと納まる辺り
は、僕には結構好ましい感じがしたものだ。かなりトリッキ
ーで、多分先例のある手法だとは思うが、うまく自分のもの
にしている感じがした。


『シルバーホーク』“飛鷹”
『007/トゥモロー・ネバー・ダイ』『グリーン・デステ
ィニー』でお馴染みのアジアのアクション女王ミッシェル・
ヨー製作・主演によるアクションアドヴェンチャー作品。
ヨー扮する主人公は、幼少の頃から少林寺に学び抜群の腕を
見せた女性。その腕ゆえに他の仲間からは引き離され、英才
教育を受けてきた。そしてその後は資産家の養女となり、今
ではセレブとして著名であると同時に、銀色のマスクで正体
を隠しシルバーホークと名告って正義のために戦うスーパー
ヒロインともなっていた。
しかしそんなシルバーホークは、悪人たちの敵であると同時
に警察にとっても邪魔な存在であり、その彼女を捕えるため
にリッチマン刑事が立ち上がる。彼は彼女が少林寺で共に学
んだ幼馴染みだったが…
一方、日本企業から新型の携帯電話が発売され、そのプロモ
ーションが始まるが、その陰にその携帯電話の新機能を悪用
して世界支配を企む陰謀が進んでいた。果たしてシルバーホ
ークは警察の追求をかわし陰謀を阻止することができるか。
ヨーは先にも書いたようにハリウッドでもアクション女優と
して活躍しているが、ジャッキー・チェンなどに比べると、
やはり海外で主演を張れるまでには至っていない。これは多
分、彼女が東洋人でなくても非常に困難な道であると思われ
るが、本作はその分を取り戻すかのような見事な女性主演の
アクション作品だ。
ヨー主演のアクション作品では、先に『レジェンド−三蔵法
師の秘宝』という作品が公開されているが、本作もそれと同
様、ヨー自身の製作によるもので、勘繰れば多分ハリウッド
で稼いだ金で自分好みの作品を作っているというところなの
だろう。
しかしいずれの作品も、最近のハリウッド映画では中々見る
ことのできなくなった生身中心のアクションであり、このよ
うな伝統を守り続けているのも、彼女が使命と感じていると
ころかも知れないものだ。
『レジェンド』で描いた伝奇世界に対して今回は近未来もの
だが、いろいろ描かれるVFXや仕掛けも程よく決まってい
るし、エンターテインメントとしては良くできた作品と言え
るものだ。監督のジングル・マもそこそこのベテランで、こ
の辺は手慣れている。
なお、日本企業の社長役で岩城滉一が登場。時節柄ちょっと
某首相に似た風貌がいろいろ皮肉に見えたのも面白かった。

『デッドライン』(タイ映画)
タイ映画では、先に『風の前奏曲』を紹介したばかりだが、
文芸作品からアクションまでいろいろ公開してもらえるのは
嬉しいところだ。と言うところで本作は、国家的陰謀を背景
にした一大アクション巨編と呼んで良さそうな作品だ。
物語の一方の主人公は、国境地域で麻薬の取り締まりに当っ
ていた国軍士官。しかし麻薬組織の本拠を突き止めて攻撃に
出たのも束の間、予想を超える反撃に遭い、本部への支援要
請も無視されたまま部下の多くを失ってしまう。
そして彼が首都バンコクに戻ったとき、彼を待っていたのは
軍司令官からの国家の窮状を救うためと称する秘密任務だっ
た。
折しもタイでは、国家経済の破綻を避けるために国際通貨基
金(IMF)からの借款を前倒しで返済する作業が進んでい
た。しかし、その政府方針に反対するグループには、暴力に
訴えてでも返済を阻止しようと目論む動きがあった。
そして、物語の他方の主人公は、バンコク警察の敏腕刑事。
彼は敵が繰り出す様々な攻撃をかわしつつ、敵の真の狙いを
探ろうとしていたが…
この物語に、プロローグとなる国境ジャングルでの銃撃戦に
始まって、最後はバンコク一の繁華街と言われるバトムワン
交差点を完全封鎖しての大銃撃戦が彩りを添える。
タイ映画では、今までにも尋常でない火薬が使用される作品
を見てきたが、今回の特に最後の銃撃戦のシーンは半端では
ない。しかもこの撮影には、14人の一線級の監督と10人のカ
メラマン、15台のカメラ、それに6000人のエキストラが動員
されたというものだ。
以下、ネタばれがあります。
とまあ本作は、アクション映画としては見所満載の作品なの
だが、実は映画を見終って物語がよく判らなかった。つまり
結末に向かって元国軍士官の主人公の行動の理由が充分に理
解できない。このため、何故最後の銃撃戦が起きてしまうの
かが釈然としないのだ。
ここで推察するに、どうやら映画に描かれた作戦はすべて陽
動作戦で、その裏に隠された真の作戦を主人公はぎりぎりで
察知するのだが、その時には警察も信用できない状況にあっ
て、主人公はやむなくその作戦を阻止するため無謀な銃撃戦
に打って出る…と言うことのようなのだが、この推論に達す
るのに僕は丸2日掛かってしまった。
ただしこれも、こう考えれば辻つまは合うという程度のもの
で、これが正しいかどうかは判らない。他に説明がつくかど
うかは、見て考えていただきたいというところだ。それにし
ても映画の中で、もう少しは説明が欲しかった。

因に、上記のタイ国とIMFの関係は実話で、IMFに関し
ては以前にドキュメンタリーの『楽園の真実』の紹介でも言
及したが、かなり片寄ったものであることは事実のようだ。
従って政府が行った前倒し返済は正しい政策だったのだが、
不正の温床とも言われるIMFの関連では、その裏でこの映
画のような事態が起きる可能性はあったとされる。
一見絵空事のような物語だが、実は小国の国家体制の脆弱さ
を見事に描いた作品とも言えるものなのだ。このことに関し
ては、このような仮定の映画が作られても、タイ政府からは
何のクレームもつかなかったことが、無言の証明になってい
るとも言われているそうだ。


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井口健二