井口健二のOn the Production
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2005年09月14日(水) 誰がために、風の前奏曲、セブンソード、ある子供、理想の恋人.com、イド

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『誰がために』                    
少年犯罪被害者の遺族の心情を描いたドラマ。黒木和雄監督
作品などで助監督を務める日向寺太郎監督の第1回作品。 
従来の少年非行とは全く異なる個人による殺人という形の少
年犯罪。神戸の事件以来顕在化したこの事象は、今も全く収
束せず連綿と続いている。               
最近では長崎に事件において、その被害者の遺族が報道人で
あったことからその心情も公開されているが、この場合は、
被害者と加害者が友人であったという事実に対し、それを普
遍化しようとする遺族のやり方がそぐわない感じがして、違
和感を感じるものだ。                 
それに対してこの映画では、全くの通り魔的殺人、しかも被
害者を成人女性として全くの普遍化を行っている。これこそ
が自分たちも直面する可能性のある出来事であり、その遺族
の心情に近づけるものと言えそうだ。          
主人公は、街で写真館を営む男性。ある日幼なじみだった女
性が連れてきた彼女の学友とつきあい始め、彼女の不幸な生
い立ちなどに触れるうちに結ばれる。そしていわゆる出来ち
ゃった結婚となるが、周囲は彼の人柄などもあって歓迎され
た結婚となる。                    
見よう見真似で彼の仕事を手伝いながら、赤ん坊の誕生を待
つ幸せな日々。しかしそれも束の間、買い物帰りに後を付け
てきた少年に襲われ、命を絶たれてしまう。その少年はすぐ
に逮捕されるが、少年法の壁によって被害者の遺族には審判
の傍聴も許されない。                 
これに対して主人公は、審判記録を読んだりもするが、彼の
心の中のわだかまりは消えることなく、彼の心の中では事件
は全く解決されぬままに時が過ぎて行くことになる。   
そんな主人公に、一人のルポライターが接近し、彼に加害者
の情報を提供し始める。そして加害者が社会復帰して、何事
なかったように暮らしている事実を知らされる。     
神戸の加害者の社会復帰は地元を離れてのようだが、社会的
に注目された事件でもない限り、この映画のように何事もな
かったかのように元の生活に戻ってしまうケースは、今の日
本ではありうる話だろう。               
またそれが離れた場所であったとしても、主人公の行動が制
約されるものでもない。そんな現実に起こりうる物語として
映画の後半は描かれる。                
ここで主人公の取るべき行動はどのようなものであるか。主
人公自身は、一時を過ぎれば注目を浴びている訳でもなく、
そうなったときにこの映画に描かれた行動は、確かに自分で
も取ってしまうかもしれないように感じられた。     
2年ほど前に『息子のまなざし』というベルギー映画を紹介
している。そこでも、加害者と被害者の遺族の関係が描かれ
ていたが、ある種の寛容をもってするベルギー作品には、こ
こまでしなくてはいけないのか、という反発に似た感情も持
った記憶がある。                   
それに対してこの作品では、敢えて日本的とも言って良いよ
うな主人公の行動がいちいち納得できた感じがした。一方で
このようなことを個人でしなくては、自分が納得することも
できない、それが日本の現実だということも教えられた感じ
もしたものだ。                    
逆にこの事実を踏まえると、ベルギー作品では、あの様な寛
容の気持ちも持てる何かが社会的に存在するのではないか、
そんなことも考えたが、本作の舞台は東京の下町、その人情
の中でも、主人公の気持ちは変らないというのが現実なのだ
ろう。                        
主人公を演じるのは浅野忠信。鋭い眼光と柔和な笑顔の交錯
が魅力的な俳優だが、実は数日後に『息子のまなざし』の監
督の新作の試写会に訪れていて、周りの人と気さくに話して
いる姿に人柄を感じた。そんな普通の人間の姿がこの映画に
も感じられたものだ。                 
                           
『風の前奏曲』(タイ映画)              
タイの伝統的楽器ラナートの奏者ソーン師の生涯に基づくフ
ィクションで描かれた作品。              
1881年に生まれたソーンは、幼い頃からラナート演奏に才能
を見せるが、村落間の対抗戦まで行われる現実に嫌気を注す
父親=師匠との確執に悩まされる。しかし、彼の才能は父親
の純粋に音楽に掛ける想いも呼び起こし、音楽の道へと邁進
することになる。                   
やがて王族の演奏団にも招かれ、幾多の対抗戦を経て頂点に
上り詰めて行く彼だったが、その前に国の軍部が立ちはだか
る。その軍部は、国家の近代化を旗印に、ラナート演奏を含
む伝統芸能を規制しようとしていた…          
ラナートは、船の形の台座に木琴をハンモック状に釣り下げ
た楽器で、木琴より大きめのばちでたたいて演奏を行う。そ
の演奏はテレビの紀行番組などで紹介を見たことがあるが、
柔らかな音色のいかにも南国を思わせる楽器だ。     
しかし、この映画の中で描かれる対抗戦のシーンでは、そん
な印象を一変させる激しい曲や、予想を越える見事な演奏テ
クニックなども登場して、その演奏風景を見るだけでも充分
に楽しめる作品になっていた。             
その一方で、19世紀末から第2次世界大戦にかけての近代化
の波に洗われるタイの国情も描かれ、その内容にも興味を引
かれるものだった。特に伝統芸能を否定して近代化を進める
様子は、映画では軍部の仕業という点を強調してはいるが、
どの国も通って来た道という感じのものだ。       
映画はそんな2つの物語を、主人公の青年期と老年期に分け
て明確に描き出して行く。しかも、それぞれが分離すること
なく巧みに描き切った手腕は見事なものだった。そして、そ
の節目節目に挿入されるラナートの演奏が、見事に物語を盛
り上げて行く。                    
中でも、老年期のソーン師による息子の購入した西洋式のピ
アノの演奏に合せた即興での演奏や、現代のラナート奏者の
第一人者といわれるナロンリット・トーサガーが敵役として
登場する対抗戦の格闘技並の迫力の演奏シーンは、本当に素
晴らしいものだった。                 
なお、映画の中でバンコクに対する空襲が描かれる。この空
襲がどの国の軍隊によるものか字幕では判らなかったが、時
代背景は日本軍の占領前のように見えた。しかしネットで調
べても、日本軍の占領後に米軍がバンコク空襲を行った記録
はすぐに見つかるが、それ以外の記録は不明で、このシーン
の真偽も判らなかった。                
                           
『セブンソード』“七剣”               
武侠小説作家の梁羽生が1970年代に発表した「七劍下天山」
を、すでに『蜀山奇傳/天空の剣』などで武侠映画の実績も
あるツイ・ハーク監督が脚色、映画化した作品。     
ワーナー配給で、同社では先にチャン・イーモウ監督の武侠
作品『HERO』『LOVERS』を配給しているが、ハー
ク曰く「あの2本とアン・リー監督の『グリーン・ディステ
ィニー』は例外」だそうで、近年低調という本来の武侠映画
の復権が今回の映画化の目的の一つでもあったようだ。  
物語の舞台は15世紀、清王朝初期の時代。明王朝を倒したば
かりの新政府は、民衆の蜂起を懸念し、禁武令を発令して民
衆による武道の修錬を禁止する。そしてその禁令の下、武芸
者の摘発が始まり、それはやがて老若男女を問わない殺戮へ
と発展する。                     
そんな中、旧政府で処刑人と呼ばれた男が村の若い男女と共
に、伝説の剣士が集う天山へと救援を求める。そしてその剣
士たちと、救援を求めた3人も含めた7人にそれぞれ剣が託
され、彼らは天山を下りて殺戮を続ける軍団の討伐に向かう
ことになるが…                    
たった7人で1000人を越える軍団に立ち向かうのだから、そ
こにはいろいろな仕掛けや策略も登場するが、戦いの基本は
生身の人間。これをレオン・ライらのベテランから、若手ま
での多彩な顔ぶれが身体を張って演じ切る。       
特に、『ブレイド2』のアクション指導なども担当したドニ
ー・イェンが、本作で本格的な演技に復帰。また、本作のア
クション監督も務める大ベテランのラウ・カーリョンも剣士
たちのリーダー格で出演して、見事なアクションを見せてい
る。                         
一方、物語では、村人の側に内通者がいたり、高麗からの渡
来者で殺戮軍団の奴隷だった女の存在など、さまざまな過去
を背負った登場人物がドラマを作り上げて行く。     
上映時間は2時間33分だが、熾烈なアクションと複雑なドラ
マで全く飽きさせることがない作品だった。       
なお、プレス資料の中でハーク監督は武侠映画は西部劇より
SFに似ている語っており、その共通点は「人間の向上心に
対する願望」と説いている。なるほど頷ける意見だが、次は
この説に沿ってSF映画にも挑戦してもらいたいと思うのは
僕だけではないだろう。                
また、この映画の中では馬との別れのシーンがかなり丁寧に
描かれていたが、実は、僕はピーター・ジャクスンの“Lord
of the Rings”の映画化の中で、数少ない不満の一つが、
馬との別れのシーンが削除されたことだった。そのシーンが
違う監督の手でここに再現されたようで、嬉しく感じられも
したものだ。                     
                           
『ある子供』“L'Enfant”               
2002年『息子のまなざし』のダルデンヌ兄弟による監督作品
で、今年のカンヌ映画祭では彼ら自身2度目となるパルムド
ールを獲得した。                   
主人公は、20歳を過ぎても定職を持たず、街の悪餓鬼を手下
にしてこそ泥やひったくりで金を手に入れ、何となく日々を
過ごしているような男。その男の同棲相手に子供が出来、そ
の認知はするが、父親としての自覚など全く在りはしない。
そんな男が、それでも徐々に成長して行く姿が描かれる。 
雨上がりの水溜りにわざと足を踏み入れてみたり、細長い棒
で川面を掻き乱したり、そんな細かい描写がこの男の幼児性
を描き重ねて行く。確かにいい若者がという感じの描写では
あるが、同時にそれは今の日本のどこにでも見られる風景で
はないか…                      
確かに、このような幼児性を脱し切れない若者がどこの国に
も増えているという現実があるのだろう。だからこそ、少し
前ならただの若者の生態を描いただけの軽薄な内容に見える
ようなこの作品が、審査員に理解され大賞に輝いたとも言え
る。                         
ダルデンヌ兄弟の作品は、前作でも鋭く現実を切り取って見
せたものだが、前作では多分社会状況の違いが違和感として
残った部分が、今回はほとんど同じ状況のものとして理解す
ることが出来た感じがする。              
それだけ日本の状況が監督の描くベルギーの状況と似てきた
のかも知れないが、実際にこの主人公と同じ年代の子を持つ
親になってみると、この映画の状況に近い現実は身近に感じ
られるものになっているし、そこでもがいている若者の実体
も見えてくる。                    
確かに若者が幼児性から脱し切れないのは、彼ら自身だけの
問題ではなく、それの直視して受け入れる体制を整えない大
人社会の問題でもあるのだろう。プレス資料にも書かれてい
たが、そんな問題提起を突きつけられた気もした。    
しかし、本来なら内部処理で片付けなければならないはずの
失政のつけを、民営化と称して国民の我慢に押しつけようと
している、そんな自分の国の政府の状況を見ていると、日本
ではこの映画が提起した問題は当分解決されそうもないのが
現実だろう。                     
その間に日本の社会が、本当に底辺から崩壊してしまわない
ことを祈るばかりだ。                 
                           
『理想の恋人.com』“Must Love Dogs”       
ダイアン・レイン、ジョン・キューザックの共演で、30代半
ばで結婚に破れ、恋愛に臆病になってしまった男女の巡り合
いを描いたロマンティック・コメディ。         
邦題の通り、この出会いにはインターネットの出会い系サイ
トが利用される。そして原題は、そのサイトの自己紹介に掲
載する「犬好きであること」という相手に対する条件を表す
もの。日本のインターネットで出会い系というと、何か淫靡
なものを感じてしまうが、離婚王国アメリカでは、この種の
サイトが実用的に使われているようだ。         
レイン扮する主人公は、30代半ばで夫から離婚を言い渡され
た幼稚園の先生。めげ込んで何もできない彼女に、大家族の
姉妹弟がいろいろな男性を紹介してくれるのだが、なかなか
その気になれない。そして遂に姉が身代わりでサイトに登録
してしまう。                     
一方、キューザックが扮する男性も離婚の痛手から立ち直れ
ず、趣味が高じた芸術的な手作りボートの製作に没頭してい
る。しかし友人からサイトに載っていた彼女のページを渡さ
れ、その気になり始める。               
これに、クリストファー・プラマー演じる妻に先立たれた彼
女の父親の行状や、彼女に言い寄る園児の父親、さらに次々
現れるサイトからの応募者などが、いろいろなコメディを展
開して行く。                     
何10年も映画を見続けていると、若い俳優が成長して行く姿
を見るのも楽しくなってくる。ダイアン・レインもそんな女
優の一人だが、それこそ美少女と呼ばれた時代から考えると
『パーフェクトストーム』の漁師の妻や、『トスカーナの休
日』の主人公など、最近の作品で見る彼女の姿は自然で、実
にうまく成長したものだと思う。            
しかも無理をせず、常に身の丈にあった役柄を選んでいる感
じなのも、観客として安心感があるし、当たるかどうかは題
材次第だが、外れはまず無いだろうという感じで、一種のブ
ランドのような感じで見ていられるものだ。       
それでこの作品も、元々大当たりするような題材ではないと
思うが、しっかりとした作りで充分に楽しめる作品になって
いる。脚本、監督は、1989年の“Dad”(晩秋)の評価が高
いゲイリー・デイヴィッド・ゴールドバーグ。      
本来はテレビの『ファミリー・タイズ』『スピン・シティ』
などの製作者でもあるゴールドバーグは、監督業は本当に気
に入った作品でしかやらないようだが、その2作目は偶然手
にした原作を映画化したものということだ。       
どこにでもいそうな人生の踊り場に留まってしまった男女。
ちょっとした後押しで次の人生に進んで行ける人たちを、そ
の一歩を踏み出すまでじっと暖かい目で見つめている、そん
な感じの物語。ごくありふれた人々の心の襞を見事に描いた
作品と言えそうだ。                  
なお、先日の『チャーリーとチョコレート工場』でも旧作の
MGM映画へのオマージュみたいなものがいろいろ見られた
が、本作ではキューザック扮する男性が旧作MGM映画『ド
クトル・ジバゴ』の大ファンということで、その映像が繰り
返し出てくる。最近この種のオマージュ(?)が目立つのは、
やはりソニーのMGMの買収を意識しているのかな。   
                           
『イド』                       
2003年3月に舞台劇『ハムバット〜蝙蝠男の復讐〜』を紹介
した劇団オルガンヴィトーの主催者の不二藁京監督による映
画作品第2作。                    
不二藁京監督とは、1996年製作の映画『オルガン』の試写で
お会いして以来、何か共感できるところがあって第2作を待
ち望んでいたものだ。その第2作が完成し、監督が拠点とす
る下高井戸の「青の奇跡」という会場で上映された。   
物語は、養豚場に併設された小工場を主な舞台にして、その
工場長と家族、従業員、またそこに転がり込んできた謎の男
や、何者かを追っている刑事などが交錯し、生と死の根源に
至るさまざまなエピソードが描かれる。         
最初に阿弥陀仏に関する親鸞の言葉が引用され、その後も繰
り返し唱えられる言葉によって人間の存在の意味が問われ続
ける。しかし映像は、そんな言葉を無視するかのように、業
に引き摺られて行く弱い人間たちの姿を写し出す。    
この映画の本当の意味を探るのはかなり難しそうだ。しかし
地下の何かを封じ込めているような巨大な螺子や養豚場やそ
の屠殺場のイメージは、観客にいろいろな想像を強いて、不
可思議な魅力を醸し出している。            
実は前作『オルガン』では、大量の内臓物がぶち撒かれて、
それだけで観客を選別しそうな感じではあったが、今回も血
液は大量に流されるものの、それが内臓物を想起させること
はあまりなく、それなりに観客の枠は拡がっている感じがし
た。                         
見て何を感じるかは観客次第だし、また何も感じなくてもそ
れはそれで良い気がする。僕自身で言えば、見終って映画を
見たという満足感は得られたし、それだけでも良いのではな
いかという感じでもある。               
そんな訳で、上映は12月16日までの毎週木曜日4時からと金
曜日7時から下高井戸駅下車で下高井戸シネマに向かう道沿
いの居酒屋「きくや」の地下「不思議地底窟・青の奇跡」で
行われている。入場料は800円、他に1ドリンクオーダーを
お願いしますとのことだ。               
送ってもらっている演劇の案内によると、最近は別役実の戯
曲なども演じているようだし、上映前に監督と話していたと
きには、韓国映画の『殺人の追憶』に感激したということだ
った。そんな中から次の作品の構想も生まれているのかも知
れない。第3作にも期待している。           
なお、前作『オルガン』は、夕張ファンタスティック映画祭
に出品された後、ヨーロッパ各地の映画祭に招待され、それ
ぞれ好評だったということで、本作もそのような上映機会を
狙っているようだ。ということで、本来の試写作品とはちょ
っと違うものだが、ここで紹介させてもらうことにした。 


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井口健二