井口健二のOn the Production
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2005年08月31日(水) ランド・オブ・プレンティ、ARAHAN、大停電の夜に、アクメッド王子の冒険、モンドヴィーノ、親切なクムジャさん

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ランド・オブ・プレンティ』“Land of Plenty”    
2001年9月11日以後のアメリカを描いたヴィム・ヴェンダー
ス監督作品。本作は、昨年のヴェネチア映画祭のコペティシ
ョンに出品され、ユネスコ賞を受賞している。      
主人公は、パレスチナから帰米したばかりの20歳の女性と、
その叔父。女性は共産主義者の母親と宣教師の父親の間で育
てられ、アメリカ生まれではあるがアフリカからパレスチナ
までを転々として、2003年9月12日にロサンゼルスに帰って
きた。                        
彼女の帰国の目的は、母親からの手紙を叔父に手渡すこと。
しかしその叔父は、同時多発テロ以降、私設の監視部隊を作
って怪しい行動のアラブ人の動きを見張り続けているという
愛国者で、過去に送られた妹の手紙は全て無視し、姪の彼女
とも会おうとしない。                 
ところが、彼の見張っていたアラブ人が彼女が身を寄せてい
る教会施設の前の路上で射殺されたことから、互いに名乗り
合うことになる。そして彼女はアラブ人の素性を洗い出し、
陰謀の存在を探ろうとする叔父と共に、遺体を親族の許に返
すための旅に出るが…                 
ヴェンダース自身、WTC崩壊の生映像を見ながら「人生が
変わる」と呟いていたそうだが、ドイツ人でありながらアメ
リカで暮らしている彼にとって、その映像は衝撃であると同
時に未来への危惧でもあったのだろう。その危惧は日本で見
ていた僕も感じたものだ。               
そして彼が危惧した通り、アメリカ=アメリカ人は瞬くうち
に変容して行くことになる。この映画ではその変容したアメ
リカ人の代表として叔父の姿がある。ヴェンダースは、この
叔父をかなり戯画化して描くことによって、危惧を訴えてい
る。                         
ヴェンダースはこの映画を、マイクル・ムーアに似ていると
認めている。しかしムーアのように扇情的に声高に訴えるの
ではなく、あくまでも穏やかに、そして映画の中の叔父がそ
うであるように、アメリカ人自身が、自ら気付いてくれるこ
とを望んでいるようだ。                
もちろんそこには、グローバルな視野を持った若い女性を配
することによって、彼自身の意見も代弁させてはいるが、そ
れもあくまでも補助的な描き方に抑えているのは、現在暮ら
しているアメリカへの遠慮と言うよりは、大人の思慮という
感じがした。                     
そしてこの作品がアメリカで、ヴェンダースの最高作と呼ば
れるほどの高い評価を受けているのは、彼の意図が充分にア
メリカ人にも受け取られたということなのだろう。    
なお、撮影はHDで行われたようだ。さすがに走査線が目立
つようなことはなかったが、画質はかなり劣っているシーン
がいくつかあった。使用されたのはパナソニックの機材のよ
うだが、その画質は、映画が素晴らしいだけにちょっと恥ず
かしい気がした。                   
                           
『ARAHAN』“阿羅漢”(韓国映画)        
『SHINOBI』に続いてアルファベットの邦題だが、こ
ちらは韓国性のアクション映画だ。           
因に原題(ハングル)に添えられた漢字題名は、1987年に公
開されたリー・リン・チェイ(後のジェット・リー)主演の
中国映画の邦題と同じだが、中国映画の原題は“南北少林”
だったようで、ちょっとややこしい。          
ただし、その中国映画の解説によると、「阿羅漢」とは最強
絶対の拳技を求めた人というような意味のようだ。これは中
国も韓国も同じなのかな?               
で、本作の舞台は現代の韓国。世情が乱れるとき人々の気を
正しい方向に導いて乱れを抑える七仙と呼ばれる者たちがい
た。一方、主人公は正義感に溢れる交通警官だったが、ある
日、路上のひったくりを追いかけた彼は謎の女性拳士に遭遇
する。
ところが、彼は彼女が誤射した掌風の直撃を受け、彼女の暮
らす道場に担ぎ込まれ、そこで類希な気の持ち主であること
が発覚する。しかし、正義感だけで喧嘩も滅法弱い彼は、言
われたことも判らず道場から飛び出すが…        
実は、七仙の中で現存しているのは5人。1人は掟を破って
倒され、もう1人は世の中を自分だけの力で正そうとして、
そのやり方に反対する他の5人に封印されたのだが…その封
印された仙が復活しようとしていた。そして5人は、新たな
七仙の中心となる人材を探していた。                
映画は、前半は弱虫の男性が強い女性に救われるという、韓
国風ラヴコメの感覚で展開する。この展開が韓国でも日本で
も受けているらしいのだが、どうもこの手が苦手の僕にはち
ょっとたるいと感じてしまうところだ。しかし後半になって
闘いが始まると、これが一変する。           
闘いは復活した最強の仙と、若い2人との対決となるが、基
本は1対1の闘いに絞られ、これが剣などの武器を使った闘
いと素手のアクロバティックな勝負の両面で、見事に展開さ
れる。しかも、敢えて武器を捨てるようなわざとらしい演出
もなく、まさに死闘という感じなのが見事だった。    
脚本・監督は1973年生まれのリュ・スンワン、主演はその弟
のリュ・スンボム。兄弟で作った作品で共にデビューし、そ
の後、それぞれの道を歩んだ2人の再会コラボレーションの
ようだが、さすがに息はピッタリと合っている感じだ。  
また、撮影監督を、『ナチュラル・シティ』『私の頭の中の
消しゴム』などのイ・ジュンギュが担当し、特に後半の武闘
シーンのカメラワークは、客観的シーンと主観的シーンが交
錯し、華麗と言って良いくらいに見事だった。      
ただしVFXでは、CGIと実写との連携がちょっと物足り
なかった。例えば最後の武闘シーンでは床の瓦礫が全部飛び
上がるようなイメージが欲しかったが…見事な武闘シーンの
ワイアーワークの次は、その辺を極めてもらいたいものだ。
昨今は韓流ブームなどと言われ、なよなよしたお涙頂戴のラ
ヴストーリーが持て囃されているようだが、本来の韓国映画
の面白さはそんなものではない。本作は、そんなブームとは
一線を画した本当の映画の楽しさ面白さに出会える作品だ。
                           
『大停電の夜に』                   
クリスマスの夜に、突然首都圏を襲った大停電。その暗闇の
中で、いろいろの物語が交錯して行く。監督は、数多くのド
キュメンタリーやテレビドラマを手掛け、劇場用映画はこれ
が2作目の源孝志、脚本は源とテレビドラマ出身の相沢友子
の共作。                       
去年の12月21日にこの映画の製作記者会見が行われたおり、
僕は2つの質問を、脚本家でもある監督にぶつけている。 
その一つ目は、1968年にドリス・デイの主演で映画化された
『ニューヨークの大停電』という作品を知っているかという
こと。そして、二つ目は映画の形式がオムニバスなのかどう
かということだった。                 
残念ながら最初に質問に関しては、監督はご存じなかったよ
うだが、二つ目の質問に対しては、我が意を得たりという感
じで、オムニバスではなく、『24』のように物語が並行し
て進む形式を採ると回答してくれた。          
実はこの記者会見の時点では、すでに撮影はスタートしてい
たもので、従って脚本も完成していた訳だが、このときの監
督(脚本家)の自信に満ちた回答ぶりは、この作品に大きな
期待を抱かせるものだった。              
しかし一方で、『24』のような脚本が、大した事件も起こ
らない設定で描き切れるのかということには、多少の不安も
感じたものだ。そしてその作品が、ちょうど8カ月を経て完
成され、僕らの前に披露された。            
見終っての感想は、まず脚本の見事な構成に感心した。登場
人物は男女6人ずつ計12人。この12人の物語が時間を追って
語られるのだが、実は独立しているように見える物語が微妙
に絡み合って、その物語がある時点から一点に向かって収斂
して行く。                      
そこには移動する人物と、待っている人物がいて、それらの
人物たちの間を、時間と空間が心地よく流れて行く。その構
成が実にうまい。なるほどこれだけの脚本には、そう滅多に
はお目に掛かれないし、これなら自信が持てただろうという
感じがしたものだ。                  
そして、これを演じるのが、淡島千景、原田知世、寺島しの
ぶ、井川遙、田畑智子、香椎由宇の女優陣と、宇津井健、田
口トモロヲ、吉川晃司、阿部力、豊川悦司、本郷奏多の男優
陣。                         
実は、この演技陣が、結構女優の方が個性を強く描かれてい
て、男優陣が引き気味に感じられる。これは、多分監督の狙
いでもあるのだろうが、特に物語の中心にいるはずの田口の
キャラクターが薄く描かれているお陰で、女性の物語が際立
っている感じがした。                 
また、この映画のためにフランスから帰国したセザール賞受
賞カメラマン永田鉄男の撮影が実に美しく。中でも田畑と豊
川のエピソードで描かれる裏町が、ちょうどハリー・ポッタ
ーのダイアゴン・アレーを思わせる素敵な雰囲気に描かれて
気に入ったものだ。                  
物語は先にも書いたように、大停電を除けば大きな出来事は
起こらない。しかし普通の生活が、停電という事件によって
少しずつ変化して、本当なら起こらなかったはずのことが起
こってしまう。そんなささやかな出来事の積み重ねが素敵に
描かれている。                    
なお、上記の説明では、物語は一点に収斂して行くと書いた
が、物語はその後でちょっとだけ拡がって行く。そんな描き
方も素晴らしく感じられた。              
クリスマスの前に、本当に素敵なプレゼントをもらったとい
う感じの作品だった。                 
                           
『アクメッド王子の冒険』               
         “Die Acenteuer des Prinzen Achmed”
1926年に完成された世界最初期の長編(65分)アニメーショ
ン作品。                       
切り絵を少しずつ動かしながら一駒ずつ撮影して制作された
もので、今回の公開では「影絵アニメーション」と題されて
いるが、いわゆる影絵で上演されたものを撮影しているもの
ではない。                      
物語はアラビアンナイトに材を取ったもので、カリフの息子
=王子が魔法使いに騙されて遠い世界に飛ばされる。そして
魔獣の島で女王を助けたり、中国の魔女に助けられたりの大
冒険を繰り広げ、最後は実の妹を魔法使いの魔手から救出す
るというお話。                    
これを細かな切り絵と、その他さまざまなテクニックを使っ
て描き上げている。                  
なお、一部に登場する砂絵やロウを使った映像には協力者が
いたようだが、主体の切り絵のアニメーションは、クレイア
ニメーションや人形アニメーションと同様、個人作業で作ら
れるもので、ほぼ全編をこれで作り上げた労力は大変なもの
だったと思われる。                  
制作者のロッテ・ライニンガーは1899年の生まれで、パウル
・ウェゲナーの映画に憧れて劇団に参加。そこでアニメーシ
ョン研究者のカール・コッホに紹介されて、彼の協力の許、
1919年に最初の短編作品を発表している。本作はその最高最
大の作品ということだ。                
現代の華麗なアニメーションと見比べると、モノクロの画面
は素朴で動きも滑らかではないが、初期の映画作家たちが、
試行錯誤しながら作り上げていった作品の暖か味や、作り上
げたときの感動が伝わってくるような作品だった。    
なお公開は、『ロッテ・ライニンガーの世界』と題されて、
彼女の初期・中期の短編作品から2本ずつが併映される。僕
はその内の『パパゲーノ』と『カルメン』を見たが、どちら
もちょっとひねった展開が面白く、作者の心情が見えてくる
感じがした。                     
因に、『パパゲーノ』の上映では左端にサウンドトラックが
写り込んでいたが、これは、元々のサイレントサイズでフィ
ルム面の一杯に撮影された画面に、後年そのままサウンドト
ラックを焼き込んだもののようで、その陰に映像があるのに
も歴史が感じられた。                 
                           
『モンドヴィーノ』“Mondovino”            
ワインの現状を描いた上映時間2時間16分のドキュメンタリ
ー作品。                       
発端は、アメリカの大手ワイン会社がフランスのワイン産地
に工場進出を目論んだことに始まる。これに対して地元は賛
成派反対派に分かれるが、結局反対派の共産党系村長が当選
して進出は退けられる。                
このときの論点の一つが、ワインのグローバル化とテロワー
ルと呼ばれる土地の味を守ろうとする運動。そして、グロー
バル化の推進者であるアメリカの会社と、テロワールを守ろ
うとする土地のワイン生産者たちの意見が述べられて行く。
映画制作者の考えは、全体としてグローバル化には反対の立
場のように感じられるが、推進者たちもフランクに意見を述
べているのは取材の仕方のうまさなのか、その辺のバランス
は非常に良い感じの作品だった。            
僕自身は、ナパヴァリーがアメリカのワイン産地であること
ぐらいしか知らない人間だが、それでも興味を持てるように
描かれていたのは見事と言える。中でもワインの評価に関す
る部分は、多少陰謀めいたものも見えて面白かった。   
また、イタリアトスカーナの数百年を誇るワインの歴史と、
一方、フランスのワイン生産者が意外とここ数10年の人が多
いことや、何年も寝かせる必要のあるワインと、速攻飲める
ワインの話なども興味を引かれるものだった。      
とは言え、2時間16分の上映時間はいささか長い。途中には
いろいろな雑多の映像を取り入れて興味を引っ張ろうとして
いるが、多少下品なものもあって、正直うまく行っていると
は思えない部分もあった。               
ただし試写会では、そのような部分でそれなりに笑い声も聞
かれたので、制作者の目論見は成功していると言えるのだろ
う。                         
ワインに興味のある人には、当然見ればいろいろな意見が生
まれるのだろうが、さほど興味のない僕のような人間にも、
見ているうちにそれなりに興味が沸いてくる。そんな感じの
作品だった。                     
                           
『親切なクムジャさん』(韓国映画)          
2000年『JSA』のパク・チャヌク監督が、『JSA』に出
演の女優イ・ヨンエと再び組んだ作品。         
主人公は、幼児誘拐殺人の罪で13年の刑に服し、出所してく
る。刑務所の中での彼女は周りの女囚たちに献身的に接し、
「親切なクムジャさん」という異名を取るほどの模範囚。し
かしそれは、彼女には出所後に遂げるつもりの復讐のための
準備でしかなかった。                 
出所時、皆が食べて新たな人生を誓う白い豆腐も断った彼女
は、先に出所した女囚たちを訪ね歩き、その復讐の準備を進
めて行く。そしてそれを遂げる時が来るのだが…     
イ・ヨンエは、先に主演したテレビシリーズの人気が高いよ
うだが、本作ではその役柄が180度違っているのだそうで、
前の印象で見に来るとかなり衝撃の展開になるようだ。実際
に、後半の復讐を遂げるシーンはテレビドラマでは到底描け
ないものだろう。                   
でもその点を除けば、物語は主人公による復讐の過程を丁寧
に描いたもので、その展開は納得できる作品だった。また最
初と最後のシーンの対比が、その間の心情の変化を見事に描
き出していた。                    
なお映画では、刑務所の中の状景と現在とが交互に描かれ、
特に刑務所内での天使のような主人公と、現在の復讐のため
全てを捨てた女性の姿が際立った対照で描かれる。しかしそ
れが、実の娘と再会する辺りから微妙に変化して行くのも見
事に描かれていた。                  
『JSA』では、ちりばめられた断片がモザイクのように組
み合わされていく構成だったが、本作では徐々に手の内を明
かして行く感じのものでその構成も見事。まあ、テーマが復
讐なので、かなり強烈な場面も登場するが、全体はテンポも
良くうまく描かれている。               
因に、韓国では7月28日の封切では『宇宙戦争』を越える今
年最高のヒットを記録しているということだ。また、本作は
今年のヴェネチア映画祭のコンペティション部門にも招待さ
れているそうだ。                   


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井口健二