井口健二のOn the Production
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2005年08月14日(日) ステルス、SHINOBI、ボム・ザ・システム、あそこの席、@ベイビーメール、TKO HIPHOP、ヘッドハンター

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ステルス』“Stealth”                
『ワイルド・スピード』『トリプルX』のロブ・コーエン監
督の最新作。テロ対策用に組織された3人の精鋭パイロット
で構成されたステルス戦闘機部隊に、AI搭載の無人戦闘機
が配属されたことから始まる近未来ドラマ。       
この3人のパイロットに、ジョッシュ・ルーカス、ジェシカ
・ビール、そして『レイ』でアカデミー賞オスカー主演男優
賞を受賞したばかりのジェイミー・フォックスが扮し、サム
・シェパード、ジョー・モートンらが脇を固める。    
正直に言って評価に苦慮する作品だ。          
何たって物語の中では、テロリストを倒すという名目で東南
アジアの都市を攻撃して高層ビルを倒壊させたり、核弾頭を
隠しているからとタジキスタンの山間の砦を爆撃して麓の村
に死の灰をまき散らしたり、果てはシベリアから北朝鮮にま
で出撃してしまう。                  
これを本気で撮っているとしたら、いくらブッシュ政権下の
アメリカでも無神経過ぎるというものだ。ただしコーエン監
督は、前の作品でも多少そういう傾向はあるから、その可能
性が無いとは言い切れない。が、ここはアンチテーゼの作品
として考えたい。                   
そこでふと思いついたのは、1964年公開の『博士の異常な愛
情』だ。スタンリー・クーブリック監督によるこの作品は、
一人の将軍の妄想によって、当時のソ連に核攻撃を仕掛けて
しまうという内容だったが、明白に軍部批判の思想で作られ
ていたものだ。                    
そこで本作と比較すると、一人の大佐の妄想で繰り広げられ
る顛末は、『博士…』と見事に符合してる。また『博士…』
はイギリス映画だが、実は配給を現在ソニー傘下のコロムビ
アが行ったもので、その意味では、本作はそのリメイクと言
ってもよいものなのだ。                
ということで、物語を納得すれば、後は空中戦から巨大な爆
発シーンまで、ディジタル・ドメインのVFXによって繰り
広げられる映像の見事さと、加えて監督のメカフェチぶりが
今回も発揮されていて、その拘わりにも思わず納得してしま
う作品だった。                    
そんな訳で、七面倒くさいことは出来るだけ考えず、単純に
映像を楽しむ作品という評価にしたい。でもまあ、いろいろ
考えてしまうのが、僕の悪いところなのだが…      
なお、映画の中で無人機に搭載のAIはティン・マンと呼ば
れ、機自身もそう名告るが、これは言うまでもなく『オズの
魔法使い』のブリキマンのこと。それから考えると、3人の
パイロットはドロシーとライオンとカカシということになっ
て、これも符合している。               
そして『オズ』のブリキマンは、エメラルドシティに心を捜
しに行くが、本作では…。そういえば該当のシーンには、魔
法使いも肩書きを変えて登場していたようだ。本作は、この
ようなこともいろいろ楽しめる作品になっていた。    
                           
『SHINOBI』                  
山田風太郎の原作『甲賀忍法帖』から、映画『弟切草』など
の下山天監督がVFXを駆使して映像化した作品。主人公の
伊賀、甲賀それぞれの忍者朧と弦之介を、今一番旬な若手2
人とも呼べる仲間由紀恵とオダギリジョーが演じている。 
下山監督は、先に日台中合作映画の『アバウト・ラブ』でも
評価したばかりだが、1997年の監督デビュー作『CUTE』
も、当時に見て悪くないという印象を持った記憶がある。し
かし、現代劇ばかり撮ってきた監督の初時代劇には、不安も
つきまとうものだ。                  
時代背景は徳川初期。戦国の世が終わり太平の世に向かう中
で、戦国時代に活躍してきた忍者たちの存在は、目の上の瘤
になりつつあった。                  
そこで忍者たちをまとめてきた三代目服部半蔵は、初代半蔵
が取り決めた伊賀甲賀不戦の契りを破棄し、それぞれの精鋭
5人ずつを闘わせて、その勝者により徳川の世継ぎを決める
と宣告する。                     
つまりそれは、伊賀甲賀の忍者を占いの道具とするというこ
とだが、生死を賭けたその戦いの裏には、これにより伊賀甲
賀の精鋭たちを一気に壊滅させる意図も隠されていた。  
一方、伊賀の隠れ里・鍔隠れと甲賀の隠れ里・卍谷は境を接
し、そこではそれぞれの頭領の跡取りと目される朧と弦之介
が密かに愛を育んでいた。そしてそれぞれの精鋭5人の中に
選ばれた2人は、お上の命ずるままに戦いを余儀なくされる
のだったが…                     
他の精鋭忍者たちに、椎名桔平、黒谷友香、沢尻エリカ、虎
牙光揮らが扮し、特殊効果やVFXも織り交ぜた戦いが展開
する。                        
まあ、時代劇といっても忍者ものは、特別に侍の作法などが
出てくる訳ではないから、監督にとってはそれほど難しいも
のではない。                     
それでその分をアクションに力を注げる訳だが、本編全体の
上映時間が100分程度では、そつなく纏められているとは言
うものの、ちょっと物足りなさも残る。この辺は製作予算と
の関係もあるのだろうが、ちょっと悔しい感じもした。  
物語自体は山田風太郎なのだし、元々が講談調で、最近は劇
画化もされているような物語だから、これで良しという感じ
だろう。ここに重厚さなどは求めるつもりはない。    
また、若手俳優たちの演技もそれ相応という感じがした。た
だ、家康や天海などにベテランを配した割りには、若手との
違いを余り感じられなかったのは、ちょっと不満に感じた。
御前披露に始まる両忍法の術の描き方は、それなりに見応え
があったし、隠れ里の景観にも良い雰囲気があった。VFX
でこれだけの表現ができるのなら、忍法ものはもっと作られ
ても良いという感じも持ったものだ。          
                           
『ボム・ザ・システム』“Bomb the System”       
MC、DJ、ブレイクダンスと並び、4大ヒップホップカル
チャーの一つと言われるグラフィティ(市中の落書き)のア
ーティストを主人公にした青春映画。          
ウディ・アレン、ラース・フォン・トリアー、ジム・ジャー
ムッシュ監督らの作品にも起用されているインディーズ系の
若手俳優マーク・ウェバーが、自らの製作・主演で作り上げ
た作品。                       
主人公は、グラフィティ・アーティストの先駆者だった今は
亡き兄を敬愛し、その跡を継いで、今では新聞などでも取り
上げられるようになってきた気鋭のアーティスト。しかしグ
ラフィティは本来法律に触れるものであり、彼の生活は常に
警察との闘いの中にある。               
そして完成された作品は、発見されれば直ちに当局によって
消去され、残るのは名声だけという刹那的な芸術だ。そんな
中で主人公たちは、今日もグラフィティを行う壁を求めて都
会を彷徨する。                    
実は見るまでドキュメンタリーと誤解していたのだが、多分
物語は実話に基づいていると思われ、その物語をドキュメン
タリー調の映像で見事に再現している。またこのドキュメン
タリー調の手法が、見事に作品にマッチしているとも言える
ものだ。                       
内容的にはもちろん違法行為を描いたものだし、ドラッグな
ども頻繁に登場するが、作品として青春映画の手順をしっか
りと踏まえているところは、映画をよく判っている人たちの
作品という感じがした。                
といっても、脚本監督は製作当時23歳のアダム・バラ・ラフ
のデビュー作だし、撮影監督は元ILMのスティール・カメ
ラマン、製作も本作が初作品という顔ぶれだが、いずれもニ
ューヨーク大学の映画科出身、基礎はそこで教え込まれてい
るということのようだ。                
なお、映画の製作には実際のアーティストも多数協力してい
て、映画の中に数多くのグラフィティが納められているのも
見所のようだ。また、主人公の行動に絡んで、ニューヨーク
のいろいろなカルチャーシーンの様子が覗けるのも面白かっ
たし、青春グラフィッティとしても楽しめる作品だった。 
                           
『あそこの席』                    
中高生に絶大な支持を受けているという山田悠介の原作を、
『仄暗い水の底から』などの脚本を担当した中村義洋の監督
で映画化、脚本は『仄暗い水の底から』などを共同で手掛け
た鈴木謙一が担当している。              
元々がレイトショウ用にヴィデオで製作された作品というこ
とで、正直あまり期待しないで見に行ったのだが、予想以上
にしっかりした作品に仕上がっていたのでびっくりしたとい
うか、和製ホラーの水準の高さを再認識した感じだった。 
物語は、とある郊外の共学校が舞台。その一教室には呪われ
た席が在り、そこに座った転校生が次々に不幸に襲われると
いう。そして主人公の女子生徒は、都会の学校からそこに転
校して来て、その席が割り当てられるのだが…という、いわ
ゆる都市伝説ものと言えそうだ。            
これに、担任の男子教師や、エキセントリックな音楽教師、
親切な男子生徒、学級委員長、それにちょっと意味在りげな
男女3人組などが絡む。                
まあ、人物設定などはステレオタイプだし、話もよく在りそ
うなものなのだが、何というか話の盛り上げ方が巧いし、最
後にちょっと余分な仕掛けは在るが、物語の全体にはカタル
シスを感じさせる結末が在ることも良い感じだった。   
生徒たちを演じるのは、いずれも20歳前のCMなどで活躍中
の若手俳優だそうだが、そこそこ自然体で演じており、見て
いて気になるところはなかった。まあ、それより上の年代の
俳優には、ちょっと演技し過ぎの感じも在ったが…    
なお、本作は自殺を想起させるシーンが在るせいかR−12の
指定になっているが、自殺をテーマにしたものではない。 
それから、音楽室からショパンのピアノ曲「別れの曲」の独
奏が流れ、音楽教師を根岸季衣が演じているのは、PFF出
身の中村監督から同じ出身の大先輩・大林宣彦監督へのオマ
ージュのつもりなのだろうか。             
                           
『@ベイビーメール』                 
上記の『あそこの席』と同じ原作、監督、脚本による作品。
製作会社も同じで、2本立てではないが、同様の公開になる
ようだ。                       
女性の携帯電話に呪いのメールが着信し、そのメールを開く
と、その女性は4週間後に腹を引き裂かれた猟奇的な死に見
舞われる。そして主人公の携帯電話にも、そのメールが着信
する…という、これも都市伝説という感じのお話だ。   
なお、映画の中でも「呪いのヴィデオのパクリか」という台
詞が出てくるが、この作品では、ある意味『リング』の設定
を巧妙に利用している。この辺は、中田監督作品の脚本を手
掛けてきた脚本家たちの特権とも言えそうだ。      
そして物語は、VTRが廃れ始めた時代に、新たな情報ツー
ルとしての携帯電話が見事に活用されていた。ちょっと前に
携帯メールを使った和製ホラーは登場しているが、作品の出
来はこちらの方が数段巧いというか、ちゃんと物語になって
いるものだ。                     
上記の作品と同様に主人公は女子学生で、これに担任教師ら
が絡むが、こちらはすでに主演も張っている俳優を配して、
そこそこの布陣で撮られている。因に、主演女優は13歳の時
のデビュー作で新人賞を獲得、相手役は『仮面ライダー』な
どに出演しているそうだ。               
物語のほとんどが校外で進むというのは、上記の作品とのバ
ランスを考えてのことなのだろう。試写は2作連続で行われ
たが、この辺の全体を通してのバランス感覚がちゃんと備わ
っていることにも感心した。              
それなりに見せ場のVFXも在るし、大作という作品ではな
いが、楽しめる作品だった。              
                           
最近のホラー作品は、ヴィジュアル的なショッカーが多くな
ってきている感じがするが、やはり精神的にじわじわと来る
チラーの方が恐いし面白い。しかしチラーの場合はそれなり
に脚本の出来も要求されるもので、その点でこの2作は水準
作だと感じた。                    
ただ、映画館で見るにはヴィデオ製作の画質がちょっと不十
分な感じで、そろそろHDも家庭用が出てきている時代に、
もう少し画質を上げて欲しいという感じもした。と言っても
最近見た他の何本かの作品よりはましではあったが。   
                           
『TKO HIPHOP』               
題名にはAsian Hiphopmovieという冠が付いている。東京渋
谷が舞台で、取り立てて他のアジア諸国の人たちが関る物語
でも無いのに、この冠は何ですかという感じもするが、映画
自体は最近の若者の風俗を捉えて、それなりの作品のように
感じた。                       
主人公は上京したての若者2人。その若者の1人がクラブで
人気MCの女にちょっかいを出し、そのMCにラップバトル
を挑むことになる。そして、もう1人と共にMCとDJの特
訓を始めるのだが。                  
これに、LA生まれでダンサー志望の女性や、オカマ、業界
の悪徳プロデューサー、ごろつきに悪徳刑事らが絡んで物語
が展開する。                     
映画では前半に描かれるMCとDJの特訓のシーンが、それ
ぞれプロを招いての作り込みなのだろうが、いろいろとテク
ニックなども披露されて面白かった。また、主人公の若者役
の1人が本来ダンサーだそうで、女性とのダンスシーンも良
い感じだった。                    
ところが何というか、悪徳プロデューサーやごろつき、悪徳
刑事の話が如何にもステレオタイプで、正直に言ってこれら
の部分はまったく買えなかった。            
これを製作者たちが現実の戯画化だと思っているならそれも
仕方がないが、もっと純粋に若者の姿を描いても、それなり
に素敵な青春グラフィッティが描けたのではないかと思った
ものだ。特に、悪徳刑事の話は映画の中でも浮いているし、
無駄遣いに感じた。                  
それよりも、ラップバトルのシーンやブレイクダンスのシー
ンは、それなりにタレントも揃えている訳だし、もっとじっ
くりと描いて欲しかった感じだ。            
同時期に見た『ボム・ザ・システム』にも悪徳刑事は出てき
たが、あちらはもっと大きな背景を描いていたから様になっ
ていた感じがする。それに比べると本作はもっとこぢんまり
としたもので、その分もっと若者自身に目を向けた物語が欲
しかった。                      
しかし、映画全体はちょっと甘ったるいが良い感じがしたも
のだ。なお、プレス資料に、脚本・監督の谷口則之について
の紹介が無く、またウェブなどで調べても情報が見つからな
かったが、この名前は気にしておきたいと思った。    
                           
『ヘッドハンター』“Pursued”             
クリスチャン・スレーター主演で、実績のある企業戦士を、
収入のアップなどを誘い水にして他企業に斡旋するヘッドハ
ンターの姿を描いた作品。               
日本でも、最近は終身雇用が崩れて、転職が横行してきてい
るが、アメリカでは、さらに企業で実績を上げた人材を引き
抜いて他企業に転職させるヘッドハンターが、すでに認知さ
れた職業になっているようだ。             
そして物語の主人公は、ヴェンチャー企業で画期的な技術開
発をした技術者と、その技術者を大企業に転職させようとす
るヘッドハンター。しかしこのヘッドハンターが、狙った人
間を獲得するためには、殺人をも厭わないというとんでもな
い男だった。                     
ヘッドハンターの実態がこれほどまで凶悪なものとは思わな
いが、ある意味サイコティックなハンターの姿が、スレータ
ーによって巧妙に演じられている。なお、当初スレーターに
は技術者役がオファーされたようだが、本人の希望で変更さ
れたそうで、その意気込みも感じられるところだった。  
ただしその分、技術者役のギル・ベロースはちょっと弱い感
じで、最初はまあ技術者はこんなものかという感じもしてい
たが、それが後半反撃に転じる辺りで、ちょっと演技力の不
足をさらけだした感じだ。これがスレーターだったらという
感じもした。                     
もっとも物語自体は、後半がアクションになってしまうのが
もったいない感じで、ここは後半も心理戦で進めてもらいた
かった感じもしたものだ。そうすれば、これらの配役ももっ
と生きてきたと思うところだ。この辺には、ちょっと脚本家
の力不足も感じられた。                
とは言え、前半のじわじわと相手を追いつめて行くテクニッ
クは巧く描かれていたし、このやり方なら、自分も乗ってし
まうのではないかという気持ちにもさせる。また、それを留
めるのが上司に対する信頼という辺りは、今の日本にも通じ
る感じもするものだ。                 
その意味では、日本人の方がこの作品を評価しやすいかも知
れない。もっとも最近の若い人たちの感覚には、アメリカ人
に近いものも感じるものではあるが。          
他には、エステラ・ウォーレン、マイクル・クラーク=ダン
カンらが共演。なお監督のクリストファー・タボリは、『ダ
ーティ・ハリー』などのアクション映画の名匠ドン・シーゲ
ル監督の息子だそうだ。まさかそのせいで、後半をアクショ
ンにしたのでは無いと思うが。             


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