井口健二のOn the Production
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2005年06月30日(木) シンデレラマン、せかいのおわり、マダガスカル、8月のクリスマス、ハービー 機械じかけのキューピッド、頭文字D

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『シンデレラマン』“Ciderella Man”          
アメリカ大恐慌時代に、人々に希望の灯をともしたヘヴィ級
ボクサーの実話に基づく物語。             
ジム・ブラドックは過去には数々の栄光に輝いたボクサー。
しかし大恐慌の最中で、彼自身も疲れ果て、リングではクリ
ンチを繰り返し満足な試合をすることもできない。そしてつ
いに、試合を没収され、ライセンスも剥奪されてしまう。 
彼には、妻と3人の幼い子供がいる。彼は生活のため波止場
の荷役に日雇いを求め、試合での負傷を隠しながらわずかな
金を稼ぐ。そして無料の給食に並び、生活保護の給付を受け
るまでに落ちぶれる。                 
しかしその給付でも家族を守れなくなったとき…     
大恐慌時代の希望の星というと、2003年に公開された『シー
ビスケット』を思い出すが、今回は題名通りシンデレラマン
の話なので背景の人間の話も詳細に描かれ、その辺では話も
身近で、日本人の僕らにも判りやすい感じだ。      
実際、主人公の心情も直接的に理解できるし、まあボクサー
という天職があっただけ幸運だったと言うことはできるが、
それが世間の人々の希望になって行くまでを描き出すうまさ
は、さすが脚本アキヴァ・ゴールズマン、監督ロン・ハワー
ドというところだろう。                
主演はラッセル・クロウ、彼を支える妻役をレネー・ゼルウ
ィガー、そしてマネージャー役を『サイドウェイ』のポール
・ジアマッティが演じている。             
それにしても、大恐慌時代の庶民の生活振りはかなり衝撃的
で、さらに後半描かれるフーヴァー村の風景は、つい先日ま
での新宿中央公園を思い出して、その規模の違いに驚くと共
に、こんな時代もあったのだという感じがした。現在のアメ
リカ人の不況感がどんなものか判らないが、日本人にはまだ
まだ現実的な風景のようにも感じた。          
そんな中で、人々が心を一つにして応援できる希望の星、そ
んな希望が今の日本にも必要になのだとは思うが、多様性の
時代にはなかなか難しいという感じもした。人々がもっと素
直だった時代の物語かも知れない。でもそんな素直さが、現
代に一番必要なのかも知れない。そんなことも考えた。  
なお、映像的には、作品のかなりの部分を占める試合の迫力
が素晴らしい。試合はもちろんフェイクだが、特にクレイグ
・ビアーコ扮する悪役ボクサーとの死闘は見事に描かれてい
た。それに、主人公が結構科学的に試合を分析していたこと
を示す描写も興味深かった。              
                           
『せかいのおわり』                  
先回、ジャ・ジャンクー監督の『世界』を紹介したときに、
「こんな青春、今の日本にはあるのだろうか」と書いたが、
ちょうどそれに答えるような作品だった。でも、今の日本の
青春の悩みの線はかなり違うようだ。          
主人公の女性は、美容師の見習いだったり、カラオケの街頭
宣伝員だったり、つまりは定職を持たないフリーター。その
女性が彼氏に振られて、幼馴染みの男性が住む植物デリヴァ
リーの店に転がり込んでくる。             
その店は、ゲイの店長と男性によって営業されていたが、そ
の男性もプレイボーイ気取りで腰が落ち着かない。そんな女
性と男性の、ちょっと奇妙な関係が描かれる。      
結局、男性は彼女が好きなのだが、彼女には「世界が終りに
なって、2人だけになってしまった世界」の幻想があり、そ
の幻想に捕われて現実を直視できない性癖がある。それが2
人の関係をあやふやなものにしている。         
先の中国映画に比べると、甘っちょろいなあとも思えるが、
でも日本の現実はこんなものだろう。両者を比較してそんな
ことも感じた。その意味では、今の日本の青春をうまく描い
た作品とも言えそうだ。                
幸せは、本当は自分のすぐそばにあるのに、それに気付かな
い、気付こうともしない。このような症例を青い鳥症候群と
いうのだそうだ。精神病の半分以上は医者が勝手に作ったも
のと言われ、これもまたその一つなのだろうが、この物語を
理解するには便利な言葉だ。              
主人公の女性を演じた中村麻美は、この女性に「ムカツク」
と感じたそうだが、「病名」になるくらいだから結構多い症
例ということなのだろう。そういう「現代病」をテーマにし
た作品とも言える。                  
なお本作の撮影は、パナソニック製の24PDVで行われてい
る。実は、『世界』はHDで撮影したものをシネスコに焼き
込んだものだったが、その画質の差が歴然だった。元来が日
本人が開発した技術なのだから、外国人より巧く使いこなし
てもらいたい、そんな感じもした。           
                           
『マダガスカル』“Madagascar”            
『シャーク・テイル』に続くドリームワークス・アニメーシ
ョンの最新作。アメリカでは公開第2週に『エピソード3』
を押さえて週末興行第1位に輝いた。          
ニューヨークの中心に位置するセントラル・パーク動物園。
そこで優雅に暮らしていたライオンのアレックスとシマウマ
のマーティ、それにカバのグロリアとキリンのメルマンの仲
良し4頭組が、ひょんなことからマダガスカル…そこで騒ぎ
が巻き起こる。                    
大体、肉食獣とその餌であるはずの草食獣が親友というあた
りから胡散臭い話なのだが、これが実に巧く物語になってい
て、見事なドラマを展開する。さすがに『シュレック』のド
リームワークスという感じだ。             
しかも、『シュレック』がちょっとレベルの高いパロディを
繰り広げていたのに対して、こちらはアクションが主流で、
『トムとジェリー』や『ロードランナー』のような往年の動
物を主人公にしたカートゥーンの雰囲気を見事に再現してい
る。                         
また、前作『シャーク・テイル』の主人公も動物だったが、
あのキャラクターは、日本人にはちょっと人面魚のイメージ
で無気味に感じたもので、それに比べても、この作品の如何
にもアニメーションという感じのキャラクターは抵抗なく受
け入れられそうだ。                  
また、物語の展開に合わせて、『野性のエルザ』のテーマか
ら、『ニューヨーク・ニューヨーク』、『イッツ・ア・ワン
ダフルワールド』と挿入される音楽も、日本人にも親しみの
あるものが多く、その辺も分かり易い。         
そして物語のテーマは友情、上にも書いた肉食獣と草食獣の
友情が如何に発揮されるか、これが実に大人の鑑賞にも耐え
る見事な表現で展開される。他にも、大人向けのパロディや
風刺も見事に利いていて、それも素晴らしいところだ。  
なお、試写会には一般招待客も来ておりお子様もかなり入場
していたのだが、字幕なのに騒ぎもせず観ていたのは、アク
ション主体の展開が判り易かったせいだろうか。     
ドリームワークス・アニメーションでは、初の大人も子供も
一緒に楽しめる作品と言えそうだ。           
                           
『8月のクリスマス』                 
1999年に公開されたホ・ジノ監督、ハ・ソッキュ主演による
同邦題名の韓国映画を、山崎まさよしの主演で、北陸・富山
を舞台にリメイクした作品。学校を卒業後も故郷を離れるこ
となく、家業を継いで静かに生きてきた男の、最後の仄かな
恋が描かれる。                    
主人公は、小さな町で写真館を開業している。それは親の仕
事を継いだもので、その父親との2人暮らしは、たまに言い
争いもするが平穏そのものだ。また外で所帯を持っている妹
が世話を焼きに来たり、昔の恋人が訪ねてきてもその生活が
変わることはない。                  
しかしある日、息を切らせた若い女性が店を訪れ、至急の焼
き増しを頼んだときから、彼の生活に変化が訪れる。彼女は
近くの小学校の臨時教員で、夏休みの登校日に生徒に写真を
渡そうとしていたのだが…               
こうして店を訪れた女性は、その後も店に度々やって来ては
話をするようになり、心の交流が続いて行く。そして彼は、
彼女の悩みを聞いてやったり、成長を見つめて行くことにな
るが、彼には、彼女に打ち明けられない秘密があった。  
山崎は、SMAPがカバーした『セロリ』などでも知られる
ミュージシャンだが、1997年に『月とキャベツ』という映画
作品に主演している。その後にはテレビドラマの主演もある
ようだが、本作が8年振りの映画主演だそうだ。     
本作は、その演技力がどうこうと言える役柄ではないが、多
分8年前からは歳も経て役柄も変わってはいるものの、その
歳相応にそつ無く丁寧に演じている感じで、悪い感じはしな
かった。少なくとも下手ではないし、嫌みでもなかった。 
それより注目は、若い女性を演じた関めぐみで、彼女の演技
は先に『恋は五・七・五』でも見ているが、僕としては映画
の内容がちょっと評価できなかった前作でも、彼女の演技は
評価したもので、今回紹介できることを嬉しく思うものだ。
本作では、如何にも現代っ子的キャラクターがよく活かされ
ており、肝心のところで涙が流せなかった演技経験の不足は
否めないものの、体格の良さも従来の日本人の女優にはなか
なかない特徴で、これからも頑張ってもらいたいものだ。 
他に、西田尚美、戸田菜穂、井川比佐志、大倉孝二らが共演
している。                      
                           
『ハービー 機械じかけのキューピッド』        
                “Herbie: Full Loaed”
1969年の“The Love Bug”からTVムーヴィも含めて5作が
製作された自意識を持ったフォルクスワーゲン・ビートルが
活躍するシリーズの第6作。
カーナンバー53のレーシング用ワーゲンが、今回はアメリ
カで大人気のNASCARに挑戦する。         
実は、以前の『ラブ・バッグ』というのは1本も見ていなく
て、今回がハービーとの初遭遇だった。それで僕は、もっと
単純にハービーと人間とが交流するものと想像していたのだ
が、意外と捻りがあって、その辺からのドラマづくりが良く
できている感じがした。                
と言ってもファミリー向けの作品で、アメリカではスラップ
・スティックに分類されているコメディだから、荒唐無稽さ
は基本路線。それにどこまで観客が乗って行けるかが勝負と
いった作品だ。                    
実は試写会の上映後に、2席ほど先に座っていた若い女性が
怒っていて、彼女はハービーの最後に演じる大スタントがレ
ースを馬鹿にしているという意見だった。確かに僕も、少し
やり過ぎかなと感じたもので、NASCARファンなら仕方
のない意見だが…                   
ただし本作の場合は、前半でリンジー・ローハン演じる主人
公のスケート・ボードのテクニックを真似ているという説明
があり、この最後の演技もその延長線のものだ。であれば理
解のできるもので、ただ、その説明をもう一度駄目押しして
欲しかった感じはした。                
まあそういう設定を考えれば、スラップ・スティックとして
認められる範囲の荒唐無稽さだろう。          
なお映画は、NASCARの全面協力の下に製作され、実際
に2004年9月5日にカリフォルニア・スピードウェイで行わ
れた「ネクステイル・カップ・シリーズ」のレースに出演者
たちが参戦して撮影が行われている。そのレースの雰囲気も
楽しめる仕組みだ。                  
また、ジェフ・ゴードンやジミー・ジョンスン、ケヴィン・
ハービックらのNASCARのトップ・ドライバーがカメオ
出演しているのも、ファンにはプレゼントだろう。    
それから、主演は63年型ワーゲンだが、最新型が登場するエ
ピソードも良い感じで挿入されていた。さらに映画のプロロ
ーグでは、過去のシリーズの名場面がダイジェストされてい
て、中で『ナイトライダー』が登場したのには笑えた。  
                           
『頭文字D』“頭文字D”               
しげの秀一原作の人気コミックスを、『インファナル・アフ
ェア』のアンドリュー・ラウとアラン・マック監督で映画化
した香港作品。                    
脚本、監督、撮影などを全て香港スタッフで固めて、出演者
もヒロイン役の鈴木杏を除いてはほとんどが香港俳優。日本
公開は全て吹き替え版で行われるようだが、鈴木杏以外の主
人公たちのせりふは広東語で撮影されている。      
しかし舞台は原作通りの群馬県で、主人公たちの役名も全て
日本名。舞台を香港に置き換えると物語が成立しないという
ことだったようだが、それにしても、口元の合わない吹き替
えの画面に「藤原とうふ店」など書かれた車が出てくると、
何とも不思議な感覚だ。                
ただし鈴木杏のせりふは日本語で、彼女だけ口元が合ってい
るのもまた不思議な感じだった。とまあ、かなり違和感を抱
えて映画はスタートするのだが、これが榛名(秋名)の山路
での走りのシーンになると、そんな違和感は一気に吹き飛ん
でしまう。                      
このカースタントは、日本の高橋レーシングが担当して撮影
されているが、ドリフト走法などの走りの描写だけでなく、
細かいカット割りやマルチ画面などの映像演出で、見事に躍
動感一杯のシーンに仕上がっている。一部にちょっとVFX
の掛ったシーンはあるが、ほとんどが生撮りで、その迫力も
満点と言えそうだ。                  
スタント自体は日本人が演じているのだから、日本映画の感
覚になりそうなものだが、その見せ方のテクニックなどが、
明らかに日本映画とは違う香港映画の感覚になっていた。こ
の辺がさすがアンドリュー・ラウの演出という感じだ。  
ラウは、『インファナル…』で一躍トップクラスの監督にな
ってしまったが、それ以前の『風雲ストームライダーズ』や
『中華英雄』では、VFXの多用などの見せ場はあるものの
どこか中途半端で泥くさい感じがしたものだ(それが魅力で
もあったが…)。                   
しかし、その後の『インファナル…』で見せた洗練ぶりは目
を見張る感じで、その洗練された映像感覚がこの作品にも大
いに発揮されている。といっても、香港映画らしい泥くさい
ドタバタもちゃんと演じられていて、その辺も楽しめるとこ
ろも良い感じだ。                  
ストリートレーシングを描いた映画では、ヴィン・ディーゼ
ル主演の“The Fast and the Furious”が先鞭を付けたが、
本作にはそれに劣らぬ迫力が感じられた。本家はこの秋、東
京を舞台に第3作が作られる予定だが、この迫力に勝てるか
どうか。面白くなりそうだ。              


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井口健二